十二回
〇二章,水の神殿/十二回
ルアスは放心したような面持ちで、息を浅く、激しく、小刻みに吐き出していく。
真青な空は顔を出し、湖の量は傍目に見ても激減しているとわかるほどに、広大に視界は開けていた。景色は相当に荒れていた。
建物全体としてみれば一部かもしれないが、ルアスのいる場所を中心に瓦解しているためである。
最初はなにが起きたのか、わからずにいた。
まるで目の前の出来事が絵空事のようで、現実感が沸かない。
だがやがて自分の起こした惨事に思い至る。これは事実なのだという実感が伴ない始め、全身に冷や汗が噴き出した。
即座にフィニアへと振り向くと、損傷の受けていない台座の上で、変わり映えなく横たわっている。
ただし覆っていた水の粘膜はない。
それでも無事であることに、ルアスは心底安堵の息をついた。
「まさか貴様が、イフリートの力を扱えるとはな。油断していた」
「イフ、リート?」
ザルバードの冷たい響きのこもった声が耳に届く。
振り返ると、上半身の右半分が赤黒く焼け焦げている、宙に浮いた魔族の姿があった。
ルアスは自身が魔族を追い詰めかけたのだということ以上に、イフリートの名を聞いて、一瞬思考が働かない。
イフリートとは、炎を司る精霊の長である。
今まで使っていた炎は、下級、中級のものではなく、最上級ということになる。
魔法を扱うことができないというのに炎を操り、しかもそれが精霊長だとは俄かに信じられない。
けれど魔族が嘘を告げるはずもなく、思い違いだというには、今までの惨劇が強烈過ぎた。
ではなぜ、という疑問が沸き起こる。
「本来ならば弄り殺してやりたいところだが、主の命令だ。殺しはせん。だが死なない程度には、借りを返させてもらおうか」
向けられる敵意、殺気に、ルアスは我に返り、激しい寒気を憶えた。
鋭い眼光に射竦められ、足が思うように動かない。
「イフリートを宿しているのならば、火属性の耐性はついているだろう。だが他はどうだ」
口の両端を歪め、鋭い牙がくっきりと浮き彫りになる。
動く左半身の手を胸元まで持ち上げると、石礫が浮き出し、ルアスへと襲い掛かる。
刹那、別の場所からも石礫が降りそそぎ、ザルバードの放った魔法が相殺された。
「ようやく見つけたよ、ザルバード」
服は所々すり切れ、そこから見え隠れする肌は赤く腫れ、もしくは血が滲み出ている。
執着、執念、憎悪といった狂乱に浮かされながらも、喜び勇むシェイドの姿があった。
来てくれたのだという嬉しさはあれど、目的の人物に会えたためだろうか、神殿内を徘徊していたときよりも狂喜に咽び泣くような態度に言葉が出ない。
シェイドの目には、ルアスの姿は一切映っていないだろう。そのことに胸の奥が締めつけられる。
湖から突き出している瓦礫を踏み台にして、シェイドは剣を抜き、詠唱して魔法を繰り出した。
ザルバードは薄く笑みを浮かべながら迎え撃つ。
二人の姿を見ながらルアスは、シェイドと共に立ち向かうか、ここから立ち去るかの二者択一を迫られる。
答えはすぐに導き出された。
この場から離れよう。この場から去れば、少なくともこれ以上神殿に被害は出ず、フィニアが連れ去られることもない。
うまくいけば、シェイドとザルバードをも引き離すことができるかもしれない。
ルアスは犠牲となったナリスの傍で、放心したように項垂れているフウラを見た。
このような結果を生み出した半分は、ルアスにある。
罪悪感によって胸を締めつけられる。けれどどう購えばいいのかわからず、彼女達の横を通りすぎる。
「……ごめん」
せめてもの謝罪を向け、ルアスは奥の部屋で横たわっているフィニアに近寄った。
覆っていた膜は、先程の衝撃で効力を打ち消したのだろう。
遮断されることなく、触れることができた。背負うと、神殿の外へと向かいだす。
道中、神殿内に入り込んでいた魔物達には出会わなかった。
炎によって、撃退されたのだろう。逆に言えば、応戦していた妖精達の被害も相当かもしれない。
