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二回

 シェイドが情報収集に、フィニアがルアスを捜している最中。ルアスは街中を歩き回る。


「帰りたくないな」


 自然と口から零れ落ちた。

 傍から見てもわかるほどに気を使うフィニアと、必要なとき以外はほとんど会話を交わすこともなくなったシェイドと、顔を合わせることが苦痛だった。


 二人がいつかルアスの下を去ってしまうという夢。

 ただの夢に違いないのに、そのことも重たく圧し掛かる。

 フォルシスへとぶつけた言葉も、うしろめたさや罪悪感という無数の針となって胸に突き刺さり、宿泊地から足を遠のかせる。

 心境とは裏腹の、眩しいほどの日差しが痛かった。


「今日一日くらい帰らなくても、別に良いよね」


 そうすればフィニアもシェイドも気を使うことなく、安らぐことができるだろう。

 フォルシスもあんなに怒っていたのだから、今は顔も見たくないに違いない。


「ルアスさん」


 ふいに声を掛けられ、ルアスは後ろを振り向いた。

 視線の先には、フィニアがいた。ルアスは即座に視線を逸らし、全力疾走で逃げ出した。


「ルアスさん、待って!」


 逃げ出されるとは思ってもみなかったフィニアは数瞬遅れをとり、追いかける。

 人の間をすり抜け、街道を走っていたが、このままではフィニアの執拗な追尾を撒けないと感じたルアスは、辺りを見渡した。

 右には大人の膝程の茂みがあり、その向こうには雑木が疎らにある。

 左には建造物が所狭しと立ち並び、その間に、人一人がやっと通れるほどの細い隙間があった。

 それらに視線を走らせたあと、急旋回し、フィニアへと駆け出した。

 真横に来たとき、頭に巻いてあるパンダナに手を掛けて引っ張った。

 パンダナが緩まり、外れそうになる。

 妖精だと一目でわかる、鋭角に尖った耳があらわになってしまいそうになり、フィニアは即座にパンダナへと手を伸ばし、巻き直す。


 彼女が気を取られている間に、ルアスは茂みの中へと飛び込んだ。

 パンダナを直し終えたフィニアが辺りを見回した頃には、ルアスの姿はなかった。


「ルアスさん……」


 フィニアは自分の不甲斐なさが込み上げ、寂しげに目を伏せた。

 やはり力になれないのだろうか。

 そもそも立ち直るキッカケを、ほんの少しでも手助けしたいと思うこと自体、おこがましいのかもしれない。

 けれどここでやめてしまっては何も変わらないと気持ちを奮い立たせ、捜索を再開した。


 ルアスは茂みの中で、フィニアが立ち去っていく姿を見つめていた。

 徐々に遠のいていく姿に安堵する。どうやら気づいていないようだ。

 だがフィニアが捜すのを諦めたとは思えない。

 街中にいては、きっとまた見つかってしまうと思い、木々の中へと見を潜ませながら奥深くへと入っていく。


 ここは人間の街だ。フィニアやシェイドは迂闊に魔法を使えない。

 かといって人気のないところで使うにしても、彼等の姿は目立ちすぎる。

 不審に思われてしまうだろう。一時的に身を隠すなら、ここが一番だ。


 思いながら奥深くへ行くたびに、木々や茂みが鬱蒼としていることにも目をくれず、突き進む。

 ややあって一つの人影が、同じ方向へと突き進んでいる姿が目についた。

 ある程度離れているため、相手は気づいていない。

 フィニアに勘づかれ、捜しに来たのだろうかと思い、木の陰に隠れて覗き見る。


 人物はフィニアではなく、中肉中背の中年男だった。

 男には見憶えがあった。フォルシスの父、グレナス=ライアである。

 膨れ上がった鞄を、苦にせず背負い込んでいる。

 周りに目もくれずに突き進む姿に不自然さを感じ、ルアスは声を掛けるのを躊躇った。

