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想いの先にあるものは  ‐語られざる物語‐  作者: きりゅう
〇三章,激動の末に・下
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七回

〇三章,激動の末に・下/七回


 マグノリアは野外に出ていた。野外とはいえ、神殿内の中庭である。

 戦闘向けではないとはいえ魔族の一人であるため、力関係は魔物や妖魔より格段に上である。

 そのためだろうか。周囲には魔物の群れ等が大勢いるが、おいそれとは近づいてはこない。

 だがそれはそれで都合が良かった。なぜなら戻ってくる気配を感じ取ったのだ。

 そこでマグノリアは、植物の神殿へと赴かせた、自分の分身の帰りを待っていたのである。


 なぜなら自分自身の分身であっても、一つに戻らならなくてはいけない。

 でなければ分身が体験した記憶などは、けしてマグノリア自身へと戻ってはこないのだ。

 そのため人や妖精達の下へと潜り込ませた分身達は、直接マグノリアの下へと戻ってくる必要がある。

 帰還が難しいようならば、分身が更に分裂して、鳥などに変化して戻ってくることもある。そうすれば分裂するまでの経緯や経験といった記憶の情報を取り入れることができる。

 マグノリアが神殿から離れることが滅多にないのは、いながらにして様々な情報をかき集めることができるためなのだ。


 やがて案の定、コウモリの羽根のはためかせながら、上空から舞い降りてくる姿が見えた。

 マグノリアは手のひらを、胸元まで上げた。分身はマグノリアの下まで来ると、小指の爪ほどの血の塊となって、手のひらの上へとストンと落ちた。それをなんの躊躇いもなく飲み込む。

 植物の神殿で分身が行ない、経験した記憶が、本体であるマグノリアと同化していく。


「どうやら血を、無事に手に入れることができたみたいだね」


 植物の神殿でのやり取りを知り終えると、満々の笑みを浮かべる。

 だが、けれどとも思う。


「なんの偶然か、まさかそこにアーサー様や弟君がいるとはね」


 一人足りなかったようだけれどと続けながら、神の神殿の建造物内へと踵を返した。

 このことをレンドに伝えるためである。

 道中、各神殿を襲って以降、回復のために養生していたザルバードの姿を見つけた。

 半身火傷を負っていた頃と比べて随分回復したようだが、完全ではないようだ。

 名残が所々に窺えた。変わらないことといえば、マグノリアの姿を見るたびに、しかめ面をするところだろうか。

 長い付き合いになるのだが、いや長い付き合いだからこそ、毛嫌いしているのだろう。

 日増しにマグノリアに対する嫌悪が強くなってくる。

 ここまで嫌われていると、怒りを通り越して滑稽であり、清々しくもある。


「ほとんど傷は回復したようですね。弟君達を探す許可を貰いに行くのですか」


「貴様の知ったことではない」


「そうですか。僕はこれからレンド様に、ご報告があるんです。あなたもご一緒にどうですか」


「なぜ俺が貴様なんぞと!」


「お忙しいようなら止めませんよ。ただしあなたにも関わる事柄ですよ。たとえば、弟君のこととか」


 それでも嫌だと言い張るつもりなのかと、暗に告げながら微笑んだ。

 言葉の裏に秘めた意味に気がついたのか、ザルバードは悔しげに小さくうなる。

 たとえ真意に気がついていなくとも、アーサーやルアスの名を出せば、不用意に跳ねつけはしないだろうと踏んでのことだった。


 ややあってザルバードは、ふんと鼻を鳴らしながら、そっぽを向いた。

 それが彼なりの承諾の意である。

 それを知っているためか、おかしくて仕様がない。ふてぶてしいザルバードへと微笑すると、マグノリアはレンドのいる玉座へと足を向けた。数歩離れながら、ザルバードはついてくる。

