九回
〇三章,激動の末に・上/九回
誰かに、なにかを言われた気がした。とても大切な、使命ともいえるなにか。
――願うのは、命じるのは、誰?
思いながら、ただただ疑問に思う。そして意識は混濁した無数の思念の塊から、放り出されるのを感じた。
周囲から聞こえるのは、人型になれなかった同胞のささやかな思念のざわめき。先程までいた場所に比べ、格段に静寂である。
そのことがとても不安で、恐ろしい。
目を開けると様々な色彩が広がり、眩しく感じられて目を細めた。
うっすらと開ける瞳の先には、巨大な歪んだ渦のようななにかがあった。
自分はここから滴のように零れ落ちたのだろうと直感し、手を伸ばす。
帰りたいと願うゆえに。
けれどもはや届かぬほど遠のいていた。
戻りたい。けれど、やらなくてはいけないことがある。
なにをと問われると、わからなくなる。ただ誰かに託された、大事ななにかであることは確かだった。
とはいえなんなのか思い出せないまま、意識は混濁した。
暫くして、誰かが近くでなにかを話す声が聞こえてくる。なにを話しているのかまでわからないが、新しい同胞がどうの、誰々を呼んで来いだのと口にしていた。
起きようと思うのだが、眠気のようななにかがまとわりつき、結局身を起こせないまま意識が遠のいていく。
次に意識が戻った時、先程とは異なる地面の感触に気がついた。起き上がってみると、地面は土ではなく木でできた床だった。膝の上には、体を冷やさぬようにというためか、体全体を覆うほどの布が掛けられていた。
周囲には床と同様に、木で作られた壁や扉が広がっている。人型になれなかった同胞の木々等から作られた、なにかなのだろう。
ただ、これはなんなのだろうと思う。生まれながらの本能により、世界の成り立ち等を知っているが、目にしているこれらに該当するものはない。
「目が覚めたようだ。我はアーサー。ここは憩いの舘という」
腰まである銀髪の同胞が、扉を開けて目の前に現れた。
「きれいな髪……」
思わず口にしていた。
どうやらそのことにアーサーは驚いたようで、若干目を丸くしていた。
ややあって微笑み、近くまで歩み寄ると胡坐をかいた。
「感謝する。これまで、そのようなことを言われたことはなかったのだ」
「きれいなのは、髪だけだよ。髪だけ」
「わかっている。それだけでも我にとっては、充分にありがたい話だ」
あきらかに敵意を示した態度をとっているというのに、アーサーは変わらず穏やかに笑っている。
その様に反論する気力を削がれ、溜息をついた。
「君が僕のところへ来たってことは、知らないなにかを教えに来てくれたんでしょう」
だから先を言いなよと、腕を組んで睨み据えることで促した。
するとアーサーの表情から笑みが消え、まっすぐに視線を向けられる。
「この世の成り立ちや、我等が生まれ、還っていく孵化のことは既に生まれ持って知っているだろうから、省く。まずはこの憩いの舘のことから語ろう。この舘は見ての通り、我等のようになれなかった同胞達の体から作った建物だ。すべてはその者達も含めて、同胞達が羽を休ませることのできる空間を作るため」
「……どういうこと?」
いまいち理解できず、首を傾げる。
アーサーは態度を変えることなく、大真面目に語り出す。
生まれてすぐに孵化に戻りそうになったこと。
その折にレンドと出会い、名を貰い、同胞達を再び孵化に取り込まれないようにすること。
その過程で目印となる家というものを建て、拠点としようとしたこと。
目的は憩いや休息の他に、問題が生じた際に話し合いの場として使うため。
各々に名を持ったのは、この世界に自身を繋ぎとめるため。元来肉体を持ち合わせていないため、自身を保つためには必要だった。
力の差が激し過ぎれば、弱い者は強い者の力に触れただけで消滅する。
とはいえ、名を持ち、強き者が力を抑えることである程度は回避できるのだ。
「なぜそんなことする必要があるのさ。僕達はあれから生まれて、いつか還っていく。誰も縛らず、誰にも縛られず。力の差があれば、そこで消滅して、風や大地や水や植物となって還る。それが当然の摂理でしょ?」
「そうだな」
肯定すると、アーサーは穏やかに目元を細める。
「だが抗いたいと願った者がいた。我はそれに共感し、手を貸すことを望んだ。もちろん我々の行動を嫌う者達はいる。だが彼等まで無理に従わせるつもりはない。そなたがどうしたいかを束縛するつもりはない。だが我々のしていることは知ってほしかったのだ」
