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想いの先にあるものは  ‐語られざる物語‐  作者: きりゅう
〇三章,激動の末に・上
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八回

〇三章,激動の末に・上/八回


 数日が経った頃。

 ラバーテラの傷はほとんど回復し、マグノリアに殺された警備の者達の埋葬を終えていた。


「私は先に、光の神殿へと向かうとするよ」


 微笑するも、ラバーテラはどこか疲れているような印象を受けた。

 レーレンと共にいた姿はほとんど目にしてはいないが、敬愛しているということだけは察することができた。

 同時に警備の者達も、戦友でもあったのだろう。

 それだけに彼女達を失った空虚と衝撃は、けして小さくはない。


「本当に、お一人で大丈夫ですか」


「心配してもらわなくとも大丈夫だ。本来なら君達と行動を共にすべきだろうが、こういうときは一人の方が身動きをとりやすい。マグノリアの話していたことを光の神殿の者達にも知らせ、注意を促さなければ」


 途中で魔物に襲われる心配は拭えない。

 マグノリアも姿を消したが、また現れるという可能性は否定できない。

 ルアスは眉をひそめるも、フィニアは押し止める。

 申し訳なさそうに微苦笑で見やるラバーテラだったが、アーサーへと視線を移す。


「アーサー様、ご厚意には感謝します。この珠は、肌身離さず丁重にしまい込ませて頂きます」


「望んだのは、そなただ。だが努々、注意を払ってもらいたい」


 今の人々が、どれだけ神が現存するかを信じているかは知らない。

 けれども神の血は、苦痛の代償により命を永らえさせる。レーレンのように。

 迂闊に知れてしまったなら、無用な争いを生みかねない。


 それを危惧したアーサーは、一度自身の中に戻そうとしていた。

 けれどもレーレンの形見でもあるため、ラバーテラの強い願いにより、取りやめたのである。厳重な注意を促して。


「ありがとうございます。仰せの通りに。それではお二方、光の神殿で会いましょう」


 言うとラバーテラは踵を返した。駆けるように足早な彼の背中を、ルアス達は見送った。

 ややあって息をつく。


「私達も、行く準備をしましょう」


「……いやだ」


「ルアスさん?」


 問われると、ルアスは口元をきつく結び、顔を伏せる。ややあって肩を怒らせた。


「頭では、早く行ってなんとかしないといけないってわかってる。だけどアーサーから、あいつの言ってた話の説明を聞くまで、ここを動かない!」


 何度も問い詰めようとは考えていた。

 たが仲間やレーレンを亡くして悲嘆にくれているラバーテラを見て、なにも言えなかった。

 だからこそ無事に墓を作り終え、離れるまで堪えていた。ふいに、涙腺が緩む。


「……我は昔、まだ赤子だった、そなたに一度会ったことがある。だがそれはレンドが力を得るために、ある者を宿主として取り込んだ直後だったのだ。その頃の我と奴との力の差はさほどなく、止められると踏んでのことだった。だが結果として一足遅く、死してなお友の安否と今後を憂い、こいねがう、妻と親友との魂を見つけたのだ。だが我の力では、二人までの魂の念の実体化が限界だったのだ」