 やがて扉の前へとくると、名乗りを上げて室内にはいると、玉座に座るレンドへと一礼する。


「二人がこうして私の前に現れるのは、久しいことだな」


「レンド様にお伝えしなくてはいけないことがありまして、馳せ参じました。ザルバードとは道中お会いしましたので、一緒に来てもらったんですよ」


 言うもザルバードは、マグノリアを一瞥すらしない。ただ無言である。

 常であるため、マグノリアは先を続けることにした。

 ある程度は察しているようだが、無言で先を促していたためだ。


「植物の神殿の巫女、レーレン様とアーサー様の血を手に入れました。ただ驚いたことに、アーサー様達ご本人にお会いしましたよ」


「ならばあの小僧も一緒だったということか。なぜ連れてこなんだ!」


「それはあなたの仕事でしょう。私が横取りするような、野暮なことをするとお思いですか」


「貴様なら、しでかしたとしてもおかしくはない」


「随分な言い分ですね。そう思われたままというのは心外ですので、一つ良い情報を差し上げましょう。彼等は今、植物の神殿から北にある光の神殿に向かっているはずですよ」


「なぜ、そんなことがわかる」


「なぜなら光の神殿に向かうよう、私が促したためですよ」


 剣呑だったザルバードの面立ちが、なおさら際立っていく。

 それが妙におかしく、マグノリアはとうとう軽く吹き出してしまった。

 その様がもはや限界だったようで、憤怒の形相をマグノリアに向けている。

 今にも襲いかかりそうなほどだ。


「そこまでにしておけ」


 レンドの冷淡な言葉が投げかけられた。

 ザルバードはそれにより、どのような場所で憤慨しているのかを思い出したのだろう。

 いっきに冷水を浴びせかけられたかのように委縮する。


「申し訳ございません」


「それで、マグノリアの情報は確実なのか」


 非礼を詫びるために深々と頭を下げる配下を軽く一瞥すると、真偽を確認するためにマグノリアを見やる。


「それは間違いありません。気配を悟られぬよう見送りましたから。行くのなら急いだ方がいいでしょう。光の神殿に辿り着けば、アーサー様に味方する妖精は多いでしょう。そうすれば厄介です」


 アーサーの存在を知れば、味方する妖精は大勢いるだろう。妖精が寄り集まれば、脅威となりうるかもしれない。

 中には高位精霊を扱える者もいるだろう。

 各神殿を襲ったのはザルバード達であるため、陥落させるのは難しくはない。

 とはいえ絶対ではない。だが時間が掛かる可能性もある。

 睨み据えるザルバードの眼差しが、マグノリアへと叩きつけられる。

 しかし慣れているマグノリアは、平然と受け止める。


「そんなこと言われなくともわかっている。それではレンド様、これで失礼します」


 ザルバードは頭を下げると、早々に立ち去った。

 その姿を見送った後、マグノリアは改めてレンドを見やる。


「弟君達のことは、彼に任せきりでいいのですか。彼、確実に息の根を止めそうですよ。無事に彼の手を振り切って、光の神殿に赴けば、実際厄介ですけれど」


 するとレンドは皮肉交じりの笑みを浮かべた。


「あれにはアーサーを殺せんよ。いくら目の敵にし、力が弱まっていようとな。でなければ、これほどまでに生き残ってはいないだろう」


 むしろそうさせる半分は、レンドの手によるものだろうという考えが、マグノリアの脳裏に浮かぶ。

 最近の例を取り上げるなら、アーサーが眠りにつく神殿から出られぬよう結界を張ったのも、その一つである。

 力を取り戻すまでの時間稼ぎということもあるのだろう。

 だがアーサーはゲオルグ達に力を削ぎ落とし、レンドは逆にその親友である男の肉体を宿主として力を取り戻し始めていた。

 今回アーサーがルアスを宿主に選び、行動するまでの間、確かに結界内に閉じ込められていたはずだ。

 それまでに決着をつけることもできたはずなのである。

 そのことに気がついていないはずはないのだろうにと、思わずにはいられない。

 ただ、そうさせないなにかがあるのだろう。

 けれどマグノリアは、あえてそれに触れずにいる。逆鱗に触れかねないだけに、差し控えている。

 命が惜しいということもあるが、だがそれ以上にレンドがそれに気がついた際、どのような行動に移すのかが気に掛かる。

 だからこそなにも言わず、微笑を携えながらレンドを見上げる。


「でしょうね。では彼等が神殿に辿りついた時の策も、講じておいた方が良さそうですね。神殿にいる方々を使って、事を起こすつもりだ。止められるのなら止めてみろと大見え切ってしまいましたからね」


