四回
〇三章,激動の末に・下/四回
宿を出たエルフォーネ達は、一度足を止めた。
町中は忙しく、にわかに殺気立っている。
知らせに来た人の話通り、女子供は手荷物を持ちながら去っていく。
逆方向には、手に武器を持ちながら血相を変えて走る男達の姿があった。
それによりどこへ向かうべきか察し、男達に続く形で走り出した。
「その妖精って、誰なのかな」
「さあな。とにかく一刻も早く妖精を見つけて、対処法を考えるしかないだろ」
実際に目にしなくてはというゲオルグの判断も頷けたため、エルフォーネは無言で走り続けた。
一概に妖精といっても、細分化された種族によって特長は異なる。
穏便か好戦的かだけではなく、得意分野も分かれることが多い。
温厚な種族でも、今となっては人に対して敵意を向ける者は多いのだが。
ややあって人だかりが目についた。
「ふざけるな。今更そんな了見が聞けると思うなよ!」
人々の中から、怒声が聞こえた。
どうにか理性が勝っているようだが、ふとしたキッカケで崩れ落ちてしまいそうな印象を受けた。
相手の出方によっては、すぐにでも血の海となりかねない。
気ははやり、足はさらに加速する。中心と思しき場所に、三人の人影があった。
「お願いです。争いに来たわけではありません。話を聞いてほしいだけなんです」
三人の中で唯一の、浅黒い肌の女が訴えた。おそらくはダークエルフなのだろう。
傍らには男が二人いた。
隣には、もっとも年上に見える、おそらくは人間であろうという男、二人を守る形で一歩前に立ちはだかる黒髪と紫暗色の瞳の青年が辺りを見渡している。
とくに二人の前にいる青年には見覚えがあった。
水の神殿でルアスと共にいた、ユーイとも縁の強い人物。
青年もエルフォーネ達の姿に気がついたようだ。
主にゲオルグに目を向けるや、一瞬驚きの表情を浮かべた。
刹那目元に険を宿し、腰につけている短剣へと手を滑らせる。
だが触れる直前、ゲオルグが体を滑り込ませた。
あまりにも自然に行われた動きに、どれだけの人々が気づいただろう。少なくともエルフォーネと青年は気がついていた。
エルフォーネは青年が次どのような行動に移すかわからないため、警戒しながら駆け寄った。
青年は駆け寄ることなど少しも気に留めず、ゲオルグへと烈火の眼差しを向けている。
「貴様……」
「なんだ、お前は。そこをどけ」
「どっちも落ち着け。こいつら妖精が最初から俺達に害を及ぼすつもりなら、今頃俺達は血の海だろ。そしてお前等、そんなギラついた目で見ていたら周りにいらぬ不安感を与えるだけだろ。なにか目的があったんじゃないのか」
人も、青年も、悔しげにうなる。
青年は渋々ながらも、身を引いた。
けれど本質的な部分では妖精達を許せないのだろう。人々は青年達を睨み据える。
「目的があってきたのなら、なおさらこんな奴らを追い出すのは当然だろう! 私達の同胞を人質に取るのがいい証拠だ!」
すると妖精の女の傍らにいた男は、一歩進み出た。
「違います。俺は自分の意志でここにいます。貴方方と話をするために」
「妖精なんぞの味方になり下がったというのか。人間としての誇りはないのか! そもそも最初に戦を仕掛けてきたのは妖精の方だ。なにを今更話し合いなんぞ!」
「そうだ。どうせ妖精達にとって都合のいい申し出かなにかに決まってる!」
人々からは、不満と疑心の声が高まっていく。
同じ人間が人質ではなく、自ら進んで妖精の側についたのだということが、より不快にさせていったのだろう。
一度はやや削がれた場の空気が、再び張りつめたものへと変貌していく。
視線は自然と妖精である彼等へと集中していく。
「そうか。ならどうしたら話を聞いてやってくれるんだ」
「どうして人間であるお前が、こいつらの肩を持つ。お前もそこの男同様に、こいつら妖精の味方なのか」
