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想いの先にあるものは  ‐語られざる物語‐  作者: きりゅう
〇三章,激動の末に・下
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二回

〇三章,激動の末に・下/二回


 水の神殿の騒動から暫くして光の神殿方面へと向かっていたエルフォーネ達は、人の町に訪れていた。

 ただ本来なら一月程度ですむ町に、二月半程かかって辿りついていた。

 倍以上の時間が必要だったのは、魔物に襲われ続けたわけでも、厄介な出来事に巻き込まれたわけでもない。


「どうにか町に来られて、宿にも泊まれて助かったな」


 言いながらもゲオルグは浮かない顔でため息をついた。

 いまだにエルフォーネは、床についているためである。

 傷はたいしたことはない。主に心労と、幼馴染みと別れ別れになった衝撃なのだろう。

 そのため回復傾向にあるものの、完全に癒えていない。

 しかも町に立ち寄ったものの薬不足は相変わらずであり、入手困難でもあった。


「ただいま」


「お帰り、どうだった」


 宿の扉が開けられるとエレノアの声と共に規則正しい足音が響いたが、ゲオルグは一瞥すらしなかった。

 足音や気配、動作からして、彼女だとわかっていたためである。


「薬を扱っているお店は、やっぱりどこも品不足らしいわ」


「水の神殿が近くだから、そいつらとの抗争もあったろうからな。魔物の襲撃も時折あったらしいし。まあ神殿がなくなって、ここの連中は万々歳だろうけどな」


 水の神殿に程近いこの場所では、魔物のほかに水の神殿にいる妖精との戦も行なわれていたのである。

 更にそれが薬不足の要因になっていた。

 だがエレノアは眉間にしわを寄せて、短く息を吐いた。


「なに言っているの、不謹慎よ。それに神殿がああなって、次は自分達の番かもしれないって怯えてる人達もいるんだから」


「そんなもんだろ。あいつらの目的を考えればな」


 魔物が時折攻めてくることがあったとしても、神殿のような危機に陥ることは稀である。

 あるとすれば魔の軍制に、そうさせるだけの理由がない限りは壊滅させるほどの攻撃はしない。

 とはいえ町の人々は、そのことを知らない。だからこそ不安に駆られもするのだろう。

 だがゲオルグは、ただの杞憂でしかないと思えた。


 怖いのはむしろ、人手不足を補うために武器などを強化し、体制を整えることである。

 力を持ちすぎると、見せしめのために潰される可能性が増していく。

 エレノアも重々知っているためか、あえて反論せずに小さく吐息をもらす。


「そのあたりを議論するつもりはないけれど、外での発言は控えてもらえると有り難いわ。ただでさえ食料も入所困難だっていうのに。下手なこと言って、反感を買いたくないわ」


