五回
「サーシャの探している物って、なんなんだ?」
道案内役であるシェイドが先頭に立ち、数歩あとをルアスとサーシャが肩を並べて歩いている。
背丈を比べてみると、ルアスより幾分かサーシャの方が目線が上だった。
そんな彼等よりも、先を行くシェイドの方が頭一つ分高い。
そんな折、唐突にルアスはサーシャを見上げながら問い掛けた。
「なんと言って良いのか。言えるのはそれが私にとって、とても大切なものだということだけ。すみません、こういうことしか言えなくて……」
ルアスの何気ない質問に、サーシャはすまなさそうに俯いた。
「いいって、別に謝るようなことじゃないしさ。気にしないでくれよ」
相変わらず屈託のないルアスの笑みに、サーシャはどこか安堵したように微笑み返した。
「それにしてもルアスさんがハーフ、しかも私と同じフェアリー族の血を引いていると聞いたときは驚きました。見た目は人間そのものでしたから」
「よく間違われるんだ。まあ人間にしろハーフにしろ、人間の血が流れてるくせにって言われるけど」
「……すみません」
言いながらどこか寂しげな眼差しのルアスに、再びサーシャは再びすまなさそうに謝罪する。
触れてはいけないなにかに、触れてしまったと感じたためだろう。
「だから気にしないでよ」
何事もないようにあどけなく笑い返すルアスに、サーシャは謝辞を述べ微笑んだ。
ふと会話が途切れ、沈黙が通り過ぎていく中を靴音だけが響く。
そんなときサーシャは、無言のまま歩を進めているシェイドの背中へと視線を投げ掛けた。
瞳の奥に、なにか言いたげな色が窺えた。
だが視線に対する反応はなにもない。
「あの、シェイド…さん」
それでも控えめに、躊躇いながらサーシャはシェイドの名を呼んだ。
シェイドは肩越しに返事をしただけで、振り返ることさえしない。
「……名前。シェイドさんのお名前、あなたの本来の名前なのですか?」
「それ以外になにがあるというんだ」
「おかしいんです。普通親が子供にその名前をつけることは、ありえないはずなんです」
「それではまるで、俺がおかしいみたいだな。なぜそんなことを聞く?」
シェイドは微塵も振り向かない。
しかし突き刺さるような鋭い声だった。そのせいか余計に、なんともし難い迫力があった。
「それは……」
サーシャは言葉に詰まってしまい、押し黙ることしかできなくなってしまう。
だが視線だけは、先を行くシェイドの後ろ姿から離そうとはしない。
瞳の奥には、哀愁のようなものが漂っている。
まるでなにかを訴えるような、そんな眼差し。
初対面の者に対して向けるようなものには、到底見ることができなかった。
ルアスは彼女の眼差しに、違和感のようなものが胸の内を一陣の風のように掠め通り過ぎていく。
そして思った。なぜそんな瞳をシェイドに向けるのだろう、と。
結局のところその違和感がなんなのかわからないまま、ルアスは話題を転じようとシェイドの背中に向かって言い放った。
「どうだっていいだろう、そんなこと。それよりも毒消しの薬草って、どこにあるんだよ。結構歩いてるのに、なかなか着かないじゃないか」
「あまり騒ぐな。魔物に気づかれる」
「けど!」
やはりシェイドは振り向くことなく、ルアスを叱咤した。
「そういえばルアスさん達は、毒消しの薬草を探しているんですよね?」
サーシャはなんとも言い難い緊張から解放されたことに微かに胸を撫でおろし、話を逸らしてくれたことに心の中でルアスに感謝した。
シェイドの言葉に、ふて腐れたようにいきり立つルアスに顔を向け訊ねた。
それを聞き、ルアスは勢いよくサーシャへと振り向いた。
「そうだけど、知ってるのか?」
「はい。確かこの洞窟の最深部に、水の湧き出る場所があるんです。そこに他の薬草に混じって、生えていたと思います」
言いながら先を指し示すように、奥を指差した。
迷うどころかきっぱりと言い放つサーシャに、シェイドは立ち止まり、訝しげに振り向いた。瞳は明らかに疑惑の光を放っている。
「この洞窟はサフィニア戦争後、間もなく魔物によって荒らされたはずだ。昨日今日来ただけの者が、なぜ最深層に生えていることを知っている」
「この洞窟がまだ魔物に占拠される前の幼い頃に、ある人と何度か来たことがあるのです」
サーシャは真向から視線を受け止めた。
互いはどこか単純そうで、だが複雑に視線を絡み合わせている。
二人の間には戦慄が走るような緊張感というよりも、寂寥と諦めと切望とが入り乱れている。
言葉では言い表すことのできないなにかを伝えたそうな、しかしそれをしてはいけないような感慨さえ窺わせている。
「ある人?」
