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八回

〇二章,水の神殿/八回



 この日の晩、フィニアは星空の見える窓際へとやってきて、そっと空を見上げた。

 この場所は、以前ロマリエから教わった、空が見える数少ない場所だった。神殿に来て間もない頃、ふと空が恋しくなた時にここに来ては、気を紛らわせていたのだという。

 その話を聞いて以来、フィニアも利用させてもらっていた。

 とはいえ見張りなどといったものを除いて寝静まった神殿内において、用もなく動き回るのはあらぬ疑いをかけられる。

 心落ち着けたいときや、考えたいことがあるとき等に限った。

 フィニアは小さくため息をついた。

 胸の奥で、わずかな痛みとわだかまりが落し蓋をしたかのように燻っている。

 これは囚われの身だった頃のものとは違っている。

 ややあって、足音が近づいてくるのに気がつき、そちらへと目を向ける。そこにはフウラの姿があった。

 思わぬ人物に、フィニアは思わず目を丸くした。

 その様がおかしかったのか、フウラは微笑した。


「ここでなにをしているの?」


 フウラの問いに、とっさに言葉が出なかった。

 いくら神殿内とはいえ、巫女としての立場上、友を一人として連れていないことに戸惑いを覚えたためである。


「どうして一人でいるのか、不思議に思っているんでしょう。私だって一人になりたいときはあるのよ」


 困惑が表情に表れていたのか、フィニアの疑問に少し怒ったような、拗ねたような口振りで顔を近づけた。

 だがすぐ様、どこかおどけた子供のような笑みを浮かべた。


「なんてね。一人になりたい時があるのは本当だけど、一番の理由は貴女と話がしたかったからなの。だから無理言って、一人にしてもらったの」


「私と、ですか?」


 フウラが神殿の外から来た妖精達から、様々な話を聞きたがり、実行に移していることは知っていた。

 ただこのような形で訪ねてこようとは思いもよらなかったため、逆に驚きを隠せなかった。

 嘘ではないのだというように、フウラはフィニアをまっすぐ見上げている。

 そうでなければ、このような夜分に一人でやってくる理由はないように思われた。


「私でお話しできることであれば、ぜひ」


 言うと、フウラは素直に嬉しさを前面に押し出した。


「ありがとう、それじゃあ遠慮なく。貴女は、人とハーフのことをどう思っているの?」


 無邪気に問うフウラに、質問の意図を掴みかね、フィニアは困惑を浮かべながら言葉を詰まらせた。

 なぜなら聞かずとも、現在の妖精達の人やハーフに対しての認識は揺るぎないものが多い。

 それを改めて、しかも巫女である彼女が口にするということに、なにかしらの含みがあるのではと勘ぐらずにはいられない。

 問いに無言でいるというのは失礼に値するのだが、フウラは機嫌を悪くするどころか満足そうに頷いた。


「やはり貴女は、他の方々とは違うみたいね。ほとんどが人やハーフに対する嫌悪や恨み言ばかりだもの」


「では先程の質問は……」


「貴女を試させてもらったの。ごめんなさいね」


 言いながらも、フウラに悪びれた様子は微塵もない。


「なぜそのようなことを」


「なぜって、それは人とハーフが本当に皆が言うように嫌悪の対象なのか疑問になったからよ」


 よくぞ聞いてくれましたというように、フウラは言葉に力を入れた。


「貴女は以前面会したとき、あきらかに連れのハーフを心配する素振りをみせていたでしょう。その時、貴方は他の方々とは考え方が違う。この方の話を聞いてみたいと思ったの」