執拗に食い下がるゲオルグにも、人々の疑念と批判を向けられる。
町の住人ではなく、素性の知れない一介の旅人である以上、当然といえた。
けれどもゲオルグは、変わることのない朗らかな笑みを人々へと向ける。
「そういうわけじゃないさ。けど追い出すなりなんなりは、話を聞いた後でもできる。ならそうする前に、話を聞いてみるのも面白いかもってだけさ」
「こいつらの話に、少しの価値もあるものか」
「そんなの聞いてみなければわからんさ。で、どうしたら聞いてもらえるのかね」
「私達にできることなら、なんでもします」
ですから話をさせて下さいと、ゲオルグの助け船ともいえる行為に乗る形で妖精の女は進み出た。
眼差しから零れ落ちるほどの真摯さが、瞳には宿っていた。
人々からすれば、本来なら今すぐにでも妖精達を追い出したいのだろう。
これまで過程を考えれば、素直に耳を傾けたくないという思いが強い者が多い。
けれど力を行使せずに請い願う妖精達の立ち振る舞い、ゲオルグ達の言い分に少なからず心動かされた結果なのか。
人々は怪訝に顔をしかめ、戸惑いながら、ゲオルグ達を睨みつける。
「だったら今すぐ俺達に、これまでのことを土下座して謝罪してもらおうか」
暫しの沈黙の中で奇妙な空気が流れるが、誰かが妖精達へと要求した。
女の妖精は返答に窮し、青年は激しい動揺もしくは怒りのためか、はたと拳を強く握りしめる。
そんな彼女達へと、人々は憤りや卑屈な笑みを向けている。
「どうした、できないのか。なら話を聞いてやることなどできはしない」
人々は思い思いに妖精を見つめる。不安と期待と諦めと侮蔑とをちらつかせながら。
「……わかり、ました」
女の妖精は膝をつき、深々と頭を下げた。
暫し拳を握りしめていた青年の妖精も躊躇いがちに膝をつき、頭を下げた。
人々から、どよめきが走る。妖精達は誇り高い者が多い。
侮辱的な振る舞いをさせることで、これまでの憤りを解消させたい半面、あり得ないと諦めていたのだろう。
だが意外な二人の妖精の行為に、人々は硬直した。
しっかりと人々の目に焼きつけられるのを見て取ったゲオルグは、手を叩いた。
硬直していた空気が、それによって解き放たれる。
「さて、これで文句のいる奴はいるか」
人々はなにか言いたげに、互いの視線を交わしている。予想外の行動が信じられないのだろう。
「だが、だがなあ……」
「長居はしません。場所も、ここで結構です」
「俺からもお願いします。そのために彼女と一緒に来たんです」
妖精の女と共に来たらしい男が懸命に訴える。
彼女達からは緊張は窺えたが、争いをしにきたというような敵愾心や殺気を感じ取ることはできない。
むしろ言葉通りに切望と懇願とが浮き彫りになっている。
妖精の青年は、相手がどのような態度に出ても対応できるようにか、それともゲオルグ達の行動に注意を払っているためか、やり取りを見据えている。
あとは人々がどう感じ、受け取るかである。それによっては妖精達の排除ということもありえた。そのため気は抜けない。
「……話は聞こう」
「なに言ってんだ。こいつらがまともな会話をするわけがないだろう!」
「もちろんわかっている。聞くだけだ。それでもし俺達を排除するような事柄なら、こいつらを処分するだけだ」
それならば問題あるまいと、暗に告げていた。
先程まで反論していた人々は、次々に口を閉ざしていく。
無言は承諾の合図なのだろう。いまだに予断は許さないが、エルフォーネは胸を撫で下ろした。
同時にゲオルグの手腕に素直に感服していた。
意図的か無意識かはわからないけれど、一見いい加減な仲裁で、周囲を取り巻く空気を調整している。
ただの買い被りかもしれないが、こういうやり方もあるのだと考えさせられる。
