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想いの先にあるものは  ‐語られざる物語‐  作者: きりゅう
〇三章,激動の末に・下
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五回

〇三章,激動の末に・下/五回


 エルフォーネ達が街の外へと出てから、数十分が経っていた。街が遠目に見えるほど離れているのだが、先頭に立つゲオルグが歩みを止めることはない。

 街の住人が後をつけている可能性もあるため、警戒しているのかもしれない。

 だがそれ以外のなにかが、僅かに硬いゲオルグの表情から窺えた。


「ねえ」


 エルフォーネは声をかける。けれど反応はない。もう一度呼びかけるも、変化は見られない。

 どこがとはわからないが、やはりなにかが違うと感じてゲオルグの腕を掴んだ。


「どうしたのさ。これ以上離れたら、エレノアさんと合流できなくなる」


「……ああ、そうだ。そうだったな。とりあえずここで待つとしよう。あんた方も、好きに寛いでくれ」


 呼び止めることで、ようやくゲオルグの表情はいつもの柔らかい、冗談めいた表情を浮かべる。

 妖精達も歩みを止め、立ちつくす者、ちょうどよい岩などに腰を落ち着けるなどして寛ぎ始めた。

 しかしエルフォーネは腑に落ちない。

 いつもどこか飄々としているのだが、いつもの余裕が感じられない。そのため様子が異なっているような印象を受けたのだ。


「ここでって、エレノアさんと事前に打ち合わせしてたの?」


「ああ、まあな。今回みたいに別行動をとるときは、互いの居場所が分かるようにしてあるんだ」


 だから心配する必要はないのだと、ゲオルグは告げる。

 しかしこれまで、そのような話を聞いたことがない。

 それだけではない。同時に、妖精と繋がりのある反逆者として扱われたばかりである。

 あの街にエレノア一人を置いてきたことに、多大な抵抗感もあったのだ。

 だというのにゲオルグは、慌てるどころか平静そのものである。

 エレノアの強さや柔軟な立ち回りは重々わかっているつもりだったが、あまりの落ち着きぶりに、エルフォーネの方が煮え切らない。


「けど……」


「そんなことより、貴様に話がある」


 さらに言葉を紡ごうとした矢先、剣呑とした面立ちでケティルは割って入った。

 妖精は人を嫌う者が多いが、それにしては街の人々に対するものとはずいぶん異なっていた。

 まるでゲオルグに対してのみ、憎しみを向けているようでもある。


「ケティルとかいったな。俺に答えられることか」


「……シェイドだ。あの名は偽名でしかない。二度とその名で俺を呼ぶな」


 それこそが偽名であることは、すぐに知れた。シェイドとは、闇の精霊長の名である。

 その名をつけることは、まずほとんどの場合はないのだ。

 彼と行動を共にしていた二人も知っていたからこそ、人々の前で告げることを躊躇ったのだろう。

 精霊長の名は、人、妖精に関わらず、すべての者達に知られている。

 ゲオルグも、もちろん知らないはずはない。

 シェイドと名を改めた彼もわかっているのだろうが、更に目元を鋭くさせた。

 すべてを焼き尽くせるのではないかと思えるほどの烈火な眼差しは、変わらずゲオルグに向けられる。

 しかしあえてなにも言わず、気圧されることもなく、シェイドの視線を真っ向から受け止める。