 言うトレンドは、大声で豪快に笑いだし、楽しげにマグノリアを見やる。


「なるほど、面白いことになっているようだな。他に変ったことはあるか」


「ラバーテラというエルフの男性が、アーサー様達を除いた、レーレン様の亡き姿を見た唯一の存在です。彼は一足早く光の神殿に向かうと言っていましたから、おそらくは着いている頃ですよ」


 そしておそらくは、全員ではないにしてもレーレンやマグノリアのことは伝わっているだろう。

 レンドもある程度察したようで、思案気に目を細める。


「レーレンが死んだことを知るのは、その男とアーサー達だけということか。ならばいっそ、お前がアーサーやレーレンとして光の神殿へと赴くがいい。本物のアーサー達が辿りつくまでにな。ただ頃合いは、追って沙汰する」


「仰せのままに」


 マグノリアは一礼する。

 深く考えずとも、レンドの考えが読めたためだ。

 アーサー達が光の神殿に赴くまでに、レーレン達に変化したマグノリアが先に辿りつく。

 水の神殿の巫女以外に、植物の神殿の巫女だけが生き残っていると知れ渡っている。

 しかし死んだことを知るのも、目にしたのもごく一部。

 先にアーサー達がついていたなら、効力も半減するかもしれないが、逆にそれらを利用することもできる。

 だが先に植物の神殿の巫女の姿を借り、アーサーを伴えば、彼等の視線は一点に集中する。

 たとえラバーテラが魔族であることを訴えたとしても、白竜の姿をしたアーサーを見れば、どちらを信用するかは容易に想像できる。発言力が大きくなる。

 真実を知るラバーテラを追い出すこともでき、本物のアーサー達が来たとしても、正体を暴くことができない限り、迂闊には手を出せないだろう。

 だからこそアーサー達よりも先に辿りつき、内部からじわりじわりと事を起こす必要がある。

 そして行く時期は指定されはしたが、やり方を指定されてはいない。マグノリアに一任されたことになる。好きなだけ、彼等を惑わしてみせろということなのだろう。


「それで、姫はどうなされますか」


「好きにすればいい」

 所詮知ったところで、どうにもできないだろうと、興味なさげに言い捨てる。

 まさにその通りだと思いながら、マグノリアは退室する。

 その後迷うことなく、シンシアの下へと足を向けた。



 光の神殿にやってきたラバーテラは、様々な妖精達が思いの外多いことに驚きを隠せなかった。

 各神殿で生き残った妖精達が集結しつつある。

 とはいえ短期間で神殿以上の人数がいるとは、予想していなかったのだ。

 どれだけ無事な者達がいたのかは知らないが、すべての者達が来ているとは考えにくい。

 ラバーテラのいた神殿では、神殿に残った者、立ち去った者も、少なからずいるためである。

 他に行き場がなかった、もしくはなにかをしたかったためということも考えられる。

 けれど人と妖精とが手を結び、魔の存在を叩こうという思想に触れ、意にそぐわなければ神殿を離れるという選択もあるはずなのだ。だが人数を見る限り、それも少ないようだ。

 それだけ光の神殿で取り仕切っているフウラという巫女は、惹きつけるなにかをもっているのだろうか。それとも妖精達の、魔に対する執念や嫌悪が勝っているためだろうか。

 ともあれ一度会い、植物の神殿の巫女であるレーレンが亡くなったこと、魔族の思惑などによる今後への危険性等を伝えなくてはいけない。

 ただフウラの居場所を知らないこと、初対面であることもあって、誰かの取り次ぎが必要であるため周囲を見渡した。


「…ラバーテラ、ラバーテラじゃないか! 久しいな」


 辺りを見ていると、手を振りながら近づいてくるホビット族の男がいた。癖の強い焦げ茶色の髪と、灰色の瞳。

 人懐っこい笑顔が満面に広がっている。

 彼の姿に見覚えのあるラバーテラは、頬を綻ばせる。植物の神殿での仲間である。

 ホビット族の容姿は、成年にはなりきれない子供の姿で成長が止まるため、実年齢とは大きく異なる。

 見目だけでは年齢を把握しにくい、成年期で成長の止まる他の妖精にもいえることだが、中でもホビット族は幼年期で止まる数少ない種族である。そして彼も例には漏れていない。


