五回
〇三章,激動の末に・上/五回
光の神殿へと辿りついたのは、さらに数日後のことである。
土の神殿付近とは違い、気候は涼しく過ごしやすい。
神殿は半壊していたが、大部分の瓦礫は取り除かれていた。
そのためか、窓の多い仕様であったと思われる名残は見て取れる。
撤去作業を行なった、彼等の努力の成果が窺える。
各神殿から光の神殿へと訪れているという話は本当らしく、忙しない者、馴染みの薄い佇まいをしている者が多数いた。
「どうしてここに人間がいるんだ。人間はここから出て行け!」
「すみませんが、それはできません」
誰かに取次ぎを頼もうと思い立った矢先、近くから喧騒が聞こえてきた。そちらへと目を向けると、ドワーフの男と、特徴のない男が向かい合っている。彼等の周りには、遠巻きながらも人だかりができていた。
ドワーフと向かい合っている男に、シェイドは見覚えがあった。人間と呼ばれた男を庇うようにして、寄り添う女の姿にも。皮肉にも助け出され、光の神殿の情報を与えてくれた、夫婦であるリフティアとフロリスミアを忘れるには早すぎた。
「なんだと!」
殴りかかろうとするドワーフの腕を、シェイドは掴んだ。
「この二人に用がある。手を出すのは、やめてもらおうか」
「なんだ、お前は!」
ドワーフの男は、突然割って入ったシェイドを睨み上げる。
赤く染まった顔と同様に、熱く迸るような眼光のドワーフとは対照的に、シェイドは冷淡で鋭利な眼差しを叩きつける。
底冷えするようななにかを感じ取ったのか、ドワーフの男は怯んだ。
「私達がここにいることは、フウラ様に認められています。それを追い出そうというのは、フウラ様に立て付くということにもなるんですよ」
リフティアの傍にいたフロリスミアは、勇みながら一歩進み出た。
なおのこと怯んだが、聞き入れることに抵抗感があるのか、ドワーフの男は悔しげに噛み締める。
「俺はフウラのことも、お前達のことも、認めてはいないんだからな」
吐き捨てると、ドワーフの男は地団駄を踏むようにして去っていく。
遠巻きに取り囲んでいた僅かな人だかりも、不信や疑心を醸し出しながら離れていく。
気にはなるが、表立って関わることを避けているのだろう。
「来ていたんですね。ルアス君達は、一緒ではないのかい」
「先程ついたばかりだがな。だが二人はいない。連れて来たのは、あいつだけだ」
顎をしゃくり、視線を向けた先に、エレムルスがいた。
彼の姿を見知っている二人は、驚いた様子で目を向ける。
エレムルスは怯え、目を泳がせながらも、軽く会釈をする。
長い期間、近隣として過ごしたわけではないのだろうが、まともな会話すらないのだろう。
一体どういった手を使ったのかと言いたげな、不思議そうな二人の眼差しがシェイドへと注がれる。
けれど説明もなにもかも億劫で、あえて無視を決め込む。
「貴様達に、責任者との取次ぎを頼みたい。おそらく相手は、フウラだろうがな」
「そうだわ。フウラ様から聞いたのだけれど、白竜と共にいるというのは本当なの。もし本当なら、神殿にいる私達に、姿を見せて欲しいのよ。妖精と人間との共存のために!」
後に行くにつれ、意気込むように語尾を強めるフロリスミア。
要領が掴めないシェイドは、傍らにいるリフティアへと無言で促した。
戸惑いと困惑の入り混じった微苦笑を浮かべながら、妻からシェイドへと視線を滑らせる。
「君達から魔族と戦ったのだというのは聞いていたけれど、フウラ様からは、他に白竜と共に行動していたと聞いたんだ。どうやら白竜と君達が共に手を取り合う姿を見て、人と妖精との共存をと謳うようになったらしいんだよ。さすがに反発は大きいけどね」
シェイドは、ほんの僅かに顔をしかめる。
「人間である貴様がここにいる理由は、そのためか」
リフティアは力強く頷く。フウラが神殿を取り締まり、なおかつ知人であるということが関係し、手出しできないのだろうとシェイドは憶測した。
目元を僅かに伏せ、思案をめぐらせた直後、再び彼等を見やる。
「すまないが、俺は白竜を連れていない。ルアスを宿主として行動しているんだ」
「本当に? 本当にそうなの? だったらルアス君は、いつ頃来るのかしら」
