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十三回

〇二章,水の神殿/十三回


 フィニアを守りながら、エルフォーネ達は魔物の群生と対峙していた。

 異変が起きたのは、その頃である。

 魔物達はなぜだか一斉に、彼女達のいた神殿側ではなく、陸地側へと後退し始めたのである。

 まるでなにかに怯えるかのようだ。


「どうなってやがるんだ」


 警戒を解かずに剣を構えるも、ゲオルグは呆気に取られた様子で呟く。

 それは二人にとっても同じようだ。けれど今は悠長にしている暇などなかった。


「考えるのは後よ。早くザルバードの所へ行きましょう」


 神殿内と外との陸地を繋ぐ橋は、目の前にある一つだけである。

 神殿は湖の真ん中にあり、いつまでも立ち往生していては移動や行動が制御されてしまう。

 ただでさえ神殿の陸地から魔族の所へ向かうには建物が半壊しているため、思うように進めないということが現状だった。


 エレノアが促したのは、そのためである。

 横たわるフィニアをゲオルグが担ぐと、駆け足で橋を渡り始める。

 道中、湖全体の水が柱のように、飛沫が高く舞い上がる。

 その光景に、彼女達は瞠目どうもくした。上空に舞う波が押し寄せ始め、渡りきろうと慌てて走り出す。


 けれど橋がようやく終わろうという刹那、波が彼女達に覆いかぶさった。

 彼女達は波に攫われぬよう倒れこんで這い蹲り、呼吸を止めた。

 ようやく過ぎた頃、ゲオルグが担いでいたフィニアの姿が見当たらない。


「フィニアさん!」


 意識を失っている状態で波に呑まれてしまっては、危険は高くなる。

 エルフォーネは湖を覗き込んだ。すると湖はまたしても大きく波打ち、飛翔する。

 その中にフィニアの姿があった。閉ざされていた目は見開かれ、ここではないどこかを真直ぐに見据えている。その様は波に攫われた者というより、操り、従える者だった。

 数瞬、呆然として見送っていた三人だったが、このままではいけないと我に返った。


「ザルバードのところへ行きましょう。きっと彼女も、そこへ向かったんだわ」


 エレノアが声をかけ、先導する。

 残された二人も、頷いた。

 本来の目的はフィニアの保護ではないため、好都合ともいえた。



 フィニアは交戦の場へと赴くと、湖へと落下するシェイドへと手を伸ばす。

 彼の手を掴み、風の精霊の力を借りるために詠唱する。

 水面が間近に迫る刹那、詠唱が終わり、叩きつけられる衝撃を和らげた。

 二人はほとんど体に負担をかけず、湖へと水没し、岸辺へと上がった。


「シェイド、フィニア!」


 ルアスは駆け寄り、どうやら無事であるらしいことに安堵した。

 とくにフィニアが、いつものように動いて目の前にいるのだということに、張り詰めていた糸が緩んだ。

 思わず胸の奥が熱くなる。


「……フィニア、本当にフィニアなんだな」


「はい、遅くなってしまってすみません。ご心配おかけしました」


「本当に遅いよ。だって、どれだけ……」


 詫びるようなフィニアの微笑に、今度は目頭が熱くなり、目尻にわずかな涙を浮かべる。

 けれどそれを見せるのは気恥ずかしく、手の甲で忙しなく拭う。

 苦笑から安堵させるような笑みへと転じるフィニアに、ことさら目頭が熱くなるのを感じた。


 シェイドは彼等の存在を無視し、小さく呻きながら起き上がる。

 上空でアーサーと対峙している魔族へと、憎悪と嫌悪を迸らせながら睨み据える。

 だが強固なまでの意志とは裏腹に、体は思うように動かないようだ。

 体はふらつき、立っていることさえ満足にできない。それでも重い足取りを数歩進めた。


「ケティルさん、そんな体でなにをするつもりですか」


 シェイドは無言のままだ。一瞥さえ、向けようとしない。


「せめて手当てだけでも……」


「そんな暇などない!」

 踏みとどまろうとはしないことを態度によって知り、フィニアは傷を早速癒そうとする。

 それすら億劫で、時間が惜しいのか、苛立ちの伴った叱咤を彼女へと向ける。

 思わずフィニアは、小刻みに体を震わせた。


「おい……」


 心配しているというのに、あんまりだと続けようとしたルアスだったが、ザルバードの放った魔法が飛び込んだ。