 だがこんなところでなにをしているのか、どこへ向かおうとしているのかが気になり、できる限り気配を消し、足音を忍ばせながら着いて行くことにした。


 グレナスが立ち止まる。

 ほんの五、六分程度の距離だったが、見つからぬように神経を削っていたため、倍以上の時間が掛かってしまったように感じられた。

 グレナスが立ち止まった先には、一軒の木造小屋があった。

 グレナスは辺りを見渡したため、ルアスは急いで木の陰に隠れた。

 辺りに誰もいないことを確かめると、自分が入り込めるだけの扉を開け、もう一度辺りを警戒しながら滑り込むようにして小屋の中へと入っていく。


 見届けたあとルアスは静かに扉へと近づき、耳を押しつけた。

 話し声が聞こえる。だが囁くような声と扉に遮られているためとで、よく聞こえない。

 仕方なく他の場所へ回りこみ、窓を探す。すると難なく窓は見つかった。

 窓へと近づくと、中を覗き見る。光景を見るや、心臓が飛び跳ねるかのように驚いた。


 そこには傷を負っている一組の男女がいた。

 グレナスは青年と話しながら、傷の手当てをしている。

 二人の男女は体中酷い裂傷だらけだが、話を出来る分、青年のほうが軽いようだ。

 しかし本当に驚いたのは、それではない。

 傷の比較的軽い青年は人間で、女は妖精だった。種族は浅黒い肌が特徴的な、ダークエルフである。

 それ以外は、よく目にするエルフと何ら変わりない。

 ルアスは彼等の姿を目の当たりにしたとき、身を隠すことを忘れてしまっていた。

 窓から差し込む光を遮る人影に、グレナスは緊張感を満面に顔を上げた。


「ルアス君……」


 見つかったのが街の住人ではなく、同じ旅人であるルアスであることに安堵したのだろう。

 だがそれでも知れてしまったことは複雑なようで、困惑した表情を覗かせている。

 だがこのままではいけないと思ったのか、グレナスは窓を開けて中へ入るよう促した。


 それによって隠れることすら忘れ、窓辺に立ちっていることに、ルアスはようやく気がついた。

 傷を負っているとはいえ、青年はともかく妖精の女を介抱している姿が、それほどまでに衝撃的だった。

 つい先日、半分とはいえ妖精の血を受け継いでいるポーアが、純血の妖精、しかも母親の手によって刺されてしまった場面を見たばかりである。

 すぐには動けなかったルアスだったが、再度中に入るよう促されたために扉へと回り入っていく。

 中に入ると、怯えと疑心の青年の眼差しが注がれる。

 衆目に引きずり出され、行き場のなくなった罪人のような気分に襲われた。


「グレナスさん、一体なにをしているんですか」


 黙々と手当てをするグレナスに問い掛けたのは、ルアスが小屋の中へ入ってから数刻のことである。


「見ての通りだと思うがね」


「それはわかります。問題なのはどうして妖精を匿って、傷の手当てをしているのかということです。それにフォルシスは、このことを知ってるんですか」


 手を休めずに介抱を続けるグレナスに、ルアスは訳がわからないというように詰問する。

 人間と妖精はサフィニア戦争以後、現在に至るまで紛争を繰り返し、いまだ現在進行形なのである。それほどまでに双方の間柄は悪い。むしろ悪化する一方だ。


 けれどグレナスは同じ人間である青年だけではなく、妖精の女までも介抱している。

 ポーア達の集落での出来事が思い起こされ、グレナスの行動が奇異に移ってしまう。


「フォルシスは知らんよ。これは私の独断だ」


「どうして!」


「息子は妖精を嫌っている。けれど私はそうではない」


 グレナスは振り返り、眼差しだけでいきり立つルアスに落ち着くよう促しながら語る。


「助けるのに、人間も妖精も関係あるのかね。私は、そうは思わない。とくに互いが互いの種族を庇い、やり直そうと行動する者達を放っておくことなど、なおさら私にはできない相談だ」