「その二人って誰だ。俺や姉さんとは、どんな関係なんだ。それに二人が止めたがっているっていう人は……」


 声に出して、問うルアス。フィニアの視線も、同様に語りかけている。

 けれど聞かずとも、二人の親友というのが誰であるのか、おのずと脳裏に浮かぶ。

 水の神殿で出会った、二人の人間。訊ねたのは、確認のためである。


「一度出会っているはずだ。水の神殿でザルバードと対面した、男女の人間がそうだ。そなたと姉との関係は……」


「もういい!」


 問い詰めたかったが、ルアスは聞きたくはなかった。

 聞くとしたら、当事者である彼等に会うしかないのだろう。

 彼等でさえ、真相を語るかわからない。それ以上に、悔しさと疑心で目を細める。


「なんであれ俺を宿主に選んで全然離れようとしないのは、魔王を倒すための力の糧にするために、利用したいだけだろ! 俺を道具だとしか思ってないってことだろ!」


「結果的に利用する形になってしまったことは認める。だが違う。約束をしたのだ」


「誰と、なんの約束だよ!」


「……それは」


 アーサーは語らない。ただ苦悩と悲哀と決意は伝わってくる。

 本来は創世神話末期とされる頃に、すべてを終結させたかったのだろう。

 こうして持続していることに、負い目と責任とを背負っているようだ。

 アーサーの瞳には、嘘ではないというように、力強い光が宿っている。それだけ強い想いなのだろう。

 だがルアスは顔をしかめ、アーサーを睨めつける。面立ちには怯えと疑心とが、ありありと浮かんでいる。


「どうしてなにも言ってくれない。たとえ約束があったって、水の神殿での前例があるじゃないか。結局都合のいいことを言って、俺を殺す気なんだろ!」


 叫ぶように告げるルアスへと、フィニアの平手打ちがとんだ。

 呆気に取られ、ルアスは彼女を見上げた。問う眼差しと共に。


「私は、アーサーさんを信じます。実際巻き込まれる形ではありました。ですが全力で拒みもしませんでした。そもそも私達が共にいるのは、考えて、行動した結果です」


「けど、だけど……」


 八つ当たりするのは筋違いだと言外に放つフィニアに、否定しきれないけれど、受け入れられずにいるルアスは動揺する。

 駄々をこねたところで、なにが変わるわけではないと知っている。

 だがそれでしか、感情のはけ口を見いだせない。

 向き合うと決めたというのに、相手は自分を見てくれていないと強く感じてしまったから。


「ですが、もし約束を破棄されることがあったなら、私が止めます」


「どうやってさ!」


「まだ、わかりません。ですが必ず見つけ出します。いいですね、アーサーさん」


 確認を取ると、アーサーは力強く頷いた。それを見ると、ルアスへと改めて向き直る。


「皆で生きて帰るために、どうすればいいか一緒に考えましょう。悲観して嘆くのは、それからでも遅くないはずです」


 あまりに強い物言いに、一瞬呆然としていたルアスだったが、思わず涙が零れ落ちる。

 見られるのが嫌で、慌てて腕で目をこする。


「すみません、強く叩きすぎてしまいましたか?」


「違う、そんなんじゃないんだ」


 当惑するフィニアに、ルアスは首を左右に振った。

 皆で一緒に帰ろうと言ってくれたことが嬉しかった。

 その中にはシェイドとルアス以外に、シンシアやエルフォーネも含まれているのだと感じ取れたために。


「行く、俺も考える。皆で、帰る方法を」


 フウラのこともあるが、シェイドのこともあるのだ。

 会って、話をしたいと思う。けれどザルバードと対面したときの姿が、頭から離れない。

 信じたいが、魔王達の思惑に乗じて、彼自身の願いを成就させるための行動をするのではと考えてしまう

 フィニアを見上げると、彼女もまた、思案する面立ちをしている。

 シェイドのことを考えているのだろうか。

 けれどもそれとはまた別のなにかが、戸惑い揺れる瞳に映し出されているように感じられた。


「そのためにはアーサーさん、あなたと魔王との間になにがあったのか、すべてお話下さい。これ以上なにも知らないわけにはいかないのです。それが、ここまで関わった私なりの覚悟です」


