八回
〇三章,激動の末に・下/八回
執務室から出たラバーテラは、周囲を見渡しながら神殿内を歩き回る。
比較にならないとはいえ、大都市サフィニアの頃を彷彿とさせる。
これだけの人数が一つの所に集まるなど、それ以来見たことがないためかもしれない。
もしかすると各神殿からだけではなく、噂を聞きつけてきた者達もいるかもしれない。
人と手を組むことは嫌だが、魔に一矢報いたいと願う者は多いだろう。
予想はしていたが、フウラを巫女として認めない者がいるために、どんなに少なくとも二つの派閥に分かれている可能性は高い。細分化すると、更にあるかもしれない。
いくら神々の行く末を見守ると決意したとはいえ、平和を望む気持ちはラバーテラも同じである。
魔族マグノリアは結束の弱い今を狙い、揺さぶりをかけてこないとはいえない。
ラバーテラは細かい現状を知るために、ルイスの姿を探し始めた。
フウラと面会するにあたって、大まかなことを知ることはできたが、まだ神殿に来たばかりである。
これからのことを考えると、あまりにも事態を知らなさすぎた。
周囲を見渡していると、建物の影になった、やや見通しの悪い一角に、数人の男達がたむろしていた。
エルフ、ホビット、ドワーフ、様々だ。輪になって語り合っているという雰囲気ではない。
気の弱そうなフェザーフォルク族の青年が壁に押しやられ、その周囲を数人の男達が取り囲んでいるためである。
「いい加減に吐いたらどうだ。お前達は人間と結託して、なにをしようとしている」
「……知りません」
「それで押し通せると思うなよ。お前の連れと、あの夫婦は親しげに話していただろう。しかもそいつらは、揃いも揃って人間の協力を仰ぎに行ったんだ。お前だけが、ここに残った。なにか知っているはずだ」
取り囲んでいる男達は、フェザーフォルクの青年に詰問する。
フェザーフォルクの青年は、おどおどした表情で何度か口を開きかけている。
集団で取り囲まれていることが純粋に恐ろしいのか、それとも実際に知っていてのことなのだろうか。
「あの方達が人間の協力を仰ぎに行ったのは、フウラ様のご指示でしょう?」
「だからこそだ。お前達はフウラ達に、なにを吹き込んだ。うまくそそのかして、魔物率いる人間達を呼び込み、俺達を一網打尽にするつもりじゃないのか」
「だからお前は俺達の動きを監視するために、ここに残った。違うか」
「滅相もありません。少なくとも僕は、そんな大それたことなどできません」
「隠すとためにならんぞ。口を割らんなら、このままお前を神殿の外に放り出してやってもいいんだ。なにかあっても魔物のせいにすれば、誰も疑いはしないだろう」
男達は妙案だとでもいうように、ニヤリと笑いあう。
フェザーフォルクの青年は怯えきったのか、全身を強張らせながら男達を見ている。
話が怪しげな方向へと流れていることに、ラバーテラは危機感を覚えた。さすがにこの状況を、見逃すことはできない。
「物騒な話をしているな。私も混ぜてもらえないだろうか」
第三者であるラバーテラが声をかけたことにより、男達の睨むような鋭い視線が集中する。
わずかにヒヤリとしたものを背筋に感じたが、それでも彼等へと歩み寄る。
もちろん余裕のある笑みも忘れない。
「なんだ、お前は。俺達に何か用か」
「私が用のあるのは、そこの青年なんだがね」
フェザーフォルクの青年は見るからに消沈し、怯えている。
どうやら男達の味方だと受け取ったようだ。
そんな彼を囲みながら、男達は含むような笑みを浮かべた。
「お前も俺達の同類か」
「いいや、私はどちらの味方でもない。最初に言ったはずだ。貴方達の話は物騒だと。しかもこんなところでコソコソしているということは、他の誰にも聞かれたくない話のではないか」
頭と男達は、渋るように唸る。
「しかも聞くところによると、フウラ様のご指示だそうだな。そんなに決定事項に不服があるのなら、直談判すればいいだろう。弱い者いじめなどせずにね」
男達はラバーテラの正論に、ことさら顔をしかめた。
面立ちからは、嫌悪と苛立ちが充分に汲み取れる。
「ハッタリを噛まそうとしたって無駄だぜ。人数的にいえば、俺達の方が俺なんだ」