 本当はルアス本人と話をしたかったのだが、立場上の関係もあり、執拗に諭され止められたのだと残念そうにぼやいた。

 それを聞いてなお、聞いたからこそフィニアは困惑と戸惑いを隠しきれずにいた。

 彼女の欲求が純粋な興味本位からなのか、今後のなにかにおいて決定する上でのものなのか、判断がつきかねていたのである。

 なぜなら初めてルアスを見たときの蔑み、見下していた表情を目の当たりにしていた。

 それが素直に応じることができない理由だった。


「フウラ様も、他の方々と同様に人やハーフを嫌っているのではないのですか」


「……正直言うと、自分でもわからないの」


「わからない?」


「そう、皆からは人がどれだけ残虐で非道な行ないをしてきたのかを聞かされてきた。私も、てっきりそうだと思い込んでいた」


 フウラは僅かにためらいの表情を浮かべ、天井を見上げた。視線の先に、遠くに想いを馳せているかのようだった。


「でもね……だったらどうして、こんな世の中になる前に誰も気づかなかったのかしら。どうして人と妖精との間に子供を授かったのかしらって疑問も浮かんできたの。そんなとき、この神殿で、大けがをした人を隠れて開放していた妖精がいたの。とても衝撃だった」


 フロリスミア達だと、フィニアはとっさに思い至った。

 まさかフィニア達が二人に出会っていたことなど露知らず、フウラは話を続けた。

 人は非道な存在でなかったのか。ならばなぜ、命を救うことをしたのか。

 無数の疑問が頭の中を駆け巡る中、周囲の者達は介抱した同胞を責め立てた。


 けれど介抱していた女の妖精は悪びれることも、臆することもなく、彼等を睨みつけながら言い放った。

 この人を愛したからだ。人や妖精など関係ない。この人を大切に思うからだ、と。

 よくよく話を聞けば、お腹には子供を宿しているという。

 皆はそれぞれ罵りながら嫌悪の悲鳴を上げ、二人を亡き者にしようとする声をなんとか抑え込み、追放という形で神殿から追い出すことにした。


 けれどフウラは逆に、人やハーフは本当に悪魔のような存在なのかという疑問がより明確なものとなった。

 人という存在を、フウラは話でしか知らない。神殿での、巫女としての生活しか知らない。

 知らないからこそ聞きたくなり、外の世界に足を向け、自分の目で、耳で、足で、外の世界を見て回りたい。以前から心の奥底にあった思いが、より一層強く胸の内を駆け巡った。

 この神殿に祭られている精霊長を守るという、代々の巫女や御子としての役目。

 魔物や人の手から逃げ延び、この神殿に救いを求めて移住する者達を守るという役目。

 神殿の長という役割を他の誰かに押しつけて、見捨てるようなことして、新天地へ赴くことなどできなかった。

 たとえナリスに、神殿の外を見て回りたいという願望を口にしていたとしても。


「二人が追放されたのと入れ替わりに、ハーフを連れた貴女方がやってきた。しかも貴女は、ハーフに対して悪感情を抱いているようには見えなかった」


 だからこそこうして、別の視点を持つフィニアと話をしたかったのだと、目をそらさずに切々と訴えた。

 フウラの眼差しには淀みがなく、むしろ真摯さが伺えた。

 外の世界を知らないがゆえのまっすぐな無邪気さが、今のフウラを形作っているのかもしれない。

 まっすぐにぶつけてくる感情を、嘘だとは思いたくはない。

 お前はお前のままでいいと告げたシェイドの言葉が脳裏をよぎる。

 このようなときのために放ったのではないのだろう。

 けれど下手に取りつくり、疑うことはしたくはない。以前のように人と妖精が共に歩める未来を求める一人として、彼女の真白な無邪気さに希望を持ちたい。

 そのためには自分の言葉で感じたままに伝えようと、フィニアは言葉を紡ぎ始めた。


「十七年前共に歩んできた人々は、とあるキッカケから私達を襲いました。当時は人間の友人やその家族でさえ、信頼できなくなるほどに。けれど両者の関係が悪化した今も、手を取り合い、共に歩もうとしている方々がいるのも事実なんです……」


