十四回
〇三章,激動の末に・上/十四回
ガリックが本拠地へと戻ってみると、もしものために待機しているはずの同胞が、いつもの三分の一しかないことに驚いた。
同胞達もガリックが、アーサーを抱いて戻ってきたことに少なからず衝撃を受けたようで、小走りで駆けよってくる。
「どうしたんだ。アーサーは大丈夫なのか」
「レンドに手傷を負わされたが、一命は取り留めている。それよりお前達の方はどうしたんだ」
ガリックは周囲を見渡しながら問いかける。
「先程急に、境にレンド達の手勢が押し寄せてきたんだ。ほとんどの者が駆り出されている」
それを聞き、ガリックは内心舌を巻いた。おそらくこれを機に攻め込んできたのだろう。
だが表に出さないように努めた。現在残っているのは、比較的力の弱い者達である。
動揺させるさせるわけにはいかない。
できることなら回復を手伝ってもらいたかったが、力量と現状を考えると、難しい事だと思えた。
「とりあえずお前達は、結界の保護と強化に努めてくれ」
言いながら、ガリックはアーサーを地面に横たわらせる。
そのためだろうか、アーサーの瞼が僅かに動いた。
ややあって瞳が開かれる。ガリックの存在に気づき、顔を向ける。
「そなたが我の傷を癒してくれたのか。ミレイアは無事か」
すぐ傍で胡坐を組むガリックへと問うた。
しかしガリックの表情は芳しくない。むしろ俯き加減に向ける顔には、影が差していた。
「なぜ黙っておるのだ。ミレイアはどうしたというのだ」
先程まで重傷だったことを考えれば無理からぬことだが、アーサーは体を起そうと肘をついた。体が重く、思うように動かない。
そこでふと思い至る。
あの場からここまで、誰もが無事で帰って来ることなど可能なのだろうか、と。
気を失う直前までミレイアが回復をしていたことも気にかかる。
考えたくはない方へと思考を巡らせてしまう自分を、必死に押しとどめながらガリックをまっすぐに見つめる。
僅かに目を逸らしながら、ガリックは嗚咽にも似た息をつく。
「ミレイアは、死んだ。お前の一命を必ず取り留めるんだって言ってな」
言葉が出なかった。数瞬言葉の意味を呑みこめずに固まった。
それが過ぎ去ったあと、疑わずにはいられなかった。だが聞き返すことが恐ろしかった。
けれどガリックの悲痛なまでの態度が、嘘ではないと物語っている。
そもそもこのような冗談さえ言う人物ではない。
アーサーは、まるで直接脳髄を叩かれたような強い衝撃を受け、項垂れる。口元がわなないた。
「我が…我の行動が、判断がミレイアを殺したのか」
「違う、それは…!」
「なにが違う。我がレンドとの対話に固執したが故に、ミレイアを死の淵に追いやったことには変わりない!」
ミレイアを失ったことへの衝撃と自責の念で頭を振るアーサーの頬へと、ガリックの拳が叩きこまれた。
「思いあがるんじゃねえ!」
なにをするのだと反論するより早く、ガリックの叱咤が飛んでいた。
ガリックの面立ちには、ありありと悲しみと悲痛の色が浮かんでいる。
「いいか、よく聞け。確かにお前の固執が、今回の件の一つの要因かもしれねえ。だがな、対話はあいつ自身も望んだことだ。それにお前を治すことを、あいつは少しも後悔しちゃいなかった。なぜだかわかるか。お前に生きててほしかったんだよ。ミレイアという器として傍にいれなかったとしても。……あいつが最後にお前に言った言葉、お前の心に残ってねえなんて言わせねえ!」
もし忘れたというつもりなら、何度でも殴り飛ばしているというように拳を握り、憤るような眼差しをアーサーへとぶつけている。
そのやり取りを見ていた同胞達は、頭を冷やすようにガリックを押しとどめる。
だがミレイアを失ったということは、触れることはなかった。
二人の会話から知る前に、いつもなら仲介役として宥める、もしくは叱り飛ばすミレイアの姿がいない理由を薄々感じ取っていたのだろう。
――愛してる。
ミレイアの声が、胸の奥で響いた。記憶や想いの欠片が、断片的にアーサーの中で甦る。
今にして思えば、常に傍らにいてくれたのは、この想いに尽きたためだろう。
ふと、ころころと変わる表情が思い返された。時には宥め、時には叱り、時には手を差し伸べてくれたミレイア。
どれだけ、その存在に救われていただろう。
どれだけ心穏やかでいられただろう。そして同じように感じていることに、今更ながら思い知る。
愛している、と。
けれど気づいたところで、もう遅い。ミレイアは、もういないのだ。
嗚咽のような息が、途切れ途切れに吐き出される。
「敵襲だ!」
見張りの同胞が神殿に残っている同胞へと、大声で警告した。
まもなく上空に、武器や魔法を繰り出してくるレンド側の同胞が現れる。