「私がなんの考えもなく、ここに一人で来たと思っているんですか。そんな簡単なことに頭を巡らせられないほど、血が上っているんですか」
「なんだと……!」
挑発するラバーテラに、ドワーフの男が一人、掴みかかろうとする。
しかし仲間である男の一人に押し留められた。
「こいつ等の言っていることが本当かどうかわからんが、騒ぎが大きくなったら面倒だ」
だからやめておけと、促した。
騒ぎが広がれば多くの目が集中し、この場でことを問いただされる可能性があった。
男も頭の片隅では、理解していたのかもしれない。
窘められたことにより、怒りよりも理性が勝ったらしい。憤りつつも、渋々拳を収める。
ただし代わりのように苛烈な眼差しを、惜しみなくラバーテラへと向ける。
「俺はクイナ。お前の名を聞いておこう」
「私はラバーテラ」
「ラバーテラか、このままですむと思うなよ」
「ああ、覚えておくよ」
男達は怒りを漲らせながら立ち去っていく。
どうにか事を収められたことに、ラバーテラは安堵の息を漏らした。
そして取り残された青年へと目を向ける。
青年は壁際に寄りかかる形で座り込み、ラバーテラを見上げている。
男達が去ったことに少しばかり安心したようだが、双眸からは疑念と警戒は消えていない。
男達に因縁をかけられていた。しかもその後に現れたのは、初対面のラバーテラである。慎重になるなという方が難しいだろう。
「私は貴方の敵ではないよ」
ラバーテラは警戒を解くために、柔和な笑みを浮かべながら手を差し伸べた。
立ち上がるために手は必要かと思えたのだ。
しかし青年は敢えて手を取らず、伏せ見がちに立ち上がる。
「なぜあなたは私に優しくするんです。僕は罪人ですよ」
知っているでしょうとでもいうように、上目遣いに見つめる。
そのような言葉を向けられる意味がわからない。
むしろ知っていることの方が少ないくらいだろう。そのためラバーテラは、内心首を傾げた。
「すまないが、私はまだここに来たばかりなんだ。なぜ貴方は、自分を罪人だと言うんです?」
どうやら既に知られていると思っていたらしく、青年は軽く目を瞠る。
たがやがて、なにかを思い出したかのように顔を背ける。面差しには、わずかに苦渋が浮かんでいる。
先程感じた警戒心とは、なにか別のものが表情から窺えた。それが妙に気に掛かる。
自分を罪人だとし、絡まれてまで神殿に居続ける理由はなんなのだろう、と。
「僕に関わるのは、やめて下さい。善意であるなら、なおさらです。それがあなたのためですから」
「私はそれでも一向に構わない。私は人でもあり、妖精でもあるんです。どちらでもある以上、現在の風習では私も罪人なんです」
「では、あなたは……」
青年は、その後に続く言葉を失った。
ラバーテラは力強く頷く。
「私はラバーテラ。なにかあれば、いつでも声をかけて下さい。力になります」
青年は最後まで聞こうとはせず、逃げるように走り去って行った。
おそらく彼は純血の妖精だろう。
青年がどう受け止め、どう行動するかはわからないが、このことを言い触らすこともありえる。
場合によっては神殿を追い出されるかもしれないが、フウラの指針では、人と妖精とが対等にいられるよう掲げている。
そこに混血は含まれないはずがないと、地道に訴えていくこともできる。
もし予測通りになった場合、到着早々難儀に見舞われることになるが、それでもいいと思えた。
知られたことによって生まれる障壁はあるかもしれないが、それでも言わずにはいられなかった。
混血であるラバーテラも、忌み者として蔑まされる罪人なのだと。ただそこにいるだけで罪とされる者がいるのだと。
だから一人で責め苦を負う必要などないのだと。
誰一人いなくなった一角で呼吸を整えると、人通りの多い場所へと戻った。
「ラバーテラ、こんなところにいたのか。探したぞ」
「ルイス、なぜ……」
思わず困惑気にルイスを見つめる。探していたため、彼の方から来てくれたのは有り難い。
しかし役目を終えた以上、いくら植物の神殿での同胞とはいえ、おそらくここではそれぞれの役目があるのだろうと思っていた。
そのためラバーテラに構う時間は、それほど多くはないのだろうと。