「そうか。で、なんだ」


「ザルバードとは、どういう関係なんだ。なぜ俺の邪魔をした。貴様は奴の仲間か」


「俺は奴の仲間ではないよ。俺にとっても敵だが、今あいつを殺させるわけにはいかないんだ。とはいえ用がすんだら、好きにしてくれていい」


「用とはなんだ。いつ終わる。答えろ。でなければ……」


「殺す、か。できるのか、お前さんに」


「試してみるか」


 シェイドは短剣を抜き、ゲオルグに向けて構えた。

 殺気立つシェイドに、ゲオルグは変わらず落ち着き払っている。

 さすがに見ていられなくなり、エルフォーネは状況に適した魔法を詠唱できるように思い巡らせる。


「手を出さなくても大丈夫だ。シェイドと言ったな。俺を殺せば情報を得られなくなる。そうでなくとも…な。違うか」


「貴様のほかに、人間の女がいたはずだ。貴様を殺しても、情報は充分に手に入る」


「じゃあ、やってみせろよ」


 ゲオルグはシェイドへと歩み寄り、刃の届く範囲まで近づいた。

 しかしシェイドは襲いかかろうとはしない。

 自分から進み出るゲオルグの意図を、掴みかねているのかもしれない。

 このままではいけないと思うものの、ゲオルグはおそらく加勢を望まないだろう。

 ならばと、エルフォーネは漆黒の髪の青年へと睨みつける。


「やめてよ、どうしてこんなことするの。あんたこそ、ザルバードとなんの関係があるのさ」


「貴様の知る所ではない」


「そうかもしれないけど……でもユーイさんから、よろしく伝えてくれと言われたんだ。まったくの無関係ってわけじゃない」


 シェイドの瞳に、恐れが湧きたつ。けれどそれを押し隠すように、ただ睨み据える。

 しかしエルフォーネは後退するも、彼と向き合うことをやめない。


「貴様はルアスと同じ村の出身者か。だが、それだけだろう。話すつもりは毛頭ない」


 結局のところ、話があるのはゲオルグだけなのだろう。それ以外は、どうだっていいのかもしれない。

 取りつく島のない態度に言葉を詰まらせるものの、エルフォーネは無性に腹立たしくて、仕方がない。

 シェイドの言葉通り、出身地が同じだということ以外は接点はない。

 話をすること自体、今回が初めてである。

 だがシェイドや姉を思いやるユーイの想いが、無下むげにされたようで許せなかった。

 そのため言い返したい衝動に駆られた。

 そんな思いを悟ってか、ゲオルグは宥めるようにエルフォーネの背中を軽く叩く。


「そんなに俺から、情報を聞き出したいのか。理由くらいは教えてくれてもいいだろう」


「自分の命を賭してでも、果たしたい目的があるからだ。それ以上は言うつもりはない!」


 言いながら、シェイドはゲオルグへと斬りつけた。

 一悶着始めた彼等を止めようと、フロリスミア達は動いた。

 だが刃はゲオルグに当たらない。

 それどころかシェイドの腕を受け流し、懐を掴むと地面へと叩きつけ、拳を腹部に打ちつける。


「悪く思わんでくれよ。俺は反撃しないとは言ってないんだからな」


 衝撃と痛みとで腹部を押さえつけるシェイドへと、なに食わぬ顔で見下ろした。それに、と続ける。


「やはりお前さんに俺は殺せんよ。魔物は散々殺したみたいだが、人や妖精は殺したことがないだろう。あるなら、俺達がここに来るまでの間、首根っこ捕まえて問いただすこともできたはずだ。だが、しなかった」