「もう来やがったか。お前等は結界の強化、手の空いている奴は応戦しろ」
ガリックは味方の同胞達へと、指示を与えていく。ややあってアーサーへと向き直る。
「あいつらの狙いは俺達の壊滅だろうが、一番の目的はお前だ。絶対にここから出るんじゃないぞ」
現在いる場所は結界内である。最悪壊されたとしても、ある程度時間は稼げるのである。
言い放つと、ガリックは敵対する同胞に向かって突進していく。
ガリックは敵味方を合わせても、比較的強い力を持っている。徐々に相手を蹴散らしていく。
アーサーはそんなガリックをぼんやりと見つめていたが、ゆっくりと立ち上がり、結界の外へと歩き出していく。
誰もが必死に戦っているため、アーサーの行動に気づかない。
結界の外へと出ると、羽を広げ、戦場から離れていく。
その時幾人かが、その存在に気がついたが、誰もが手一杯であった。
同時にお互いがお互いに、味方を呼びに行った同胞だという誤認をしてしまったのである。
思いがけない形で戦線離脱したアーサーは、危なっかしく飛行していた。
傷はふさがっているものの、力はほとんど回復していないのである。
だが今はなによりも、レンドやミレイアとのやり取りが頭を占めていた。
なぜと何度も何度も問いかける。しかし応じてくれる者はいない。そのためミレイアの姿を追い求める。
レンドに縋れば、ミレイアに会えるのではないのかという思いが拭えない。浅はかで愚かな望みだと知りながら。
「ミレイア…」
小さく名を呼んだ。二度と会えないのだという現実を受け入れたくはないためだった。
だがいつもなら返ってくる声がないことに、胸が締めつけられる。
そのためか体は急降下し、なんとか体制を整えようとするもうまくいかず、地面に突っ込む形で倒れ込む。人型でいることが辛く感じられ、力の浪費を抑えるために白竜の姿で横たわる。
周囲を見渡してみると、覚えのない土地であることに気がついた。レンドの下へと向かっていたため、そちら側の勢力圏なのだろう。途中で敵と出会わなかったことが、奇跡としか言いようがない。
どうやら現在いる場所は、高台のようである。
共にレンドと対峙する決意を固めた時も高台で会ったことを思い出し、胸が疼いた。
ガリックが言うには、ミレイアは生きてほしいと望んでいたようだが、実際にその場面を目にしてはいない。ミレイアの断片的な記憶が、アーサーの中にあるだけである。
いっそこのまま力尽き、ミレイアの下へと行くのがいいのかもしれない。
そう思った時、足音が聞こえた。
目を向けると、果物や薬草を詰め込んだ籠を持つ女が驚いたように立っていた。
どうやらお迎えが来たようだと、アーサーは覚悟を決める。
だが女はアーサーの予想を裏切り、籠を地面に置くと、回復魔法をかけたのである。万全ではないにしろ、おかげで体力が若干ながらも戻ってくる。
「……なぜだ。我はそなた達の神々と敵対しておるのだぞ」
「やはりそうなのね。でも相手力ずくで相手を叩き伏せるだけが、戦いではないから」
「なぜ、そう思うのだ」
「他の誰でもない、私がそう思ったから。誰かのためにでも、なにかのためにでも、自分がそうしたいと願ったからよ」
女は凛とした面立ちで、アーサーを見やる。
まっすぐに目を向ける仕草は、一瞬ミレイアを連想させた。ひたむきで、強い意志のこもった瞳。
探していたなにかを、彼女の中に見つける。姿形を変えて、ミレイアは生きている。
草木となって、風となって、大気となって、アーサー達を生かす。
それは彼女達妖精をも生かす糧ともなっている。息吹となって存在している。
もはやミレイアの姿を見ることは叶わないけれど、そのことが胸を震わせる。
「そなたの名を、聞いていいだろうか」
「レーレンよ」
「そうか、感謝する。礼に我の血の一部を、そなたに預ける。なにかあれば、我を呼ぶといい」
妖精達に血を分け与えること。それは宿主として選ぶ契約の証しという意味も含まれていた。
けれど他意などなかった。ただ彼女と再び会うための繋がりがほしかった。
容姿などまったく異なるというのに、ミレイアの姿を一瞬でも垣間見せてくれた。まだ生きているのだと思わせてくれたのだから。
本当に、それだけだった。
他の妖精が来る声がするや、困惑の声を上げる彼女をよそに、アーサーは飛翔したのである。
その後本拠地へと戻ったアーサーは、またしてもガリックに顔を殴られた。
「なにをしてやがるんだ、お前は。どれだけ心配していたと思ってる!」
ガリックを宥める同胞達も口には出さないが、同様に非難めいた眼差しをアーサーへと向けている。
どうにか相手を追い返すことができたものの、目的の一つはアーサーを守ること。