「それは…聞きたいことがあったんだ。ところでお前は、どうして人気の少ないところから出てきたんだ」
道にでも迷ったのかと尋ねるルイスに、ラバーテラは微苦笑する。
「周囲に極端に怯える、妙な青年に出会ったんだが……」
まさか絡まれているところを助けたとは言えず、言葉を濁す。
神殿内で妙な諍いが起きていたということを、知らずにいる可能性がある。
人数が多いため多少の衝突などはあるかもしれないが、外から来たばかりラバーテラが貶めるようなことを伝えるのは憚られたのだ。
けれどルイスは心当たりがあるようで、即座に反応した。
「もしかしてフェザーフォルクの青年か」
「知ってるのか」
即座に種族を言い当てるルイスに、ラバーテラは反問していた。
すでに周知の事実なのだろうか。それとも彼の耳が早いのか。
どちらにせよ先程のような行為は、既に知られているということに少なからず驚いた。
ルイスは肯定のため、力強く頷く。
「人と妖精の夫婦と、親しげに話している男がいると言わなかったか。彼等と共に、一線を置くような形で傍にいたのが、フェザーフォルクの青年だったらしい」
「……それで、あんなに怯えていたんだな」
「そのせいか絡まれることも多いようだから、まず間違いないだろう。そいつがどうかしたのか」
「いや、どうというわけではないが、今まさにその現場に立ち会ったばかりなんだ」
「まあ無理もない。夫婦と男は人間の協力を得るために、フウラ様の指示のもとに神殿を後にしたが、そいつだけは残ったんだ。いくら今後のために手を組む必要性があるとはいえ、納得できないんだろう。今では人間と魔物を手引きするために残ったんじゃないかと噂されてる。真実か、でっち上げかはわからんけどな」
それで青年は自分を罪人なのだというのだろうかと、ラバーテラは思った。
ルイスの言うように、真実かそうでないかは本人か、関わった者しかわからない。
ならばなぜ、自分を罪人だというのだろうか。もし真実であるならば、普通ならもっとうまく立ち回るのではないのだろうか。
だが青年のいう罪人が、別の意味合いに思えて仕方がない。
そのために非難の的になりながらも、神殿に残っているのだとしたら。
様々な考えが頭をよぎる。だが憶測は憶測でしかない。
既に混血であることを伝えた以上、避けられる可能性は否めない。
けれどもし許されるのなら、もう一度彼に会って話がしたい。彼のいう罪とはなんなのかを、知りたかった。
ただし現段階において、真相を知るすべはない。
フェザーフォルスの青年は気に掛かるが、当初の目的に立ち返るため、ルイスへと改めて目を向ける。
探していたとはいえ、彼の方から来てくれたのは素直に感謝していた。
だがややあって、ルイスも同じようにラバーテラを探していたことに思い至る。
「そういえば私を探していたと言っていたな。なにか用があったのではないのか」
「そうだった。レーレン様が亡くなったと聞かされてから、考えていた。俺は俺の意思でここに来たが、ずっと気掛かりだったんだ。だからどのようにお亡くなりになったのか知りたいんだ」
そのため引き返したもののラバーテラの姿はなく、探していたのだという。
思わずラバーテラは笑みを零した。嬉しかったのだ。
少しでも、植物の神殿の巫女を気にかけてくれたことが。
どこまで話してよいものか考え、言葉を選びつつ、ルイスへと語る。
けれど結局のところアーサーやルアス、マグノリアのことはどうしても避けられなかった。
ただし神の血を、現在持っていることだけは伏せていた。
用心ということもあるが、無用な混乱や心配によって気遣いをさせたくはないのである。
そして翌日。
広場に集められた者達は、フウラの口から植物の神殿の巫女レーレンの永眠を知らされた。
ただし魔族が関与していたことは伏せ、神殿襲撃によって受けた傷と高齢により回復の兆しが見えぬまま、となった。
*
ラバーテラは光の神殿で、ルイスと食事を取っていた。
それほど長くは滞在していないためか、物珍しさが先走る。
そのためルイスと話をしつつも、周囲に目を向けてしまう。
食堂はないため、皆は野外や、室内など、それぞれの場所で食事をしている。