 誤魔化しも、余談も許さぬ眼差しで、アーサーを見据えていた。ルアスも同様に目を向ける。

 双方の視線を受け止めていたアーサーだったが、やがて小さく息を吐いた。

 わずかに顔を伏せ、目を逸らす様には色濃い影が浮き彫りになっていく。


「……そうだな。そなた達にも、考え、選ぶ権利はある。我の我儘でいつまでも知らせずに、引きずり回すことはできぬな」


 アーサーは再び顔を上げ、ルアス達と目を合わせた。

 静かで落ち着き払った瞳には、まるで深海に引きずり込まれるような重みがある。

 一重の感情では言い表せない、なにかが詰まっている。

 そんな感慨を、ルアスとフィニアは覚えずにはいられなかった。


「あれは、いつの頃なのだろうな」


 言うとアーサーは、ここに居ながらにして遠いどこかを見据えているように、ゆっくりと目を細めた。


「現在において魔王とされているレンドに出会ったのは、我がこの世に生まれ落ちて間もなくのことだ」


「生まれ落ちた? 最初から存在してたんじゃなくて?」


「そなたの言うところの誕生とは少し異なるが、我々は確かにこの世に生まれ落ちたのだ」


 伝承において、天地創造を施したとされる神々。

 人や妖精等のように生命の誕生が行われていたということは、ルアスやフィニアにとって少なからず衝撃だった。

 息を呑み、わずかに表情が強張る。


「話が逸れてしまったな。我がレンドと出会ったのは、生まれて間もなくのことだった」


 物心がついて初めて目にしたのが、広大で膨大な森林だった。

 大地に足を踏みしめ、腰ほどまである白銀髪が風で軽くなびく中、アーサーは一人立ちつくしていた。

 容姿は人型であり、性別などなかったためか、中性的な顔立ちだった。

 けして小さい体格ではない。

 だがまるで己が虫か小動物にでもなったかのように樹木は空高く聳え、木の葉一枚一枚は身一つを充分に隠せるほど大きい。

 それがアーサーのように形成されないまま、一つの意識のうねりの中で拡散し、零れ落ちた生命の一粒。

 それが幾重にも折り重なって、大地となり、植物となることで存在するに至った。

 無が先にあり、やがて目に見えぬ意識のうねりが生まれた。大きな意識のうねりは、一つの巨大な塊となった。

 自我が形成されぬまま朽ち果てた神々のなれの果ては、一つの巨大な塊は、大地を創り上げた。

 この世界は何度も何度も、そういった繰り返しによって形成されてきた。それは現在進行形で紡がれている。


 これらは神々となれなかった者達のなれの果てなのだということを、本能で知っていた。

 幸運か不幸か、意志を持った一つの存在として、アーサーは生まれ落ちた。

 ふいに上空から、全体を見渡したくなった。

 無から有として生じたためか、頭の中で思い描くことで形作ることができた。

 しかし思い描くといっても条件があり、形状、大きさなどの細部まで決めなければならない。

 個々の力によっても、形成や継続の時間、力の差はあった。


 形成する際、さほど悩みはしなかった。

 真白な、今でいうコウモリの羽を背中から生やした。刹那、鬱蒼とした森林を見渡せるほどに浮上する。

 見上げると、ぼんやりと明るい紫色の空が広がっている。

 ふと前方を見やると、一部だけ色濃く歪んだ空間があった。