アーサーがレンドの力を半分持っているために、どうにか双方の均衡が保たれているのである。
身勝手な行動をされたとあっては、非難の的になるのは当然だった。
「勝手な振る舞いをしたこと、すまぬと思う。だがおかげで踏ん切りがついた。我はレンドと戦い、止めることをここに誓う」
戦闘によって傷ついた同胞達を見渡しながら、アーサーは宣言した。
眼差しに光が戻ったことに気がついたのか、ガリックは一つ頷いた。
「なら俺は、宿主を集ってお前の体力回復をすることを提案する」
「だが、それは……」
アーサーは一瞬躊躇った。
宿主を使うということは、妖精達の生気を吸い取って自分の糧として体力回復をさせる方法である。
同胞の力を受け取る以外に回復できる、もう一つの方法だった。
ただし妖精達に比べてアーサー達の生命力や力量は高く、その分大量の生気を吸い取らねばならない。
それだけ妖精達の命を、枯渇に追い込まねばならぬ方法でもあった。
「躊躇う気持ちはわかる。だが戦うと決めたなら、それでも決断してくれ。他の同胞は傷つき、お前の体力を回復させるために力を割くにも、自然に回復するのを待つのも惜しいんだ」
今は戦力が減るのは惜しい。
かといってアーサーの力が減少したままでは、レンドと対等に渡り合うには足りない。
そのためには協力を願うも者だけでも構わないと、ガリックは進言する。
既にレンド側は宿主を得ることで体力回復等も行なってきた故の進言ではあるが、辛いのはガリックも同様なのだろう。
だがそれでも提案したのは、これ以上犠牲者を増やしたくはないという思いからなのだろう。
同胞も、妖精も、敵も、味方も、すべて。
アーサーはガリックの覚悟を受け取り、力強く頷いた。
「わかった。我は宿主を得る」
するとガリックは、礼と詫びを入れた。
*
数日して間もなく、アーサー側とレンド側との激戦は開始された。
神々の抗争に、拍車がかかる。信仰の神々に、妖精達は追従する。
とはいえ彼等は、事の急速的悪化についていけずにいる者も多かった。
中にはいち早く察知し、先導している者もいたが、動いたのはせいぜい全体の半分程度だった。
アーサーは宿主希望者の力を得て、混戦の最中にいた。
常に全力を維持するわけではなく、必要に応じて生気を吸収するという形をとっていた。
彼等が望んで生命を差し出す宿主に志願したとはいえ、正直気持ちのいいものではなかった。彼等の命を、文字通り削りながら戦っているのだから。
絶対に終わらせる。そうすることで、レンドを止める。
もう誰もが傷つかずにすむように。もう誰もが泣かなくてもすむように。
今後どんなに敵や味方の命を失わせることになったとしても、どんなに罵られたとしても。
ミレイアが生きている、この世界を壊さないために。
決意を新たにする、そんなある日。血が、全身が滾り、震えた。
これは危険を知らせるための信号なのだと気がついた。
即座に血を渡した、レーレンの姿を思い出す。彼女の身に、危険が迫っているのだろう。
すぐにでも向かいたかったが、現状を考えると、それも難しい。皆、必死で戦っているのである。
同胞達を放りだし、個人的な理由だけで動くことは酷く躊躇われる。
だがミレイアを連想させた彼女の安否も気にかかる。こうして戦うことを決意できたのも、彼女のおかげなのだ。
「話がある。聞いてはくれまいか」
レンド達との戦が一段落し、誰もが休息をとっている中、アーサーはガリックへと歩み寄る。
真剣な面立ちに、ガリックはただ事ではない、なにかしらを察したようだ。無言で続きを促した。
アーサーは、ミレイアが死んだと知らされ、一時的に神殿を離れたときの出来事を語って聞かせる。
ガリックは眉間にしわを寄せながら、静かに聞いていた。終えた後、重々しく息をつく。
「止めたところで行くんだろ。そういう奴だからな、お前は」
「では!」
「行ってこい。ただしすぐに戻ってこいよ。それまでは持ちこたえてやるさ」
「すまぬ」
「謝るくらいなら、最初からそんなこと言うなよな」
ガリックは、困ったように苦笑いをした。
そうだなと微苦笑すると、アーサーは身を翻して飛翔する。そのまま真直ぐレーレンのところへと向かった。
迷いもなく飛び出したのは、渡した血が彼女の居場所を明確に教えてくれているためである。
辿り着くと、レーレンは処刑されそうになっていた。即座に彼女のもとに急ぎ、繰り出された魔法を防壁で防いだ。
「ようやく会えましたね、アーサー」
長らしき男が、上品に笑う。エルフらしいが、本来の妖精とは受ける感覚はまったく異なる。
だがアーサー達とも、少し違う。
