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四回

「なあこの洞窟って、どんな魔物がいるんだ?」


 手に魔法で出した光を灯しながら先を歩く青年、シェイドにルアスは訊ねた。


「聞かずとも、今先程倒した魔物がどんな奴等だったかを見れば、おのずとわかるだろう」


「ゴブリン、コボルト、スライムに……」


 シェイドは冷ややかに対応したつもりなのだが、ルアスは意に介すことなく先程倒した魔物の名を上げていく。


「ノール、ホブゴブリンなどもいたな。更に奥へ行けばスポアやバット、他に様々な魔物が数多くいるだろう」


 小さくため息をつくと、シェイドは観念したように付け足した。

 暗がりのためにわかりにくいが彼等の体には魔物から受けた、かすり傷などが体中についており、服も煤汚れていた。

 それだけで相当の数を相手にしているのだと、容易に想像できる。


「じゃあさ、あとどれくらいで着きそうなんだ? こんなの相手にしてばっかは嫌だよ」


 いかにも疲れきったというように、ルアスは声を荒げた。

 シェイドは、自分から望んでここへ来たんじゃなかったのかと言い返そうとも思ったが、いちいち突き返すのも面倒だと思い、無言のまま先へと進んでいく。


 それよりもシェイドが驚いたのは、別にある。

 洞窟に来るのは十七年ぶりでもあり、内部に魔物がうろついているため、地形が変化していると思っていた。


 だがいざ入ってみると、相変わらず洞窟内は広くもなく、狭くもなくと、道筋もとくに入り組んだところもない。

 道筋もとくに入り組んだところもなく、所々微妙に内部が変化しているものの、どんなに見渡しても昔とほとんど変わっていなかった。

 魔物達は周りの地形を変えてしまうほど凶暴ではないのかもしれないが、そうであったとしても変わらなさ過ぎるという点においては不可解だった。


 シェイドはこの洞窟に、魔物達を束ねる者がいると聞いて知っていた。

 最初はそのボスともいうべき魔物が内部をなるべく荒さぬように指示を出したため、変化がないのかとも考えたが、それはすぐに頭から追い払われた。

 魔物の基本性質というべき本能は暴力的なものがほとんどのため、余程のことがない限り凶暴性、破壊性といった行動を制限する必要はない。


 だったらなぜ。それとも、余程のことがここにはあるのか、という疑問が浮上する。


 同時にこの洞窟に入ってからというもの、どことなく違和感を覚えていた。

 なにかに見張られているような、嫌な視線が絡みつくような感覚。そういったものだった。


 どうやら後ろをついてくるだけの無神経なガキは気づいていないようだが、とシェイドは心の中で毒づいた。

 ふとこのとき、シェイドはルアスを見たときにも感じた違和感を思いだしていた。

 この年下の少年の中に、彼本人とはまた違う別のなにか。

 まるでもう一つの生命体のようなものが、ルアスの内に宿り、脈打っているような感覚。

 しかもそれは、最近よく感じていた感覚だった。

 それは誰かを呼び続けるように、どこからか聴こえていた聲に似ていた。

 なぜそれがこの少年から流れてくるのが気になり、興味を持った。

 理由はそれだけのはずなのだ。シェイドは自分にそう言い聞かせる。


 ――ほんの一握りだけど、そんな俺にも守りたい奴、救いたい奴がいるんだ。


 ルアスが発した言葉が、再びシェイドの脳裏を掠めいていく。

 同時に幼少時代の出来事が通り過ぎていく。

 周囲に聞こえないほど小さく舌打ちし、今はそんなことを思い出している場合ではないのだと、再び心の中で毒づいた。


 やがて没頭していた思考を脱ぎ捨て、意識を戻すと、なおも聞き続けていたらしいルアスの声が耳を支配した。


「いい加減に……」


「ちょっと待て!」