「買うっつっても、嬢ちゃんの分だけだろ」


「だからこそよ」


「……どういうこと?」


 寝室に繋がる扉から、か細い声が発せられた。

 ゲオルグが目を向けると、エルフォーネが疑問を顔に浮かべながらたたずんでいた。

 周囲に神経を向けていたつもりだったが、話に夢中になり、気が削がれてしまっていたのだろうか。

 もしくは共に行動することが多くなったためか、警戒する対象として認識が薄れてきていることもあるのかもしれない。

 どちらか、もしくは両方かはわからないが、こういうときは気を引き締めなくてはとゲオルグは心中で思いながら、彼女へと屈託のない笑みを浮かべた。

 けれどエルフォーネは訝しげな眼差しを、ゲオルグやエレノアに注いでいる。


「いつも食事している様子はなかったけど、そのことと関係があるの? 私に気を使ってたとか? でも……」


 どうやらエルフォーネは彼等の食べ物のほとんどを、与えてもらっていたと考えたのだろう。

 けれどそれにしては外見的にも、体力的にも、衰えた点はないことに戸惑いと困惑を感じているようだ。


「気を遣わせてしまったみたいね。私は他の人より、少量でもやっていける方法を知っているだけなのよ」


「わかったなら、さっさと横になりな。体調は万全じゃないんだろ」


 ゲオルグ達に促されるも、エルフォーネは「でも」と呟いた。

 疑問は拭いきれていない様子だったが、それ以上になにかを言いたげに目が訴えている。


「どうかしたの?」


「話があるの。そっちに行っていい?」


「体調を崩さない程度にならね」


 エレノアは食糧を置いていたテーブルの椅子を引いて、エルフォーネへと笑いかける。

 エルフォーネはぎこちなく歩み寄り、腰をかけた。手は膝の上に置き、目は落ち着きなく泳いでいる。


「どうした。らしくねーな」


 目の前にいるエルフォーネへと、ゲオルグは意地悪く笑んだ。緊張をほぐす意味合いもあったのだ。

 けれどいつものエルフォーネならケンカ腰で口を挟むのだが、あまり態度は変わらない。


「あの…ちゃんと二人に……言いたいことがあるの」


「あなたの体調のことかしら。だとしたら気にしなくてもいいのよ。当然のことだもの」


「違う! それもあるけど、違うの。これまで助けてくれて、ルアスにも会わせてくれた」


「でも、会わせることしかできなかった。話をする暇さえなかったのよ」


「だけど会わせてくれた。背中を押してくれた。…じつを言うと、あの時二人は私とルアスと会わせるのを渋るかもしれないって、心のどこかで疑ってたんだ」


「渋る? どうしてだ」


 ゲオルグが尋ねると、エルフォーネは委縮する。

 考えていることを知られてしまうこと、それによって嫌われてしまうかもしれないとでもいうかのように。

 理由はなんにせよ、怯えているのは確かである。


「私を利用したいだけなんじゃないかって思ったから。人は魔法が使えないし、魔族のこともあったから、だから私……」


 語り続けていくうちに、エルフォーネは表情だけではなく体さえも強張らせていく。

 膝に置かれた手は、強く握られていた。

 最初に魔王のいる神の神殿にいると目的を伝えたのは、ゲオルグ達の方である。

 偶然か必然かにせよ、出会ってしまった。

 目的のために、混血ではあるが妖精の血を色濃く受け継ぐエルフォーネの力を利用しようと、甘い誘いをしたのだろうとさえ考えていたのだろう。


 戦争が両者を断絶してからというもの、見た目通りの優しさで接する人間、もしくは妖精が少ないのが現状である。

 そのため気兼ねなく近づいてくる者に警戒を向けるのは、無理からぬ話である。

 行動を共にしてきたものの、これまで警戒を向けていたのは、心から信頼できなかった裏返しなのだろう。

 戦争があったものの元々種族にこだわらなかったゲオルグにとって、少なからず衝撃的だった。

 配慮が欠けていたのだと思わせられた。


 ゲオルグは優しくエルフォーネの頭の上に手を乗せた。直後、ガシガシと頭をなで回す。


「やっぱり、らしくねーな。お前さんは、ツンケンしている方が似合ってるよ」


「なによ、それ。私がいつも怒ってばかりみたいじゃない!」


「事実じゃないか」


「違うわよ!」


 エルフォーネはゲオルグの手を振りほどくと、睨みつけた。

 先程までのしおらしさはどこへやらの態度に、ゲオルグは思わず笑みをこぼした。

 彼女の拗ねる顔も、ことさら助長していた。

 二人のやり取りにつられたのか、エレノアは軽く声を上げながら笑っていた。


「それはどうかと思うけど、エルは元気な方がいいわね」


「二人共! ……でも、ありがとう」


 エルフォーネからは怯えは消えさり、穏やかに薄く口元をつり上げる。

 嫌味も、皮肉も、怒りもない、素直な笑顔を、ゲオルグは初めて見たような気がした。

 少なからず心を許してくれたことに、ゲオルグは自然と笑みが零れる。


「そんなの当たり前だろ」


 同意見のようで、エレノアもゲオルグの言葉に頷いた。


「私、二人の役に立ちたい。けど二人のことなにも知らないから、聞かせてほしい」


 真剣な面持ちで訊ねる彼女に、ゲオルグとエレノアは顔を見合わせた。できることなら必要以上に関わらせたくないというのが、本音なのである。

 けれどそれを伝えたところで、耳を傾けてくれるとは限らない。

 なにより真意を伝えるということは、ゲオルグ達自身のことも明かさなくてはいけなくなる。

 そうなればなおのこと、逆効果になりかねない。


 以前人間のグレナスに伝えたことがあるが、彼が中立の立場だったためである。

 ルアス達、ゲオルグ達の両者の事情や接点を持ちながら、近過ぎず、遠過ぎず、種族に偏った考えを持っていない第三者。

 エルフォーネは同じく両者と接点を持っているが、心を寄せ過ぎている。

 思い入れが強くなり過ぎている。それでは感情に、大きく左右されてしまう。

 けして悪いとはいえないが、近過ぎて見えなくなってしまうものがある。だからこそ必要以上に関わらせたくはない。命を落としてしまう可能性が、それだけ大きくなってしまうためだ。


