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想いの先にあるものは  ‐語られざる物語‐  作者: きりゅう
〇三章,激動の末に・下
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三回

〇三章,激動の末に・下/三回


 宿屋に取り残されたエルフォーネは、ベッドの上で座り込んでいた。

 そこから真正面にある窓から、外を眺めた。宿屋は三階建てであるため、家々の屋根が見て取れる。

 町に来てから変わり映えしない景色に辟易していた。

 表情に浮かぶのは、「暇」という一文字である。

 体調は完全に回復したとはいえ、以前の町で追い出された経緯がある。

 とある少年に、人々の前で妖精であることを明かされたためである。

 病み上がりで、なおかつゲオルグ達と別行動をとっている今、それらも含めて大事をとってという考えなのだろう。

 それくらいのことは、エルフォーネもわかっていた。

 やや薄らいだものの、あの時の恐怖は胸にこびりついているため、不用意に一人で宿の外に出るのは抵抗がある。

 だがこうして落ち着いていられるのは、ゲオルグ達が共にいるということが大きいかもしれない。


 とはいえ暇なものは暇なのである。

 一人で大人しくしていると、水の神殿での出来事が思い返された。

 ようやく会えたルアス。背中を押してくれたゲオルグ達。けれど手が届かずに、遠のいていく幼馴染みの姿。

 そして取り残された神殿で、否応なく行なわれるザルバードとの交戦。

 あのとき会えたのも束の間、再び別れ別れになってしまったことが衝撃でしかなかった。

 会いたくて、恋しくて、旅をしていたのだから。

 受けた傷よりも、心に受けた傷の方が大きく、体調を崩してしまうほどだった。

 それがことさら当時の記憶を、何度も繰り返し再生される要因となった。


 けれどルアスと再び別れてしまったあの時、呆然と力なく座り込むエルフォーネをザルバードから守ってくれたのはゲオルグ達だった。

 ルアスにとっての弱点となりうるエルフォーネを、魔族は利用しようとしたのだろう。

 執拗に狙っていたのだ。

 何度も助けてくれたゲオルグ達だったが、それまでは心のどこかで疑問を拭えなかった。

 けれど水の神殿でのゲオルグ達の行動が、信頼する決定打となっていた。だからこそ力になりたい。

 しかし二人は、なにかを隠している。思えば最初から、疑わしい素振りは見せていた。

 それが警戒を呼び起こすキッカケでもあったのだが、少なくとも利用しようとしていたわけではないのだと、今では思える。

 なんの根拠もないけれど。


 同時にルアスと共にいた、白髪の男とも女とも見て取れる存在も気になった。

 白髪の誰かは、目の前で白竜に変化したのだ。

 なんの驚きも戸惑いもなく、ゲオルグはルアス達を白竜の背に乗せた。

 おそらくゲオルグ達は、白髪の誰かの正体を知っている。

 最初はルアスとの別れに気を取られて考える余裕さえなかったが、今ではどうしようもなく胸を不安で掻きたてる。


 あの人は何者なのか。ルアスやゲオルグ達と、どういった関係なのだろうか。