 シェイドはあまりのしつこさに怒鳴ろうとしたとき、ルアスは突然出鼻を挫くように制した。


「声が聞こえた」


「声?」


「女の人の悲鳴だ!」


「待て、無闇に走るな!」


 眉をひそめ聞き返すシェイドに対し、ルアスは制しの声も聞かずに走りだした。


「勝手なことを!」


 あまりに身勝手な行動を起こすルアスに、シェイドは怒りをあらわにしたが放っておくことはできず、あとを追いかけた。

 二手に分かれた曲がり角に差し掛かったとき、シェイドの目の前をなにかの塊が通り過ぎ、壁に打ちつけられた。

 見ると、なんとルアスである。しかも壁に打ちつけられた衝撃で、とっさに動けずに呻いている。


「トロールか」


 シェイドはルアスが壁に打ちつけられた反対側を見やりながら、腰から短剣を引き抜き身構えた。

 トロールの後ろには確かに一人、女らしき人影が倒れている。

 だが、のんびりと構えている余裕はない。


 トロールは約二m半程もありそうな巨体で、手にしているこん棒をシェイドに向けて振りおろした。シェイドは身軽に後方へと回避する。

 先程まで立っていた場所は振り下ろされたこん棒により地面は砕け、岩石が細かく飛び散った。


 トロールはコブリンやコボルトとは違い、力も強く体も大きい。

 だが魔物には、それぞれ弱点がある。

 そこを突くには至難な場合もあるが、トロール相手なら、さほどてこずる事もない。なぜなら巨体ゆえに小回りが利かず、俊敏な動きをする者には体がついていかない。


 素早い動きで攻撃をかわせば、次の反応が遅れる。

 相手を翻弄するほどの動きを繰り返して隙を作る等すれば、大抵の場合はうまくいく。

 中には当然例外もあるのだが、トロールの場合そこが狙い目だった。


 トロールは手応えがなかったために狙った標的がどこへ行ったのかと周囲に視線を走らせ、後ろへと飛びのいたシェイドを見つけると、ゆっくりとこん棒を持ち上げようとした。

 タイミングを見計らい、シェイドがトロールの懐に飛び込もうとしたときだった。


「っの…やろう!」


「なっ!」


 先程まで壁際に倒れていたルアスが突如立ち上がり、シェイドの真横を通り過ぎると、トロールの懐へと飛び込み腹部を切りつけたのだ。

 だが傷は思ったより浅く、致命傷にはならなかった。

 それでもトロールはよろめき、態勢を崩す。


「仕方がない。そのまま足止めをしていろ」


 聞こえているのかいないのか、なおも立ち上がり反撃を試みようとしているトロールに、ルアスは隙を与えないよう必死に戦っている。

 シェイドもそれ以上なにも言わず、魔法の詠唱に移った。


「風の精霊よ、我が名の盟約に従いて立ちはだかりし敵を射ち放て! 横へ避けろルアス!」


 魔法をトロール目掛けて射ち放つと、シェイドはすぐ様ルアスに向かって叫んだ。

 声が届いたのかルアスは間一髪で避け、シェイドが放った一撃が命中する。

 トロールは放った風の魔法に貫かれ、再び倒れたかと思うと、以後まったく動かなくなった。


「あー、助かったー」


「一体なにを考えて行動しているんだ貴様は!」


 ルアスは気が抜けたのらしくその場にへたり込み、間髪いれずにシェイドは彼の頭を押さえつけながら怒鳴った。


「まあいいじゃないか、なんとかなったんだし」


「まったく無茶をする」


 呆れてため息をつくシェイドに、ルアスはバツが悪そうに立ち上がると、倒れている女のもとへと駆け寄った。

 シェイドもあとに続き、ゆっくりと歩を進める。

 ルアスが声を掛けるより早く女は気がつき、小さく呻きながらゆっくりと身を起こした。


 女は多少薄汚れていて、背中には鋭角な透きとおった四枚羽があり、耳の先端が鋭く突き出している。

 上半身を起こして顔を上げると、新緑を思わせるような淡い緑色の瞳が飛び込んできた。