 十数年間囚われの身だったことまで伝えることはできなかったが、フィニアはこれまで見てきた人々のことを語り始めた。

 その言葉一つ一つに、フウラは耳を傾けている。

 彼女の様を見やりながら、どうかこの先も多くの人達の言葉に耳を傾け、公平さを養ってほしいとフィニアは切に願った。


 二人の言葉を、姿を隠すような形でナリスは聞いていた。

 来るなと言われていたため、知られれば叱責は免れない。フィニアは一見害は少なそうだと感じてはいたが、用心のためだった。

 なぜなら彼女の影には、エルフの青年の姿が見え隠れしている。

 妖魔の言伝、シェイドの計り知れないなにか。一見辻褄が合っているようだが、拭いきれない違和感があった。


「ナリス様」


 廊下の影から、ミルナが静かに現れた。表情は硬く、口元はきつく結ばれている。

 ナリスはミルナに、シェイドの動向を見張らせていた。

 彼がここに来たということは、なにかしら動きがあったのだろうと察し、先を促すために頷いた。

 それと悟ったのか、ミルナはわずかにこうべを垂れた。


「あの男は、なかなか部屋に戻ってこぬ女の身を案じ、警備の者達に尋ねまわっているとのことです」


「もし妖魔の話が本当であるなら、そうすることで警備の配置を探っているのだろう」


 いくら神殿内とはいえ、深夜帯まで女戻ってこないとなれば、心配になるという心理を突いたのだろう。

 二人が実際どういった連れ添いであるかは別にして、男が女を案じて探し回るという構図に、違和感を抱く者はほとんどいないだろう。


「ウンディーネ様を狙っているという話を聞いていなければ、私たちも疑いはしなかったでしょうね」


「そうだな。だが、純粋に身を案じてという可能性は大いにある。とはいえ、この機を利用しない手はない」


「……では、彼らを餌に実行に移すのですね」


 これから起こりうる、神殿を騒がす騒動に表情を強張らせながらも、ミルナは決意の込めた表情を浮かべた。覚悟は、いくらでもできているのだと言うかのように。

 ナリスも、それに応じるようにミルナを見やった。


「改めてお前に伝言を伝える。彼らもウンディーネもくれてやろう。しかしそのタイミングは、こちらにまかせてもらう。でなければ応じられない、とな」


 厳かに言い放つナリスに、ミルナは深々と頭を垂れた。



 約一月ほど経つとルアス達は神殿内の構造を、ある程度知ることができた。

 すべてではないのは、広大な敷地と部屋数、警備によって思うようにはかどらなかったためである。

 正門の階が一階で、主に大広間が見渡せる。二階にはフウラが使っている巫女専用の部屋と、会議かなにかに使われる広間がある。地上に現れているのは、その二階だけだった。


 他の階は、外から見てもわかるように水中へと伸びている。そこかしこに用水路が行き渡っているため、常に可動させるには好都合なようだ。

 元々は水の加護を得ることから始まっていたに違いないが、いつの頃からか徐々に変化していったのだろう。

 神殿内の定められた区域には土が敷かれ、ほとんどの食料は栽培されている。

 いつ魔物や妖魔が襲ってくるのかわからない中、無闇に食料を求めて神殿を離れるわけにはいかず、考えついた策なのだという。


 祭壇は更にその下、最も深い場所に位置していた。

 魔物による侵略はあったが、水の神殿には大きな混乱はなく過ぎていく。祭壇に近づくことができないまま、日々が通り過ぎていくのではないかと思い始めた頃。


「敵襲だ! 空と地上の両方から魔物の軍勢が来たぞ!」