急激に人数が多くなったため、必然的に食糧不足に陥っている。そのため一人辺りの配当が簡素だった。
半面、人手が増えたことにより半壊していた神殿は、日々着々と復旧へと向かっている。
現在神殿内では大まかに分けると、警備班、食料担当班、再建設班、医療班、清掃班の五つとなっている。
さらに細かく分けると、警備班は魔物達から身を守るだけではなく、内部の小競り合いなどの収集も兼ねている。
多くの人々が集団生活を送るのだ。それぞれの神殿でのやり方や、各々の性格、価値観などが否応なく浮き彫りになっていく。なおかつ物資や食糧や休息場所もままならない。
そのため通常ならばさほど気にもとめない些細なやりとりさえ、なにかしらの火種になることも少なくない。
もちろん問題を起こすほうも、好き好んでというわけではないのだろうが、集団生活をする上で避けては通れない道なのだ。
食料調達班は、その名の通り食料を調達することが仕事である。
当初は神殿付近の果樹や野草などを摘み取り、炊き出しをしていた。
しかし人の増加と比例して、食料不足も増加している。
現在では食料調達班の仕事は、細分化すると食料確保と調理と農業の三つに分かれている。
そのため最近では神殿内に農地を耕し、穀物を作っている。北に位置する光の神殿付近では温暖な気候が多いため、現段階でのもっとも有効な手段とされている。
時間はかかるだろうが順調にいけば収穫も増え、食糧不足も改善されていくだろう。
再建築班は、使えないものは瓦礫を撤去し、再利用は建設に使用している。
完全な復旧だけではなく、増築も兼ねている。
ラバーテラが神殿へとやってきたときには、補強のための骨組み部分は既に終わっていた。
現在は、外壁の再建のようだ。
フウラは神殿内に執務室と自室の二部屋を確保しており、他に使用できる部屋は病人やケガ人、老人や子供のために使われている。
その老人や子供達の多くは、戦闘や肉体労働が難しい。なぜなら老人は働き盛りの青年期を過ぎ、子供は成長期の段階であるため幼さの残る者が多いためだ。
病人やケガ人等の休息場所の確保。応急処置、薬草の配給や調合などを行なっている。
力仕事を要することもあるため、多少なりとも成年の男手はあるものの、主に彼等が医療班として活躍している。
清掃班は否応なく出るゴミの処分や、掃除、洗濯などを任されている。
それぞれの誰がどの役割をしているかは一目ではわからないため、右肩に色のついた腕章をつけている。
警護班は緑、食料担当班は黄土、再建担当班は青、医療班は白、清掃班は紫となっている。
その班の中でもさらに役割が細分化されているため、同じ系統の色でも微妙に変え、どこの配置の者かわかるように考えられているようだ。
ルイスから話を聞き、周囲に目を向ける機会は増え、大まかな分担はわかった。
けれど、どれがどの役職かを見分けるまでは時間が掛かりそうである。
それとは別に種族間、もしくは各神殿の派閥等により、様々な小競り合いはある。
しかもフウラは周囲の猛反対を受けながらも、人との協定宣言をも掲げている。
いつ均衡が崩れてもおかしくはない危うさは、依然としてある。
だがこうして組織として成り立っているのは、ここにいる者達は少なからず人に対してよりも魔に対する恐怖と敵意が強いためなのかもしれない。人との共存だけではなく、魔に対する報復を謳っているのだから。
事実魔の存在に家族や友人などを殺された者は、少なくないのである。
積年の恨みが募っていたとしてもおかしくはない。
そしてもう一つは、フウラの存在である。
不満がありながらも、神殿の巫女の生き残りなのだ。
各々の神殿から来た者が多いため、どうやって選出されるかを知っている。
そうでなくとも簡単になれる役職ではないのだと、大よその推測はできるのだろう。
とはいえ実際に人との共同戦線になった際、このバランスが今後どのように動くかはわからない。
魔の存在が、どのように関与してくるかも不確定要素である。
これらが現在、大小様々ながらも派閥がある中で成り立っている理由である。
予断の許さぬ現状を気に掛けつつも、ラバーテラはもう一つ気掛かりなことがあった。
フェザーフォルクの青年、エレムルスである。名は、彼について調べているうちに知ったことである。