張り詰めた空気に、同時に奇妙さを憶える光景に、ルアスは息苦しさを感じた。
動こうとさえしない二人の顔を交互に見上げながら訊ねた。
「はい…。その人にこの洞窟内にある、とても綺麗な場所を教えてもらったのです。以来、暇を作ってはよく行っていたのです。ここに魔物が押し寄せてくるまでは……」
「もしかして、もう一度そこに行きたくてここに?」
ルアスのその問いに、サーシャはどこか寂しげに微笑むと天井に目線を逸らす。
いや、天井に目を向けてはいてもそこを見てはおらず、どこか虚空をとらえている。
「もしかしたら、そうなのかもしれませんね。もう一度その人とそこへと行けたなら、私はどんなに……」
「……最深層に行く前に、一つ用事ができたな」
呟くような、囁くような、誰に対して話しているのかさえ定かではないサーシャの言葉に、シェイドは踵を返すと再び歩きだした。
「ちょっと待てよ。それってどういう意味だよ」
先へ行くシェイドを、ルアスは足早に追いかけた。サーシャは無言のまま、彼等の足取りに合わせて着いていく。
更にその後ろを小鳥サイズのゾンビ鳥が、身を潜めながら彼等の動向を不気味なほど、目を逸らすことなく見つめていた。
「なあ、寄り道って一体どこに行くつもりなんだよ」
まるで子供のように周りを駆けずり回りながら詰問するルアスに、シェイドは深いため息をつき、呆れ返ったように頭を振った。
「今の話を聞いて、なんの予想もつかないのか」
「………?」
「察しが悪いな」
まだわかっていないルアスに、シェイドは説明すら面倒くさいようで、再びため息をついた。
「でもそれでは、あなた方が…」
「行きたいのだろう、その場所へ」
既に先程の話で察しのついたらしいサーシャは戸惑いながら反論したものの、シェイドの問いに思わず言葉を詰まらせている。
どうしても行きたいという切実な想いが、サーシャの表情に彩られていた。
しかしルアス達を煩わせていいのかと、躊躇っているのだろう。
無言で伏せ見がちに視線を泳がせているのは、気持ちが揺れ動いているのかもしれない。
彼女の仕草にルアスはようやく合点がいき、シェイドへと屈託のない笑顔を向けた。
「ああ、なるほどそういうことか! サーシャの行きたい場所まで行くんだな。さすがシェイド、この洞窟内に詳しいだけのことはあるよな。雇い主としては鼻が高いよ」
「やっと気がついたか。だが誰も貴様に雇われた憶えはないぞ」
「え、違うのか?」
「まったく違う」
二人の掛け合いに、サーシャは軽く声を上げながら笑っていた。
微笑むことはあっても、どこか愁いを帯びていただけに、ルアスは新鮮に映る。
同時に、あどけない笑顔を見せてくれたことが嬉しかった。
だがそれも少しだけのことで、どこか不安そうな、申し訳なさそうな眼差しを向ける。
「本当にいいのですか? あなた方は毒で倒れた人々のために、薬草を取りに来ているのでしょう」
「急いでるよ。でもだからって目の前で困っている人を、蔑ろにしていいってわけじゃないから」
ルアスは本心から思い、笑顔を浮かべた。
混血ということで忌み嫌われてきた分、そうされることを嫌い、反感を持っていた。
サーシャに惜しみなく笑顔を向けるのは、そうすることで少しでも罪悪感から解放されてほしい。
素直に自分の思いを語ってほしいからである。
けれどサーシャは逆に、心配と不安が入り混じった表情を崩さない。
むしろ頑なに拒んでいる印象さえ受けた。
「ですが私は、あなた方にご迷惑を……」
「目覚めが悪いから、絶対にダメだ!」
ルアスはわざとらしくしかめ面を作り、サーシャに顔を近づけると、語尾を強めながら言った。
「だそうだ。だが最終的に決めるのは自分自身だ。どうせなら悔いの残らない方を選べ」
対照的にシェイドは素気なさそうにチラリとだけサーシャを見やると、背を向けて肩越しに告げる。
決して邪険にしているわけではないことに、サーシャは雰囲気によって気がついたようだ。
そのことをルアスは既に知っている。
たんに不器用なだけなのか、それとも別の意図があるのかは窺い知れないが、最初から関わる気がないのなら、洞窟へと連れてきてはくれなかったはずである。
サーシャに対しても、寄り道をしようなどと言わなかっただろう。
シェイドの一言が、フィニアの心を動かしたらしい。
定まらなかった視線が、しっかりとルアス達に向けられる。
「私、行きたいです。どうしてもそこへ」
サーシャはルアス達に優しげに微笑み、口から紡ぎ出す。
意識してそうしたのか、それとも無意識にはわからない。
向けられる微笑は、なによりも綺麗に映った。