 交戦中の魔法が、勢い余って飛散したようだ。

 目掛けて飛んでくるそれに、彼等はとっさに反応ができない。


 羽を翻して、アーサーはルアス達の間に割ってはいる。

 直後、魔法を防ぐための防壁を張り巡らせた。

 魔法は見事四散し、それを物語るように防壁の膜を稲光のようなものが迸る。

 無事に防いだものの、アーサーの表情には疲れが見え始めていた。


「どうやら思っていたほど、力を蓄積できていたわけではないのだな。ならば俺にも勝ち目はあるということか」


「さあな。そうやすやすと、事が運ぶと思っているのか」


「待て、奴を殺すのは俺だ」


 火花を散らしながら睨み合う二人に、シェイドが殺意を持って割って入る。

 けれど制するように、煙幕が投げつけられた。

 何者かがザルバードへと向けて投げつけたのだ。それがルアス達の下へも流れ込んでくる。


 そんなとき剣の面が、彼等の前に突き出された。

 剣を割り込ませる相手へと、シェイドは鋭利な目を向ける。

 どこか飄々とした黒髪の青年、ゲオルグである。

 口元には、含むようなニヤリとした笑みが浮かんでいる。


 それが合図のように、二人の影が薄い煙幕を通り抜けて駆けてきた。


「ルアス!」


 駆け寄る二人の内の一人が、ルアスの首に手を回して抱きついた。

 思わぬ出来事に、ルアスは驚いて目を剥いた。

 エレノアはザルバードを警戒しつつ、相棒へと歩み寄る。

 人間の容姿をした二人組みに、妖精組は訝しい眼差しを向ける。


「奴を殺すというのは、今はご勘弁願いたいね」


「なにを言う、人間。貴様に指図される憶えも、云われもない。俺はそのためだけに……」


 語り終えるより先に、ゲオルグの拳がシェイドの鳩

 みぞおちへと叩きつけられる。

 肉体的にも精神的にも疲労しているためだろうか。

 一撃でシェイドは小さく呻くと、ゆっくりと崩れていく。ゲオルグは、それを抱えた。


「なにをなさるんですか!」


「こいつを連れて、さっさと逃げろ。まあ、こいつの気持ちもわからなくもないがな」


「お前、何者なんだ。魔族相手に勝てると思ってるのかよ」


「エルにも言われたよ」


 ゲオルグは懐かしむような、哀しそうな、微妙な笑みを浮かべる。

 ルアスは意味ありげな彼等の視線を訝しげに感じつつも、受け止めた。


「あとはまかせたぞ、アーサー」


 告げてもいない名を呼ばれ、アーサーはゲオルグを顧みた。彼の姿形を見るや、なおのこと驚いた。


「……なるほど。ここは汝に任せておいても大丈夫なようだ。ルアス、すまぬが汝の生命力を使わせてもらう」


「このまま逃がすと思っているのか!」


 話し声が聞こえていたザルバードは風を起こして煙幕を拡散した。

 直後ゲオルグ等の姿に、またかと言いたげに苦い表情を浮かべる。


 それが大きな隙となった。


 アーサーは光に包まれ、徐々に容姿を転じ始める。

 他のことに気を取られてしまったことに気づいたザルバードは、彼等へと急降下していく。

 呪文を詠唱する時間すら、惜しかったのである。


「水の精霊よ!」


 フィニアは止められるわけにはいかないと、慌てて呪文を詠唱した。

 すると水は龍のように、蛇のように唸りながらザルバードへと向かう。

 それが功を奏したのか、アーサーは完全に竜の姿へと変貌していく。

 大きさは初対面のときよりも、身の丈が何倍もあった。悠にルアス達を乗せることができる。

 ゲオルグは投げつけるように、シェイドを乗せた。


「さあ早く行った、行った」


 状況が予断を許さぬため、ルアスとフィニアも急いで背に乗った。


「さあ、エルも早く」


 ルアスはエルフォーネへと、手を差し伸べる。

 彼女は頷く。だがすぐにゲオルグ達へと振り向いた。なにか言おうと、口を開きかける。


「なにも言うな、早く行け」


「そうよ、ようやく会えたんだから」


 二人の場にそぐわぬ穏やかな目が、気にするなと告げていた。


「行かせるものか!」


 ザルバードは風を呼び起こし、ルアス達へとカマイタチとして向ける。

 これ以上留まれぬと感じたのか、アーサーは羽ばたき始めた。

 徐々に浮き上がり始めることに、ルアスは焦りを憶えた。


「おい待てよ、エルがまだ……。エル!」


 焦り、エルフォーネへと手を差し出した。