「ルイスか、本当に久しいな。別れたのはほんの一月程まえだというのに。元気だったか」


 ホビット族の男ルイスは、朗らかに笑いながら頷いた。

 だがすぐ様、伏せ見がちにラバーテラを見やる。


「お前がここに来たということは、レーレン様は……」


「…ああ。お亡くなりになられた」


「神殿に残った、他の奴らはどうした」


「……死んだよ」


 ラバーテラは悔しさと悲哀とを滲ませながら答えた。

 同じ神殿出身ということもあり、思い出深い様々なことを思い返したのだろう。

 ルイスは切なげに目を細めると、喉を詰まらせていた。目元には、涙さえ浮かんでいる。


「ルイス、この神殿の巫女様に会わせてほしい。一刻も早く、このことを報告したい。できれば歩きがてら、ここのことを教えてくれると助かる」


「……そうだな。ついてこい」


 ルイスは手の甲で涙を拭うと、踵を返した。

 歩き出すルイスに、ラバーテラは続いた。

 だがルイスは語らない。沈黙がよぎる。ややあってルイスは、申し訳なさそうな視線を向ける。


「……すまなかった。レーレン様の傍におらず、ここに来たこと」


「いいや、気にすることはない。最初光の神殿から使者が来たとき、各々の判断に任せるとレーレン様は仰ったのだ。だから自分の意思に従った。君も、私も」


 だから咎めるつもりなど、なに一つないのだと続けた。

 そうか、とルイスは微苦笑する。けれどどこか安堵のため息を漏らしていた。


「そう言ってくれると助かる。ずっとこのことが気にかかっていたのだ。……レーレン様の最期は、どうだった」


「立派に……ご自分の意思を貫かれていたよ」


「なら良かった。さて、この神殿のことだな」


 ルイスは一度深呼吸すると気持ちを切り替え、最後に朗らかに笑みを浮かべる。

 つられてラバーテラも微笑する。

 植物の神殿のこともあり、つい先程まで心を苛んでいただけに、彼の笑顔に心から救われた。

 馴染みの相手だということも起因しているのだろう。


「今、神殿は各神殿の生存者を集めている。取り仕切る巫女は、元々は水の神殿の巫女、フウラ様だ。そして魔に連なる者達を討伐することを掲げている。それは知っているな」


 確認の意を込めて問われたラバーテラは、小さく頷いた。

 以前植物の神殿に使者が訪れた際、聞かされたことである。

 だが改めて聞かされると、事の大きさに息を呑む。

 レーレンから神々の存在を知らされ、魔王さえも神であることを知らされているためかもしれない。

 ルイスも、ある程度は悟ったのだろう。微苦笑する。


「俺も最初は驚いたさ。レーレン様から、あの話を聞かされていたからな」


「……そうでなくとも、並大抵のことではないのは確かだが」


「どうやら以前、水の神殿で白竜と行動を共にしている人間と妖精に出会ったというんだ。彼等と人の手を借りて倒す算段らしい」


 白竜と共にいる人間に心当たりのあったラバーテラは、即座にルアス達を思い浮かべた。

 正確にはルアスは混血なのだが、容姿は人間に酷似している。傍らには、純血の妖精フィニアがいた。

 ルアスが人間か混血化を知らずにいるのか、それとも知っていての発言なのかはわからないが、おそらくほぼ間違いなく彼等だろう。


「心当たりがあるのか」


「植物の神殿で、白竜を連れた少年に出会った。魔族にも狙われていたようだ」


「そうか。自分の目で見るまではまだ半信半疑だが、レーレン様の話は本当のことだったんだな。とはいえ一矢報いたくてここに来たのは、植物の神殿のこともあるが、心のどこかで引っ掛かっているからかもしれないな。すまないとは思う」


「言っただろう。それも一つの選択なんだ。私は私の判断で残ったんだ」


「混血のお前を、レーレン様はなにも言わずに受け入れてくれたからな。お前の一途で頑固で、融通の利かないところは嫌いではないが、変わらないな。俺もあの方の大らかさ、優しさに何度救われたか知れない」