どうやらレンドが生み出した内の一人のようだが、ザルバードではないようだ。だが姿が異なるため、すぐにはわからなかった。
レーレンは、なぜという疑問をアーサーに、そして長らしき男の変貌に驚きを向けている。
「ここは初めましてと言うべきでしょうね。私はマグノリアと申します。既にお察しかもしれませんが、私はレンド様の配下の一人です。今は本来の姿ではないため、無礼をお許し下さい」
「そのような姿をして、なにをしているのだ」
「おや、わかりませんか。私はこうやって姿を変え、人々や貴方方の同胞の中に潜伏し、掻き乱すことが仕事なのですよ」
マグノリアは卑屈な笑みを浮かべる。けれどけして嫌がっているというわけではなく、そんな自分さえ愉快だと感じているようでもあった。
「ザルバードが破壊なら、そなたは惑わす者ということか。だが解せぬ」
マグノリアは、それぞれの想いや意思を揺るがせ、破滅に導く役目を得ているのだろう。
ある意味純粋な破壊よりも、性質が悪い。どれだけの心が傷つくことになるのか、予想すらできない。
「好む、好まざるはあるでしょう。ですがこんなところで、のんびりしていていいのですか。今君達の戦力を分散し、各個撃破しているはずだよ。なんせ今の私達と、貴方方の戦力は五分五分ですからね」
それを聞き、アーサーは戦慄が走る。レーレンを囮に使い、アーサーをガリック達から引き離したのだと察したのだ。このままではいけないと、急速度で上昇する。
本拠地へと一旦戻ると、レーレンを下ろした。
「我は行かねばならぬ。ここで待っていてはくれぬか」
「どうしてこんなことに。お願い、もうこんなのはイヤ」
レーレンはアーサーの服を掴み、切望する。初めて出会った、意思の強さはない。
けれど気持ち的には理解ができた。
誰もが傷つき、傷つける様をみたくはない。そのためにレンドと対峙する道を選んだのだから。
誰か思惑の手のひらで踊らされず、自分の考えで歩けるようにするために。
アーサーは約束すると空高く舞い上がり、同胞の気配を探しながら飛行する。察知すると、そちらへと方向転換して急いだ。
突き進んでいくと、遠目ながらも交戦している光がいくつも見えた。
更に突き進むと、馴染みのあるガリックの背中が目に映る。
名を呼ぼうとしたとき、体が傾いだ。するとそのまま、急降下していく。
「ガリック!」
空中でガリックを捕まえ、緩やかに地上へと下降する。間近に迫ると、静かに地面へと下ろした。
上空では戦闘が繰り広げられていたが、ガリックの容体に目を奪われ、それどころではなかった。
「…不甲斐ないところを、見られちまったな」
「なにをいう! そなたは十分にやってくれたではないか。今、回復する」
強く頭を振りながら、手をかざすアーサーへと、ガリックは微苦笑しながら制した。
「俺を…情けない奴に…しないでくれよ。…それに、その力はレンドとの、対決に残しておいてくれや」
ガリックは切れ切れに言葉を吐き出しながら、アーサーの腕を掴む。
そこから力が注ぎこまれていくのを感じた。
残された力を、すべて明け渡そうとしているかのようだ。最中、ガリックが光の粒子に転じていく。
「やめるのだ。今そなたの力を、そなたに返す!」
「そんなこと…したら、俺は一生恨むぞ。同じ死ぬなら…潔く逝かせてくれや」
どちらにしても命は、もうそんなには長くないのだと語っているようである。
嫌だと頭を振り、手を放そうとするも、強く握られているためにできない。
ガリックまで失いたくはないのだ。
それがありありと顔に表れていたのだろう。ガリックは意地悪く口端を釣り上げる。
「お前はレンドを、ちゃんと止めてくれ。これから先の未来、誰もがただ笑って過ごせるように」
「我一人が生き残って、叶える約束など!」
「それでも止めてくれ。これから生まれてくる奴等のために、俺のために、ミレイアのために、レンドのために…そしてお前自身のために」
――約束だ。あの頃のように、誰もが笑って過ごせる日々を。
その想いと共に、ガリックは光の粒子となって消えていく。手には強く握られた名残だけがあった。
与えられた力と共に、ガリックの記憶の欠片が僅かに流れ込む。
溢れだすのは、主にレンドとレイナに向けられた悲しみと後悔。懺悔と苦悩。
断片的な想いや記憶であるため、どのような状況下での出来事だったのかはわからない。
けれど様々な切なさが宿っている。この想い故に、ガリックはレンドを見ていたのだろう。
「……ガリック」
握られていた手を、アーサーは強く握り締めた。
上空を見上げると、戦闘はほぼ終結していたようで、静けさが大きくなりつつあった。
空を覆うような、大量の光の粒子が舞っていた。