話を聞くため、見かけては幾度となく声をかけようとするも、逃げられてしまう。
「いい加減、エレムスルと関わろうとするのはやめておけ。必要以上に接すれば、お前にも飛び火するぞ」
エレムルスには厄介な噂がまとわりついている。
関わろうとすればするほど、ラバーテラも批難の対象となりかねないのである。
同僚の誼だからこそなのか、これまで何度もルイスは語り聞かせていた。
けれどラバーテラは頷くことができない。
「すまないな。度重なる忠告は、とても有り難く思っている。彼に対する噂も。だが彼自身のことも、考えも、なに一つ知らないのだ。だからこそ話を聞きたい」
「聞いてどうするつもりなんだ。自分の身を危うくするだけだぞ」
「だが実際に、彼が密告した場面を見た者はいないんだろう?」
「噂はたいがい尾ひれがつくもんだ。だが大抵の奴等が、そう思ってくれているとは限らないし、そいつがシロとは限らないだろ」
「……それでも私は、話をしてみたい」
小さな沈黙の後、ラバーテラは答えた。
対してルイスは剣呑とした面立ちを向ける。
「俺は言うべきことは言ったからな。あとはお前の問題だ」
だから厄介事に巻き込むんじゃないぞとでも言わんばかりである。
すっかり腹を据えかねたルイスに、ラバーテラは柔和な笑みを浮かべる。
その仕草から話を聞く気など、ないだと悟ったのだろう。相手をすることに疲れ果てたのかもしれない。
それとも憤ることに馬鹿らしくなったのだろうか。ルイスは短いため息をついた。
「ありがとう、すまないな」
「まったく、その頑固さは長所だが短所でもあるな。さて、俺は仕事に戻るぞ」
言うとルイスは走り去っていった。
ルイスの仕事は、建設作業員である。ホビット族のほとんどが、細身で小柄である。
そのため入りにくい場所の補強を任されているようだ。
ドワーフ族ほどではないけれど、とくに手先が器用で、なおかつ身軽であるためか、重宝されているようだ。
やがてラバーテラも、仕事に戻ることにした。仕事は警備班である。
警備班だとわかるように緑色の腕章をしている。
だが外敵からの警備ではなく、神殿内の諍いをまとめるほうに回っている。
理由としては、エレムルスを探すためである。彼がどのような仕事についているのかわからないことと、警備班として行動していれば、出会う頻度が上がるためだ。
しかし思ったように、事は進んでいない。顔を合わせるたび、エレムルスは逃げてしまう。
それを何度も繰り返しているのである。
それは傍目から見ても、わかりやすいほどわかるのだろう。
ルイスが忠告という形で助言したのも、そのためである。
それでも真意を聞くまでは、引き下がることはできない。
周囲を見渡しつつ、ラバーテラは何度目かになるエレムルスの姿を探し始めた。
常にといっていいほど、怯えた表情で辺りを見渡しながら移動していることが多い。当初出会ったときのように、人気のない場所に連れ込まれる姿を見たこともある。
それでなくともフェザーフォルクの種族は、背に生えた翼が否応なく人目を引きつける。
それだけ大きな特徴なのである。見逃すということの方が少ない。
見回りをしていると、やがて配給制となっている食糧を持ち帰るエレムルスの姿を見つけた。
配給場所からそれほど離れていないため、人の通りは多い。
そのためだろうか、ラバーテラの姿には気がついていないようである。周囲に気を配っているようだが、今なら逃げ出されず、彼に追いつくことができるかもしれない。
足早に人の縫い目を通り抜けていく。
しかし目前に迫るも、エレムルスはラバーテラの姿に気がついたらしく、血相を変えて踵を返して走りだした。
ラバーテラは慌てて後を追いかける。
だが人々を押しのけて進まねばならず、思うように追いつけない。
エレムルスは翼があるというのに、空を駆けて逃げようとはしない。
そうすれば有利であるはずなのだ。だが飛行しないのは、目印や居場所の特定に繋がりやすいことがあるのかもしれない。
エレムルスは人混みにぶつかりながら、駆けていく。
やがて建設作業員のドワーフの男とぶつかり、よろめいた。