 聞きたいことは山ほどあった。体調も万全となり、約束通り訊ねることができる。

 すべてを教えてくれるとは限らないが、できるなら今すぐにでも問いただしたい。

 とはいえ宿から出るなと言われている。けれど気を抜けば、すぐにでも行動に移してしまいたい衝動に駆られてしまう。

 逆にいえば宿の中は自由に動けるということである。

 この宿は三階建て、一階ごとに六部屋ある。

 ただし食堂はないため、食料は自分達が調達しなくてはいけない。

 それでもこの町には宿が一つしかないらしい。

 他に宿泊客がいるかもしれない。気晴らしに、話し相手を見つけることができるかもしれない。

 人間に対する抵抗はあるが、すべてにおいてではない。出会う相手がすべて、敵でないことを知っている。

 エルフォーネは思い立つと、早速部屋から出た。もちろん妖精の特徴である尖った耳を、大きな帽子で隠すことは忘れない。

 ただ短髪であるためか、一見少年と見間違われることがある。

 そのため味気のない旅行用の帽子が煩わしくもあるが、贅沢は言えない。

 とにもかくにも廊下に出てみると、誰一人いなかった。

 部屋の前を通ってみるが、人の気配が感じられない。外出しているのか、もしくは宿泊客があまりいないのかもしれない。

 いてもエルフォーネ達のように、長期間の滞在ではないのかもしれない。


「せめて挨拶だけでもと思ったんだけど、残念」


 体調を整えるためとはいえ、日々缶詰め状態だったのだ。

 少しくらいそういったものがあってもと思えてならない。

 こうなったら旅支度を整えて町を出るまでに、見て回りたいと直談判でもしようかと考えた矢先のことである。

 下の階で扉が開き、床が軋む音がした。

 音が軽いため、おそらく子供なのだろう。そ

 れでもたった一言でいい、なにかしら言葉を交わしたかった。

 エルフォーネは階下へと軽やかに降りていき、子供の姿が視界に入る位置まで歩み寄る。

 だが目にした途端、言葉が詰まり、足が止まった。予想通り、相手は子供。

 だが問題は子供の容姿である。

 見覚えがあるどころではない。忘れられない、忘れようもない、フォルシスという名の少年がそこにいた。


 声をかけることさえできずに立ち尽くしたまま固まっていると、フォルシスが顔を向けてきた。するとフォルシスも、ドアノブに手を置いたまま硬直した。

 ややあって敵意のこもった眼差しと共に、口を開いたのだ。

 以前のように騒ぎたてられた挙句、追い出されるようなことになってはと、慌ててフォルシスの口を塞ぐ。空いた手で彼の肩を掴み、壁に追いやった。

 フォルシスの眼差しには驚愕と、更なる敵意とが溢れんばかりに映し出されていた。


「私はあんたになにもしない、大声出さないで。こんな体勢で言っても、なんの説得力ないかもしれない。けどもうあの二人に迷惑はかけたくないの。ただ話がしたいだけ」


 エルフォーネは少年を抑えつけたまま、身動き一つとらずに見つめた。

 拒まれても仕方ないのは承知していた。

 けれどフォルシスは、なんの抵抗もしない。あえて挙げるなら、睨み据えていることが、彼なりの抵抗だろうか。もしくはそうすることで、本意かどうかを見定めているのだろうか。