「で、その上でなにか問題があれば、ここで引き受けるってわけ?」
問うと、アーサーはゆっくりと頷いた。
満足そうに首を縦に振るアーサーに、なぜだかムッとした。
「君にとって、なにかメリットはあるの? 今の体制を作って持続させたいのはレンドって奴で、君じゃないはずでしょう」
「メリットならある。レンドや困っている同胞の役に立てる、笑顔を見ることができる。それを傍で見て、行動し、実感することが我にとっては喜びだ」
「本気で言ってるの。反故にされたり、なかったことにされれば別だけど、約束は契約の証しでもある。今は良くても、いつか自分を束縛する楔として苦痛しか与えないこともあるんだよ」
憤りを感じて立ち上がり、睨みを利かせながら見下ろした。
返答次第では、これ以上付き合えないため出ていこうと思ったのである。
けれどアーサーは戸惑うことなく、堂々と見上げながら向かい合う。
無言だったけれど、だからこそ本気なのだということは理解できた。
一人怒っている自分がバカバカしくなり、思い切り脱力した。
「変な奴、僕だったら絶対そんなことしない。約束ともいえる契約は、自分の命さえ蝕むこともあるもの。でも……」
一瞬口ごもり、アーサーを見下ろす。
でもそんな一途な馬鹿が、嫌うどころか清々しくて好感が持てる。
「ねえ、名前つけてよ。ここでは自分の名前は必要なんでしょ?」
「もちろんだが、自分で気に入った名をつけてくれて構わないのだぞ。もしくはレンドにつけてもらうのがいい」
「誰かと名前がかぶるのは嫌だし、会ったことない奴に名前をつけてもらうのも嫌」
「かぶったとしても、己の得意分野もしくは容姿になにか入れることで、二つ名として名乗る者もいる。我がつけなくとも良いだろう」
「なんだよ、さっきから。僕の名前を決めるのは、そんなに嫌なわけ?」
「…我は、名を考えることが苦手なのだ」
僅かに頬を赤く染め、照れくさそうに顔を逸らす。
つい呆気にとられてしまったが、その様が妙におかしくて、思わず噴き出すように笑ってしまった。
「おかしー。レンドって奴と一緒にいてて、苦手なんてさ。それじゃあ今までどうしてたのさ」
「仕方あるまい。いつもはレンドか本人が名を定め、我にお鉢が回ることはなかったのだ」
お腹を抱えて大笑いされたことが気恥ずかしかったのか、アーサーはますます顔を俯かせていく。
第一印象が堅物だと思っていただけに、素直な反応との落差があって、それがまた面白く、笑いが止まらなかった。
むしろ堅物だと思い込んでいただけで、馬鹿正直で素直な態度だからこそ、喧嘩を売るのがバカバカしく感じられたのかもしれない。頑なに拒んでいた、なにかが溶け出していく。
「よろしく頼むよ、アーサーくん。それまでは何度でも足を運ばせてもらうよ」
「う…うむ、任された」
「じゃあ僕は、これで失礼するよ。出口はどっち?」
問いかけるとアーサーは出口を口頭で説明し、早速腕を組んで没頭し始めた。
大真面目な様が、またしてもおかしくて笑みが自然とこぼれた。
また来るのが楽しみだと思いながら、表に出た。
元々樹林がなかったのか、もしくは切り開いたのかはわからない。
だがあると思っていた樹林はなく、容易に空が見渡せる。近くには川が流れている。
孵化から落ちる際、樹林の包み込むような感覚が微力ながらも漂っていたため、てっきり今いる場所もそうだと思っていた。
生まれたばかりで上手く感じ取ることができなかったか、もしくは憩いの舘から溢れだしたものに感覚がマヒしていたのだろう。
「歩くのもいいけど、まずはいろいろ見て回りたいな」
そのためには空を飛ぶための、なにかがいる。そう、例えばアーサーの銀の髪のような。
思いながら、イメージした。すると背中から銀色の翼が大きく開かて、羽毛が淡い光となって輝いた。
何度か羽ばたかせると、空高く舞い上がった。
*
「聞きたいことがある。いいだろうか」
レンドが憩いの舘へと戻ってくるや、アーサーは問いかける。
「なにかあったのか」
「新しく生まれた同胞の一人が、名を欲しているのだ。名を考えたいのだが、他の者と名が被るのが嫌だと言っていたのだ。知っている限りの同胞の名を聞かせてもらえないだろうか」