その中で、戦うレンドの姿があった。アーサーは口元をきつく結ぶと、レンドのところまで飛翔する。
「しぶとい奴だな。生き延びた上に、私の前にまた現れるとは」
「何度でも現れる。そなたを止めるために」
怒りをあらわにするアーサーへと、レンドは冷笑する。
「ミレイアのためか。それともガリックのためか」
「いいや、我自身のためだ」
ガリックとミレイアの想いを叶え、レンドを止めること。
その先にある、夢見る平穏な日々を取り戻すこと。ガリックとミレイアだけではなく、アーサーにとっても望んでいたことなのである。
「じつにお前らしい答えだ。だが誰かを失えば、私の想いに共感してくれるものと思っていたがな」
「……昔、問うたことがあったな」
話が切り替わったことに、レンドは眉をひそめ、目を眇める。なにを言いたいのだと、目が告げている。
「決別する、ずっと前の話だ。なぜそなたが同胞達のために、粉骨砕身に尽くそうと思ったのか。するとそなたは言った。同胞を守りたいと、守りたいものがあると」
どういう意味なのか、決別するあの日までわからなかった。
ガリックの記憶の欠片を見なければ、わからなかった。レイナというレンドの片割れの消失が、そうさせていたのだということに。
孵化を守り、同胞を守り続けたなら、きっとレイナが戻ってくるのでは、という思いからなのだろう。
孵化に取り込まれたとしても、再び生まれてくることは不可能ではない。確率は非常に稀なだけである。
だが孵化の柱となった以上、戻ってくる確率は無きに等しい。それでも守り通したかったのだろう。
レイナが戻ってくることのできる世界を。同胞が生まれる孵化の存在を無くさないために。
だがそれも長くは続かなかった。女として再び現れたことにより、終結する。
彼女はレンドの中に溶け込む際、なにを告げられたのかを知らない。
だがそれと、これまでの経緯により、壊したいと思ったのかもしれない。壊すことで、取り戻したかったのかもしれない。
「我も守りたい。けれど我等の同胞も、姿形は違えど、皆生きている。そして妖精達は彼等によって生かされている。壊すのではなく、ありのままを受け止めて、できる範囲で守りたかった。あの頃を取り戻したいのだ」
「私とお前とでは、見るべき道は異なるようだ。ならば私を殺すか」
「殺すのではなく、止めるのだ。話し合いが無理なのなら、力づくでだ」
「…本当に変わらないな。いいだろう。止められるなら、止めてみせろ」
皮肉に笑むレンドへと、アーサーは魔法を放つ。その直後、突進した。ガリックから受け取った力は、もって三日程。
勝つ見込みがあるとすれば、その間だろう。早急に決着をつける必要があったのだ。
だがやはり一筋縄ではいかず、レンドはアーサーの攻撃を防いだ。延々と続くような戦闘の中、同胞達は一人、また一人と命を落としていく。
それでもアーサーとレンドは戦い続けた。休む暇もなく続けてきたため、互いの体力は徐々に、けれど確実に減っていく。
ガリックから受け取った力も少しずつ失われていく。
それが時間の経過を確実に示していた。気は焦るものの、機会を窺う。
やがて二人は、地上へと降り立った。
そこは大陸の中心であり、それぞれの派閥の中央であったため、広大な荒野があるばかり。建物は、なに一つない。
レンドは肩で息をしながら、軽く笑みを浮かべた。
アーサーは距離を取りながら、弓引くような体制をとった。突き出された手には、魔法によって作り出されたエネルギーが宿っている。
「なかなかやるようだな。今なら私を倒せるかもしれないぞ。撃ってみてはどうだ」
「やってみせるとも」
けれどアーサーは言葉に反して、弓を引かない。
一種の挑発かと思ったのだ。同時に僅かな躊躇いが生じる。それらが撃つに撃てない要因だった。
「私がまだ、なにかを隠していると考えたか。それともお前自身の迷いか」
アーサーは眉をひそめる。
長年連れそってきたのは、レンドにとっても同じである。
容易に見透かしてしまうのだろう。もしかすると動揺を誘うことで隙を作り出そうとしているのかと訝しむ。
「それとも仕損じたとしても、誰かがなんとかしてくれる。そう思ってはいまいか。だが残念だな。私とお前の味方は、見ての通りだが、中立派の者達は最早いない」
「まさか、そなた!」
「察しの通り、全員殺した」
さらりと事もなげに応じるレンドに、アーサーは息を呑んだ。悲痛に顔が歪む。
「なぜそのようなことをする必要があったのだ」
「道が違ったためだ。同じ道を、同じ未来を見据える者が。だから殺した。追従する同胞も同じだ。媚びへつらう者ばかり。私の望む未来を察し、共に歩む者がいなかったため、全部壊したかった。壊すことで、なかったことにしたかった。お前の同胞とぶつけることで消し去ることを思いついたが、うまくいったよ」