「さて、そういうわけだ。お前さん達、名前は?」
「私はフロリスミア。こちらが私の夫、リフティアです。そして彼が……」
フロリスミアは青年の名を口にしようとするが、言い淀んだ。
共に行動していて、名を知らないはずがない。
おそらくは公にするには憚られる、なにかがあるのかもしれない。
「…俺は、ケティルという」
フロリスミア達が自己紹介を簡潔に行なうと、人々から軽い悲鳴とざわめきが起きた。
おそらくはフロリスミア達が夫婦であると聞いたためだろう。
信じられないというよりは、信じたくはないという印象を受けた。
ゲオルグも俄かには信じられないようで、怪訝に二人を見つめた。
もちろんその点において、エルフォーネも同様である。
互いにいがみ合っている現状において、夫婦となるのは共に行動をすること以上に困難なのだ。
「本当です。既に新たな命もフロリスミアの中に宿っています。ですから俺達は、争いにきた使者ではありません」
リフティアは妻の言葉を継ぐようにして、詰め寄った。
しかし人々の間に、更なるどよめきが起きる。
疑心と、汚らわしい者を見るような眼差しを向けつつ、囁き合う。中には証明を求める声さえ上がる。
このままでは再び振り出しに戻ってしまうと感じ、エルフォーネはゲオルグへと目を向ける。
だが動いたのはゲオルグでも、ましてや夫婦でもなく、ケティルという青年だった。
「事の真偽の確認は、あとにしてもらおう。俺達の本来の目的は、人と妖精とが再び手を取り合えるよう、貴様達人に話し合いを持ちかけること」
「……人と妖精が、だって。なにを今更。そんなに話し合いを持ち込みたいなら、あの魔物達をどうにかしたらどうだ!」
「その魔物達を排除する意味合いも持っている」
「なんのためにだ。あれはお前達妖精、もしくは混血児の引き起こしたことだろう。なんで俺達が尻拭いのような真似をしなくちゃいけないんだ!」
「未来よ。未来の私達と、子供達のため」
反論する人々へと、ケティルに代わってフロリスミアが口を切った。
人々はいっせいにフロリスミアへと目を向ける。
「そして魔物を創造したのは妖精ではありません。そして人でもありません。どのようにして生み出されたのかはわかりませんが、私達の溝を深くしていることには違いありません。ですからそのために共に協力し、魔物を倒し、話し合いの席につくときなんです」
それが平和の架け橋になる第一歩だと言いたいのだろう。
周囲には、なんともいい難い静けさが漂い始めた。
純粋に困惑しているのか、言葉の意味を理解するのに時間がかかっているのか、傍目にはわからない。
もう少し前なら、エルフォーネも受け入れられないどころか、大きな拒絶と反感を持っていただろう。
すべてが敵だという発想を持っていたのだから。
人のことも、戦争による両者の溝も、本当の意味で知らずにいた。
ただ向けられる敵意と、現状に悲観し、抗っていたにすぎない。
今なら両者の未来のために歩み寄るという想いは、少しばかりわかる気がした。
なにより今後を担う子供達に憎しみの種を植えつけ、延々と語り継がせるのは酷というものだろう。
けれどその前に、避けられない難題がある。
既に出来上がっている溝がそれである。だからこそ、それが現状を招いていると言っていい。
妖精達の突きつけた要求に、人々がどのような反応を示すのか予測がつかず、エルフォーネは静観した。
「……俺達とお前達が、昔のようになれると本気で思ってるのか。もうなにもかも、修復するには遅すぎるんだよ」
しばしの沈黙の後、人間の一人が感情を抑制しながら問いかける。
怒りとも、困惑や戸惑いともつかない問いかけに、フロリスミアは凛と彼等を見据えた。
眼差しに迷いの一つもない。
「それでも、です」
「なぜ、そう言える。先に手を出したのは、お前達妖精達の方だろうが」