「もしかして栗の髪の同胞のことかい。代わりに私がつけようか」
「いや、我が頼まれたのだ。我が考えたい。それが頼まれた者の務めだ」
「わかった。だが相当な量だ。時間はかかるが、いいか」
するとレンドは柔和な笑みを浮かべる。
けれど見ているのはアーサーではなく、別の誰かを見ているような面差しである。今回が初めてというわけではない。
そのため一度だけ訊ねたことがあった。
誰を思い出しているのかという直接的なものではなく、なぜ同胞達のために行動を起こしたのか。
というものだった。けれどさほど話してはくれなかった。
聞いたのは結成して間もなくのことだったため、胸の内を明かすには心もとないと感じたのだろう。
以来敢えて問うようなことはしていない。いつか話してくれる日が来てくれる。それまで待とうとさえ思ったのだ。
それを密かに願いながら、アーサーは謝辞を述べて頭を下げた。
*
それから毎日一度は顔を出すようになり、数日が経った。顔をのぞかせると、アーサーは渋い顔をして迎えた。
「アーサー、また来てあげたよ。名前は決まった?」
「う、うむ。まだだ。もう少し待ってくれないか」
その仕草が微笑ましくて、おかしくて、僅かに声を立てて笑った。
「おや、また来たのか。あまり顔を見せすぎると、アーサーも困るだろうに」
「いいの、いいの。僕の名前なんだから、催促してやらないとね」
レンドに窘められるも、意に反すどころか当然のように胸を張る。
やれやれといったようにレンドは息を吐くと、アーサーを見やった。
まるでとんでもない輩に目をつけられたものだと言っているように見受けられる。
アーサーはというとレンドの視線に気づくことなく、相も変わらず腕を組んで唸っていた。
よほど名前を決めることが苦手らしい。名は己の存在を確立させるが、己を己として縛り上げることにもなり得る。
それだけ名前は大事なのだろうということはわかるのだが、あまりにも頭を悩ませ過ぎるのではないだろうかと思えてしまう。なぜだか妙にむず痒くも、真剣に考えてくれることが嬉しかった。
「けど、まだまだ時間がかかりそうだね。また来るよ」
言うと、憩いの館を後にした。
空高く舞い上がると、休息に憩いの舘や川が小石程の大きさになっていく。
風を受けるのが気持ちよくて何度か旋回していると、近づいてくる何者かの姿があった。
感覚を探ると、同胞である。しかも力の差は格段に異なる。己が平均値だとして、相手は相当に上。
アーサーやレンドと同等、もしくはやや上くらいだろう。
僅かに緊張するものの、逃げなかった。力強さはあるものの、敵意は感じなかったためである。
ややあって相手は現れた。
筋骨隆々とした体躯、こげ茶色の短い髪、同系色の羽毛に覆われた翼。
「君は誰、僕に何の用」
「俺はガリック。お前今、憩いの舘から出てきたよな」
「だからなに?」
ガリックを半眼で睨み据え、ぶてぶてしく口をついた。
力の差は歴然としているため、気に入らないと消滅させられても文句は言えない。
けれどガリックからは、先程と同様に殺気が感じられない。
むしろ温かな印象を受ける。だからこそ強気の態度で出られた。
「レンドとは会ったか」
「うん、会った」
「なら話は早い。何度も出入りしているようだから、忠告しておく。レンドをあまり信用し過ぎるな。行動を共にしているアーサーも同様だ」
「どうして君に、そんなこと言われなくちゃいけないのさ。レンドって、裏表の激しい奴なの?」
「いいや。人望厚いし、損得で動くような奴じゃない。そこいらのわけのわからん輩よりは、よほど信頼できる。だが盲信し過ぎると、どこかで痛い目を見る」
「レンドを快く思っていない誰かもいるって言ってたけど、抗争に巻き込まれるかもしれないってこと?」
「いいや。あいつ自身のことだ」
「…なにそれ、わけわかんない。言ってること矛盾してない?」
「たしかにな。だが気をつけろってことだ」
「本当にわけわかんない。僕がどうしたいかは、僕が決める。それになにがあったか知らないけど、言いたいことがあるなら直接本人に言えばいいだろ。それとも僕が訴えてやろうか」
腰に手を当て、憤る。
ガリック自身なにか隠しつつも、目的も明かさずに一方的に告げることが、とても腹立たしかったのである。