「私がこうして生きているのは、あの方のおかげだったからな」


 戦争当時、混血という理由で襲われ、生き延びるために逃げ出した。

 けれど逃げ出した先でも、人間からは妖精と酷似しているために敵とみなされ、妖精からは混血だということが知れ、蔑まれる。

 両者のいない、どこか遠くの地へと思うものの、今度は魔物の群れが現れる。

 行く当てもないまま放浪していた頃、植物の神殿にいるレーレンに出会った。

 レーレンは躊躇なく受け入れ、そこにいた妖精達からは批難は多少あったものの、それさえも制した。取り込むための画策だと証する者がいた。


 ラバーテラも、その線が濃厚だと考えていた。でなければどこに行っても疎まれる混血を受け入れる説明がつかない。素直に行為を受け入れるには、既に心は荒みきっていた。

 けれどレーレンは皆を平等に扱い、接していた。なにかあれば、親身に世話を焼いた。

 いつ本性を現すのだろうと警戒していたが、レーレンの態度はけして変わることはない。時には友のように語らい、時には自分の子のように諭す。

 だが安心しきれず何年も警戒するも、けして変わることのないそれに、いつしか心の壁が溶かされている。ずっと傍にいたいとさえ思うほどに。


 ある日魔族が神殿を破壊したとき、魔王が神であることをレーレンは説いた。

 それは年老いた、ほら吹きだとして見限り、去った者。

 信じ切れず、けれど同胞の仇を討つために光の神殿の使者の誘いに応じた者。

 話を信じ、もしくは恩を感じ、または他に以外に居場所のない者は、神殿に留まった。

 話を信じ、恩も感じていたラバーテラは、最後までお供すると誓った。自分だけが生き残るくらいなら共に墓に入るか、最後まで墓守りする覚悟だった。

 けれどレーレンは、この戦争の見届け役となれと告げた。

 ならば自分は最後まで生き抜き、見届けなくてはいけない。神々の行く末を、戦争の行く末を。

 そのためなら神の血を呑むことさえ辞さない。元々アーサーの血を持っているのは、共にこの先の行く末を見届けることができるかもしれないという思いからだった。


「それともう一つ、気になる噂を聞いたんだ」


「気になるとは?」


 訊ねるとルイスは、一度口を噤んだ。

 どうやらそれだけ伝えにくいということなのだろうか。

 だが一度口にしたということは、伝える意思があるということになる。


「これはあまり大きな声で言えることではないんだ。それに確証のない、ただの噂でしかないしな」


 声を低くして、ルイスは前置きをする。

 ラバーテラは微かに目を細め、聞き逃さないように耳を傾ける。


「この神殿に人と妖精との戦争の引き金になった奴がいるらしいという話が、ここ最近出回っているんだ」


「……引き金になった人物」


 ラバーテラは俄かに信じられず、呟いた。心当たりがあるわけではないのだが、妙に心の奥に引っ掛かる。

 戦争直後、そのような噂を聞いたことはある。けれど数年して、パタリと止んだ。

 真実かどうかさえ定かではないうえに、魔物達の襲来もあり、それにばかり囚われてばかりはいられなくなったのだろう。

 ただその背景には魔族の一人が関与している可能性があったのだ。

 レーレンの話に、そのような魔族がいたはずである。しかもつい最近、その魔族と出会ったのだ。


 憶測でしかないが、今回もなにかの引き金として利用しているのかもしれない。

 各神殿を襲うことで恐怖や不安を煽り、結束を強めさせ、一ヶ所に集まるよう暗躍しているのだとしたら。戦争を引き起こした人物の噂を流すことで、魔族が語っていたなにかの引き金として利用するのだろうか。