「責任逃れをするつもりはありません。ですが未来のためと言ったのは、神の御使いの存在もあるのです」
御使いという言葉に、人々は怪訝な面立ちを交わしている。
なぜなら御使いという言葉から連想されるのは、人と妖精に共通して、ただ一つ。竜という存在であるためだ。
「私も夫も、その姿を見たわけではありません。ですが現在、この方のお仲間と別行動をしておられます。現在北の神殿に向かっているはずです」
人々の視線は、疑心と共にケティルに注がれる。だがケティルは無言の重圧に動じるところか、冷淡に受け止めている。
「本当のことだ。俺はこれで白竜と行動を共にしていた。白竜の目的である、神の神殿にいる魔王を滅するために。そして白竜は人であり妖精でもある混血の者と契約し、行動を共にしている。もしもどちらかが罪を犯して魔を呼び出したのだとしたら、神の使者である白竜が契約をするだろうか。だからこそ人と妖精とが手を取り合うべきだと提案する」
「そんな話、信用しろと言うのか!」
「証明できるのか」
「そんなに信じられないのなら、水の神殿にいる連中に聞くといい。もしくは直接北の神殿へと向かい、その目と耳で、直接確認することだ。そして混血の者と白竜の姿を目に焼きつけたらどうだ。どうしても無理だというのなら、この男に聞け。その場に居合わせた、生き証人だ」
ケティルはゲオルグへとおもむろに目を向けるなり、堂々と言ってのける。
眼差しには険が宿っていながらも、どこか挑むような荒々しさがあった。
ゲオルグは思わぬ形で矛先を向けられ、戸惑いと困惑を垣間見せたが短く息を吐いた。
頭を無造作に掻き、わずかにケティルを睨み見る。
「そうくるとは、まいったぜ。こいつの言うとおり、俺は白竜を見た。魔族と戦うこいつらを見た」
「…そうか。お前達は最初からつるんでいたのか。だからそいつらを庇い、俺達に話を聞かせるように誘導した。そうだろう。なにを企てている」
「魔物を討伐すると言いながら、最後には俺達も一緒に殺す気なんだろう」
「……もし本当に魔物達を呼び寄せたのが妖精で、お前さん達人間を全滅させるつもりなら、わざわざこんな回りくどい方法をとる必要なんてあるのか。血を流したのは、お前さん達だけじゃない。それがわからないほど怒りに駆られて、周りが見えなくなっているのか」
ゲオルグがこれまでにないほど、静かに怒りを漲らせる。
その気迫に人々は、にわかに総毛立つ。だが素直に聞き入れることもできはしなかったのだろう。
人々の中から、声が聞こえた。
「……出ていけ。なにが一緒に協力したいだ。なにを言おうが、俺の子供は返ってこないんだよ!」
「そうだ、俺は友人を殺された」
「俺は親をだ!」
「お前等全員、この町から出ていけ!」
人々は次々に触発され、罵声を浴びせていく。中には石を投げつける者もいた。
それがゲオルグ達に当たり、わずかに血が滲む。
「ゲオルグ!」
エルフォーネはゲオルグへと駆け寄った。
ゲオルグはエルフォーネの手を引き、守るように背後へと押しやった。
「それでは私達はこれで失礼します。どうか先程の話を、御心に留めていて下さい」
フロリスミアは夫と共に頭を下げ、踵を返した。
立ち去る彼女達の姿を目にするや、ゲオルグも先を促すために手を引いた。
けれどエルフォーネは、素直に従うことができない。
人々の目が、残酷なまでに彼女達の話を受け入れず、悲観しているだけのように見受けられたのだ。
人と妖精、両方の世界を見て、心の壁が薄れていくのと同時に視野が広げるようになった今だからこそ、気づいたことがある。
人も妖精も、互いに傷ついている。自分達のことだけで精一杯なほどに。
だからこそこのまま、手を引かれて立ち去りたくはなかった。