 傍から見なくとも現在のやり取りに奇妙さを感じつつ、エルフォーネも次の行動が起こせなかった。


 どれくらいそうしていただろう。実際には、さほど時間は経っていないのかもしれない。

 どちらにせよ、フォルシスは小さく頷いた。眼差しにはいくらか疑心があるように見受けられたが、騒ぐつもりはないようである。

 最初からそのつもりなら、既に暴れるなりなんなりしているだろう。

 エルフォーネは若干緊張しつつも、手を離した。

 前例があるだけに、エルフォーネにしても俄かに疑いは晴れないのだ。

 けれどなにもしないといった手前、いつまでも押さえつけているわけにはいかない。

 エレノアやゲオルグに迷惑をかけるわけにはいかないというのも、そうさせる要因の一つだった。

 とはいえ手を離したものの、なんと声をかけていいのか戸惑ってしまった。

 出会い方も、別れ方も、容易に挨拶を交わせるほど生易しいものではなかったのだ。

 先程とは、また異なる沈黙が訪れる。そのため言葉を紡ぐことが躊躇われた。


「……ねえ、どうしてあんたがここにいるの」


 向かい合ったまま静寂に包まれていた中で、先に口を開いたのはフォルシスだった。

 ただし口調は刺々しく、けして友好的とはいえない。

 ただでさえ選ぶ言葉に迷っている状態である。エルフォーネは委縮してしまいそうになった。

 けれどどうにか踏みとどまり、一度深呼吸して改めてフォルシスと向かい合う。


「どうしてと言われたら、治療と養生のために、一度町に立ち寄るためかな。あとは旅路に必要な物資の調達。あんたの方こそ、どうしてここに?」


 てっきり妖精達の接触をさけ、神殿から遠ざかっているのだとばかり思っていたのである。

 けれど予想に反して、光の神殿に程近い町にいることの方が驚きである。

 するとフォルシスは、わずかに顔をしかめ、目をそらした。言いたくはないだけなのか、どちらにせよ言えることではないのかはわからない。

 フォルシスと出会ったばかりの反応や対応を考えると、当然といえるかもしれない。

 妖精を毛嫌いしていたため、混血とはいえエルフォーネには伝えたくはないのだろう。

 こういう結果に陥ってしまったのは自業自得だと思うものの、苛立ちがこみ上げる。


「わかった、話すよ。ちょうど聞きたいこともあるし」


 警戒しているようだったが、フォルシスは再度自分の部屋へと入っていく。

 扉を閉めなかったのは、入ってこいという意思表示なのだろう。

 この展開は予想外すぎた。

 いくら騒がれなかったとはいえ、最後まで邪険に扱われ、追い出されるとばかり思っていたのである。

 けれど相手は話を望んでいる。エルフォーネにも聞きたいことはあり、拒絶する必要などないのだが、一瞬迷いが生じた。

 だがそれもすぐにかき消えた。なにかあれば逃げればいいだけのことである。そのための力はあった。

 エルフォーネは多少の緊張を伴いながら、フォルシスの部屋へと足を踏み入れた。

 宿泊したばかりなのか、荷物は部屋の片隅にポツンと置かれていた。

 視線を滑らせると、部屋の真ん中にはテーブルがあり、傍にはイスが二脚あった。父との二人連れだからなのだろう。

 フォルシスは二つのうちの一つに座っている。

 促されるようにして、エルフォーネは空いているイスへと座った。


「そういえば、まだちゃんとお互いに自己紹介していなかったよね。私はエルフォーネ。知っての通り、人と妖精の混血よ。あなたは?」


「……フォルシス。フォルシス=ライア」


 フォルシスは名を告げるも、口を固く閉じた。

 聞きたいことがあると言ったはずの彼の態度に、内心首を傾げつつ見つめる。

 もしかすると緊張しているのは、エルフォーネだけではないのではと感じた。

 ならば合点がいく。少し思いを巡らせれば、すぐにわかるはずだった。

 完全に心穏やかにとはいえないが、エルフォーネは肩の力がやや抜けた。


「聞きたいことって、なに。私に答えられること?」


 問いかけるも、フォルシスは躊躇いがちに口を噤んでいる。

 相手が答えてくれない以上、エルフォーネも強く催促できずに押し黙ってしまった。

 なぜなら彼の戸惑いは、問いたい衝動に駆られながらも、実際に口にしていいものかどうかと戸惑っているかのようである。

 けれど考えて、考えて、口にすることを悩んでいるのだとしたら、急かすことなどできはしない。


「あのさ…他の人達が言うように、本当に妖精やハーフは魔王や魔物を創り上げたの?」


 暫くした後、フォルシスはまっすぐにエルフォーネを見つめながら訊ねた。

 彼の発言内容に、エルフォーネはテーブルを強く叩き、勢いよく立ち上がる。

 なんの冗談だと言いたかったが、どうにかそれだけは呑みこんだ。

 なぜならフォルシスの表情は冗談であるどころか、真剣そのものだったのである。

 むしろこうなることをわかっていて、悩んでいたのだろう。

 それを感情論だけで受け答えてはと思いなおしたのだ。

 一度深呼吸し、椅子に腰を下ろすと、改めて目の前にいる少年を見つめた。以前の二の舞にするわけにはいかない。


「やってないわ。少なくとも私や、私の周りの妖精達は。むしろ人間の心が具現化して、私達を襲っているんだって言われ続けていたの」


 言った後、エルフォーネは口を閉ざした。

 目の前の相手が人間であるということ、少なからず摩擦があることもあり、自然とそうさせた。


「……だから人間が嫌いだった。会ったことも、話したこともなかったから余計に。今はもちろん違うわ。ゲオルグやエレノアさんに会ってから、人に対する認識も変わったから」