炎の凄まじさが伺える。敵味方関係なく破壊する強大な力に、ルアスは苦悩によって軽く目元を伏せた。
やがて神殿と外とを繋ぐ橋に差し掛かったときだった。
「……ルアス?」
ここでは聞けないはずの声が、ルアスの脳髄を直撃した。
聞き間違いではないかと、とっさに顔を上げる。
そこには驚いたような、嬉しそうな、怒っているような、様々な感情を浮かべているエルフォーネの姿があった。
なぜここにいるのだという疑問と思わぬ場所での再会によって、ルアスは硬直してしまった。
「……無事で良かった。ずっと心配してたんだから!」
「エル、どうしてお前がこんな所にいるんだ。町にいたはずじゃなかったのか」
「ずっと行方を捜してたからに決まってるでしょう。どうして一緒に連れ出してくれなかったのよ」
「当たり前だろ。危険な旅になるってわかってて、連れて行けるかよ!」
「それでも! それでも私は行きたかったんだよ」
「エル……」
エルフォーネの一方ならぬ想いに、ルアスの心が揺れ動きかけた。
直後神殿の反対側の湖から激しい飛沫の音がし、交戦中だという現実に引き戻された。
「そうだ、今シェイドが戦ってるんだ。エル、暫くフィニアを見ていてくれないか」
「この人は? ルアスはどうするの」
まるで何事もないように寝入っているフィニアに、エルフォーネは首を傾げた。
「この人の中に水の精霊長ウンディーネが留まっていて、意識が呑まれている状態なんだ。俺はシェイドに加担して、あの魔族を追い払ってくる」
「ちょ、ちょっとルアス!」
ルアスはフィニアを下ろすと、走り去った。
取り残されたエルフォーネは、横たわるフィニアを見つめる。
髪の長さ、クセのある質感は違うけれど、優しげな面立ちはシンシアを連想させた。
「おい、大丈夫か」
「あまり心配させないで」
あらかた魔物を倒したゲオルグとエレノアは、橋で身をかがめているエルフォーネを見つけて駆け寄った。
直後、二人も横たわる女の姿に気がつく。
「この人は?」
「フィニアというらしいの。ルアスが暫く見ていてくれって」
「会えたんだな。今ルアスって子は、どこにいるんだ」
「ザルバードのところへ行ったわ」
「黙って行かせたのか!」
「仕方ないじゃない。私が止める前に行ってしまったし、たとえ一緒に行っても足手まといだもの。それにこの人を任された以上、ここを離れない」
エルフォーネは頑として反発した。
確かにそのとおりだったが、思わず気圧されたゲオルグは苦々しく表情を歪める。
「わかったわ、ここはエルに任せる。私達はザルバードの所へ行ってくるわ」
「けどすんなりと、行かせてくれそうにないみたいだぜ」
ゲオルグは、唯一ある橋の向こう側へと目を向ける。
そこには生き残っていた魔物達が終結しつつあった。
*
フウラは神殿の外で争う声や音を聞いていた。
だがそれはどこか遠い存在での出来事のように、現実味がなかった。
目の前に倒れているナリスの惨劇により、受け入れることを拒絶していたのだ。
頭が朦朧として動かない。
そんなときルアスが去り際に残した言葉が蘇る。
謝罪の言葉が、激しく感情を揺さぶった。
ナリスに触れていた手が、強く握り締められる。
強い怒りや悔しさによって眉は反り、目元は鋭く細くなる。
きつく結ばれた口元は、ややあって開かれた。
「水の精霊ウンディーネ、我の呼びかけに応じよ」
フウラはウンディーネの召還をすべく、約束事ともいえる呪文を紡ぎ始めた。
静かで暗い、眼差しと声で。
現在ウンディーネは不安定な状態で、不用意に呼び出せば、辺り一面大惨事になる可能性は高い。
それを知りながらの詠唱である。むしろ、どうにでもなれと思っていた。
自分を含めた水の神殿周辺が、ウンディーネの暴走により甚大な被害を及ぼすのだと覚悟したためか、ナリスと過ごした日々が思い出された。
あれはまだ、物心がついたばかりの頃。