「それはわからない。だがおそらくは、ここへと向かっているだろう」
光の神殿へと来るとすれば、おそらくは自分を追ってのことだろう。シェイドは心の中で付け加えた。
だが憶測であって、確証はない。
だが二人は、必ず来るものと確信しているようだ。
無理もない話だが、ルアス達との間に表面化しつつある確執は伏せておく。
今後の展開に支障をきたさないためという理由が大部分だが、あからさまに消沈したフロリスミアを目にして、とくに思った。
ここにも白竜を神の使いとして信望する者がいることに、不快感を憶えずにはいられない。
逆に、それだけ影響力が大きいのだということに、薄ら寒ささえある。
「それよりも、フウラとの取次ぎを頼みたい。大事な用件があるんだ」
舌打ちしたい衝動に駆られながらも、沸き立つような感情を押し隠し、夫婦である彼等へと促した。
「そうだったわね。こちらへ来てちょうだい」
フロリスミアは、朗らかに歩き出した。リフティアは肩を並べ、シェイド、エレムルスという順で後に続く。
すれ違う妖精達の眼差しは、奇異や不可解さが滲み出している。
むしろ剥きだしにしているようでもあった。
先を行く二人は慣れているのか、気にした様子はない。
シェイドも臆することはなかったが、一人エレムルスだけは、落ち着きなく足早についていく。
ややあって、さほど倒壊してはいない一室へと辿り着くと扉をノックした。
「フウラ様、シェイドさんが来て下さいました」
「入ってください」
促されて彼等は入室する。するとシェイドを見るなり、フウラは驚きによって俄かに凝視する。
けれどすぐさま、涼しい面立ちへと変貌する。
「ありがとう、貴方方は退室してくれますか」
二人は頭を下げると、言われるがままに部屋を出る。
見送ったあと、フウラは射抜くような険のある瞳を向ける。シェイドは悠然と受け止める。
「貴方はシェイドというのね。以前に闇の精霊の加護を強く受けていると感じましたが、ようやく合点がいきました」
「ああ。あの名は偽りだ」
「そうですか。けれど、そんなことを糾弾するつもりはありません。なぜなら貴方は神の使いだもの。私達は、貴方方を歓迎するわ」
だがシェイドは、皮肉交じりの薄い笑みを浮かべる。すべてを見透かすような眼光を叩きつける。
穏やかな対応で迎え入れていたフウラだったが、訝るようにして僅かに眉をひそめた。
「それは本心ではないだろう。俺と同じ、復讐に囚われた目をしている。なら、隠す必要などないはずだ」
「……私達は、利害関係で語り合えると?」
シェイドは無言で応じる。
するとフウラは、極々薄く笑んだ。
直後、中傷と侮蔑の色が瞳の奥から滲み出る。ほんの躊躇もなく見下した。
「そんな話を信用できると思っているの。貴方方は私になにをしたのかを、忘れたわけではないのでしょう」
詳しい経緯を、シェイドは知らない。
けれど水の神殿での出来事、側近のナリスがいないことにより、大よそではあるが予想がついた。
それだけ印象が変わっていた。
初めて会ったときは責任者としての重圧に耐えながらではあるが、無垢さが同居していた。
現在は一途なまでの、粘りつくような執念や執着といったものが窺える。
「信用する必要などない。利用すればいいだけのことだ。俺はもちろん、そのつもりでやらせてもらう」
胡乱げに、フウラは見やる。卑下するような、粘りつくような笑みは貼りついたままだ。
「……面白いことを言うのね。貴方は神に追従しているのではないの?」
アーサーと共にいる場面を目撃していたのだろう。
そもそもリフティアから、ある程度聞いて察していた。
予想通り彼女は、人と妖精との橋渡しをと口にしていた。
知っていると見て、ほぼ間違いないだろう。
だからこそシェイドの口から、崇高な演説が紡ぎだされると考えていたのかもしれない。
もしくは他に意図があるにせよ、追従という言葉に、シェイドの眉が剣呑に反り上がる。
行動を共にしていたという、確かな事実があったとしても。
「俺は奴に、敬服した覚えはない」