 だから誰かを好きになったり嫌いになったりするのに種族なんて関係ないのだと、エルフォーネは続けた。

 ゲオルグやエレノアと出会い、旅をする中で、身を持って知ったことである。

 旅に出る以前なら、きっと変わらず、それを疑問に思うことすらなかっただろう。

 この無知さが、互いに疑心と恐怖を植えつけ、拍車をかけていたのだろう。

 相手がどれほど非道で残忍であるかを、周囲から教えられてきたのなら、なおさらだろう。

 エルフォーネ自身、周囲の噂や実際に関わった妖精やハーフの口から聞かされてきたのだ。

 そこまで考えてエルフォーネは、改めて人間をよく知らないのだと思い至った。自分を恥じるほどに。

 もっと話をしたい。相手を知りたい。そうすれば、なにかが少しずつ変わっていくかもしれない。

 今すぐは難しくても、逆に仲が悪化したとしても。

 そう思い、口を開きかけたときだった。


「…やっぱり。だから魔物は人間や妖精に関係なく、両方を襲うんだ」


 フォルシスは膝に置いた手を、強く握りしめた。瞳には、確信めいたなにかが窺えた。

 なんのことだか呑みこめないエルフォーネは、短く疑問の声を漏らしていた。

 だが彼は、その声が聞こえていなかったようだ。


「だから魔物達を止めるために、ルアスさんとエルフォーネさんは別々に旅をしているんでしょう」


「ちょっと待って。なんの話をしてるの」


 エルフォーネは徐々に白熱するフォルシスを押し留めた。

 ルアスとの接点はあったようだが、エルフォーネ自身はほとんど会話したことがない。

 それどころか出会ったのは、以前の一度きりなのである。

 しかも数少ない会話では、ルアスを嫌悪し、妖精に敵意を向けてはいなかっただろうか。

 少なくともエルフォーネに対しては、そうだった。一体なにをどう考えて、そのような結論に達したのだろうか。

 不可解であるため、眉をひそめた。

 その様にフォルシスも、わずかに表情を硬直させた。ややあって訝しげに見つめる。


「違うの?」


「違うわ。私はただ、ルアスに会いたいだけよ」


「だからそれが、魔物達を止めるために旅に出ているルアスさんを心配していたからじゃないの? だからルアスさんは、僕の考えが一方的なものだって教えてくれたんじゃないの。だって、そう考えないと……」


 辻褄が合わない。そう言っているかのようだった。

 揺れる瞳の中に、迷いが窺えた。


「どうして、そう思うの」


「だって……」


 フォルシスは、テーブルへと視線を落とした。このまま消え失せてしまいそうなほど、声もどこかか細い。

 その様にエルフォーネは、どこか奇妙な感慨を受けた。


「だって、わからないんだもん。お父さんは違うっていうけど、純血でも、混血でも、妖精は残忍で非道だって聞かされてきたんだ。実際に魔法も使えるし、お父さんも妖精のせいで死にかけて…。ルアスさん達に怪我をさせられて、そのときのこと思い出して…。だからそれが凄く許せなかった」


 妖精が嫌いだと語るわりに、フォルシスからは憎悪や嫌悪を感じさせなかった。

 まったくないわけではないのだろうが、相反するなにかが、それを阻んでいるのだろうか。


「でも後で考えてみると、ルアスさん達はそれだけだった。お父さんの傷も、すぐに治るものだったし。あなた達の話をコッソリ聞いた時もショックだったけど、妖精が噂通りで、最初からどうにかするつもりなら、僕達はとっくにどうにかなってるはずだもん。妖精達が、僕達を同じように憎んでるなんて教えてくれるはずないもん」