どういう理由だったかは思い出せないが、ふとした拍子に高位精霊を呼び出し、平然としていたらしい。
精霊は上位になればなるほど、呼び出して従えるには、相当の気力や精神力を使うため負担が大きくなる。
平然としていられるということは、それだけ余力を残しているということになる。
それからというもの、次期巫女の座はフウラのものと確定された。
それまではナリスが受け取るはずだった玉座。
当時の神子は、ナリスをフウラの側近であり、騎士としての地位へとつけた。他の者では心許ないとでも考えたのだろうか。
心意はともあれ、ナリスは何度魔物や妖魔が押し寄せようとも守ってくれた。
それ以外でも、時には兄のように、友のように接してくれた。
本来ならナリスがなるはずだった神子の地位を奪ったフウラと、いつだって傍にいてくれた。当たり前となるくらい、大切な存在。
いつだっていてくれるのだと思っていた存在。
それが儚く、脆く、横たわったまま目を覚まさない。
なら全部巻き込んで、壊れてしまえばいい。フウラは強く思った。
フィニアの意識はウンディーネの精神世界に溶け込み、フウラは召還すべく意識を繋げた。
そのためだろうか、フウラの想いが止め処なくフィニアへと流れ込んでくる。
とくに強いのが、ナリスへの想い。
彼が自分を置いていってしまったのだという喪失感、絶望、自暴自棄というものが、痛いほど伝わってくる。
けれど中途半端に召還されているためか、精神ともいえる世界が波打つように歪み、うねり、逆流する。
放って置けばウンディーネの暴走が始まってしまうと感じた。
フィニアにも守りたい者がいて、ウンディーネの力を借りようと必死だった。
今もそれは変わらない。
意識が流れ込んでくるのなら、相手にも伝わるはずだと考えた。
だから呼びかける。
口ではなく意識下で、やめて下さいと。
*
その頃ルアスは、交戦している場所へと辿り着いた。
すると湖岸で倒れているシェイドの姿を見つけた。
服は先程よりも破れ、そこから見える肌は赤く腫れ、血が僅かに滲み出ている。
歩み寄ろうとするとシェイドは痛む体に鞭打ちながら身を起こし、闘争心を剥き出しにした眼差しをザルバードへと向ける。
傍にやってきたルアスに気づかないはずはないのだが、一瞥すらしない。
憎悪と、怨恨と、悲哀と、苦痛と、他の様々な測り知れない感情が、傍から見てもはっきりと知れた。
妖魔に向けられていた以上のなにかを目の当たりにして、ルアスは身が竦んだ。
けれどフィニアやエルフォーネのことを考えると、弱気になど負けていられない。
このまま長引いては、自分を含めて危険に見舞われる確立は高い。
ザルバードが炎によって大ダメージを受けたとはいえ、精霊長の一つである闇の精霊を従えているシェイドを、追い込んでいることが何よりの証拠である。
ルアスも炎の精霊長イフリートを使えるようだと知ったばかりだが、慣れていないために、いつまた暴走しないともいえない。
「シェイド、一旦ここは逃げよう。これ以上ここにいたら、水の神殿にいる人達はもっと被害を受けることになる。俺達の状態だって万全じゃない」
ザルバードの狙いはルアスである。
うまく逃げることができれば神殿から引き離すことができ、ルアス達も態勢を整えることができる。
傷を負っているとはいえ、相手は魔王の次に強靭な肉体と力を持ち合わせている魔族である。
容易ではないだろうが、今はそれが一番の対策のように思えた。
ルアスは引き止めるべくシェイドの腕を掴むも、邪魔だと言いたげに、いとも簡単に振り払われる。
「そうこなくては。ルアスの小僧を連れ帰る前に、邪魔立てする貴様を倒さねば気がすまない」
ザルバードは薄っすらと笑みを浮かべる。見下すような微笑、獲物を逃がさぬ狩人のような眼差し。
ルアスは逃げるための一時的な交戦を覚悟して、剣を引き抜いた。
そのため気づいてはいなかった。シェイドの背中が、苦悩と悲哀で濡れていることに。