「……そんなことは、ない」


「じゃあ、なぜだ。聞かせてもらいたいもんだね」


 しかしシェイドは押し黙る。


「答えられないところをみると、どうやら図星らしいな。その点に置いちゃ、あの時傍にいたフェアリーの譲ちゃんの方が見所はあるな」


 するとシェイドは素早く立ち上がり、短剣をゲオルグへ向ける。先程よりも、殺気が立ち込めている。

 手を出すなと押し留められていたエルフォーネだが、もはや黙って見ることはできない。

 どうやらフロリスミア達夫妻も同様なようである。だが下手に手を出せば、どちらかが傷を負うことになる。

 そのため迷っている節もあった。


「もうやめてよ。ゲオルグは神殿にいるっていう親友を助けにいくだけなんだから!」


 シェイドは目を眇めた。

 言ってくれるなよというようなゲオルグの視線が、エルフォーネへと向けられる。

 その隙をつき、シェイドの放った刃が一閃する。

 ゲオルグは掠めもせずに避けきるも、これ以上抵抗されるのは厄介だと思ったのか、再び繰り出そうとする彼の腕を掴んだ。

 それでも闘争心を失うことなく、シェイドは武器を持たぬ手で拳を叩きつける。

 しかもその手も、簡単にゲオルグに掴まれた。

 顔色一つも変えずに易々と手玉に取られたためだろうか、シェイドは苦渋をあらわにしながら舌打ちする。


「あ、本当にゲオルグさんがいた。ゲオルグさん!」


 声が聞こえた。声と共に、子供が駆けよってくる。

 続いてエレノア、グレナスの二人が現れた。しかし目の前の現状に、次の行動に移せなかったようだ。

 しかもフォルシスとグレナスの親子は、ただ驚いているというような風体ではない。

 シェイドやフロリスミア達へと、問いたげな眼差しが注がれる。

 シェイド達も同様に、親子へと疑問の眼差しが向けられる。


「シェイドさん、どうしてここにいるの。ルアスさん達と一緒じゃなかったの」


 先に口を開いたのは、フォルシスだった。


「フロリスミアさん、リフティアさんが同行していらっしゃるとは驚きです。あの街に来た妖精というのは、貴女方だったんですね」


「そちらこそ、こんな形で再会できるとは思いも寄りませんでした」


 グレナスとフロリスミア達も、親しげに言葉を交わしている。

 その事にエルフォーネはおろか、ゲオルグ、エレノアも言葉を失っていた。一瞬思考が追いつかない。


「あのさ、お前さん方は知り合いなのか」


 ゲオルグがおずおずと問いかける。すると彼等は一様に頷いた。

 一部初対面の者同士もいるようだが、そうでなければこのように会話が弾むはずもない。

 顔見知りということもあってか、各々の表情からは緊張がほぐれ、柔和なものへと変化していく。

 唯一シェイドは剣呑とした表情と寄せ付けぬ態度はあったが、先程までの殺伐とした空気は削がれたようだ。


「この方々は、水の神殿付近の街で出会った方々なんです」


「以前話してくれた、傷の手当てをしたという方々ね。でもだからって、なぜあなた達が一緒に行動しているの」


 今度はエレノアが問うた。

 街を出てから、彼等は共に行動していたのかもしれない。

 だが水の神殿で出会ったときは、フロリスミア達の姿など微塵もなかったのである。

 けれどルアス達が情報を求めていたのなら、なにかしら関わり合いがあったのは確かである。

 こうしてシェイドが彼女達と共に行動していることが、いい例である。


「俺達は水の神殿に行く前に、一度別れたんです。お腹の子のこともありましたし」


 少々危険はあるものの安住の地を見つけ、過ごしていた。そんなときルアス達が倒れているのを見つけて介抱していた。

 その後、近くの神殿で異常が起こったこと。

 様子を伺うために地の神殿へと向かうと、各神殿が破壊されたことを知る。

 唯一まともに生き残ったフウラが、光の神殿で各神殿において生き延びた妖精達を呼び集め、人間と手を組み、魔王を倒そうとしていること。

 そのためには人間の力も借りるべしということ。そのためフロリスミア達が任命されたことなど、かいつまんで説明していく。

 自体が急速に動き出していることに、エレノアもゲオルグも唸っていた。

 だがエルフォーネは無性に安堵に包まれた。


「ルアスは無事だったんだ。良かった」


「きっと今頃は、光の神殿に向かっているはずよ。なんせ神の御使いである白竜を伴っているんだもの」


「その白竜のことなんだけど……」


「そんなこと、どうだっていい!」


 ルアスが無事であるということに胸を撫で下ろすも、疑問をぶつけようとした矢先だった。

 暫し押し黙っていたシェイドが、怒りと焦りを伴って声を荒げた。

 エルフォーネ達の視線は、自然とシェイドへと向けられる。

 シェイドは変わらずゲオルグを見つめていた。

 獲物を狙う猛禽類のように、逃がしはしないと言っているかのようだ。


「俺の質問が先だ。先程その女が親友と言っていたが、神の神殿にいる魔王が神であることと関係するのだろう。おそらく親友とやらが魔王の宿主。貴様達の目的は、その親友に関わること。貴様達が魔王の味方ではないのなら、目的や正体を明かしたらどうだ」


「……やはりアーサーから知らされていたか」


「すべて、というわけではないがな。だがアーサーと魔王レンドの正体、なおかつ貴様達の親友とやらが神の神殿にいるというのなら、大よその見当はつく。ルアスが宿主だと知っていれば、なおさらな」