「いつか話すわ。けれど今はお休みなさい」


「でも私は……」


「でもじゃない。随分良くなったけど、まだ体調は本調子じゃないのよ」


 けど、とエルフォーネはなおも渋る。

 しかしエレノアの表情は穏やかだが、頑として頷かない。

 これ以上は何事も受け付けないと言っているかのようでもある。

 有無も言わせぬ態度に根負けしたのか、エルフォーネは若干拗ねたように寝室へと踵を返した。


「こうなったら意地でも早く治してやるんだから。その時は絶対教えなさいよね」


 言いたいことをしっかり言うと、エルフォーネは返事を待たずに寝室の扉を閉めてしまった。

 エレノアは肩をすくめて、微苦笑する。そのままゲオルグと向き直り、歩み寄ってきた。


「まったく素直なんだか、強情なんだか」


「両方だろ」


「……そうかもしれないわね」


 同感なのだろう。微苦笑から穏やかな笑みへと、エレノアは目元を和ませた。


「で、どうするんだ。全部話す気か」


「もちろん話せる部分だけよ。後はどうにか取り繕うことになるでしょうけどね。まったく細かいところは、相変わらず人任せなんだから」


 全く変わらないわねと、エレノアは短くため息をついた。

 俺の性分は知っているだろと、ゲオルグはニヤリと意地悪く笑った。

 それによりなおのことエレノアは呆れたのか、短く嘆息した。



 町に留まってから、既に数日が経っていた。

 エレノアとゲオルグは連れだって町中に出ていた。

 いつもなら片方がエルフォーネの傍におり、もう片方が町中で情報や食料、医療品の調達を行なっていた。

 けれど今回は外部から物資が届くと聞き、男手を必要としていたため、そうせざるを得なかったのだ。

 そのためエルフォーネは完治したとはいえ、大事をとって宿に留まらせている。

 しかしゲオルグは、あまり気乗りせずに俄かに顔をしかめた。


「なんて顔してるのよ。少しはシャキッとしなさい。必要な物を買い揃えたら、旅支度をきちんと整えるんだから」


「だったらその前に、少しくらい町中を見せてやってもよかろうに」


 ゲオルグは嘆息交じりに告げると、エレノアは短いため息をついた。


「いくら完治したといっても、体が心配だもの。でもあの子が望むなら、もちろん見て回るつもりよ。でもその前にやることはやらないとね」


 エレノアは拒否権などないというように、ゲオルグを睨み上げる。

 やれやれと肩を落としながらも、ゲオルグは大人しく行動を共にしていた。


「ゲオルグさん、エレノアさん」


 真横から声をかけられ、ゲオルグ達は目を向けた。

 するとそこには、旅の行商人であったグレナスの姿があった。

 彼と別れたのは、数ヶ月前のことである。忘れるほどには日は経っておらず、なおかつ別れる直前の出来事は衝撃的だったのだ。

 再会する確率は皆無というわけではないのが、その彼と別の街で巡り合えたことに、正直驚きを隠しきれなかった。


「グレナスさん、久し振りね。無事でなによりだわ」


「なんだって、こんなところにいるんだ。てっきり神殿から遠のいているんだとばかり思ってたんだがな」


「その辺りは話せば長くなるので、市に向かいながら話しましょう」


 グレナスに促され、ゲオルグ達は合流して市へと歩んでいく。

 ゲオルグ達は必然的にグレナスへと目を向ける。その眼差しに、グレナスは俄かに微笑んだ。


「そうですね。この町へと来たのは、つい今朝方のことなのですよ。今も旅商人を続けていまして、それを知った宿の方が、市で物資の売買を行なうというので出店してほしいと頼まれたのですよ」


「なら、俺達に少し分けてくれないか」


「どなたも足りないのは同じです。申し訳ありませんが公平にしたいので、ご勘弁下さい」


「なんだ、ケチくさいな」


 言いながらもゲオルグは、本気で思っていたわけではない。

 実際に出回る物資は少々不足がちな状態なのである。

 そのため他にも欲しがっている人々の手を遮ってまで、分けてもらおうとは考えていない。

 それはグレナスもわかっているのだろう。笑いながら、謝罪を向けた。


「それで、ここへはどうして? 神殿の近くにいては危険でしょう」


 エレノアは訊ねた。

 以前、息子であるフォルシスと混血児であるエルフォーネによって、町の住人を含めた騒動が起きた。

 その際、親子は進んで町を出た。

 エルフォーネと行動を共にしているゲオルグ達も、追われる形で町を出たのだ。


 グレナスが妖精達に対する偏見がないため、その点は問題視されない。

 むしろあるのは、息子のフォルシスのことである。彼は妖精を毛嫌いしているはずだった。

 そのため妖精のいる、神殿に程近い町にいるというのは疑問だった。

 グレナスは言いたいことを察したのか、困惑気味に微笑する。


「噂で各神殿の崩落を聞いて、なぜそうなってしまったのかを知りたかったのです。あの町には戻れませんし、たまたま北上していたので、ならば程近い光の神殿付近での町なら、情報を掴めるかもしれないと考えたのです。なによりこれは、フォルシスの強い希望だったのですよ」