 盗み聞きと聞いて、エルフォーネは父であるグレナスからルアスの情報を聞き出している時のことを思い出した。

 あの時息子は、父から同席を拒否されたのである。


「盗み聞きって、あんたね!」


「そのときのことは謝るよ。でもどうしても気になったんだ。それで思ったんだ。どうして何もしなかったんだろうって。それに混血児はどっちにも嫌われているはずなのに、フィニアさん達と旅をしてる。エルフォーネさん達も、そうだ。それに魔物は、見境なく人間や妖精を襲うんだ。創り上げたのはいいけど、暴走したからだって言うけど、それにしては秩序がとれていたりするし、凄く不自然に思えたんだ。だからわけがわからなくて、そう考えるしかできなくて……」


「だから強引にでも、ルアスは魔物達を止めるために動いていると思ったのね」


 言うと、フォルシスは小さく頷いた。

 これでようやく、エルフォーネは彼の強引な推測に合点がいった。

 他の二人は知らないが、少なくともルアスは姉のシンシアを捜す旅に出ているはずである。

 なぜだか魔族ザルバードに狙われ、シンシアは捕えられてはいるが、それがすべでなはずである。


「残念だけど私がルアスを追ってるのは、シンシアさんを助けるルアスを、手伝いたいから。ただそれだけなの」


「シンシア?」


「ルアスのお姉さん。血の繋がりはないけど、私にとっても同じくらい大切な人。だから町を飛び出したの


 一人旅を続けるうちに、ゲオルグ達に会ったこと等の経緯を掻い摘んで説明した。

 自分の考えが的外れであったことに、やや気落ちしていたフォルシスだったが、次第に首を傾げる回数が増えていく。


「ねえ。どうして魔物は他の誰でもなく、シンシアさんだけを連れ去ったのかな。それにいくら魔法が使えても、連れ去られて無事なのかな」


「無事よ。決まってるじゃない!」


 エルフォーネは目元を吊り上げ、フォルシスを睨みつけた。

 フォルシスは慌てて口を塞ぐも、既に遅かった。

 しかし自分が口を滑らせてしまったのだと気づいたようだ。

 けれどそれは当然の反応なのだとエルフォーネは思い至り、切なげに目元を下ろした。

 だがこれと似たような問答が、以前行われていたことを思い出した。

 そう、あれは初めてゲオルグ達と出会ったばかりのとき。

 魔王がいるとされる神の神殿にいる親友を、助けにいくという彼等へ向けた言葉である。

 けれどなんの確信があるのか、迷いなく断言したのだ。

 そして彼等はシンシアと、その両親を知っていた。

 なにかを隠していることは知っていた。疑問の一つでもあった。

 とはいえゲオルグ達の親友が連れ去られ、シンシアも同様に連れ去られる。

 偶然にしてはでき過ぎてはいないだろうか。

 しかも追っている魔族ザルバードは、ルアスを追っている。彼の口からも、シンシアの名が紡がれていた。


「やっぱり、すぐにでも話を聞かなくちゃ」


「話って、誰から?」


「ゲオルグ達からよ。二人はなにかを知ってるはずなの。ルアスとは面識がないみたいだけど、シンシアさんのことは知っていた。追いかけている魔族ザルバードは、ルアスを追っているの。なにも知らないとは思えない」