 金褐色のゆったりとしたウェーブ掛かった長い髪が、腰の辺りまで流れている。フェアリーだった。


 彼等の下へと歩みを進めていたシェイドは女の顔を見た途端、言葉を失い、思わずその場に硬直した。

 幼い頃に出会った誰かに、重なって見えたのだ。

 年頃もどうやら同じようだ。そんなはずはないと否定的な考えがとっさに浮かんだが、どんなに振り払おうとしても昔出会った少女の顔が離れない。

 そのため視線だけは女を捕らえたまま、身動き一つ取れずにいる。


 そうとは知らないルアスは、女に歩み寄り、何気なく声をかける。


「なあ、あんた大丈夫か。怪我はないか?」


「ええ、なんとか…。あの、あなた方は?」


 女は助かったというように微かに胸を撫で下ろしながら受け応えたが、助けてくれたルアス達に多少の警戒心を見せている。


「そうだった、俺はルアス。後ろにいるのはシェイドっていうんだ。俺達はここにあるっている毒消しの薬草を取りに来たんだよ。で、あんたの名前は?」


「私…、私はサーシャと言います。この洞窟に探し物があったので来たのですが、途中で魔物に襲われて……」


 屈託のない笑顔でルアスは、サーシャへと手を差し伸べる。彼女も手を取り、よろめきながらも立ち上がる。


「こんな真夜中に魔物がうろついている洞窟へ、しかも一人でか」


 先程まで黙っていたシェイドは訝しく感じ、鋭い視線をサーシャへ向ける。

 訊ねるというよりは、問いただすといったほうが近いだろう。


「それは……」


「そんなの別にどうだっていいじゃないか」


「俺は、その女に聞いている」


 返答に窮したサーシャはシェイドを見つめ返すと、突然彼等の間に立ちはだかるようにルアスが割って入った。

 鋭く射抜くようなシェイドの視線と、負けじと見つめ返すルアスの視線がかち合い、火花を散らすように睨み合う。


 彼等の後ろでサーシャは、困惑したように二人を見つめている。

 ふいにシェイドは嘲るように口端を微かに吊り上げ、冷たく微笑んだかと思うと真顔に戻る。


「まあいい、そんな女は放っておけ。それよりいつまでもグズグズしていると、また別の魔物が嗅ぎつけてくるぞ」


 なおも話を続けようと口を開きかけたルアスは、ぐっと言葉を喉に詰まらせる。

 しかし関心がなさそうに一瞥しただけで踵を返す、シェイドがあまりにも冷たく感じられたのだろう。


「この人も連れて行こう」


「あ、あの。私は別に……」


 ルアスの提案にサーシャは戸惑いを隠せないようで、遠慮がちに口を挟もうとする。

 だが彼女をよそ目に、シェイドは畳み掛ける。


「連れて行ってどうする気だ。その女と俺達とは、一切関わりがないはずだ」


「でもこんなところに一人、放り出しておくってのはどうかと思う。俺達も薬草を探し終えるまでこの洞窟にいるわけだし、一緒に行動することで、この人の探し物も見つかるかもしれない」


 シェイドの態度にまったく怯む様子はなく、更にルアスは食い下がる。

 数秒ほど睨み合いをしていたが、このままでは埒があかない。

 シェイドは諦めて深いため息をつき、わずかに肩を落とした。


「好きにしろ。ただし責任は持たんからな」


 言い放ち、ふっと視線を逸らすと、先を急いだ。

 けれどシェイドは彼女を連れていくことに、少々複雑な心境だということには変わりない。このまま何事も起きないことを願った。


 ルアスは彼の心境など露知らず、サーシャの方へと顔を向ける。


「良かったな、じゃあ行こう」


 言うと、先を行くシェイドのもとへと向かっていく。

 何気ない笑顔につられるように、サーシャは戸惑いつつも頷き、彼等のあとを追いかけた。

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