 どうして庇うのかと問うルアスに、グレナスは再び治療に戻り、語っていく。


「それってつまり……」


「俺達は、互いの紛争をなくしたい。人間だとか妖精だとか、そういうことは関係無しに、以前のように共に歩みたい。俺達は共にありたい、それが理由だから」


 けれど現実は甘くなく、彼女と共に命辛々逃げ出してきたのは良いが、今度はこの街の住人達に追い払われ、行き倒れていたところへグレナスに救われたのだという。

 青年は苦痛によって顔をしかめながら起き上がる。


「まだ起きてはいけない。横になっていたほうが良い」


 だが青年は首を横に振る。


「俺の方から話さなくては。その上でわかってもらわなくては」


 俺達はただ昔のように、共存して暮らせるようにしたいだけなんだ。

 そのために事情を説明して、できることなら協力してほしい。それが駄目なら、せめて見過ごしてほしいのだと続けた。


「リフティア」


 女は目が醒めたようで、力なく青年の名を呼び、心配そうな視線を向ける。

 リフティアと呼ばれた青年は、大丈夫だよというように微笑し、女の手を優しく握る。

 そしてルアスへと向き直った。



 今のご時世には珍しいほど大きい街のために、商店街にもそれなりに人だかりができていた。

 シェイドは道の両脇に立ち並ぶ商店の一つである、道具屋の前で足を止めていた。


「妖魔を捜しているだって」


 道具屋の店番である男は、カウンターから身を乗り出しそうな勢いで、シェイドの言葉を反芻した。


「ああ、そうだ。妖魔の情報を探している。ついでに水の神殿のことについてもだ」


「知ってどうするつもりなんだい、兄ちゃん」


「なあに。そいつらに野暮用があってね」


 シェイドは底光りするような眼光と、不敵な笑みを浮かべる。

 男はそれを仇討ちかなにかと受け取ったようで、仕方がないと言いたげに肩を竦めた。


「悪いが噂程度のことしか知らねえぜ」


 前置きする男に、シェイドは頷く。


「まずは水の神殿に関することだが、そこには妖精が住み着いている。これは確実なんだが、近くを通った奴の話に寄れば、地鳴りや地震、とんでもねえ数の光りが、ドンパチやっていやがったんだとよ」


 それを見たそいつは恐ろしくなって逃げ出したそうだと、男は付け加えた。


「きっと妖精達が大量に魔物を創り出して、俺達を縛り上げようって腹に違いねえ。妖精と人間の男女が、水の神殿から来たのがいい証拠だ」


 男は徐々に感情が入っていき、声が高く荒くなっていく。

 シェイドはそんなことよりも、妖精と人間の男女が水の神殿からやってきた、という言葉に訝しげに眉をひそめた。


「人間と妖精が、水の神殿から来ただと?」


「ああそうさ、ちょうど三日前にな。だが妖精達も、それに加担する奴も、俺達にとっちゃ魔物と変わりゃしない。二度とこの街に入る気が起きないよう、叩きのめしてやったぜ」