 エルフォーネも彼等の状況に気づき、置いてかれまいと手を伸ばす。

 けれどもう少しのところで手が届かない。

 結局互いの手を取ることができないまま、距離は開いていく。


「ルアス!」


「エルー!」


 そうすればどうにかなるのだとでも言うように、叫んだ。けれど時間は戻らない。


「アーサー、戻ってくれ。エルが!」


 視線は彼女を捉えたまま訴えた。エルフォーネはザルバードの脅威の余波を受けている。

 ゲオルグは彼と対峙し、エレノアはエルフォーネを庇いながら応戦している。


「アーサー、どうしてなにも……」


 言ってはくれないのだと紡ぐことができず、身悶えするようにして倒れた。

 体中に、燃えるように熱いものが込み上げる。


「ルアスさん!」


 フィニアはルアスに近寄り、額に手を当てる。

 すると尋常ではなく熱い。


「アーサーさん、これは……」


「今この者の生命力を借りて、この力を行使している。彼の者から離れるまで、もう少し待ってくれ」


 アーサーは焦りと申し訳なさを伴いながら、告げた。

 以前アーサーはルアスの中に入り込み、少しずつ生気を取り込みながら力を取り戻していると語っていた。

 だからこそ急速な回復には、宿主が必要なのだと。


 現在のルアスの状況は、無理に生命力を搾り取っているということなのだと、フィニアにも察しがついた。

 ならばとルアスの体に両手をかざし、呪文の詠唱を始めた。

 癒しの魔法である。少しでも急速な体力削減を避けるためである。


 それでも追いつかなかったらしく、やがてアーサーの体が傾いだ。

 高度が下がり、やがては地面に叩きつけられる。衝撃により、フィニア達は振り下ろされそうになる。

 けれど力の行使の疲労によってかアーサーの体は縮まり、自然ルアス達も追いやられ、地面に放り出された。


 アーサーは疲労により荒い息を吐いている。

 シェイドも、ルアスも、気を失ったままだ。このようなところを襲われたら、ひとたまりもない。

 ならば自分がしっかりせねば、彼等の治療を行わなくてはと思うのだが、先程まで癒しの魔法を扱っていたためか、疲労困憊していた。

 意識化では意欲はあるものの、体がまったくついてこない。

 ただでさえ水の神殿で、ウンディーネの力を借りるために奮闘していたのである。

 精神的な疲労も、相当なものだった。

 それが今になって、一気にフィニアの身に押し寄せていたのである。

 目がかすみ、気が遠くなっていく。

 どうにかしなくては、そのためにウンディーネの力を借りたのだからと、フィニアは自分を叱咤する。

 けれど体は正直なようで、次第に瞼が重くなる。


 彼等へと目を向けていると、シェイドが小さく唸った。

 先程の衝撃で、意識が戻ったようだ。起き上がろうと何度か試みているが、受けた傷は半端がないほど大きいのだろう。

 うまく身を起こすことができずにいる。


「あいつは……ザルバードはどこだ」


 それでもしきりに、シェイドは魔族の名を呼び続ける。憎悪と、苛立ちと、悲哀と――


 無事であったことに安堵したのも束の間、彼の突き動かすものは執念でしかないことに、フィニアは奇妙な息苦しさを感じる。

 それ以外なにも見ていないことに、寂しいと哀しみが募る。


「ケティルさん、なぜ……」


「うるさい! 貴様はあの時いなかったから、そんなことが言えるんだ。家族も、友も、思い出も、奴が奪っていったんだぞ。全部……」


 空を睨みつけ、語るシェイドだったが、言い終える前に意識を失ってしまった。

 けれどそれだけで、ザルバードに対する執心を理解した。


 仇を討ちたかったのだろう。その中の数人は紛れもなくシェイドの家族である。

 人間との諍い、魔物の襲撃によって追い込まれた、行き場をなくした純粋な妖精達が寄り集まった町だった。

 彼等がいたために、今のフィニアがある。

 行き場をなくして放浪していたフィニアと、弟のユーイを受け入れてくれたのは、彼等だった。

 胸の奥が更なる悲しみで苦しくなる。


 どうして彼等が、という疑問がいくつも浮かぶ。

 それらを抱きながら、フィニアは疲労等によって闇の中に吸い込まれる誘惑に抗いきれなかった。

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