 知らせが入るや皆々の表情に緊張が走り、剣や弓等を手に立ち上がる。

 人間よりも軽装なのは、魔法に頼る部分があるからなのだろう。あらかじめ配置された場所は決まっているために、彼等は整然と動き出す。


 ルアス達も立ち上がると、フウラの下へと足早に駆けていく。立場的には客人である。

 元々神殿に住む彼等のように、警備の割り当てなど無きに等しい。

 水の神殿の最高責任者である、巫女フウラに手を貸すフリをして状況を聞き出し、あわよくば祭壇へと入り込む手筈だった。

 滞在している間に、少なからず魔物撃退に貢献していたために、ある程度の信頼は得ていた。指揮を仰ぎに行ったところで、訝しむ者はほとんどいない。

 やがて個室へと行き着くと、ちょうど良くフウラが出てくるところだった。

 フウラはルアス達に気がつき、緊迫した面持ちを向けた。


「戦況はどうなっていますか」


「どうやら今回はこの一月とは違い、妖魔の一人が統率しているようです」


「俺達にできることは?」


「貴方方は客人です。危険な場所を担当していただくわけにはいきません。……そうですね、祭壇付近の警備をお願いできますか」


 フィニア、シェイドと入れ替わり立ち代り問うと、フウラは穏やかな微笑を滲ませた。そのことに面食らったのはルアス達のほうである。


「本当に良いのですか。私達は同じ妖精の身であるとはいえ、一介の旅人なのですよ」


 混血児であるルアスも連れている。そんな相手を信頼して任せて良いものかと、躊躇いがちにフィニアは問うた。

 フウラは先程の笑みを浮かべたまま、頭を左右に振った。


「いいえ、その逆です。私達はウンディーネと祭壇を守るべく戦っています。もっとも危険な場所ですが、ある意味一番安全な場所とも言えます。そこに居さえすれば安全は保障されるでしょう。どうか祭壇を宜しくお願い致します」


 深々と頭を下げると、警備の者達に誘われていく。おそらく指揮を取るためなのだろう。祭壇がもっとも安全な場所ともいえるのであれば、最高責任者であるフウラが行かぬはずはないのである。


「行くぞ」


 短く促すと、シェイドは先陣を切って駆け出した。心なしか表情は険しく、足取りも早く感じられた。

 置いていかれないようにと、ルアス達は後を追った。同時に常とは微かに違うシェイドに、眉をひそめた。


「どうしたんだよ」


 シェイドは無言で先を睨みつけるように見据え、突き進んでいく。やがてすれ違う妖精達の姿が、まばらになり始めた頃。


「早くウンディーネの協力を仰ぎ、ここから出た方が良さそうだ」


「どうかしたのですか」


「奴等はこの神殿に永住させるために名誉ある仕事を押しつけるつもりか、または俺達の思惑に気づいているのかもしれないということだ」


 少しでも急いだ方が良いと促すシェイドの足取りは、なおも早くなる。

 シェイドの疑惑に満ちた言葉に、まさかとは思うものの、もしやとも思う。フウラの態度にルアス達も少なからず疑問が湧き出していた。ともあれようやく巡ってきた好機でもある。行かないわけにはいかなかった。


 祭壇の入り口に辿り着くと、警備の者達が敷き詰めるように幾人も立ちはだかっていた。

 ルアス達が歩み寄ると、神経質になっているためか鋭く睨みすえた。歩み寄る三人の影が、それと知れると警備の者は表情を綻ばせる。


「あんた達か。フウラ様に、ここの警備を任されたのか」


「そうだ。それと伝言も頼まれている。妖魔の指揮する魔物の軍勢に押し切られ、神殿入り口付近では苦戦しているらしい。人手不足らしく、三分の二を回してほしいのだそうだ」