「どこまで本当なのかしらね。まあいいわ、貴方がこうして話をするためにわざわざ訪れたということは、なにかしら理由があるのでしょう。他の二人が共にいないことも含めて、話を聞かせてくれるかしら」
フウラは鋭い刃物のように目を細めると、剣呑とした態度を崩さないシェイドへと促した。
口元は、緩やかな弧を描いている。
これ以上話を脱線するつもりのなかったシェイドは、敵意を向けたまま口を開く。
「今あいつ等とは別行動だ。それと、この男を神殿に迎え入れてほしい。そして戦争の引き金になったとされる者が来たようだと、神殿にいる彼等へと噂を広めてもらいたい」
「待ってください!」
「どういうこと?」
フウラは訝しみ、エレムルスは非難の声を上げる。
片や制止を、片や促すような視線がシェイドへと向けられる。
けれどシェイドは気にする様を見せず、やや目尻を吊り上げる。
「この男、エレムルスは戦争の引き金となったとされる本人そのものだ」
「……突飛のない話ね」
「無理もないな。だがエレムルスの言葉を信じるのなら、そうなのだろう。真実でなくとも、こいつの名を伏せたまま密やかに噂を流してもらう。結果はどうあれ士気は上がり、団結力は増すだろう」
それを聞くや、フウラは若干目元を伏せ、思案に暮れている。
だがエレムルスは口元をわななかせ、怯えと不安とが入り混じった非難めいた瞳を発言者へと向ける。
「なんてこと言うんですか。僕はそんなことに利用されるために、ここに来たわけでは……!」
「なら去ればいい。だが貴様はリフティアという人間の男と接触した俺といたことで、一時的にせよ注目を浴びた。そんな折に噂が広まり、立ち去ったことが知れれば真先に疑われるのは貴様だろうな」
「なんて酷い!」
エレムルスは痛切な怒りをぶつける。対してシェイドは、無感動に睨めつける。
「貴様は断罪をも望んでいるのだろう。なら覚悟を決めることだ」
「そんな……」
物言いたげに呟くも、喉元を締め上げられたように閉口する。
けれど瞳だけは、見逃して欲しいと切望するようにシェイドを捉えていた。
気づきながらも、シェイドはフウラへと視線を滑らせる。
どうやらいまだに、考えに没頭している。
フウラはどうやら、人と妖精とを再度結びつけようとしている。
提案が利益となるか、害となるかは五分五分とは言いがたい。
おそらく不利益を呼び込む確立の方が高いだろう。
なぜなら人と妖精とが戦を起こす要因となったエレムルスが捕らえられ、放たれる内容によっては、両者の関係はより険悪なものとなる。
たとえ修復の兆しが見通せる言葉を紡ぎだしたところで、うまく事が運ぶとは限らない。
頑なに拒む者もいるのだ。それをどうフォローし、舵を取るかはフウラの手腕にかかっているだろう。
暫く思案にふけっていたフウラは、顔を上げる。
睨み据えるような形で、まっすぐにシェイドと向かい合う。どうやら答えが定まったらしい。
「その策、乗らせてもらうわ。それくらいのことを到底乗り越えられなくては、私の目的は果たせないもの」
フウラは薄く笑う。目元も緩やかに丸み帯びているが、怨嗟の炎が鮮明に映し出されている。
どうやら、もはや隠す気もないようだ。
けれどエレムルスは心外だったようで、怯えた面差しで固唾を呑んでいた。
「交渉成立だな」
「そのようね。噂は、頃合を見て流すことにしましょう」
二人の間で交わされた密約に、当事者であるエレムルスはなにも反論できないまま、力なくうな垂れていた。瞳は、定まることを知らぬように揺れ動く。
提示した策は粗が多いのだと、少し考えればわかりそうなものだ。
脅しの意味を込めてはいたが、しかしあまりの動揺ぶりに、シェイドは辟易する。
小心者の気質のためか、暗鬼に支配され、余裕がなくなっているのかもしれない。
それがどちらへと駒を進めるか、定かではないけれど。
「さて、これからどうするつもりだ」
「そうね。先程の二人を、人との交渉役にと考えているわ。現状では、もっとも最善の采配だもの。ただ……」
フウラは口ごもる。
彼女が言わんとしていることを、シェイドは容易に察した。
現在最上の隔たりとして、立ちはだかっている事柄である。
「人間と妖精との隔壁か。だがリフティアは人間だろう。よく神殿にいながら、これまで無事だったな」