 遠くにあるのだが、飲み込まれそうなほどに大きい。直感は危険だと告げるも、視線は釘付けになる。足が自然と向かいそうになる。


「やめておいた方がいい。時間の差はあれど、誰であれ、あれに飲み込まれたら消滅してしまうぞ。ちなみに私は、あれを孵化と呼んでいる。今のお前なら一瞬も持たない」


 目の前にある空間に集中していたため、声をかけられたことに驚いたアーサーは即座に振り返る。

 腰まで届く漆黒の髪と、同じ色の翼を持っていた。

 性別などないアーサー達であるが、敢えて例えるなら男にも似た容姿である。

 彼の姿を直視した瞬間、息を呑んだ。目元の鋭さ、アーサーとは逆の色の翼、優男風の容貌にではない。

 歴然とした力の差に、である。

 本能的な直感として、即座に知ることができたのである。

 一見友好的ともいえる態度に、アーサーは無意識に体を硬直させていた。


「そんなに身構えるな。俺はお前の敵じゃない。俺の名はレンド。お前は?」


 穏やかに笑むレンドに、アーサーは一呼吸置いた後、緊張を解いた。

 最初からどうにかするつもりなのなら、声をかけずともいい話なのだと言い聞かせる。


「我に名はない。適当に呼んでもらってかまわぬ」


「ふむ、生まれたばかりってことか。なにかあった時、呼べないのは不便だな。よし、アーサーというのはどうだ」


「アーサー?」


「そうだ、いい名だろう」


「…そうか、我は今からアーサーか。だが名があるというのは、それほど必要なことなのか」


 大真面目に問うアーサーに、目を丸くした。直後、噴き出すような形で笑みを零していた。

 おかしなことを言ったのだろうかと、アーサーは腕を組み、眉をひそめた。

 それを不愉快だと受け取ったのか、レンドは微笑を口元に残したまま、真直ぐにアーサーを見据えた。


「気を悪くさせてしまったなら、すまなかった。だが名は必要だぞ」


「先程も言っていたように、名を呼ぶ際、不便だからなのか?」


 少しも笑うことなく真剣に訊ねるアーサーに、レンドの目元は緩やかに弧を描いていく。

 小馬鹿にしているのではなく、仕方がないなと物語っているようである。


「もちろん、それもあるさ。だが名を持ち、己を認識することで、自己の確立能力が上がる。お前もわかっているだろうが、私達は一つの強固な個体として無数の微弱な意識の中から生まれた。だが生まれたばかりの頃は、己の器の境界が不安定でしかない。気を抜けば、個として生まれた意識は霧散してしまう」


「そして我等は、またしても無数の意識の中に溶け込んでしまう。そうなれば再び、今の己として生まれてくることは難しくなる」


 表情を変えることなく語るアーサーに、レンドは力強く頷いた。

 そして目線を、アーサーの向こうにある歪んだ空間へと向けた。

 先程まで浮かべていた微笑など、最初からなかったと感じさせるほどの真剣な面立ち。

 促されるようにしてアーサーは再度、孵化へと目を向ける。変わらずそれは存在している。


「お前も孵化に呼ばれる感覚は、少なからずあるだろう? だから私達には、名が必要だ。自分の存在を認識し、確立させる名が。でなければ私達は、あの中枢へと逆戻りだ。しかも孵化は、あちこちに渦巻いているんだ」