だが当の本人は、微苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、普通はそうだろうな。俺のことを言うのは構わんさ。だがどちらにせよ、その時が来れば直接あいつ等に会いに行くと断言できる。なんならここで約束してもいい」
「ふうん。まあ、それだけは嘘じゃないみたいだけどね。ねえ、レンドになにがあるっていうのさ」
「……取り残された、いや置いてきぼりを食らった。いいや、これも違うな。ずっと昔受けた傷が、今のあいつの生き様だ。いつかそれが自分も周りも追い込んで、傷つけることになるかもしれないからだ。だから相手を選んで忠告してる」
ガリックは空を見上げ、目を細めた。
どこか遠い昔を見つめているのか、眼差しは寂しそうで、哀しそうで、やり場のない何かを抱えているようでもある。
なぜそれで信用し過ぎるなという発想になるのか、まったくわからない。
けれど強いて問いかけることができなかった。
*
「よし、決まった」
名も無き同胞が憩いの館を去ってから、アーサーは勇むように呟いた。
後は名も無き同胞を待つだけである。
毎日少なくとも一度は来ていたため、行き違いにならないように待っていた。
けれどいつまで経っても、姿を現さない。
たまたま所用があったのだろうか、それとも同胞の身になにかあったのだろうか。
気を揉んでいたが、心配するほどには時間は経っていない。
もう少し待っていようと、憩いの館に留まること、約三日。けれど一向に来る気配がない。
ほぼ毎日来ていただけに、さすがに心配になってきた。
この三日の間に、孵化に取り込まれたか、他の同胞となにか諍いを起こしたのではないだろうかとさえ思えてくる。
まだ名を渡していない。焦燥が込み上げる。
「レンド、すまぬ。暫し館を後にする」
返事を待つ前に屋敷を飛び出すと、空高く飛翔する。上空から見渡しつつ、同胞の気配を探る。
力の大小、もしくは気配を隠していることにより、探知しにくい者もいるが、神経を集中させれば不可能ではない。
やがて木々の密集している辺りから、覚えのある気配を感じ取った。
高度を落としつつ、更に細かい居場所を探す。
すると木の枝に腰かけている姿を捉えた。相手もアーサーの姿に気がついたようで、僅かに顔を上げる。だがいつもの快活さが失われているような印象を受けた。
「探していた。このところ姿を見せぬから、何事か起きたのかと心配していた」
「ごめん、このところ顔合わせ辛くってさ。だから落ち着くまで、会わずにいようと思ったんだ」
「すまぬ。我がなにか気の障るようなことをしてしまったのだろうか」
「ううん、違うんだ。これは僕の気持の問題なんだよ」
首を激しく左右に振った。けれどそれ以上は、口を噤んで語ろうとはしない。
ふとアーサーの脳裏に、あることが浮かんだ。たった一つの心当たり。
「もしや憩いの舘を監視している誰かに、なにかを言われたのか」
質問を向けると、さっと顔を上げて凝視する。表情が強張る。
既になにかを知っているのかと、目が問うている。
その様に、アーサーは自分の考えが正しいと直感する。
「…知ってるの?」
名も無き同胞は、ややあって固い口調で発した。
アーサーは軽く首を左右に振った。
「実際に会ったことはない。だが殺意も、悪意もない視線だけはいつも感じていた。レンドはなにかしら知っていたようだが、なにも言わずに放っていた。何度かその者の噂を聞いてもいたが、実害があったのなら我が直接話を……」
「待って。言ったでしょう。これは僕の気持ちの問題だって。それにそいつ、時が来たら自分から会いにいくって言ってた」
だからやめてと、アーサーの手をしっかりと掴み、目で訴えた。
「だが!」
目に見えて元気のない同胞を見つめる。なぜだろう、そのような思い悩む姿を見ていたくはないのだ。
だがやめてくれと瞳が、態度が拒絶している。
納得できない部分はあるものの、アーサーは強行することができなかった。
気持ちを落ち着かせるため、小さく息を吐く。
「わかった。だがなにかあれば、いつでも頼ってきてくれると有難い。ミレイア」
ミレイアと名を呼ばれ、目を丸くしていた。反応できずに、固まっている。
「ミレイアって、僕の名前?」
「そうだ。名がかぶることが嫌だと言っていたのでな。レンドから知る限りの同胞の名を聞き、ここ暫く悩んでいたが、気に入ってもらえただろうか」