 シェイドはいきり立ち、紅蓮の眼差しをこれでもかと叩きつける。

 そうかと呟きながら、ゲオルグは目を細めた。怒りも、敵意も、それからは微塵も感じ取れない。むしろ悲哀さが感じ取れる。


「ねえ、待って。魔王が神とは、どういうことなんですか。ルアス君が宿主とは、どういう意味なのでしょう」


 フロリスミアは衝撃を隠しきれず、表情を戦慄かせている。

 そんな妻に代わり、リフティアが問いかける。フォルシスはおろか、エルフォーネも同意見であるため、言葉ではなく疑問の眼差しでシェイド達を見つめる。

 経緯は知らないが白竜を目にした時点で、ルアス達の影に神という存在がいることは、なんとなく理解していた。

 けれど魔王の側にもということが、にわかに信じ難い。

 真実だったとしても、なぜそのようなことになっているのか、納得のいく説明が欲しかったのだ。

 ゲオルグは口を開くどころか堅く閉ざし、エルフォーネ達をゆっくりと見渡していく。やがてエレノアへと、視線が止まる。

 エレノアはゲオルグの視線に導かれるようにして歩を進めた。

 シェイドの近くまで寄ると、切なげでありながら切実なほどに真剣な面立ちを向ける。


「話を聞いても、受け止める覚悟はあるかしら。もちろんこの子だけではなく、ここにいる全員に言えることよ。ないなら、暫く席を外してちょうだい」


 生半可な覚悟で聞いてほしい覚悟ではないのだと、エレノアは続けた。

 事情を知るエレノアとゲオルグ、知りたがっているシェイドを除いた全員が、戸惑い揺れる。

 グレナスにおいては、なにかを知っているようで切なげに目元を伏せる。


「当然だ」


 嘘ではないのだというように、シェイドはやや睨み据えるようにして迎え撃つ。


「私も聞きたい。ルアスに会いたくて、ここまで来たんだもの」


 エルフォーネもルアスに関わりのあることなら、なに一つ聞き逃したくはない。命に関わることなら、なおさらである。

 ただならぬ雰囲気に、フォルシスも気がついたようだ。

 ただ躊躇いと戸惑い、同時に込み上げる興味によってか、瞳が揺らいでいる。

 暫くすると気持ちが定まったのか、強い光が宿る。そしてエレノアへと目を向けると、小さく頷いた。

 フロリスミア達はやや蒼い表情をしていたが、体を寄り添いあいながら強く頷く。

 おそらく彼女達は神や御使いに対して様々な教えを語り継ぎ、信望する世代なのだろう。

 だからこそ魔王が神であるかもしれないということに多大な恐怖がありながら、知りたい欲求があるのかもしれない。


「誰もいない、か。これが最後の忠告だ。本当にいいんだな」


 ゲオルグは再度問う。誰も動かない。無言で応じている。

 彼等の態度にゲオルグは呆れたのか、大きなため息をついて頭を掻いた。


「まったく、どいつもこいつも。エレノア、説明は任せた」


「面倒なことは、すぐ私に押しつけるんだから」


 勘弁してほしいものねと言うと、改めてエレノアはエルフォーネ達を見渡した。


「……そうね、なにから話しましょうか。まず魔王が神本人かどうかだけれど、真実よ」


 既に知っているシェイドにとっては、意外でもなんでもなかったのだろう。

 だがエルフォーネ達にしてみれば、衝撃の何物でもない。

 なぜという問いが頭の中を駆け巡るも、言葉にすることができない。

 他の人々も同様なのか、息を呑み、張りつめた沈黙が辺りを包みこんでいく。

 こうなることは既に予想済みだったのか、エレノアは再度口を開いた。


「そしてルアス君達と行動を共にしている白竜も、神自身よ。そして私達は白竜であるアーサーによって生かされている。正確にいえば肉体ではなく、魂そのものというところかしらね。私の肉体は、とっくの昔に滅んでしまったから」


「…肉体がって、どういうこと。だってこうして見ることも、触れることもできるじゃない」


 エルフォーネはおずおずと問いかける。エレノアは切なげに、仄かに微笑んだ。


「きっとそれはアーサーの力のおかげかもしれないわ。彼等神は肉体を持たず、自由に体を変化させることができるから。以来私達は、相手を純血か、混血かなのかを見た目だけで判別でき、より強い力を持つ存在の居場所を嗅ぎつけることができるの。だからこそザルバードを探し出すこともできた。そして魔王レンドの宿主はルアス君とシンシアの父。同時に私達が救い出したい親友なの」


「なに…それ。どうしてそこでルアス達のお父さんが出てくるの?」


 数刻後、訳がわからずに問いかけた。なぜという問いは変わることなく、いや先程よりも脳内を埋め尽くしていく。

 シェイドも目を眇めている。


「だからなのか。ルアスの姉が攫われ、ルアスが襲われたのは。魔王の宿主にとっても、弱点ということだったんだな」


「どういうこと?」


 フォルシスは父にしがみつきながら訊ねた。


「ザルバードは奴を狙っていた。最初はあいつに宿るアーサーが目当てかと考えていた。だからこそ姉を使い、誘いだすのかとも考えていた。しかしいくつか腑に落ちないことがある。いつ宿主になったのかは知らんが、アーサーのことも魔王のことも、なに一つ知らずにいた。炎の精霊長を身に宿しながら、使い方もままならない。しかもアーサーはザルバード達と対等に渡り合えるほどの力を回復してはいなかった。ならば姉ではなく、奴自身を連れ去るか、その場で殺してしまえば事足りる。殺せばアーサーは宿主を失い、出てこざるを得ない。そこを狙えば容易なはずだ。だがそれをしなかった」