 噂自体が魔達の差し金でなかったとしても、それを利用して波乱を引き起こす可能性は高い。

 そう考えると、背筋の凍る思いがした。


「噂が流れたのは最近のことらしいが、詳しい日取りはわからないか。大まかにでかまわない。その頃、なにかがあったとか」


「最近というと、本当につい最近のことだからなあ」


 ルイスは思案に耽っているためか、やや目元を伏せる。

 噂とはたいがいそのようなものだが、気がつけばそこにあったという場合が多いだろう。いつ頃耳にしたかも、人によって様々である。

 それを思い出せというのだから、無茶というものだろう。

 しかし魔族達、もしくは別の誰か流した噂を、なにもせず見過ごすだろうか。そこをつけこまれれば、戦争の再来になりかねない。

 そのため曖昧でもかまわない。大よその頃合いを知ることができれば、今後の行動に役立つかもしれない。

 ただこれは杞憂である可能性もある。けれど最近の各神殿が襲われたことと、魔族の一人がラバーテラ達の前に現れ、不吉な予言めいた言葉を残していたのは事実である。

 そのため些細なことでも聞いておきたいのだ。


「たしか半月前、いやもう少し前くらいだったか」


「その辺りで、とくに変わったことは」


「いろんな奴が出入りしているし、なにもないということの方が珍しいくらいだ。強いて言うなら、そうだなあ。人と妖精の夫婦が一組いたんだが、親しげに話をしていた奴がいたな」


「……それは珍しいな」


 人と妖精が交わることが少ない昨今、夫婦となると、ことさら難しい。

 それが一組いただけでお驚きだというのに、彼等と親しげに接している者がいた。

 少なくとも人間がいるというだけでも目立つのだ。いくら神殿内が様々な問題を抱えて落ち着かないとはいえ、目立つだろう。


「しかもそいつの近くには、一人怯えたフェザーフォルクの青年がいたらしい」


 それくらいだなと、ルイスは伝えた。彼等が現れて、暫くしてからということらしい。

 関係があるのかどうかわからないが、気にかけていた方がいいかもしれない。


「さ、ついたぞ」


 言うとルイスは扉をノックし、面会を申し出た。中から承諾する女の声が聞こえた。

 促されたラバーテラは、一歩進み出る。

 ルイスは案内役としてのみ、来ただけだったのだろう。所用が終わると、励ます形でラバーテラの肩を叩いて去っていく。

 感謝の意を伝えると部屋へと足を踏み入れ、巫女を見つめた。

 見た目の年頃は二十代前後。種族はエルフのようである。

 見目だけでは実年齢を推し量ることはできないが、腰を落ち着け、向かい合う様からは世間知らずな幼さが窺えた。双眸は、常に気を張り詰め、相手の様子を窺っている。


 一見、魔物や魔族が再び襲ってはこないだろうかという緊張、一手に各神殿の妖精を引き受けた責務、それによってできる諍い等、様々な重圧によるものだという印象を受ける。

 けれど根底にあるなにかに、違和感のようなものを覚えた。

 とはいえ今、しかも初対面の相手であり、責任者にあたる巫女に、そのようなことを聞けるはずもない。あくまでもラバーテラの感じた違和感であり、事実であるとは限らないのだ。

 それよりもまず、伝えるべきことがある。そのため、深々と一礼する。


「お初にお目にかかります。植物の神殿からまいりました、ラバーテラと申します」


「植物の神殿からですか。私の他に、生き残った巫女がいたと聞き及んでおりました。その方からの使いでしょうか」


 巫女フウラは僅かに目を瞠り、やや疲労した面立ちを掲げる。

 同じ植物の神殿から来た者達によって、ある程度は聞いていたようだ。

 だがラバーテラは、力なく頭を振る。


「使いといえば使いでしょうが、正確には言伝ではありません。植物の神殿の巫女レーレン様は…お亡くなりに、なられましたから」


「では……ご冥福をお祈り申し上げます。植物の神殿の巫女様は、人であろうと妖精であろうと様々な種族を受け入れ、分け隔てなく接する方だとお伺いしていました。惜しい方を亡くしました」


「そのお言葉を頂けただけで、レーレン様も有り難くお思いでしょう」


 切なげに目元を伏せ、使者に対して畏敬の念を向けるべく、フウラは手を合わせる。

 ラバーテラは感謝を伝えるべく一礼すると、改めてフウラを見やる。


「じつはそのことで、お話しなければならないことがあります。魔族について」


 目元をやや細くさせ、神妙に言葉を紡ぎ出すと、フウラは無言で促した。

 魔族という言葉により、目の色が変わる。

 最初に陥落したのは、フウラのいた水の神殿なのだから、強い敵意も一押しなのだろう。そうでなくとも、多くの命が彼等の手によって失われている。


「植物の神殿に、人の姿をした一人の魔族がやってきました。名はマグノリア。その者は、元々持ち合わせている敵意や疑念、好奇という感情に語りかけ、促す能力に長けているのだそうです。その魔族に、レーレン様は殺害されました」