 どんなもんだいと胸を反らせる男に、余計なことをと思いながらシェイドは会釈すらせず、その場を離れた。

 噂の真偽は別にしろ、人間と妖精の二人組みがやってきたとき、その場に居合わせなかったことが悔やまれた。


「ケティルさん」


 考え事をしていたシェイドのもとに、か細く呼びかけるフィニアの声が聞こえた。


「その様子だと、どうやらうまくいかなかったらしいな」


 隣にルアスはおらず、どことなく気落ちした様子から察するに、説得に失敗したのだろう。

 図星だったのだろう、フィニアは無言で僅かに俯いている。


「今回私はうまくいきませんでしたが、まだ諦めたつもりはありませんから」


 フィニアは一度や二度の失敗で放棄するつもりはないらしく、気落ちはしているものの意思は硬い。

 シェイドは呆れた様子で、横目で見やりながら小さいため息をついた。


「それよりも興味深い噂を聞いた。先にそちらを調べた方がいいだろう」


「噂ですか?」


 意味深に語るシェイドに、フィニアは首を傾げた。

 シェイドは水の神殿での目撃者の話、神殿から来たという人間と妖精との二人組みのことを、簡潔に説明した。


「前者はどこまで信用していいのかはわからんが、後者は目撃者が多い。おそらく本当だろう。もし手遅れでなければ、水の神殿の事を聞きたい」


「無事だと良いのですが……」


 手遅れというのは、もはや手の施しようがないほどの重症か、亡くなってしまったかのどちらかである。

 水の神殿や精霊の長はどうなっているのかという話を聞く、それ自体も大事だが、本来なら無用な命の遣り取りが行なわれ、灯火が消えてしまうのはあまりにも心が痛むのだろう。

 フィニアは沈痛な面持ちで呟いていた。


「まずはその二人組みが無事か否か。無事なら今どこにいるのか、だな。貴様がルアスを心配する分には別段止めはしない。だがそれにばかり、目を取られ過ぎるな」


 冷淡に言い放つシェイドに、納得できないながらも頭の下がる思いで聞いていた。



 青年は一度決意表明をしたものの、息を整え、再びルアスを見やる。


「最初、彼女に助けられたのは俺の方でした」


 水の神殿近くで魔物に襲われて怪我を負い、生き倒れていたところを妖精であるフロリスミアに助けられたことが始まりなのだという。

 月日が流れ、本来なら傷が治った時点で立ち去らねばならないのだが、いつしか二人は恋に落ち、離れるに離れられなくなっていた。

 一緒に外の世界に行こうというリフティアに、フロリスミアは着いて行きたい、けれど仲間達を裏切ってしまうのではないか、という二つの気持ちに苛まれて決断できずにいた。


 そんなときフロリスミアの行動と態度に不審を持った一人によって、人間を庇い、あまつさえ恋愛沙汰にまで陥っていることを知られて追い出された。

 妖魔の幾度もの襲撃もあり、皆の神経は昂っていたのだ。


「ちょっと待てよ、妖魔が水の神殿にいるのか! それにリフティアだけを追い出せばいい話だろ。二人一緒に追い出す必要なんてないじゃないか」


「それはできないんだ」


 僅かな沈黙の後、リフティアは返答した。ルアスは何故だと言いたげに睨みつける。


「赤ん坊がいるの」


 横たわり、話を聞くだけだったフロリスミアは、そっと腹部を押さえながら言葉を継いだ。

 無理をしてはいけないとリフティアが、優しくフロリスミアに語り掛ける。

 けれどフロリスミアは彼の手を握り締め、私にも言わせてほしいという眼差しを向ける。

 リフティアは彼女の意志が固いことを知り、息をつくと、微笑した。

 彼女も微笑を返すと、今度はルアスへと目を向けた。


「私達が共に逃げたのは、この子の未来を守るため。もう一度人間と妖精を、結びつけたるためよ」


 だからこそ無事に産んで、私達が巡りあい愛し合った結果がこの子なのだと呼びかけ、二つの種族がいがみ合い、罵り合うことをやめてほしい。

 この子が生きていけるように、私達が産み落とした混血児という存在が住みやすい世の中にもう一度戻したいのだと、何度か息をつきながら語るフロリスミアの眼差しは、慈しみと愛しさを伴なっていた。