その拍子にドワーフの男が持っていた袋が落ち、大量の砂利が地面に零れ落ちる。
一度謝罪を向けると、体勢を立て直して立ち去ろうとする。
しかしドワーフの男は、逃げるエレムルスの腕を掴んだ。
ドワーフの力は強いため、容易にエレムルスは捕えられた。表情からは、焦りが窺える。
手を振り払おうとしているようだが、ドワーフの男は石のように掴んだまま放さない。
「なんてことしてくれる。謝るだけですむと思ってるのか」
「申し訳ありません。急いでいるんです」
「知らねえな。こっちは作業用の砂利を台無しにされてるんだ。新しい砂利を、袋に詰め直して貰おうか。それくらいしてもらったって、罰は当たらんはずだろう」
ドワーフの男は地面に散らばった砂利を見やりながら、肩を怒らした。
砂利は主に、建物の土台の補強に使用するものである。
ただでさえ材料が少ない中での作業なのだ。憤るのも無理はない。
エレムルスにとっては災難でしかないが、ラバーテラにとっては好都合だった。
「どうかしましたか」
あえて警備班として足早に歩みよる。
エレムルスの表情は、わずかに曇る。何度か逃げようと試みていたようだが、ドワーフは力が強い。
不本意ながらも、観念したのだろうか。それとも隙を見て逃げ出そうとしているのだろうか。
怯えと諦めによって消沈する面立ちには、業のような罪を背負っているらしいということしか知らないため、判断がつかない。
「警備班か。こいつが建設材料の一部をばら撒いてくれたんだ。しかも謝罪もそこそこにってんだから、タチが悪い」
怒り狂いながら、ドワーフは訴える。
エレムルスはなにか言いたげだったが、口ごもる。反論を憚られたのだろうか。
おそらくラバーテラに追いかけられたからと言いたかったのだろう。
だがそうすれば、なぜだと反問されかねない。追求されれば、それこそ返答に窮するしかないのだろう。
なぜならばラバーテラは警備班である。
かたやエレムルスは、人の力を借りにでた者達との縁が強いと噂されている。分が悪いことには違いない。
ともあれラバーテラは、ドワーフの男に目を向ける。
「貴方はこの方に、なにをしてほしいと望んでいるのです?」
「決まってるだろ。この砂利を新しく、二つ三つほど袋に詰めて持ってこなければ気がすまん」
ドワーフの男の怒りは、相当なもののようだ。眉をそり上げ、顔を真っ赤に染め上げている。
それ以上に、やり遂げるまでは逃がしはしないとでもいうような強固さがある。
砂利はギリギリ必要な量であり、入手も困難である。
一概に砂利といっても様々で、建物の土台には向き不向きはある。
なおかつ品質の良い物の周辺には、魔物がすみついているため警戒しつつ入手する必要がある。
そのため大変な作業なのだ。
それを急に体当たりされたあげく、地面にぶちまけられた。
なおかつドワーフ族のほとんどが、繊細な小物や道具を作る職人気質に長けている。
体格からは考えられないほどに。それが建物に変わっただけのことで、元来の気質までも変わるわけではないのだろう。
「わかりました。私とこの方とで、取ってきましょう。それでいいですか」
「ならいいだろう。袋を持っていけ。せめて台無しにした分くらいは入れてこい」
「わかりました」
エレムルスはなにか言いたげだったが、ラバーテラ達のやりとりに呑みこまれる形で無言を押し通した。
結局なにを言っても無駄だと思っているのだろう。
「では、行きましょう」
ラバーテラはドワーフの男から採集場所を聞くと、エレムルスと共に神殿の外へと出かけた。
といっても、それほど奥地に向かうわけではない。
いくら建造等に必要だとはいえ、脇目も振らずに深く入り込んでしまっては危険を伴う。
人里離れた場所に向かえば、魔物や危険な動物に遭遇してしまうことも増えるのだ。
もちろん神殿にいたとしても、時折魔物等の襲来はあった。
だがよほどの強靭な魔物、もしくは群れという例外さえなければ、防ぐことができる。そのためだろうか。人里に魔物の来る率が低いのだ。
その例外によって起こった神殿の周辺を、ラバーテラは改めて見やる。
植物の神殿においても感じたことであるが、無残としかいいようがない。
光の神殿のある周辺は、気候が年中を通して暖かい。