 シェイドの機転にルアスは驚いたが、すぐにそれを押し隠す。

 警備の者達は話を聞くや、ルアス達の表情に気づくことなく怒りをみなぎらせている。


「ようしわかった。伝言感謝する」


 祭壇警備の責任者らしいホビット族の青年は一礼すると、早速班分けに取り掛かる。

 終えると号令の下に、神殿入り口付近への援軍を命じた。

 残ったのは警備責任者のホビット族の青年一人と、ルアス達三人、他に十人足らずの者達である。


 人数を確認するとシェイドは示唆するような視線を送り、ルアスとフィニアは小さく頷いて応じた。

 僅かな視線が絡み終えると、シェイドは囁くように早口で呪文を唱えていく。

 フィニアは祭壇担当の責任者であるホビット族の青年へと歩み寄り、ルアスも付き従った。


「あの、すみませんが折り入ってお話したいことがあるのです」


「なんだ」


 このようなときに話すようなことなのかと言うように、ホビットの青年は眉をひそめた。


「それは……。これからすることを許してほしいとは言いません。ですが危害を加えるようなことは、誓って致しません」


 心底丁重に詫びるフィニアに、なんのことを言っているのかわからないといった表情へと変貌した。

 その隙を狙い、ルアスは鞘のついたままの剣をホビット族の青年の後頭部へと叩きつけた。渾身の力を込めなかったのは配慮である。

 祭壇に残っていた警備の者達数名は、驚いてルアス達を見やる。何事かと詰め寄ろうとしているのは、至極当然のこと。


「お前等、一体なにを……」


「闇の精霊よ、彼の者達に混乱の幻視を与えよ!」


 ルアス達に制止の手が伸びるより早く、シェイドは視覚から直接脳に幻を見せる魔法を使った。

 闇の精霊は名の如く闇を司るが、他に恐怖をも司る精霊でもあった。

 少なからず精神にも影響を及ぼすことができる。

 けれど目的は彼等の精神崩壊ではないために比較的症状が軽く、短時間しか効果はない。それでも少しの間、目を向けさせないようにするには充分だった。


「今のうちだ」


 警備の者達が、自分達以外の物事に注意を払えないでいる様を確認すると、急かした。

 ルアスは頷くと祭壇の前に駆け寄り、心の内でアーサーに呼びかけた。

 けれどアーサーからの返答はまったくない。

 ウンディーネの奉られた祭壇へと来たなら、多少なりとも反応があると思っていただけに落胆は大きい。

 ルアスは目を伏せ、色濃い陰影が浮き彫りになる。下唇を噛み、必死になにかを堪えていた。


「次は私の番ですね」


「フィニア!」


 その身に精霊の長として数えられるウンディーネを呼び出せばならないことを改めて再確認し、不安げに見上げた。

 するとフィニアは緩やかに笑んだ。


「以前も言いましたが、これは私の覚悟です」


 揺るぎない眼差しを見せられては、二の句が継げない。祭壇の前に跪く背中を追うことしかできない。

 シェイドもルアスの後ろで、感情を窺わせることなく見据えている。

 代わりのように、拳は強く握られていた。


「水の精霊ウンディーネ、我の呼びかけに応じ、姿をお見せ下さい」


 ルアス達に見守られながら、フィニアは何度も詠唱し、呼びかける。

 応じる兆候は見られるものの、ウンディーネが姿を現す気配はまるで感じられない。

 諦めることなくフィニアは詠唱を試みる。額には大粒の汗が沸き立ち、滴り落ちて地面を濡らす。

 己の力量以上の存在を召喚しようとしているために、その身に掛かる負担は相当なものなのだろう。

 目も当てられない、けれど逸らすことのできない姿に、ルアスは黙って見ていることしかできない。それが歯痒く悔しい。手助けできるだけの力を持ち合わせていないことを切実に思い知らされる。