「どうやら地の神殿にいた頃から、献身的に怪我人を手当てしていたらしいわ。今もそれが続いているから、拒絶しながらも戸惑っているようね」
それでリフティアは五体満足で神殿に留まっていられるのかと、シェイドは納得した。
けれど結局は、危ういバランスで保たれている。ほんの些細なキッカケがあれば崩れてしまいそうなほどの希薄さ。
彼が交渉役を買えば、向かった先で遭遇する危険は大きくなる。
両者の架け橋を作るべき人間を失う可能性が高いだけに、容易に任命できないのだろう。
彼等に協力する者も、比較的少ない。
「ならば俺も同行しよう。人と関わることが多かったんだ。交渉役にも、護衛にも、うってつけだろう」
「自分でよくそんなことが言えるわね。けれどお願いしようかしら。彼等だけでは心許ないのだもの」
フウラは穏やかな笑みを浮かべて了承した。
面会を終えると、フロリスミア達の姿を捜し求めた。
傍らに、エレムルスの姿はない。怯えと恐れを伴って、去ってしまった。
歩みながら辺りを見渡していると、二人の方がシェイドのことを見つけたようだ。足早に近づいてくる。
「フウラ様は、なんと言っていたの?」
フロリスミアが問うと、シェイドは本来の目的を伏せながら、人と妖精との橋渡しの件で告げられたことを伝えた。
するとフロリスミアは歓喜に打ち震えたように笑んだ。
夫のリフティアも、嬉しそうに、恐縮そうにはにかむと、承諾の意を込めて頷く。
「ところで、エレムルスさんはどうかしたのかい」
「さあな。だが奴はここに残ると決めたようだ。俺達三人で行動することになる。支度を整え次第、交渉に向かえということらしい」
「それでは、どこから当たりましょうか」
行き先も示唆されているのだろうかと、リフティアは問いにも似た呟きをもらす。
伴侶が口を開くよりも早く応じたのは、シェイドである。
「水の神殿方角へと、円を描くようにして赴いて流布してほしいとのことだそうだ」
二人は承諾したようで、小さく頷く。すると早速準備を整えるために、軽く会釈をして離れていく。
互いに見つめ合いながら会話をしている二人を見送ると、シェイドは小さな吐息を漏らした。
彼等との動向を願い出たのは直接交渉役として立ち回れるということ以外に、水の神殿で出会った二人の人間と再び会えるかもしれないと考えてのことだった。
確率は、おそらく限りなく低いかもしれない。
けれど皆無ではない。そのために心を砕こう。
彼等に聞きたいことがあるのだからと、シェイドは心中新たに決意する。
*
地の神殿の領域が強い西南から、ルアス達は北へと向かっていた。
進むたびに森林や草花が、目に見えて増えていく。
方向感覚を失わないようにと、できるだけ見晴らしのいい場所を選んでいたが、苦労もむなしく森のような鬱蒼とした地帯へと紛れ込んでしまった。
「今どの辺りなんだろうな。それにしてもなんだって、こんなにも木ばっかりなんだよ」
「確か地の神殿より北は、植物の精霊が強い地方ですから。もしかすると神殿が近いかもしれませんね」
そのすぐ後だった。
焦げ臭いなにかが、鼻腔をくすぐる。
ルアスは露骨に顔をしかめ、フィニアも僅かに眉をひそめる。
更に進むと、突然視界が開けた。主に空へ向けて、である。
目の前には焼け爛れた木々が、無残にも横たわっている。中には墨になっているものもあるようだ。
沈静化されてから時は経っているようだが、まだ真新しい。目に届く限り一帯が、似たような状態だった。
暫し思わぬ風景に目を奪われていたが、焼け野原の中心には、建物らしきなにかがあった。
ほぼ瓦解しているようではあるが、木々を建物と見誤った可能性は否めない。
目を凝らしてみると、どうやら見間違いということではないようだ。
「ここって、もしかして……」
「ほぼおそらく、植物の神殿のあった場所かもしれませんね」
顔をしかめたままのルアスに、フィニアは応じる。
断言できるのは、以前フロリスミアの便りから知らされていたためである。
ザルバードが各地の神殿を攻撃した、と。
けれど被害は想像以上に広大で、一度とはいえ向かい合った相手の力量を実感する。