「そうなのか。てっきり暫くは接点持ちたくないだろうって思ってたんだがな」


「いろいろと考えたいことがあるようです。実際に妖精を見て、判断したいのかもしれません。ですが初めて出会った妖精とのことがトラウマになっているようで、なかなか……」


 どんな思いからにせよ、向き合おうとしている息子の願いを無下にはできなかったのだと続けた。

 語る目元には、なにかしらの願いと、不安とが入り混じっている。

 かつてのグレナスのように、相手を蔑み、否定する想いだけに囚われることのないように願っているのだろう。


「それに光の神殿の方角へと向かったのには、もう一つ理由があるのです。光の神殿には、各神殿の妖精達が集まっているというのです」


 その真実も知りたいということだったのだ。

 語られた話に、ゲオルグは目を見開いた。

 グレナス達よりも早くこの町に来たのだが、そのような話を聞いたことがなかった。

 ゲオルグ達の表情を見るや、グレナスは俄かに眉をひそめた。


「お二人は、この話を知らないのですね。各神殿が襲われたという噂と共に、耳に入ってきたのです」


「各神殿が襲われたらしいというのは聞いたけど、でもそれが本当だとしても噂が広まるには早すぎるわ」


「だとしたら、裏であいつが関わってる可能性は高いな」


 ゲオルグとエレノアは、目元をやや細めた。そうさせる人物に、心当たりがあったのである。

 その様にグレナスは、やはりというような面持ちを浮かべた。

 真実を知る、数少ない一人であるためだろう。


「やはり魔王絡みの方ですか」


「おそらくは、な。一人そういう奴がいるんだ。人の心を惑わす奴がさ」


「でも、なぜかしら。人と妖精とを本格的に争わせるため? それにしても、なぜ今……」


 エレノアは顎に手を当てて、思案に暮れる。機会はこれまで、いくらでもあったはずなのである。

 もし人と妖精とが争うようなことあれば、十七年前の再来となる可能性は高い。

 むしろ互いに禍根となるべき芯がある以上、より一層苛烈を極めるかもしれない。

 グレナスも当時の古傷と、起こるかもしれない最悪の事態を想定しているのだろう。表情がわずかに強張った。

 けれどもグレナスは鼻で笑う。


「どんなことを目論んでようと、止めるだけだ」


 言いながらもすべてが思い通りにならないことを、ゲオルグは知っていた。

 集団心理と種族間の隔たり、いまだに続く迫害と恐怖。

 それがつきまとう現在、味方も、それを突き動かす力も足りないのである。

 なにより神の神殿にいる人物が何者で、魔物がどのようにして生み出されたのかを知る者は、ごく限られている。

 ただ真実を知ったところで証明できるものはなく、たとえあったとしても、それぞれ疑心が満ちている現在において、どれだけ効果があるのだろう。

 それでも、だからこそ止めなくてはいけない。終わらさなくてはいけない。

 でなければ今ここに自分がいる意味がなくなってしまう。たとえ戦況が限りなく不利だったとしても。


「だから俺達が、こうしてここにいる」


 ゲオルグは目を細めた。エレノアも顎から手をどけ、決意のこめられた瞳を宿した。


「私にもできることがあれば、仰って下さい」


「ああ、そのときはよろしく頼むぜ。だがなにがあるかわからない。戦闘になったら、長居せずにお前さん達親子は……。そういや息子の方はどうした」


「今フォルシスは、宿におります。エルフォーネさんは?」


「あの子も今、宿にいるけれど。…大丈夫かしら」


「あの時よりは落ち着いたので、大丈夫だとは思いますが……」


「エルフォーネもあの頃に比べて、棘は落ちてきたが心配だな」


「早く終わらせて帰った方がいいかもね」


 エレノアは微苦笑した。市はもう目の前であるため、その思いはなおさらだったのだろう。


「私は終わるまで帰れそうにありません。二人のことを、よろしくお願いします」


 グレナスは、ゲオルグ達へと頭を下げた。

 応じるように、ゲオルグとエレノアは微笑んだ。

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