 態度や眼差しだけで、その言葉が嘘偽りでないことがわかる。

 けれどルアスは視線を逸らす。彼女達から逸らした表情は、どことなく陰が差している。


「そんなことできるわけない。できるわけないよ……」


 リフティア達を直視できないまま、ルアスは消え入りそうな声で否定する。


「いくら説得したって、魔物がいる。人間が魔物を作り出したんだっていう非難の声もあるのに、そんな状態で子供を産んだって、絶対不幸になるだけだ!」


 ポーアのような末路など見たくないと思いながら、ルアスは頭を振った。


「できる、できないの問題じゃない」


 どうしても成し遂げなければならないことなんだ。

 俺達が招いた事態なのだからと、リフティアは続けた。


「それに私達は、魔王やそれに連なる者の到来など望んではいない」


「嘘だ!」


 リフティアの語を継ぐグレナスの言葉を、ルアスは真向から否定した。


「いくらそんな奇麗事言ったって、魔物達を呼んでなんかいないって言ったって、真実じゃないなんて言えるのかよ。本当にそうだっていう保障なんてあるのかよ!」


「ルアス君」


 グレナスは憤りを吐露するかのように語るルアスを、落ち着かせるつもりで声を掛けた。

 しかし思いのほか優しい彼の声を聞きながらも、ルアスは止められなかった。ポーアの出来事が、冷静さを欠かせていた。


「いくらそれが本当だったとしても、それが叶えられなかったら絶対…絶対不幸になる。ハーフの受ける扱いを知らないから、そんな夢物語が言えるんだ。そんな無責任なことが言えるんだ!」


 ポーアのような犠牲者や、それによって巻き込まれる者達の姿は、ルアスは二度と見たくない。

 だからこそ力強く否定する。


「あなたは、ハーフなのね」


 フロリスミアは反論するわけでも、非難するわけでもなく、優しさを称えた口調をルアスへと向けた。

 ルアスの表情は、まるで氷結魔法でも掛けられたかのように瞬時に固まり、強張らせている。


 リフティアとグレナスは、彼女の口から紡ぎ出された言葉に驚愕し、視線をルアスへと向けた。

 だが大半の者のように侮蔑や差別はない。

 現在いる場所が街中ではなく、二人しかいない人間が、妖精や混血児だからといって拒否を示す者達ではなかったということが、ルアスにとって幸いした。


 しかし正体が知れることは、恐怖そのものである。

 警戒心剥き出しの眼差しにとって変わると、フロリスミアを凝視した。

 それが能弁に、ルアスが混血児だということを告げている。

 視線を受け止めたフロリスミアは産まれ出る我が子への慈しみと愛しさと、同様の柔らかな笑みを微かに浮かべる。まるで、恐れないでと語りかけているようである。


「あなたの態度やオーラを見て、わかったわ。よほど辛い目にあってきたのね」


「お前なんかに、なにがわかる。知ったような口を利くなよ!」」


 眉を鋭角に吊り上げ、罵倒を吐きかけるルアスに、フロリスミアは講義の声を上げようとしたリフティアの手を強く握り締め、ここは任せてというような眼差しを向ける。

 感情的に納得いかない部分はあったが、フロリスミアの言葉なき抵抗により、一応収めた。

 しかし場合によっては、容赦はしないという視線をルアスに痛いほど叩きつける。


「さっきこの人が言っていたように、妖精と人間との仲を取り持つという行為は、できるできないの問題ではないの」


 リフティアが不本意ながらも身を引いてくれたことを見て取ると、ルアスへと話を続けた。

 ルアスは彼女を睨みつけていたが、逆らう様子はない。


 グレナスは、下手をすれば一触即発の彼等の様子を窺い、なにかあれば仲裁に入るつもりで、一歩引いて見守っている。


「仲を取り持つそのことは、戦争を引き起こしてしまった私達大人がしなくてはいけない義務なの」


「けど魔物はどうなる。俺は人間の心が魔王を創り上げ、魔物を蔓延はびこらせたって聞いたんだ」


「魔王や魔物を呼び出したのは、俺達じゃない」


 リフティアは間髪いれずに否定する。

 真摯な態度から、どうやら責任からの言い逃れではないようだ。


「妖精が呼び出したわけでもないわ。けれどお互いがお互いに、相手が魔王や魔物を創り出したと思ってる。私達人間と妖精が、もう一度やり直すために魔が邪魔なら、倒すことも辞さないわ」