「……うん、ありがとう。凄く嬉しい。ねえ一つ聞いていい? 二つ名って、名前がかぶってなくても付けられるの?」
「もちろんだとも。それに関しては、こうしなければならないという制約はない」
「じゃあ僕の二つ名は、見届け役にする」
「理由を聞いてもいいだろうか」
ミレイアは頷いた後、一度深呼吸する。そしてアーサーを見上げた。
「あいつが言ってたんだ。レンドを、つき従うあんたを、信用し過ぎるなってさ。とても寂しそうに、辛そうに。だからどうしてあいつが、そう思うのか。ちゃんと自分の目で見て、考えて、判断したいって思ったんだ」
それでどうしたいのか自分でもよくわからないけれど、と躊躇いがちに続けた。
やや戸惑いの色はあるものの、ミレイアの眼差しから力強さが溢れていた。
揺らぐことのない意志があった。
「そなたがどう考え、どう動くかは、そなたが決めることだ。だが我としては、少しでも歩み寄ってくれたことに感謝する」
ミレイアの手を取り、アーサーは心から微笑んだ。
ミレイアはその行動にほのかに顔を赤くして驚いていたが、ややあって満面の笑顔が向けられた。
「アーサー、こんなところにいたのか。また新たな同胞が生まれたから、お前かレンドを呼びに行くところだったんだ。来てくれるか」
上空から別の同胞から声が掛けられた。
それなりに離れているためか、逆光によって目鼻立ちはわかりにくい。
わかるのは、痩せ形の長身ということだけ。
「すまぬ。我は行かねばならぬが、なにかあればまた舘へと来てくれ」
「それが君の役目なんだろ。気にしないで行って来い」
ミレイアは心底申し訳なさそうにしているアーサーの頭を、軽く小突いた。
アーサーは一度頭を下げると、軽く旋回して、呼びかけた同胞のもとへと向かう。
「これが僕の答え。駄目だなんて言わせないからね」
ミレイアは身動きせず、上空へと声を上げた。すると上の方から、木の枝のしなる音が聞こえた。
「なんだ、気がついてたのか」
「もちろん。巧妙に気配を隠しているつもりだったみたいだけど、すっごくガサツ。少しは繊細さを身につけた方がいいよ、ガリック」
「上手くいってたと思ったんだがなあ」
ガリックはバツが悪そうに頭をかくも、だがと続けた。
「自分がどうしたいかを決めるのは、あいつが言ってたようにお前自身だ。それを無視して捻じ曲げることなんざ、できねえよ。けど、お前はそれで本当にいいのか」
「いいから傍で見ていたいって言ったんだよ。だから今、ここで約束してよ。いつか君が言っていた、時というのが来たら、ちゃんとレンド達と話をするって」
直後、間があいた。
ミレイアの申し出に驚いたのか、それとも約束という契約をすることに躊躇いがあるのかはわからない。
やがてガリックがいるであろう木の枝が、僅かに軋んだ。
「わかった、約束しよう。にしてもお前、どうしてそんなに奴等に肩入れするんだ。お前にとって、あいつ等ってなんだ」
「……正直わからないよ。でも胸の奥が、熱くなって、もやもやするの。この想いがとても大切ななにかのような気がして、なんなのかも知りたくて、だから傍にいたいのかもしれない」
言うとミレイアは、自分の手を見つめた。アーサーが握ってくれた手を。
まだ温もりを感じる。アーサーの顔を思い浮かべると、ほのかに胸の奥が熱くなる。
自然と笑みがこぼれる。このもやもやが一体なんのかわからないが、とても心地よいものに思えた。
「なんだ、惚れたか。……なんだよ、その酷い顔は」
ミレイアは拗ね、頬を膨らませて上空を睨み上げる。
ここからガリックの顔は見えないが、ガリックからはしっかり見えているようだ。
「どうして言っちゃうんだよ。自分で考えて、自分で答えを見つけたかったのに!」
「俺は冗談のつもりで問いかけただけだぞ。しかもまだ出会って、それほど経ってないはずだろ。なのに本気だってことの方が驚きだ!」
「時間なんて関係ないだろ。言うんじゃなかった! 節操もなにもない、あんたなんて大嫌いだ!」
「俺だって、お前見たいなはねっかえりは願い下げだ。好かれたいとも思わないね!」
ミレイアは顔を真っ赤にして憤ると、声のした方へと飛翔した。
ガリックを見つけると、思い切り頬を殴る。
「馬鹿!」
直後ミレイアは、瞬く間に飛び去って行く。
ガリックは頬を抑えながら、遠のいていくミレイアの背中を見つめていた。