無事逃げ延びることができたから良かったものの、少なからず寒気と恐れが背筋を這い上げってくるような感覚がある。
沈黙で固まっていたが、ルアスは足を踏み出した。だが肩に、フィニアの手が掛かる。
「神殿には妖精が住むといいます。念のため調べてみましょう」
混血や人間は、ほとんどの妖精にとって嫌悪の対象になりやすい。
いくら光の神殿へと、他の神殿の者達を誘っていたとしても無人であるとは限らない。
小さく詠唱すると、風がふわりとそよぎ、フィニアを取り巻いた。
目を閉じると、ややあって吐息を漏らす。ルアスは無言で見上げる。
「どうやら怪我をして、神殿に残っている方々がいるようです。とくに症状が酷いのが、レーレンという女性の方だそうです」
『レーレンと言ったか』
アーサーは具現せずに、声だけを発した。心なしか響きが、押し潰されるような重圧を伴っている。
訝しそうに、ルアス達は顔を見合わせる。
「知ってるのか?」
『思い違いでなければ、おそらくは。すまぬが一度、確認のために神殿に立ち寄ってもらいたい』
「ですが……」
フィニアは躊躇った。
気休め程度にしかならないだろうが、人間の町で使用していたバンダナを使えば、ルアスが混血ではないという周囲への目晦ましになるかもしれない。
「かまわないよ、このまま行こう」
「いいのですか」
ルアスは応じた。このままということは、混血児であるということを隠さずに、ということだろう。
けれどフィニアは戸惑いを覚えるばかりである。
「相手に知られたら、大変なことになるだろうな。けど混血児だっていう事実は一生変わらない。危険が伴うのは、後でも先でも同じだろ」
反論できずに、フィニアは口ごもる。するとルアスは、破顔する。
「それにアーサーが、こう言ってるんだ。動かないわけにはいかないよ」
「そう、ですね。なんだか少し、ルアスさんは人が変わったみたい」
「そんなことはないよ。全員がってわけじゃないけど、俺は相変わらず人と妖精は大嫌いだ。けどそれでも、いろいろと向き合わなきゃって思ったから」
いつのまにやら神殿へと向けられている面立ちは、真摯さと決意が伺える。
なぜだろうか。胸の奥へと、痛いほどに染み渡るのをフィニアは感じた。
同時にシェイドの顔が浮かぶ。ふいに切なさが込み上げ、涙が溢れ出そうになる。
「早く来いよ」
急かされ、フィニアは立ち竦んでいたことに気がつき、先へと進む彼を追いかけた。
一階のいくつかが無事に残っている程度で、ほぼ瓦解した建物へと近づいていくと、神経質そうに警備する数人の影があった。
大小の違いはあれど、誰もが怪我を負っているとわかるほどに痛々しい。
彼等はルアス達の姿を見るや、すぐにでも行動に移ることのできる体制で武器を構える。
「貴様達、何者だ」
青く茂ったような髪質と、同色の瞳を持ち合わせた、壮年のエルフの男が眉間に深いシワを刻みながら詰問する。
この場にいる、どの者よりも年嵩の印象を受ける。
「レーレンという者に会いたい。面通しを願えないだろうか」
懇願のような憂いと共に、アーサーは常の白竜の姿で具現した。
すると彼等はいっせいに息を呑む。けれどもこれまでアーサーを目にした者達の反応とは、異なっているように感じられた。
一部例外はあるが、これまでは畏怖と敬意と疑心が伺えた。
強い信仰心を持ち合わせながらも、苦労の最中であるというのに一向に現れる様子のない、神や御使いの存在への疑惑。
矛盾とわかっていながらの崇拝。
けれども目の前の彼等は、素直にアーサーの存在を受けているようである。
ようやく現れてくれたのだというような。
「アーサー様、貴方のことはレーレン様から聞き及んでいます。どうぞこちらへ」
各々武器を収めるのを目で確認すると、年長者らしきエルフの男は、ついてくるよう促すように身を翻す。
白竜が神の使いとされているとはいえ、態度の急変に唖然とする。
なにより名を告げてはいないアーサーの名を知っている、レーレンという者に戸惑いを隠しきれない。
「どうなさいましたか、お二方」
訝しげに顔をしかめながら、男が振り返る。
足早に歩み寄るという形で、二人は彼に応じた。