大地の神殿のように砂漠が広がるわけでも、植物の神殿のように木々などが鬱蒼としているわけでもない。
戦争が起こり、魔物等によって踏み荒らされることは多かったらしい。
それでもまばらに生えていた木々の間からは柔らかな陽射しが入り込み、地面には年中を通して花々が咲き誇っていたのだという。
それらによって荒涼のようになる心を和ませる者は多かったのだと、この地を昔から知る者から聞かされた。
だが今目の前に広がるのは、地面を抉り取られ、木々が倒れもしくは粉砕されているのである。少なからずあったという花々さえ、今となっては一輪もない。
名残さえない風景に、慣れ親しんだ植物の神殿と重なる部分があり、頭の奥が寂寥によって疼いた。
「あなたは卑怯な方ですね」
周囲に目を向けていると、恨みがましい口調を浴びせられた。
しかしそのことに嫌悪を示すどころか、嬉しく感じた。
これまで避けられていたことを思えば喜ばしい。むしろたいした進歩なのである。
そのためラバーテラは自然と朗らかな笑みがこぼれ落ちる。
「こうでもしなければ、貴方は私と顔を合わせてくれはしないでしょう?」
反問するラバーテラに、エレムルスは顔を歪めた。目元に少々影が差す。
嫌悪というよりも、図星をさされたという表現が近い。
暫し二人の間には、無言による沈黙が訪れた。聞こえるのは、地を踏む足音と衣擦れの音。
「……では、他にどうすればよかったんのですか。関わらないでほしいと、以前僕は伝えたはずです」
「貴方の噂は神殿中に広まっていますから、すんなり受け入れる方もいるでしょう。ですが、だからこそ、私は貴方に興味を覚えました。話を聞いてみたくなったんです。貴方のいう、罪というものを」
強引だとわかった上で、執拗にエレムルスの姿を探していた。そうでもしなくては、いつまでも逃げられていただろう。
煙たがられ、疎まれることは予想していても、である。
案の定、エレムルスは怪訝で不服そうな眼差しを向けてくる。
「好奇心からですか。それとも混血児であることを私が知ったため、その代償として執拗に、ですか」
まるで軽蔑するかのように、目が細められる。けれど同時に気が留める部分もあるのだろうか。
怯える様子も、わずかに窺える。
だがラバーテラは、ほのかに笑う。敵視するつもりも、侮蔑するつもりもないのだ。
「ただ知りたかったんですよ。なぜ貴方があのように言われたのか。罪とは一体なんなのか」
だからこうして何度もあって話をする機会を窺っていた。
そう告げるも、エレムルスの眼差しは警戒の色が濃くなっていく。やや後ずさりしていく。
ラバーテラは、どうしたものかと思い悩んだ。
どう伝えれば、頑なに拒む態度を和らげることができるのだろう。考えるも、良い案が浮かぶわけではない。
かといって、その思いに至った最近の出来事や心境を伝えたところで、耳を傾けてくれるかどうかわからない。
けれどエレムルスの傷ともいえるなにかを、聞き出すことで抉りだそうとしているかもしれないのだ。
信じてくれようとくれまいと、今ここで伝えなくては不公平ではないかと思いなおした。
息を整え、改めてエレムルスを見やる。
先程までの態度とは異なることに気がついたのだろうか。表情も少々硬くなる。
「貴方の話をお聞きしたいのは、確かに興味本位です。けれどそれを知ったところで、誰彼かまわず言い触らすつもりはありません」
なぜという、無言の問いが向けられる。俄かには信じられないと言いたげでもある。
「レーレン様、いえ植物の神殿の巫女様と申し上げた方がわかりやすいかもしれないですね。その方を知っておられますか」
「神殿の巫女、ないし神子様の中で、唯一世代交代のされなかった。最近亡くなったと、フウラ様が仰っていた方ですね」
「私がここにいるのは、その方のおかげなんです」
「……なにを言いたいのですか」
話の脈絡が見えてこない。そう思ったのだろう。
なおさら彼の瞳が酷く怯え、見えない壁が分厚くなっていく。
「私は罪を犯しました。疑ってはいけない方を長年疑っていましたが、真実の優しさに気づかされ、お仕えすることになったんです。……最後までお守りできませんでしたが」
一旦言葉を区切り、息をつく。