「そなたは、そこまで……」
苦悩するアーサーへと向けて、レンドの口元は緩やかに弧を描く。
無防備だと伝えるためか、僅かに両手を開く。
「さあ、私を止めるなら今しかない。どうする」
「やってやるとも。すべてここで終わらせる」
言うも、アーサーの手は動かない。放つことができない。
決別する前のレンドが、思い出が、脳裏に浮かんでは消えていく。
これは邪念だと、ここで撃たねばガリック達が浮かばれない。
自身に言い聞かせるのだが、逆効果でしかなかった。走馬灯のように、当時の姿が溢れだしてくる。
魔法の弓を引く手が、わずかに震える。
「所詮お前の覚悟とは、そんなものだ。だがその機会さえ、今失われたようだ」
レンドの発言の直後、小さな足音が聞こえた。振り返ると、そこにはレーレンの姿があった。
アーサーは戦慄が走る。
その隙にレンドは、渾身の力を込めてレーレンへ向かった。奇策でもなんでもなく、実際に力がなくなっていたのだと悟る。
とっさにアーサーは割って入り、防壁を張り巡らせた。渾身の力なだけあって、半端ない。それだけ必死なのだろう。
やがてレンドは力尽きてきたのか、先程までの力強さが弱まっていく。
今なら止めることも可能だと思いたかったが、アーサーも力がほとんど残されてはいなかった。
いくら互いの力がすり減っていたとしても、致命傷を与えるのは厳しいだろう。
ならばレンドを、この場に封じることを思い至る。残された力では、さほど強い封印はできない。レンドが力を取り戻せば、簡単に壊されてしまうだろう。それでもなにもしないよりは、ずっといい。
アーサーは力を振り絞り、印を宙に描く。それはレンドの周囲を取り巻き、縛り上げていく。
「…よくも、よくも私を封じ込めたな。だが止めを刺さなかったことを、必ず後悔させ、報復してやるぞ。混沌と破壊と不和を司る、最後の神として必ず!」
混沌と破壊と不和を司る神とは、妖精達がつけた呼び名である。
ならばと、アーサーはレンドを睨み据える。
「ならば我は真理と秩序と調和として、そなたと対峙しよう」
受け答えるアーサーに、レンドは小さく呻いた。
体を具現する力さえなくなったのか、拳大の光の珠になると、地面に吸い込まれるように沈んでいく。
安堵の息をもらすと同時に、アーサーは膝をついた。そのまま地面に倒れ込む。
どうやら想像以上に力を失っていたようだ。
「アーサー!」
レーレンが小走りに近づいてく身を案じながらも、申し訳なさが、瞳を満たしていた。
「そう…心配するでない。だが、すまない。封印することしかできなんだ」
宿主として取り込まれそうになる前後の会話しか聞いていなかったのだろうが、決着がついたわけではないのだと察したようだ。
自責による苦悩によって、顔を歪めているのは、そのためなのだろう。
「そなたを守ったのは、我の判断だ。気に病まないでくれまいか。それでもというのなら、我をあの神殿に…」
「私を連れて行ってくれた場所ね」
すぐに応じるレーレンに、アーサーは小さく頷く。
「あそこは特殊な結界で覆われいる。他の場所で回復を持つよりは、少なからず早くすむ」
それまで人型をとっていたが、レンドと同じく拳大の光の珠へと変貌する。
それが力の消費によるものだと察し、レーレンは回復魔法をかける。少しでも足しになればと思ったのだろう。
「ごめんなさい。必ず貴方を神殿に連れていくわ」
決意を向けると、アーサーを胸に抱きかかえる。道中レーレンは、体力の続く限り歩き続けた。
休息をとる間は、何度かアーサーの回復をしていた。
そのため消滅することなく、体を維持することができた。
だが彼女の無謀ともいえる献身的な行為に、危機感を募らせる。
「無茶はしないでくれまいか。神殿へと連れて行ってくれとは望んだが、このままではそなたの身が危うい」
途中で力尽きては困るが、なにより誰かが命を落とす様を見たくはなかった。
だが神殿へと向かうレーレンは、不敵に笑う。
「貴方を無事に、神殿へと連れて行く。そのために命を賭けるつもりよ」
「命を賭けるということは、命を捨てることとは違う。もしレンドのことを気に病んで、このような行動をとっているのなら我は……」
「違うわ」
レーレンは断じた。
「私があそこに行かなければ。そう思ったのは、もう一人の神様のことがあったのは否めないわ。けれど命を捨てるつもりはないの。貴方方の今後を、見届ける。そう決めたの。それが自分にできる、精一杯の罪滅ぼしだもの」
「だがそれが、一体いつの頃になるのかわからぬ」
いくら妖精が長寿といっても、アーサー達の方が永い時を生きる。ある意味寿命などないのだから。