エルフォーネはゲオルグの手を振りほどき、人々へと突き進みながら無造作に帽子を脱いだ。
妖精の特徴の一つともいえる、鋭角な耳があらわになることで、人々は目を見開いた。
やや言葉を失っていたが、怒りはさらに苛烈なものへと膨れ上がっていく。
「やはりお前達は、グルだったんだな!」
「違うわよ!」
エルフォーネは一括し、彼等と同じように睨み据える。
「それにあんた達、いつまで自分達だけが傷ついたようなこと言ってんのよ! 私だって、両親を殺された。あんまり小さい頃だから、顔も覚えていないくらい昔のことよ。他の妖精だってそう。皆、皆、家族や友人を殺された。なのにあの二人は、種族なんてものともせずに夫婦になって、手を取り合って、世の中を変えるためにここに来たんだよ。大事な誰かを失ったことには変わりないはずなのに。なのにあんた達は……」
「なにやってるんだ。火に油を注いでどうする!」
ゲオルグは慌てた様子でエルフォーネの口を塞いだ。
必死にもがくも、ゲオルグの方が遥かに力は強く、否応なく人々から遠ざかるはめになった。
武器を手に、人々が血眼になって執念深く追ってくる可能性を感じてのことだろう。
しかし単純に追いたてるのは危険だと感じたのか、なにか策があってそうしたのか、人々がやってくることはなかった。
その場に残った人々は、緊張を解くことなく息を吐いた。
これからどうするべきか、一様に考えあぐねたのである。
妖精がせいぜい二人ならどうにかなるが、三人ともなると、不意を突かなくては相手取ることは難しいのである。なぜなら妖精は様々な術を広範囲に使うことができる。
しかも人間の協力者がいるとすれば、情報操作をされ、掻き乱される可能性がある。
もちろんそのことも踏まえた上で警戒していることなど、妖精達は承知の上なのだろう。
一応妖精達は撤退したが、再び来ないとも言い切れない。
それが一層、人々の気を滅入らせた。
「……そういえば、あの旅人の二人は妖精と通じていたが、他の旅人も注意した方がいいんじゃないのか」
一人が放った疑問に人々はハタと思い至り、一様に顔を見合わせた。
「そうだな、二手に分かれよう。一方は町の警備、もう一方は旅人の捜索だ」
人々は小さく頷き合いながら、それぞれ散っていく。
*
周囲を見渡しながら、グレナスは小走りに駆けていた。最中で目的の相手を見つけ、走り寄っていく。
相手も気がついたようで、自分はここだというように手を振っている。
「見逃さなくて助かったよ。フォルシス、大丈夫だったかい」
「うん。でもお父さんこそ、どうしてここに? てっきり妖精の所に駆り出されたと思ってたのに」
「だから一度、お前の無事を確認してからと思ったんだよ。エレノアさんがいてくれたのなら、その心配はなかったね」
グレナスは感謝の意をエレノアに向けつつ、息子に微笑みかけた。
別にいいのにと跳ねっ返りはするものの、それほど嫌がっていない様に、ことさら目元を和ませる。
「それでは私は、妖精達のところへと向かいます」
「待って下さい。あなたは、この子と一緒にいてあげて下さい」
あとを任せて行こうとするグレナスに、エレノアはやんわりと押しとどめた。
妖精達のもとへと行けばどうなるかわからない以上、親子が共にいることのほうがいいのだ。
行くのならグレナスではなく、エレノアであったほうがいい。
しかしグレナスは、首を左右に振った。
「いえ、貴女はここにいて息子や街の人々を守ってやって下さい」
「ですがあなたになにかあれば、この子はどうなるんですか」
「いいよ、大丈夫。だって向こうには、ゲオルグさんやエルフォーネさんがいるんしょう」
だから行っていいよと、フォルシスは笑みを浮かべる。
この親子は、それほどにゲオルグやエレノアに信を置いているらしい。
嬉しく思うが、いつも傍にいることができるわけではない。