「その方は神話末期から生きておられ、神々の戦を現在にまで呼び寄せてしまったと嘆いておられたお方。けれど、だからこそ生き抜いて、見届けようとされていました。けれどお亡くなりになったあと、私に見届け役として生きるように言われたのです」
ラバーテラは、戸惑いつつも警戒を緩めようとはしないエレムルスを見続けた。
同時に、変わることのない柔和な笑みを向ける。けして他意などないのだと伝えるために。
そんなにも怯え、壁を作らなくてもいいのだと。
「だから貴方の言う、罪というものをお聞きしたかった。貴方の力になりたかった。私がレーレン様によって救われたように。あの方を最後まで辱めずにいてくれた、白竜様のためにも」
だから聞きたいのだと、ラバーテラは改めて告げた。
するとエレムルスの眉が、驚きによって跳ね上がる。表情が強張り、恐れや畏れがあらわになっていく。
急激な変化にラバーテラさえ驚き、とっさに次の行動が移せなかった。
「あなたは御使いである白竜様と、そのお付きの方々と面識があるのですか。知っていてなおさら、僕の罪を暴き、晒そうというのですか!」
「なにを…。貴方は彼等をご存じなのですか。更に、とは?」
「人と妖精の戦争のキッカケを作り上げたことです。ですがこれで辻褄が合いました。あなたが僕に執拗につきまとっていたのは、神殿の方々に僕の罪を曝け出す。そのために一足早く神殿へと来た。そうでしょう? 僕は充分に罰を受けました。これ以上、なにを求めるっていうんですか」
エレムルスは眉を吊り上げ、瞳に嫌悪と怒りと絶望が宿っているように思われた。
まるで手酷い裏切りを受けたような傷心さがあった。
「待って下さい。私には話が見えません。確かに白竜アーサー様と、ルアス君達には会いました。けれどそれは全くの偶然であり、貴方のことも知らされていません」
「嘘だ! 僕を監視し、更なる罰をとお考えなのでしょう。僕をここへと連れてきた、シェイドさんのように!」
「シェイドとは、なんのことです。なぜそこに闇の精霊長の名が?」
やや間をおいた後、取り乱すエレムルスへと問いかけた。
けれどエレムルスは、なにを今更という目を向けている。
けれど知らないものは知らないのだ。
よほど間の抜けた顔をしていたのだろうか。エレムルスは眉をひそめ、疑いの目を向ける。
「……本当に知らないんですか。僕のことも?」
ラバーテラは静かに頷いた。それでも信じられないのか、眉をひそめたままである。
「先程の話は、私の胸にしまっておきましょう」
「そう言いつつも、どうせ僕のことを言い触らすつもりなのでしょう」
「いいえ。先程も言いましたが、知りたいだけのです。そして見守っていきたいだけなのです。神々と、それに関わる人々の行く末を。貴方がそれに関わっておられたというのなら、なおさらです」
ラバーテラは微笑しながら頭を振った。
願わくば、幸あらんことを祈りながら。
レーレンがどのような思いで日々を過ぎ去り、現状を見守ってきたのかを知らない。どのような半生だったかを知ってはいても。
それを傍らで見ていることしかできないことが、とても歯痒かった。少しでも想いを理解したかった。
レーレンが亡くなり、託された今、少しでも近づきたくて、貪欲なまでに自分の足で、耳で、全身で様々なことを知りたかった。
ただすべての行く末を見終えた時、レーレンの墓の前で見聞きしたことを伝えるために。できるなら今後の希望が窺える終結であってほしい。
「最後まで信用して頂けないのなら、私が混血なのだと言い触らして下さって構いません。フウラ様が人と妖精との共存とを願っていたとしても、すでに植えつけられた敵意は簡単に拭えないでしょうから」
言うもエレムルスの眼差しは、いまだに恐怖と疑念に満ちている。とはいえ伝えるべきことは伝えたのだ。
これから先エレムルスがどのように感じ、どのような行動に走るのかは窺い知れない。
ただ、今は気長に待つしかない。嘘ではないと信じてもらうために。
「さて、魔物が出る前に砂利を集めて帰りましょう。手ぶらで帰ったら、こっ酷く叱られてしまいするからね」
これに関しては同意のようで、エレムルスは渋々ながらも頷いた。