だがレーレンもわかっているのか、自分に言い聞かせるかのようだった。
「それでも生き続けるわ」
彼女の選んだ意思ならばと、アーサーは口を噤んだ。
やがて神殿へと辿り着くと、中心へと落としてくれるように頼んだ。
アーサーは地面へと吸い込まれ、意識が闇に放たれた。
それがレーレンとの別れだった。その後、彼女がどのように生き続けてきたのかは知らない。
傷や体力の回復のため、深く眠りについていたアーサーは、ふと目を覚ました。
地上へと意識を向けてみると、変わらず妖精が暮らしていた。以前よりも、種族の数は増していた。
妖精間の多少の諍いはあったものの、それでも必要とあらば手を取り合っていた。
ただ一つ、最も異なることがあった。
妖精のような特徴もなく、魔法も使えない、人という存在の出現。
特徴のないことが、特等ともいえる人間は、木を切り開き、大地を開拓していった。
元来自然の恵みを受け取り、自然と共に生き、必要以上の摂取をしない妖精達にとって、驚きであったようだ。そのため彼等人間を嫌う妖精達は少なからずいた。
けれど共に歩む者達もいた。
中には例外もいたが、互いの領分を守りながら、接していたためかもしれない。
いつしか彼等の間に、環境や種族や習慣か文化など関係なく、共に過ごせる場所を建設しないかという話が流れ出した。最初は荒唐無稽な夢想というべき、噂でしかなかった。
現在は良好な種族間であっても、習慣や文化によって、それだけで争い元となりえた。
ならばこのままであることを選ぶ者の方が多かったのである。
けれど少しずつ、夢物語としか思えない、誰かが考案したのかわからない言葉が少しずつ浸透し始めたのである。
種族間の交流、その間に生まれる子供達の存在。
その他様々な形での交流が、徐々に増え始めたためかもしれない。
それは人が少なからず関与していた。最たるものが、商売である。
体の一部が特化し、魔法や高い技術を持たない代わり、それぞれの種族の力や技術に目をつけ、各地に売るという商売を思いついた。
それがいつしかその集落、もしくは種族の名産となり、互いの交流が徐々に盛んになっていったためである。
互いの種族に偏見しかもっていなかった者達も、少しずつ認識が改まっていったようだ。
だがやがてそれが種族など関係なく、一つの都市を作り上げようとする要因となっていった。
そしていつしか本当に都市を建設するため、有志が集っていく。
彼等のほとんどが、人によって占められていた。
魔力の源、風であれば風、光であれば光の集まりやすい場所に、神殿を造ることになった。
北は光、西は植物、西南は大地、東南は風、東は水、それぞれの中央は神の神殿とした。
それぞれの神殿、とくに神の神殿には、使者として言い伝えられている竜を象った。後にいうサフィニア都市である。
種族間など関係なく、共に生きようとする彼等の姿に、経緯も、理由も異なるが、アーサーは昔のことが思い返された。
共存し、サフィニアとして建設しようとする有志達が、かつてのレンドやアーサー達と重なる。
懐かしい光景に、レンドも彼等の姿を見て、滅ぼすことなど思いとどまってほしいと願った。
けれどそれは甘い願望でしかないと、まもなく思い知らされた。
人間と妖精との間に、軽い衝突があった。
いつもならすぐに収まるはずの衝突。だがそれに過剰に反応した者達がいた。互いに不満を抱いていた者達である。彼等の熱は急上昇し、すぐさま暴動に至った。
様々な情報が飛び交いながら、彼等の行為は戦にまで発展していく。なぜなら最初に共存を掲げて立ち上がったのは人間であり、それを阻止するために妖精達が牙をむいたという情報が広まっていったためである。
だがあまりに展開の早さに、アーサーは違和感を覚えた。
そしてすぐさまレンドの仕業なのだと感づいた。実行に起こしたのは、おそらくマグノリアなのだろう。
理由として、心に巣くう心の隙間を利用し、突き動かすことを得意としていたためである。
実体化させなくとも、心に語りかけることで、助長していったのだろう。それならば、さほどレンド自身の力は使わずにすむのかもしれない。
力は未だ半分しか回復しておらず、多少の不安はあったが、レンドもせいぜい同じくらいだろう。このまま黙って見過ごすことなどなかった。
先導するマグノリアを捜すべく動くものの、気配を絶っているためか見つからない。
その間にも、戦火は苛烈を極めていく。ならばレンドの封印されている神の神殿へと、直接赴くしかないと考えた。
これまで敬遠していたのは、少なからず事を起こさなくてはいけないためだった。事を起こすということは、封印を一旦解き、再び楔を打ち込まねばならない。それは周りに惨劇をもたらしかねない、危険な行為でもある。