 だからなのかと、アーサーは思った。

 危険信号が体中を駆け巡りながらも、傍に行きたい衝動が駆け巡っていくのを感じていたのである。

 そしてそれを瞬時に感じ取ったために、アーサーを押し留めたのだろう。

 レンド、もしくは他の誰かが、似たような感覚によって突き動かされたのかもしれない。

 なんであれ、アーサーは深々と頭を下げた。その様に、レンドは目を眇める。


「助言、痛み入る。本能ではわかっていたが、止めて諭してくれなければ、今頃は消滅していただろう」


「やめてくれ、礼を言われるためにこんなことをしたんじゃない」


「それでも言わせてはくれまいか」


 深々と下げた頭を上げようとしない様に困惑していたレンドだったが、ややあって照れくさそうに声をあげて笑った。

 笑みにつられ、アーサーは顔を上げた。

 僅かに眉間にしわを寄せ、レンドを見据える。微妙なしかめ面に、レンドは変わらず声をたてて笑っている。


「悪気はないんだ、許してくれ。ところで消滅を望まないということは、生き長らえたいということか?」


「少なくとも今は、そうしたいと願う。我はまだ本能でのみしか、この世界の成り立ちを理解してはおらぬのだ」


「そうか。なら俺の生き血を取り込む気はあるか。そうすればお前の体も強化され、孵化に飲み込まれたとしても長時間滞在しなければ、容易には消滅しないだろう」


 レンドは歪んだ空間である孵化へと顎をしゃくりながら、意思の確認を確かめる。

 すぐには返答できず、アーサーは息を呑む。

 意識から生まれた存在であるアーサー達にも、体という器を具現している間は、体内に血を有すことになる。

 血は血でも液状ではない。

 体内を巡り、活力とするのは同じであるが、力を具現化するための源なのである。

 生き血を相手に与えるということは、相手に自分の生きるための活力を分け与えるということである。

 その分、分け与えた者の力は減少し、受け取り手は自分の力に上乗せされる。


 ただし分け与えた者が消滅すれば、受け取り手に上乗せされた力も消滅する。

 逆に受け取り手が消滅すれば、分け与えた者へと返っていく。

 消滅しなくとも、互いの同意により、受け渡した要領で力を与えた者へと返すことは可能である。

 なんにせよ力を分け与えるというのは、本来あるはずの力の減少を意味している。

 なぜと、アーサーは問いかける。

 するとレンドの面差しに影が差した。悲哀と、寂寥とが見て取れる。


「これまで同胞達が消滅していく様を、見てきたからなんだろうな。そしていつだって俺は、一人取り残される。そんなとき、ようやく話し相手に出会えたんだ」


 ふと悲しげに微笑する。だからなにかしたいのだと、レンドの目が告げている。

 孤独からくるものなのだろうか。それとも別のなにかだろうか。

 漠然としか捉えられないながらも、真剣さは窺えた。


「だから失いたくないと、今度こそ守りたいと思った」


「なぜ守りたいと思うのだ。そなたにとって、栓無きことであろう」


「言ってくれるよな。まあ実際のところ、私の自己満足であるのは違いない。消滅するか、生き残るかは摂理だとしても、夢見たいんだ。穏やかに、健やかに、消滅することなく、ただ思い思いに過ごせる環境を」


 レンドは、アーサーを真直ぐに見据える。


「そのためには、まずお前の力が必要なんだ。共に手を取り合い、協力してくれる同胞が」


 だから消滅してもらっては困るのだと告げる。

 真向から受け止めていたアーサーだったが、嘘偽りなど感じられず、意思の強さも容易に窺い知れた。

 初対面でありながら、惹きつけるなにかがあった。

 ややあって、短いため息をつく。


「だがあれから、我等の同胞が必ずしも誕生するとは限らない」


 アーサーやレンドのように、一つの個体として生じる前に霧散し、粒子となって降り注ぐ。

 それが大地となり、水となり、草木となっていく。

 個体としてなれなかった、同胞達のなれの果て。消滅すれば、アーサー達もなりえるであろう姿。


「わかっているよ。それらも含めて、なにがあろうと私は大切にしたい」


 一方ならぬ思いに、諦めにも似た面差しを向ける。同時に感嘆もしていた。

 どういった経験を積み重ねてきたかは知らないアーサーではあるが、すべてが本気なのだと思わせる力強さがあった。

 圧力的なものではなく、思わず手を貸してしまいたくなる心地よさ。


「我の力の及ぶ限り、協力すると約束しよう」


 アーサーは告げた。約束は誓いであり、一種の契約でもある。

 成し遂げるまで、必ずしなければならないという強制力はないが、今後を縛りつける楔にもなりえる。

 それだけ、約束という存在は大きい。

 承諾したためか、レンドは表情が華やいだ。

 感謝の意を告げると、両手を胸元まで上げ、人差し指を突き出した。


「血の受け渡し方法は、わかっているな」


 同意のために頷くと、レンドも軽く頷き返した。

 人差し指を突き出したまま、レンドは歌うように詠唱を始めた。

 すると向かい合った二本の人差し指の間を、血のように赤い文字の羅列が浮かび上がる。

 それはアーサーの体を取り巻いていく。アーサーは両手を受け皿のように重ね合わせると、同じく奏でるように詠唱する。深紅の文字は杯に零れ落ちた滴のように、手のひらに収まっていく。

 ややあって赤く淡い光が、体の表面に浮き彫りになっていく。

 やがてレンドの指先から零れ落ちていた文字が消えると、アーサーの周囲を取り巻いていた発光も失せていく。


「こういった契約は初めてだったが、気分はどうだ?」


「自分を形成していた器が、確たるものに変わっていくのを感じる。…だが量からするに、そなたの力の約半分を我に与えたのではないのか」


 大丈夫なのかと問うと、軽く首を左右に振りながら、レンドは穏やかに微笑する。


「お前には、いろいろ協力してもらうことになりそうだからな」


「…なぜ出会ったばかりの我に、そこまで入れ込むのだ」


「なぜだろうな。私にもわからんよ。けれどなぜだか、お前は私を裏切らない。そう思えたんだ」


 図らずもアーサーは、訝しげに眉をひそめる。

 どこからくる自信と信頼なのかは知らないが、一瞬儚げで危険な印象を受けたのだ。

 それを感じ取ったのか、レンドは微苦笑へと転じる。


「そんな顔をするな。そんなに心配なら、改めて約束をしてくれ。私は同胞達の未来のために尽くすことを誓おう。だから共に協力してくれると」


「……わかった」


 差し出された手を、アーサーは力強く握り返した。

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