建物が辛うじて残され、雨風を防ぐことのできる場所へと通された。
「レーレン様。ラバーテラ、入ります」
扉を数回ノックし、エルフの男ラバーテラが名乗りながら室内へと入ると、ベッドの上で横たわる白髪の老婆の姿があった。
色素が抜け落ちたのか、瞳の色が薄い。一見してわかるほどに、年齢を思わせるシワが深々と刻み込まれている。
目立った外傷はないものの、酷く衰退しているようだ。
「やはりそなたか、レーレン」
「……お久しいですね。私も生きて、再び貴方と会える日が来るとは思いも寄りませんでしたよ」
緩やかに顔を傾けると、穏やかな口調でレーレンは応じた。
アーサーも同じ思いだったのだろうか。無言で見据える。
レーレンはほのかに微笑したあと、ルアス達へと目を向ける。
「この子達は、どなたかしら」
「この者達は、我の同行者だ」
「……そう。先の戦で失った力を、まだ取り戻せていないのね」
沈黙が過ぎる中、レーレンはここではないどこか遠くを見つめているような面差しで呟いた。
アーサーは言外に秘められたなにかを感じ取っているのか、小さく唸る。
「なあ、わかるように説明してくれないか。この人も、誰なんだ」
話の見えない彼等のやり取りに、ルアスは憤る。
初対面の相手に、誰呼ばわりは不躾ではないかと肝を冷やしながらも、フィニアは同意見の眼差しを白竜に向ける。
「この者はレンドとの先の戦で行動を共にした、最後の一人なのだ」
思わぬことに、二人は瞠目した。
先の戦というと、おそらく創世神話末期とされる頃だろう。
生き残りが一人とはいえ存在していたということに、衝撃が走る。
「創世神話が終結したのは、約千五百年前のことよ」
目を細めながら微笑むが、戦後百年という歳月というだけでも相当である。
純血の妖精といえど、長寿でも千年前後。戦後千数百年以上の時を生きるのは、極々稀なことだ。
同時に、創世神話が終結したとされる時期が、それほどの長さしか経っていないということにも俄かに信じ難い。
語り継がれるばかりで、実際の生き証人がいなかっただけに、遥か昔のことのように感じていたのだ。
「すまぬ。そなた一人を、このような場所に押し込める形になってしまった」
「それって、どういうことなんだよ」
声を荒げるも、制するようにラバーテラが一つ咳払いをする。
「レーレン様はお年を召しているため、お疲れが早いご様子。細かいお話は、また今度に願いたい」
なにかを知っているような、諭す面立ちでルアスを見やる。
不思議なことに、容姿を隠さずにいたため、人間か、もしくは混血だと知られているというのに、嫌味も、敵愾心も、悪意も感じられない。
意味深な言動もそうだが、ルアスは彼の態度にも疑問が生じる。
「安心して頂戴。彼は混血よ。貴方方を丁重にもてなしてくれるわ」
ルアスとフィニアは、再度目を瞠る。
神殿にいるのは純血の妖精ばかりと思い込んでいたために、疑いすら抱いていなかった。
「なぜですか……」
フィニアが詰め寄ろうとすると、ラバーテラは手でそれを制した。
「詳しい話は、こちらで伺いましょう」
踵を返すと、ラバーテラはまたしても先導すべく歩き出した。
すぐにでも聞きたい衝動に駆られたが、この場で騒ぎ立てたところで状況は進まないと考え、二人は彼についていく。
アーサーは一人、レーレンの傍に残る。
瞳はまるで、苦悩による痛切さで彩られているように感じ、かける言葉が見つからないまま部屋を後にした。
遠く離れていく気配を感じ取ると、アーサーは改めてレーレンを見やる。
「本当にすまなかった。我は……」
「まだすべては終わっていないわ。対立することが定めなら、謝るべきはあの子達に、ではなくて?」
それが先の戦での皆への報いであり、答えなのだと告げるように、アーサーを見据える。
一瞬アーサーは瞠目し、やがて細めた。
「……そうだな」
囁くような声で、肯定する。重く、切ない響きを伴いながら。
するとレーレンは、ほのかに笑んだ。
「そういうところは、変わらないのね。憶えているかしら。出会ったばかりの、あの頃を」
懐かしそうに、遠くを眺めやるように、目を細める。
アーサーも、無言で応じた。