 フウラは息を呑む。だがわずかな沈黙の後、口を開いた。


「……どのような形でか、お訊ねしてもよいでしょうか」


 巫女が魔族によって殺された。責任者としての立場からか身を守るため、詳しく聞きたいと思ったのだろう。

 そして魔族に遭遇しながらも、五体満足でこの場に立っていることにも。

 そうでなくとも他の神殿の巫女ないし、神子も、すべて魔族の手によって殺されている。

 しかもこれまでの魔族とは、異なる者である。


「まず私がこうして無事にここに来ることができたのは、白竜と行動を共にしている少年達のおかげなのです」


「少年というと、ルアスという名の、人に模した子ではありませんでしたか」


 フウラの目元が鋭くなり、表情が硬くなる。頷くことで肯定し、さらに言葉を紡ぐべく口を開く。

 すべてというわけにはいかないけれど、これから起こるかもしれない警告のために。


「そのとおりです。今回目にした魔族マグノリアはザルバードとは異なる力のようですが、私達を容易に押さえつけるだけの強さは持ち合わせているようです。私達は、事実手も足も出ませんでした。そして結果は、お話しするまでもありませんね」


 ラバーテラは微苦笑しながら、肩をすくめる。だがすぐ様口元を一文字に結び直す。


「けれど去り際に、彼はこうも言ったのです。この神殿に集まりつつある脅威を、貴女方自身の手によって自滅させようと。止められるものなら止めてみろと。ですからお伝えするために、私はルアス君達より一足早くこちらへとやってきたのです」


「自滅、ですか。それはまた大胆な発言ですね」


 フウラは、やや眉を寄せた。どうやら釈然としないようだ。

 だが当然の反応なのかもしれない。正確に物事を判別しようにも、マグノリアの力を目にしたわけではない。

 与える情報は口頭だけという、極めて少ないものである。

 それを伝えようとするのだから、訝しむのは無理からぬ行為だった。

 マグノリアの言葉が真実だとは限らない。伝えることを見越して、フウラ達に疑心を植えつけ、惑わせるための方便かもしれない。そのための都合のいい手駒として扱われている可能性もある。

 けれどもラバーテラは、伝えないわけにはいかない。

 以前の人と妖精のような、無残な殺戮行為でしかない戦争を呼び込みたくはないのだ。伝えたことにより、少しでも回避できる道が模索できるかもしれないという希望もある。

 けしてただの手駒であり、無駄であるとは心情的に思いたくはない。


「おそらくは、内部からなにかしらに働きかけ、一網打尽にするのかもしれません。憶測ではありますが、神殿の外にいる人や妖精達にも、結束し、魔物達を倒すのは無理だと牽制する名目もあるのでしょう」


 ラバーテラの見解に、フウラは思案気な瞳と共に、なにかしらを反芻する。

 やがて小さく頷き、改めてラバーテラを見据えた。


「伝えて頂き、感謝します。このことは一旦私に預からせて頂きます。暫く他言無用に願います。今はまだ様々な問題を抱えているので、皆神経質になっています。それらが少しでも落ち着くまで、事を荒立てたくないのです」


 フウラに会うまでだったが、大まかな要点はルイスから聞いている。

 魔族が再び襲ってこないかという緊張。人と妖精との再度の結びつきによる確執。

 いくら各神殿から寄り集まった妖精達とはいえ、方針は異なっていただろう。

 そうでなくともこれだけ多くの者が集まれば、小競り合いの衝突は避けられない。

 現地点においての神殿の巫女ないし神子の生存者がフウラしかいない以上、従いはするが快しとしない者はいるだろう。戦争により断絶的だった両者を結びつけようという推進派なのだ。