 それが私達の責任だからと、過激なことを口にした。

 多くのことを話したためか、息が荒く、顔が青白い。

 決して軽くはない傷を負っているため、それは仕方のないことである。


 リフティアもグレナスも、もう充分だとフロリスミアを落ち着かせている。

 フロリスミアは、まだなにか話したそうにしていたが、そうするだけの体力がないために渋々勧めに従った。

 だが視線だけは俄然ルアスへと向けている。


 ルアスは避けるように、沈痛に顔を逸らした。

思い浮かぶのは、己やエルフォーネ、シンシアにポーアのことばかり。

 ハーフに対する周りの冷たい反応が嫌でも思い起こされ、ルアスの心を蝕んでいく。


「無理だよ。そんなの絶対無理に決まってる!」


 そんなことができるのなら、今頃どうにかなっているはずだと言いながら、ルアスは小屋を出ていった。


「……彼、大丈夫でしょうか。俺達のこと、言い触らしたりしませんよね」


 リフティアは、言わないで欲しいと望んでいる。

 この地を去るには、傷を負い過ぎている。

 なによりフロリスミアは、子供を身篭っている。

 無理はさせたくないという意味が、言葉の裏に込められていた。


「きっと大丈夫でしょう。あの子が本当にハーフなら、誰かに話して被る惨劇を知っているでしょうから」


 フロリスミアを心配そうに見やりながら、己達の身を案じるリフティアの心を落ち着かせるように、グレナスはできるだけ柔らかい口調で語った。



 ルアスは外れにあった小屋から出て行ったあと、人目を避けながら草むらから抜け出し、できるだけ先程のことを考えないように街道を歩いていた。

 足を、宿へと一直線に向かわせる。

 宿屋へと辿り着くと足早に、俯き加減にカウンター横を通り過ぎていくと、部屋へと一目散に向かっていく。

 フィニアは女のために一人部屋を借りているが、シェイドとは相部屋だった。


 しかし中に入ると誰もいなかった。ルアスにとって好都合である。

 ルアスはこれ以上堪え切れないというように、泣きたそうな表情でベッドの上に乱暴に横たわる。

 頭の中で、リフティアやフロリスミア達の言葉が思い起こされた。


 人間側も、妖精側も、魔物を呼び出していないなどとは信じられない。

 呼んでいないなら、なぜ魔物は生まれ、現存し、今も俺達を苦しめているというのか。

 人間と妖精の関係を、再び元に戻すと理想を掲げたところで、実行に移されなくては意味がない。


 思いながら、目をつむった。

 瞼の裏に、ポーアの最後の姿が否応なしに浮かぶ。

 二人の言葉に耳を傾けてしまったなら、ポーアの言葉を信じていないことになると感じ、素直に受け入れることができなかった。

 ポーアのことを思えばこそ、拒絶することしかできなかった。


 それでもしかし、と思う。


 魔王を倒し、妖魔を倒し、魔物を倒しさえすれば、本当に人間と妖精の仲が少しでも良くなるのだろうか。

 双方の間に産まれた混血児も、酷い目に合わされずにすむのだろうか。


「なあ、アーサー。もし魔王を倒せたら、本当に俺達は元通りになるのかな。すぐに元に戻るのは難しいかもしれないけど、それでも希望は持てるのかな」


 そうすればポーアのような子供はいなくなるのだろうか。


 彼等の言葉を受け入れたくないと思いながらも、心のどこかで期待している。

 ポーアだけではない。

 ルアス自身やエルフォーネ、姉のシンシアに、町で過ごした混血児達。

 まだ会ったことのない誰か。それらを守ることはできるのだろうか。


 思いながら言葉を発するルアスだったが、アーサーからの返答はない。


「なんだよ、どうして姿を現してくれないんだ。なにも言ってくれないんだよ」


 力を貸せと言ってきたくせに。ルアスは行き場のない憤りと、やるせなさの中で独語した。

 繰り返し、繰り返し、答えの見つからない問いを思い描く。考えずにはいられない。


 その度にルアスは、胸を締め付けられたかのように苦しかった。胸の中にある切なさ、辛さ、憤り、それを何処へと向けていいのかわからない。