人間や妖精に反撃できない以上、どうしても限界はある。
いくら共にいても、危険が伴うこともあるのだと伝えようとした時だった。
エレノア達の前に武装した男達がやってきた。おそらくは妖精達の討伐に向かっていた者達だろう。
何事だろうと、避難していた人々の目が男達へと向けられる。
「おい、お前達の中に旅人はいるか。いるなら前に出ろ」
「私は旅人の一人ですが、なにかあったんですか」
エレノアが歩み寄りながら問いかける。
それによってか、数人の人々も前へと進みでる。
「この中にゲオルグという男を知っているものはいるか」
「ゲオルグは私の連れです」
そうかと、男達の一人がエレノアへと刃を向ける。今にも斬りかからんばかりの形相である。
エレノアも少しばかり身構える。
「お前の連れが妖精とつるんでいたことは知れている。今すぐ出て行ってもらおう」
彼等の余談も反論も許さぬ物言いに、エレノアは目元に僅かばかり驚きを示した。
しかし瞬時に平静に戻ると、張りつめた空気へと変わっていく周囲を目だけで見渡していく。
そして改めて、武装した彼等へと目線を戻した。
恐らくゲオルグ達が妖精達と関わってしまったのは事実なのだろう。そうせざるを得ない、なにかがあったのだろう。
「わかりました。出て行きましょう」
「お前達もだ」
男達はグレナス達も含めた、他の旅人達にも刃を向ける。
その様にエレノアは僅かに目を細める。
「その方々は無関係なはずですよ」
「知ったことか。旅人が妖精達を手引きしている可能性がある以上、聞く耳は持たん」
「横暴だ!」
「俺達だって、こんなことをしたくはない。しかしお前達だって自分の住む土地が同じ目に合えば、こうするだろう」
むしろなにもせずに追い出すのだから、感謝してほしいものだと男達は告げる。
確かにそうかもしれないと、エレノアは思った。
追い出すことで旅人の足取りを追い、妖精達と接触する様を確認し、不意を突いてくる可能性も考えられた。
エレノアは、ゲオルグが連れであることを伝えてはいるため、他の旅人に対して行なう確率は低いだろう。だが確証はまったくない。
ならば、やはり長居するわけにはいかない。
このままでは他の旅人や街の人々に、よけいな波紋を及ぼしかねない。
「グレナスさん、巻き込んでしまってすみません。街へと出たら、すぐにでも別の町や村に向かって下さい。そうすれば問題はないはずです」
男達の狙いはエレノアであり、妖精がゲオルグと共にいることが真実なら、なにも問題はないはずである。事が大きくなることもない。
そのための発言だったのだが、グレナスは頷かない。息子のフォルシスも同様である。
「もはや私達は、貴女方と縁のある身。別行動を取るのは、貴女方の無事を見送ってからでも遅くはないでしょう」
父の言葉に息子は、小さく、だがしっかりと頷いた。
再会するまでの間どのような思いで過ごしていたのか、エルフォーネとなにを話していたのかを知らない。だが興味本位ではないなにかが、眼差しから窺えた。
息子の反応次第では断るつもりでいたエレノアは、ほんの僅かに目元を伏せる。
「わかりました。ですが街から出たら、別行動を取りましょう」
万が一のことを考えて待ち合わせ場所を伝えると、エレノアは武装した男達へと歩み寄る。
「出ていくわ。それがあなた達の望みなんでしょう。これ以上、荒立てたくはないの」
だがすでに大事なんだよと、男達は言い捨てる。
エレノアは気にも留めず、荷物を持って歩き出した。フォルシス達も、後に続く。
「街の外へ行くのよ。エスコートしてくれてもいいんじゃないかしら」
動こうとしない男達に、エレノアは急かした。
男達は小さく舌打ちしながら、囲むような形で続いていく。他の旅人達も、渋々ながらも歩き出した。