「俺は行かないし、シェイドを手にかけることなんて、絶対にさせない!」
ルアスは覚悟を決めた。炎を使う覚悟である。
いまだ怖いけれど、扱える自信はないけれど、生き延びるためには躊躇い続けている場合ではないのだ。
炎の舞う姿を思い描き、フィニアを助けたいとしたときのような気持ちを奮い立たせる。
剣の柄を、両手で掴む。すると炎は剣の刃を覆うように、まとわりついた。
初めて扱うことができたことに、驚きと喜びがこみ上げる。
たいしてシェイドは目を見開いて、直視した。
だがすぐに背を向け、視線をそらし、俯いた。シェイドの叱咤が飛んだ。
「これは俺の戦いだ、邪魔をするな!」
ルアスは戸惑い、目を向ける。
背中しか見えないため表情までは窺い知れないが、執拗なまでに意固地になっている雰囲気があった。
「なに言ってるんだ。ここは二人で協力して……」
「黙れ、貴様になにがわかる! 植物の精霊よ、こいつを縛る縄となれ!」
詠唱すると生えている草が急速に伸び始め、縄のように幾重も紡がれ、ルアスの手足や胴体を縛り上げた。
集中が削がれ、呼び出した炎は拡散した。
「なにするんだよ!」
「貴様はそこで見ていろ」
冷淡に言い放つと、シェイドは風の魔法を利用して、ザルバードの下へと向かった。
魔族は憤る両者を見比べながら、薄く口元を歪ませる。
「仲間割れか、面白い。こちらとしてもやりやすい状況だ」
「あいつは元々仲間でもなんでもない。風の精霊ジンよ!」
辺りに強風が起き、竜巻やカマイタチとなってザルバードへと向かう。
だが易々と避けていく。シェイドは逆に焦りを感じていく。
「なぜそんなにも俺を敵として狙うのかわからんが、それでは倒せはしない」
「貴様が憶えていなくとも、俺にはあるんだ!」
余裕の笑みを浮かべ、ザルバードは羽を自由に操りながらシェイドの眼前へと顔を寄せる。
シェイドは短剣を懐から取り出すと、切りつける。けれどそれさえ容易に避けられた。
ザルバードの拳が、シェイドの頬に叩きつけられる。
そのまま地面に叩きつけられた直後、ザルバードの手には、禍々しいまでの炎が渦巻いていた。
「シェイド、逃げろ!」
ルアスは縛りつける植物を振りほどこうと、もがきながら叫んだ。
けれどシェイドは、すぐに身動きが取れないようだ。苦痛の表情を浮かべている。
助けなければと思うのと、炎を無意識に使って体中に絡みついた根や草を焼き切るのとは、ほぼ同時だった。
とっさに駆け寄るも、ザルバードの放った黒炎は目前に迫っていた。
逃げられないと感じた刹那、ルアスの体内から光の玉が現れて障壁を張り巡らした。黒炎は拡散する。
ややあって光の玉は徐々に大きくなっていき、やがては人型へと変貌していく。
腰まである白髪と、透き通るような青い瞳、鋭角な耳と、コウモリを連想させる白い羽。
一見男女ともつかない中性的な人物が、両者の間に立ちはだかる。
透き通るような瞳は、ザルバードへと注がれていた。
ザルバードは知人に向けるような、けれど不得手な相手であるような、微妙な笑みを浮かべる。
次の瞬間、魔族が口にする名に、ルアス達は唖然とするしかなかった。
「まさか、その小僧を宿主に選んでいたとはな。アーサー」
言葉を向けられても、アーサーは反応しない。
風が、残された水や草原を揺らしながら、通り過ぎていく。
涼しげな眼差しを、上空にいる魔族に向ける。
「なに言ってるんだ。いつだってあいつは白竜の姿で……」
「知らぬようだな。そいつは真理と秩序を司る神々の一人、今が本来の姿なんだ。俺達が数を増やしつつあることに焦りを感じたのか。だがよりによって選んだ者が、その小僧だとはな」
ザルバードは悔しげに噛み締める。アーサーの涼しげな態度は崩れない。
「どうするつもりだ。我はこの者に宿っている。この者を連れて行くということは、我も連れて行くということになるが」
一瞬の間が空いた。
「……それは厄介だな。しかし小僧を、いまだ宿主にしているということは、貴様はまだ力を完全に取り戻していないということだろう。ならばまだ引くわけには行かぬ」