「いつも一緒にいたのに、聞いたことなかったの?」


 首を傾げるフォルシスに、エルフォーネは俄かに渋面となった。

 反論したかたが、これまで聞いてこなかったのはエルフォーネの落ち度である。

 これまで疑問や興味を持たなかったわけではない。機会がなかったこともあったが、はぐらかされていたこともあった。

 それがエルフォーネの中で、気恥ずかしさとプライドがせめぎ合い、素直に受け入れることができなかった。


「そうよ、けど今更どうしようもないじゃない。それに私の体調が戻ったら、教えてもらう予定だったんだから」


 なにか文句でもあるかと、腕を組んだ。


「エルフォーネさんって、凄く怒りっぽくて嫌だな」


「癇癪持ちのあんたには言われたくないわよ」


 拗ねたように睨みあう二人だったが、ややあって噴き出すように笑いあった。


「ここはグレナスさんが借りたお部屋かしら」


 ノックの後、問う女の声が聞こえた。エルフォーネは彼女の声を知っている。

 フォルシスも、どことなく覚えているようだ。

 なおかつエルフォーネの反応を見て察し、座席から離れて扉へと近づいた。


「エレノアさん?」


「ええ、そうよ。覚えていてくれたのね。聞きたいことがあるの。いいかしら」


 問いかけに、フォルシスは返答の代わりに扉を開けた。

 エレノアの後ろには、幾分か背の高いゲオルグの姿もあった。

 二人は扉が開かれた瞬間にエルフォーネの姿があったことに、いささか意表を突かれた面持ちだった。

 だが驚いているのは、この部屋にいることではないようだ。


「なに、そんなに驚いてるのよ」


「姿がないから、ここにいるかもと思っていたけど、仲良く話しているようだったから」


「そうだぜ。いつのまに、そんなに話こむような間柄になったんだよ」


「今さっき」


 心配していただけに拍子抜けしたと、ゲオルグは頭を掻いた。

 代わりのようにフォルシスは、自分よりも背の高い大人達を不思議そうに見上げた。


「どうしてここに僕がいるってわかったの?」


「市に行く途中で、あなたのお父さんに会ったからよ。宿も同じだったから、あなた達がち合わないか心配だったんだけど…」


 ゲオルグの言うとおり、心配する必要などなかったようだと、二人を交互に見つめながら安堵していた。

 二人の仕草に、以前の出来事があるだけに申し訳なさが込み上げつつも、ふてくされた。

 前科があるとはいえ、いつまでも心配されるような子供ではないのだ。けれど誰かに気にかけてもらえるということが嬉しいと感じてしまうことが、ことさら腹立たしい。


「エルフォーネさん」


 フォルシスが促すように、声をかけてきた。

 それにより先程まで話していたことを思い出し、フォルシスへと頷いた。


「ゲオルグ、エレノアさん。聞きたい事があるの」


「改まって、どうしたの」


 何事かと先を促すエレノアに、さらに言葉を紡ごうとした時だった。

 野外も含め、辺りがにわかに騒々しくなってきた。

 客の訪れや、町での催し物といった穏やかさではない物々しさである。


「ちょいとすまない。客人、いるか」


 少々荒っぽく扉が叩かれた。

 ゲオルグは確認のために、各々に目を向ける。エルフォーネ達は、小さく頷くことで承諾した。

 そうして扉を開けると、一人の中年男が僅かに切羽詰まった面立ちで入ってきた。


「なにか用なのか。少々慌ただしいようだが」


「妖精が今、町に来たそうなんだ。人間の青年が一人、人質にとられているらしい。

 今は一人でも多く男手が必要だから、協力してくれると助かる。女子供は念のために避難してくれ。現在避難している段階だから、荷物を持った女子供の後を追えば場所はわかるはずだ」