 違うかと、シェイドはエレノアへと目を向ける。

 エレノアは頷くことで、彼の言葉を肯定する。


「だからこそシンシアを連れ去ったの。死んだと思っていた二人を偶然見つけたのか、それともどこかで知って、やってきたのかはわからないけど。宿主である私達の親友が、絶望を忘れ、希望を持たせないように、いつでも殺せるのだと示唆するために」


「ね…ねえ。さっきから言ってる宿主ってなに。危険なものなの」


「宿主は、神が力を早急に取り戻すための装置だ。力の消耗が大きいと、回復にも時間がかかる。そのため今すぐに力が必要なとき、使うことができないという事態に陥ることがある。そこで宿主の登場だ。神々は宿主の活力や生命力を吸い取り、自分の力に返還させ、回復に充てるんだ。生命力をすべて吸いつくされた宿主は、ほとんどの場合死に至る。加えて魔王の宿主は、体そのものまで明け渡しちまった」


 怒りと憐憫のこもった瞳で、ゲオルグは悔しそうに吐き捨てる。

 目の前にその親友がいたなら、すぐにでも殴り飛ばしてしまいそうなほどである。


「それじゃあ、ルアスはどうなるの。ルアスも体を乗っ取られて、命を落とすことになるの!」


 エルフォーネはすがる思いで、エレノアへと手をかけた。

 もしそうなら、ならないための方法を知りたい。大切な存在だからこそ、死なせたくはないのだ。

 しかし切迫するエルフォーネとは裏腹に、エレノアは優しげに微笑んだ。


「大丈夫。それはきっとアーサーがさせないわ。彼はきっとルアス君を、最後まで関わらせることはしないもの。そう約束しているはずよ」


「約束が、なんだっていうのよ。今でも充分巻き込んでるじゃない。ザルバードにだって狙われてる。そんな口約束に、どんな意味があるっていうの!」


「状況によっては最悪の事態を招くことはあるかもしれない。けれど神にとっての約束は、契約でもあるのだもの。最後の最後までつき通そうとするわ」


「そんな根拠のない話なんて、信じられない! エレノアさんやゲオルグだって、こんなふうに……」

「そうね。傍から聞けば、信じられないことかもしれない。彼等がどういう経緯で宿主となったのか知らないもの。でも少なくとも私達は、自ら望んで協力を申し出たの」


 そんなゲオルグやエレノアの想いを汲み取り、アーサーは渋々魂を具現化させたことを思い出した。

 当時のことを思い返し、エレノアは微笑しながらアーサーの記憶を語りだした。

 信じられなくとも、理不尽であろうとも、知る限りのことすべてを伝えるために。

 その魔王であるレンドとアーサーとの出会いを。

 いくつもの約束と別れを繰り返し、やがてはレンドが封印されるに至った出来事を。

 時は流れ、結界を破れるほどに力を回復したレンドが人々の心を乱し、災いをもたらした。それがサフィニア戦争へと発展させていく。

 そのとき世界に絶望したルビナスの心の隙間をつき、体を引き渡すという条件でレンドは宿主の契約を交わした。死に至りながらも、目の前で見ていたこと。だからこそ、止めることで救いたかったこと。

 アーサーから知らされたことと、同じことを伝えた。

 途方もない壮大な話に、エルフォーネは言葉を失った。それ以外に、どう受け止めればいいのだろう。

 どうやらシェイドも知らされていなかったらしく、事の真相になにも言えないようだった。

 エレノアの話が本当だったとしても、エルフォーネは頷けない。ルアスが最後まで無事である保証など、なにもないのだ。


「……どんなに話を聞いたって。ルアスが危険に晒されてるのは変わらないのに」


 不安が口から零れ落ちていた。


「それでも、あの子もあなたも、今回のことから遠ざけたい。この想いだけは本当よ」


「策でもあるのか。それとも貴様達の力は、アーサーと同等なのか」


 シェイドは今にも突き刺さりそうな鋭い眼光で質問をぶつけた。

 エレノアは首を左右に振り、周囲を見やる。


「いいえ。それどころか年々衰えているわ。私達がこの世界にいることができるのは、もってせいぜいニ、三年。でも魂をぶつければ、魔族一人くらいを倒せるほどの力は残っているわ。この力を魔王に使うことができれば、おそらくただではすまないはずよ」