「お願いです。姿を現して、話を聞いてください。力を貸してください。私達にはあなたの力が必要なのです!」


 肩で息を吐きながらの呼びかけは、もはや懇願に近かった。

 フィニアの願いが聞き届けられたのか、水の渦が頭上に現れ、やがては人の姿を成していく。

 精霊に性別などない。けれど紛れもなく女性の姿を形作っていく。


『私を呼び出し、叶えたいとする貴女の望みはなんですか』


「私の、望みは……」


「貴様達、なにをしている!」


 ウンディーネが問い、フィニアが応じようとしたのだが、疲労のためか力なく倒れ込む。

 神殿入り口へと赴き、要請した覚えがないことを知らされると、幾人かを残して戻ってきた警備の者達が驚き、声を張り上げたのとはほぼ同時だった。

 フィニアが意識を失うと、ウンディーネは水の膜となって彼女を包み、体内へと入り込むように消え去った。


「一体どうなって……」


 いつも見る精霊の消え方とは明らかに違うため、呟くルアス達。

 常時とは異なるためか、フィニアは小さく唸りながら荒い息を吐いている。

 見るからに苦しそうだ。


 疑問はさておき駆け寄ろうとするルアスへと、ホビット族の責任者の青年が剣先を首下へと突きつけていた。

 フィニアに目を奪われている間に、意識を取り戻していたのである。

 フィニアを取り巻いていた不思議な現象に呆然としていた警備の者達は、青年の行動により我を取り戻した。

 即座にルアス達を取り囲む。

 多勢に無勢であり、人間とは違い魔法を扱う者の方が大半であるために思うように身動きが取れない。警備の者の数人がフィニアへ足を運んだ。


「おい、フィニアになにかしてみろ。俺が許さないからな!」


 噛みつくルアスへと、警備の一人が斧の柄で思い切り打ちつけた。衝撃で地面に叩きつけられる。


「暫く黙っていろ、混血児風情が。で、どうなんだ」


 ルアスを問答無用で黙らせると、フィニアに手をかざして調べている警備の男へと訊ねた。

 問われた男は一度口を固く結んだあと、言葉を紡ぐ。


「この娘の中に、ウンディーネが留まっている。召喚して願いを言わずにいたからなのだろうが、無理に引き剥がせば行き場を失って暴走するかもしれん」


 断言ではなく憶測なのは、このような状況は稀なためなのだろう。


「とにかくこの娘は隔離し、フウラ様にお伺いするのが一番だろうな」


 男の提案に、他の警備の者達は一同に頷いた。


「ではこいつらは、この場で殺すか」


「ここは祭壇だ。血で穢すわけにはいかないだろう。それにだ、妖魔達となんらかの繋がりがあるかもしれない。話を聞く価値はある」


 警備責任者であるホビット族の青年は、ルアス達を睨み据えながら、血気盛んな警備の者を窘めた。


「フィニア!」


 ルアスは強引に連れて行かれながら、苦しそうに身悶えしているフィニアへとしきりに叫んだ。

 今は暴れるときではないと腹を括ったのだろう。シェイドは無言のまま、静かに従っている。


 やがて連れられた先は地下空洞であり、魔法により天井から伸びている蔓や根に植物の成長を促進させ、強度を高め、檻を作ってルアス達を閉じ込めたのである。

 最後に風の精霊により、もう一つの魔法をかけた。

 にわかにそよ風が通り過ぎただけであったため、ルアスにはそれがなんの魔法かわからなかった。


 けれど次の言葉によって、すぐに知れる。


「貴様等の声は風の精霊の導きにより、俺達に筒抜けだ。どんな行動を取っても、すぐに知れる。できないと思うが、簡単に抜け出せると思うなよ」


 警備の者達は吐き捨てると、即座にその場を後にした。

 いまだに妖魔の引き連れた軍勢とは戦闘中。

 間もなく、遠くから近くから喧騒や地響きがし、小刻みに地面が揺れる。


「……くしょう。ちくしょう!」


 ルアスはなにもできない己自身と、望むままに突き進ませてはくれない周りへと、咆哮を上げた。



 こうして檻に閉じ込められてから二週間が経ち、現在に至る。

 フウラ自身はけして来ることはなく、代役として側近の者が訪れただけである。

 それもただの一度、簡単な質問をして去っていった。

 以来食事が運ばれてくることもない。

 ではどうしているのかというと、檻となっている蔦には果物や木の実といった果物のものもある。魔法によって成長を促進させているために、日に二回はるために空腹には事欠かなかった。


 反面、剣で蔓を切りつけても、すべて切り落とす前に、そこから新しく蔓が延びて修復していくのである。

 呼んでも答えてはくれず、檻から出て対面したくともできない。話をしたくとも、できない状態だった。どこまでも一方通行である。


 フィニアは己の覚悟を持って立ち向かおうとした。挑んでいった。

 ルアスも躊躇っているときではない。相応の覚悟を持って炎を使い、この場を抜け出し、救出に向かいたい。

 けれどポーアやルティアーナの最期を必然的に思い出し、心が挫けてしまう。今回もあのようなことになってしまったらと考えると、恐怖せずにはいられない。

 そもそも炎を自分の思い通りに扱えるかどうかさえ、わからない。それでもやらねばと思うのだが、それ以前に覚悟や勇気といった炎が奮い立ってはくれなかった。


(せっかく心得を教えてもらえたのに。俺の覚悟は……)


 ルアスは心の内で独語した。

 シェイドは遠巻きに彼を一瞥したのち、若干顔を伏せる。組んだ腕を掴む手に、僅かに力がこもる。

 口には出さず、一見平然としているかのようだが、フィニアの身を案じ、焦りを覚えていた。

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