ザルバードはまたしても黒き炎を呼び起こす。
アーサーは、またしても炎を拡散する。
直後羽をはためかせて飛翔すると、ザルバードへと風の刃を無数に差し向ける。
シェイドの放った風の魔法よりも、格段に上だった。
負傷がハンデになっていること、相手が悪いことにより、ザルバードの表情が俄かに焦りを帯びている。
シェイドはギリと唇を噛み締める。
痛む体を再度起こし、短剣を携え、ザルバードへと向かった。
「シェイド、おい待てよ!」
ルアスは呼び止めるも、シェイドは駆けていった。
*
「やめて、やめて下さい」
フィニアは、再度呼びかける。
「あなた方は私の大事な者も、場所も奪っていったわ。なにを聞けというの!」
フウラの言葉に、フィニアはとっさに反論できない。
水の神殿が、いくら魔物に襲われ続けていたとはいえ、最悪の状況が重なっただけだとは言い切れない。
そんなときだった。
波紋のようなものが広がり、外界の様子らしき映像が映し出された。水を介しているようだ。
「これは……」
フィニアは目を瞠った。
そこにはザルバードと交戦するシェイド、見慣れぬ人物の姿があった。
見慣れぬ白髪の人物がアーサーであることに気づかない。
ザルバードが魔族であることも知らないが、異様な禍々しさが伝わってくるために、只者ではないと感じた。
見慣れぬ二人は敵対しているようだ。
敵対しているから味方だとは限らないのだが、そこまで考えが及ばない。
交戦する二人に割り込むシェイドの姿に、釘付けになったのである。
二人の力の差が激しいため、けして弱くはないシェイドが危なげに見えた。
案の定、シェイドはザルバードに一蹴された。
シェイドは苦痛と苦悩によって表情を歪めながら、湖へと落下する。
彼へと向けて、ザルバードは魔法を詠唱している。
「ケティルさん!」
思わず叫んだ。
するとフウラの冷笑が飛ぶ。ねっとりとした、蔑むような笑み。
フィニアは胸に焼きつくような、嫌な感覚を覚えた。
「あの人が、貴女にとっての大切な人なのね。だったら私と同じ辛さを、身をもって受けるといいわ。水の精霊ウンディーネ、その力を解き放って」
「駄目、やめて下さい!」
貴女はなんのために、力の解放を拒むのですか――
強く止めるフィニアの意識内に、聲が響き渡る。
フウラのものではなく、今まで見聞きした聲でもない。澄み渡るような、安らかな落ち着いた聲。
「私は破壊したいのではなく、守りたいんです。ですから私は、どうしても止めたいんです」
守ることが、逆に破壊に繋がることだとしても、ですか。なにより今の貴女には制御するだけの器はありません。力を行使しようとするたび、寿命を縮めることにもなりうるのですよ――
「それでもです。魔王を倒すまでか、他にあなたを使役する方が現れるまでで構いません。どうしても必要なのです」
わかりました。ならば力を貸しましょう――
「水の精霊ウンディーネ、どうか私にあなたを制御する力と契約を!」
水辺に映る者達を見つめながら、フィニアは叫んだ。
フウラの言葉によって、精霊の力が外へと拡散されようとした直後、一つへと集約される。
力を解放するために、一度凝縮されたわけではない。
代わりに体内から、力が急速に抜けていく感覚がある。
力が吸い取られるという感覚。それはフィニアによって水の精霊長の力が制御され、支配されたということである。
水の精霊が繋いでいた精神世界から爪弾きにされ、フウラの意識はナリスが横たわる神殿にある肉体へと戻っていた。
フウラは脱力し、唇をわななかせ、唖然としたように目を見開く。
「……どうして。私は巫女なのに、どうして彼女を選ぶの。一時的にしろ、彼女の方が私よりも意思の力が勝ったというの」
信じられない、信じたくはない。
けれど現実としてフウラの意識が跳ね除けられてしまったことに、かすれ声で呟いた。