 決定打になればよい。たとえどんなに少なくとも打撃は与えることはでき、レンドの力は削がれるだろう。弱ったところをアーサーに決着をつけてもらうのだという。

 エルフォーネは思わず瞠目した。


「そんなことしたら、エレノアさん達やルアスのお父さんだって!」


「いいんだよ、最初からそのつもりだったからな。終わらせることがあいつの望みであり、俺達の望みでもあるんだからな」


 だからいいのだと、ゲオルグ達は静かに笑いあう。

 初めて出会ったとき、神の神殿への道のりは片道だけでいいと語っていたことを、エルフォーネは今更ながら思い出した。

 こういう意味だったのかと、胸が締めつけられるかのように苦しくなる。


「どうしても、そうしないといけないの。他の方法は? その神様に頼めば……」


「無理よ。死んでなお、私達は存在し続けた。その影響からなんでしょうね。どんなに力を注いでもらっても、変わることはないの。……でも、ありがとう」


 肉体の死が訪れれば、新たなる命へと還るための魂の浄化と再生が行なわれる。

 例外を除き、自然の摂理は誰の身にも訪れる。これまで無理に先延ばしにしていただけなのだ。

 その言葉だけで充分有り難いと、だからいいのだと、エレノア達は静かに笑いあう。

 居た堪れなくなり、エルフォーネは顔を伏せた。そうしなければ泣き出してしまいそうになり、顔を伏せる。


「とんだ自己犠牲だな」


「それはお互い様でしょう」


「まあな。大体貴様達の事情は呑み込めた。だが賛同はできない。話が本当だとすると、魔王を殺せば魔族もすべて消滅することになる。それでは俺の目的は果たせない。命じたのが魔王なら、奴にもお礼参りは必要だ。貴様達が消滅しようが勝手だが、俺の目的が果たせないのは困る」


「まだそんなこと言ってるの。自分さえよければ、それでいいの!」


「ああ、そうだ」


 冷淡に告げるシェイドに、エルフォーネは気色ばんだ。

 すぐ様、シェイドを睨み上げる。だが静かに燃え盛る瞳に気圧され、一歩下がってしまった。

 その事が気恥ずかしくもあり、情けなくもあった。同時に、復讐という目でしか見ることのできないシェイドのことが、物悲しく感じた。


「神に仇なす。私は、そんなつもりでは……。なぜこんなことに」


 フロリスミアは呟きながらよろめいた。それをリフティアが支えている。

 神を信望する妖精が多いため、フロリスミアにとっては足元が瓦解するだけの衝撃だったのだろう。

 より一層、表情は蒼白になる。


「神々が何度も争い、人や妖精がそれぞれの勢力に与していた。今に始まったことではないわ」


「どうするかは、お前さん達次第だ。決着がつくまで傍観しているのもいいだろう。だが人と妖精との共存を望んでいた。それは子供の未来を絶望ではなく、希望で満たしたかったからじゃないのか」


 ゲオルグ達の言葉に、二人は沈痛な思いで顔を伏せる。

 事実その通りだったのだろう。だがつきつけられた現実に、思考が追いつかないようだ。

 激しく戸惑いに揺れている。


「ねえ、二人共。本当に私にできることはないの」


 エルフォーネは静かにたたずむエレノア達へと問いかける。切望する。

 けれどエレノアは微苦笑し、エルフォーネの肩に手を置いた。


「言ったはずよ。あなたまで最後までつきあう必要はないわ。さっきも言ったけど、ルアス君を連れ帰るために行動を起こしてくれたならそれでいい」


「ルアスを?」


 意図が掴めず、エルフォーネは軽く瞬かせた。

 エレノアは小さく頷く。


「最終的にどうしたいのかを決めるのは、もちろんあなた達。けど、あなたもあの子も巻き込みたくないの。もちろんシンシアも助けたいと願ってる。だからあなたにルアス君の説得をお願いしたいの。あなたの言葉なら、きっと彼に届いてくれるかもしれない」


 生きているエルフォーネ達の未来を奪いたくはない。これからの先の世界を生きて、見てほしい。

 きっとアーサーも同じだからこそ、謝罪しながらもエレノア達に協力を願ったのだろう。

 だからこそあなたに願うのだと、エレノアは続けた。

 穏やかに語るエレノアに、エルフォーネは本気なのだと思わずにはいられなかった。

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