だが躊躇っていられる状況ではない。大元を絶たなければ、現状は悪化するばかりである。神の神殿へと赴くと、少なからずレンドの気配を感じた。急旋回し、そちらへと向かう。
するとレンドと思われる光の珠は、人間の男と向かい合っていた。
アーサーは戦慄した。宿主として人間の男を取り込むつもりなのだと察したためである。
――力が、欲しいか。
「やめるのだ!」
訴えながら向かうも、間に合わない。
レンドの問いに、男は諾と頷いた。もう少しで手が届く刹那、レンドは男の中へと入りこんでいく。
その際レンドは、アーサーへと皮肉な笑みを浮かべているように感じられた。
男の中にレンドが入り込んだ以上、容易には手が出せなかった。
倒すには男の中からレンドを追い出すか、無理ならば器となった男ごと殺すしかない。
だがアーサーは、手を出すことができなかった。できないと知っていて、レンドは男の中へと入り込んだのだろう。
「まっ……!」
男を止めようとするも、ザルバードが目の前に現れていた。
レンドを取り込んだ男はアーサー達を一瞥すると、颯爽と去っていく。
アーサーは彼等を追いかけようとするも、ザルバードが立ちはだかっていて難しい。
「あくまでも行かせぬつもりか」
「当然だろう。我等が主を、危険な目に合わせることはできん」
小さく呻きながらも、アーサーはザルバードと向かい合う。
そんなとき、近くで爆音が聞こえた。レンドの意思か、それとも男の意思によるものか、力を行使したのだろう。
そちらに目を向けると、ザルバードの蹴りが入り、地面に倒れ込む。
直後、ザルバードは男達のもとへと向かい、抱きかかえるようにして去っていく。
「待つのだ!」
アーサーはとっさに、後を追おうとする。
けれど聲が聞こえた。発せられた声ではなく、直接魂に訴えかけるような聲。
嘆き、悲しみ、懇願するような聲。
辺りに目を向けると、一組の人間の男女と、フェアリーの女、ハーフである姉弟が血まみれの中で倒れていた。姉弟は生きているようだが、赤子は炎の属性がとても強い。
生まれたばかりであるため、影響を受けやすいのだろう。
だが聲は彼等姉弟ではなく、守るようにして抱きかかえている大人達の屍からだった。
聲は、ある一人の身に向けて発せられているようだった。
向ける相手は、レンドと宿主の契約を交わした男なのだろう。
この者達の力を借りれば、レンドを止められるかもしれない。男も、この者達の聲を聞き、思い留まってくれるかもしれない。
けれど死人とはいえ、誰も巻き込みたくはなかった。とはいえ多くの犠牲が出た以上、早急に事を終えるためには、誰かの力を借りねば難しい。
ジレンマに苛まれながらも、協力を仰ぐことを決断する。
だが現在の力では、二人までが限界だった。そのため人間の男女を選ぶことにした。
理由としては、子供達を守りながら戦ったにしては、相手の遺体が多かった。戦闘に関しては唯人でないのだろうと察したのだ。
アーサーは二人へ手をかざし、肉体に魂を結びつける。
既に肉体は息絶えているため、生者のようには生きられず、行動時間も制限されてしまう。そのため謝罪をひたすら心中で告げる。
結果、力のほとんどが削ぎ落とされる。このまま挑んでも、負けは目に見えていた。
この二人のどちらかを宿主にと考えたが、死人では無理なのである。歯痒いが、再び神殿に戻り、回復を待つしかなかった。
「我は力を回復するために、神殿に戻らねばならぬ。それまで足止めをしなければならない」
身勝手な願いだと知っているが、否、知っているからこそ、深々と頭を一礼する。
神殿へと戻って、二月経った頃である。体を縛り上げるような、強烈な違和感があった。
細工を施していた結界が、その場に縛りつけるものとして描き換えられたようだ。
だがそれには、ある血族の血を使わねば変換などできないのである。この地に縛ることができたのは、レンドが血族を見つけ出したためだろう。
こんなにも早く見つけ出し、逆手に取られるとは、予想だにしていなかった。このままでは力を回復しても、協力を仰いだ二人の下へと赴けない。レンドを止めることができない。
だからこそ呼び掛けるしかんかった。
わが声が聞こえし者達よ、と。
繰り返し、繰り返し、ただひたすらに。
そして十七年の月日が経ったある日、どこからか迷い込んできたルアスと出会った。
彼が十七年前に出会った赤子であると気づくのに、時間はかからなかった。
シェイドも、神殿の結界の強化に協力した一族の亜種なのだと知ったのは、ゴルファ洞窟での出来事が終わって間もなくのことである。