「わかった。で、妖精は一人なのか」


「いや、男女一組だ。一人だけならなんとかなるが、二人ともなると少々キツイ。だからこうして声をかけて回っているんだ」


「そうか、なら行こう。武器を整え次第、現場へ駆けつければいいのか」


「そうしてくれると助かる。俺は他の連中にも事の次第を伝えないといかん。これで失礼するよ」


 男は用件のみを伝えると、足早に去っていく。


「だ、そうだ。俺は一度部屋に戻って、あいつらに合流する。エレノア、そいつらのことは頼んだぞ」


「誰に物を頼んでいるの」


「それもそうか」


 二人は微笑みあい、ゲオルグは早速部屋を出ようとしていた。

 だがエルフォーネは、慌ててゲオルグの裾を掴んだ。


「私も行く」


「俺のことが心配か。だがエレノア達と一緒に、避難していてくれ」


「一人でなんて行かせない」


「エル……」


「エレノアさんは黙ってて」


 エルフォーネはゲオルグを見上げたまま言い放った。

 いつもの反抗的な態度とは異なる気迫に、エレノアは押し黙る。他も同様なようで、静観している。


「ゲオルグが強いことも、相手のあしらい方がうまいことも知ってる。でもそれが魔物だった場合」


 人間や妖精達相手には、余程のことがない限り無益な争いをさけてきたゲオルグ達のこと。

 エレノアとゲオルグの二人でいれば、余裕であしらうことも可能だろう。

 しかし今回は大丈夫だとは言い切れない。


「私達の避難ということもあるかもしれないけど、二手に分かれて被害の拡大を防ぐんでしょう? でも妖精のことで人は殺気立ってるし、妖精もどういう行動に出るかわからないよね。だから手伝いたい。私も魔法が使えるし、いざというときなにかの役に立つかもしれない」


「なに言ってんだ。ハーフは両方に忌み嫌われてるんだぞ。もし正体が知れることがあれば、どうかるかくらいわかるだろ」


 ゲオルグは戸惑いつつ反論するも、エルフォーネは言われずとも当然わかっている。

 既に身をもって味わっている。言い分が強引であることも知っている。


「守られているだけなんて嫌。できることがあるならやりたいの。自分の身は自分で守るし、足手まといにならないようにする。だから行かせて」


 わずかに裾を掴む手が震える。震えはゲオルグにも伝わっているだろう。

 以前人間から向けられた視線が、いまだに脳裏に焼きついている。

 恐れを完全に拭いきれずにいる。けれど引くことができないと、強く見上げる。

 ゲオルグは物言いたげな、助けを求めるような視線をエレノアへと向けた。

 エレノアは呆れからか、諦めからか、小さく息を吐いた。


「本当に自分の身は自分で守れるの。感情に任せて、誰かを傷つけるような行動しないと約束できるかしら。できないなら強引にでも、私達と一緒に来てもらうわ」


 最低限それくらいできなければ、足手まといになってしまう。

 感情ばかりに流されて行動しては、自分の身だけではなく、周囲の者さえ窮地に追い込んでしまうこともある。

 そのためエレノアは念を押しているのだろう。

 エルフォーネは逃げ出したい感情もあるものの、力強く頷いた。だから行かせてと、瞳で訴える。

 暫し視線が絡み合う。ややあって、エレノアは小さく息を吐いた。


「…私の代わりに、ゲオルグをお願いね」


「おい、エレノア!」


「観念なさいな。人や妖精に対して、できる限り攻撃しないという理念を掲げているのは事実だもの。血走っている彼等に対して、一人でうまく立ち回れるかどうかもわからないわ」


「だからってお前、エルに甘すぎるぞ」


「なに言ってるの。それはお互い様でしょう?」


 図星だったのか、ただたんに返す言葉がなかっただけなのか、ゲオルグは拗ねたように閉口した。

 とはいえこのまま終わらせたくはなかったのか、反撃の糸口を探していたようだったが、やがて諦めたように盛大なため息をついた。

 そしてエルフォーネの頭を優しく叩く。


「俺から離れずに、無茶はするなよ」


「わかってる」


「よし、フォルシス。親父さんに会うまで、お前はしっかりエレノアと一緒にいろよ」


 言うとゲオルグは返事を聞かずに踵を返した。エルフォーネは小走りに追いかけた。


「さ、私達も早く避難した方がいいわ。支度を整えましょう」


「はい」


 ゲオルグ達を見送った後、エレノア達も外出の準備を始めた。

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