 これらが色濃くある以上、安易に新たな問題を提起するには不安要素が多過ぎる。

 そのためラバーテラは頷いた。


「その代わりと言ってはおかしいですが、ぜひお聞きしたい事が数点あります」


「私に答えられることかしら」


「難しいようでしたら、無理にとは言いません。一つは人と妖精とが、共に手を取り合うための準備を整えているのは真実なのでしょうか。もう一つは、戦争を引き起こすキッカケになった者がいるという噂に関しては、どのように受け止めておいででしょうか」


 するとフウラは、まるで探るように僅かに目を眇める。


「貴方がお会いになった、ルアス君達と白竜が共に旅をしている姿を見てからというもの、人と妖精が手を取り合うべき時がきたと、私は思っております。ですが噂に関しては、どのような意図によるものなのでしょう」


 訝しく見つめるフウラに、質問が抽象的だったと思いなおした。再度口を開く。


「様々な問題がある中で、そのような噂が広まっています。ですがフウラ様は、とても落ち着いているように見受けられます。なにかお気づきになられているのでしょうか」


 問題が山積みであるため、目を向ける余裕がないだけかもしれない。

 もしくは既に、独自の調査をしているための余裕かもしれない。

 または最初から相手にしていないのか、予想がついているからなのか、真相は本人にしかわからない。

 だからこそ、あえて聞くのだ。

 初めて目にした時、なにかしら違和感のようなものを感じた。そのためどのような考えを持ち、行動しているのかを知らない。

 そのため少なからず、人となりを知っておきたい。それによって、身の振り方は変わってくる。


「いいえ、正直なところ私も戸惑っています。真実なのか、そうでないのかはわかりません」


 言葉通り困惑めいた面立ちで、力なく首を左右に振った。

 とはいえ途方に暮れているわけではないらしく、けれどと力強く続ける。


「だからといって、私もこのままでいいとは考えていません。噂に惑わされぬよう皆さんには釘を刺し、水面下で真相を探っています。真実である可能性、私の方針を厭う誰かが流したという可能性の両面が考えられますもの。けれど貴方の仰る魔族の能力を考えると、そのままでは終わらないかもしれませんね」


 心に留めておくと、フウラは謝辞を述べる。

 ラバーテラは何度目かになる、頭を下げた。


「貴方も私の方針に賛同して下さるのなら、とても有り難いのだけれども。どうかしら」


 人と妖精の連携を考えているのなら、おそらく味方は少ないのだろう。

 植物の神殿は、人や妖精を問わず、様々な種族が共に過ごしてきたのだのだから、偏見は少ない。

 けれど今の世においては、異例ともいえるのだ。

 だからこそ味方になってくれる者を引き入れたいのかもしれない。


「私でよろしければ、できる限りお力添え致します」


「それを聞いて安心しました。感謝してもしきれません。さ、長旅でお疲れでしょう。今日はごゆるりと、お休み下さい」


 ラバーテラは無言で一礼すると、静かにその場を後にした。

 確実に出ていく姿を目にすると、フウラは小さく息を漏らした。

 人と妖精との共存と、魔に立ち向かう問題を問う声は多かった。

 そのための答えも、いくつか用意している。

 だが意図的になのか、偶然なのか、まだ耳に新しい問題であるはずの噂に着目して訊ねてきたことに、驚きを隠しきれない。この神殿に来たばかりの者が、である。

 なぜならシェイドの提案の下に流した噂なのだ。

 純粋に対応について訊ねただけかもしれないが、もしなにかに感づいての言葉なら、用心する必要があるだろう。

 心に巣くう感情等を助長する魔族がいるのなら、なおのこと。

 幸い、まだ知られていない魔族のことを共有しているのだ。ルアスとの面識もある。

 それを逆手に相談事を持ち込めば、接点はいくらでも作れる。目を向けられる。


「まったく、厄介事が増えるばかりね」


 言葉として紡ぎ出すことで、詰まりそうになる思考をも拡散しようと試みる。

 事実、一時の気休めにはなったかどうかわからない。けれど立ち止まるわけにはいかないのだ。

 ナリスの姿が、脳裏に浮かぶ。


(今はまだ、立ち止まるわけにはいかないの。そのために選んだ道だもの)


 誰に咎められようと、誰に罵られようと、もはや留まることはできない。

 できるとすれば、ナリスただ一人だろう。

 けれどその彼は、けしてフウラを止めるようなことはしない。


 そう、けして――

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