 もどかしさから開放されたくて、ルアスはベッドから起き上がると再び街中へと向かった。


 もしもシェイドやフィニアに出会い、心中を察して問いかけられたなら、この想いを打ち明けようと密かに決意した。

 なんだっていい、なにかしら回答が欲しくてたまらなかった。

 そしてルアスは人の多い繁華街へと向かう途中の、住宅が多い場所を歩いていた。


「なに、まだ見つからないだと!」


 妙齢の男の怒声が響き渡る。何事だろうと、ルアスは視線を向けた。

 そこには威圧的な男と、怒鳴られて若干意気消沈気味の数人の男達がいた。


「仕方がないだろう。見つからないものは見つからないんだ」


「だがおかしいよな、こんなに捜して手掛かり一つ見つからないなんて」


「しかしいくら一人は妖精だからとはいえ、あれだけの傷を負わせたんだ。そんなに遠くへ行けるはずがない」


「そうは言うが、現に見つからないんだぞ。誰かが匿っているとしか考えられん」


「まさか。妖精は人間を一人連れているが、そいつが誰かに助けを求めたとしても、出所はすぐに知れるぞ」


「ではやはり死んだか」


「ならばなおのこと、死体すら見つからないのはおかしいだろう」


「骨は折れるが、もう一度調べなおすか。もし生きていたなら、妖精の逆襲は恐ろしいからな」


 人気のない場所で語り合う数人の男達の会話の内容は、偶然居合わせたルアスに衝撃を与えるのに充分だった。


 傷を負った妖精と人間。しかも妖精の方は、重度の傷を負っている。

 真相はどうあれ、町外れの小屋に匿われている、妖精と人間という一組の男女を知っている。

 彼等のことを思い出した瞬間、胸の中がざわついて落ち着かない。

 掻き乱されたように忙しない。もう一度人と妖精が共に暮らせる世界をと、溢れんばかりの優しさと慈しみで、腹部をさするフロリスミアの顔が離れない。


 なにをしているのだと問いたくなるほど、無意識に駆け出していた。

 十数分後、同じ道を通ってリフティア達がいる街外れの小屋へと辿り着き、息を上げつつ扉を開ける。

 そこにはいまだにグレナスがいた。

 二人の怪我の治療を終え、食事を与えていている姿があった。

 彼等が、ルアスが再び突如として現れたことに愕きを隠さず振り返る。


「なあ、あんた達。さっき言ったことは本当なのか」


「一体どうしたんだい、ルアス君」


 グレナスは手を止め、不躾に足を踏み鳴らしながら入り、質問するルアスを宥めようと歩み寄る。

 だがルアスは耳を貸さず、リフティア達を凝視する。


「そんな悠長なことは言ってられないんだ。人と妖精との仲を元通りにするって話、本気なのか」


 切羽詰っているためか、乱暴に見える、けれど純粋なまでの問いかけに、彼等は頷くような視線を向ける。

 数瞬、彼等の視線は交わったまま動かない。

 承諾したというように、先にルアスが視線を逸らす。


「俺と旅をしている奴は、回復ができるんだ。今すぐあんた達の傷の手当てを頼むから、それが終わったら、すぐにこの街から逃げるんだ」


「それは、どういうことなのかね」


 安静にしなければならないほどの傷を負っているために、まともに話す事さえままらない二人の代弁をするグレナスに、ルアスは視線を向けたかと思うと踵を返す。


「よく知らないけど街の人達が、あんた達を探してるんだ。もし見つかったら大変なことになる。だからその前に、どうしても意志を確認しておきたかったんだ」


「なぜ?」


 外へと繋がる扉を開けながら語るルアスに、フロリスミアはか細い声で訊ねた。

 背中へと向けられた問いに、ルアスはどう答えてよいものか、途端に考えあぐねる。

 そこまで深く考えての行動ではなかった。


「なんていうか、見てみたかったんだ。あんた達が本気で人と妖精との架け橋になるって言うんなら、どんなふうにしてそれをするのか」


 口に出してみて、ルアスはようやく合点がいった。

 この人達を助けることによって、成功してくれることを心のどこかで願っていたのだ。


 思い至ったルアスは、彼等と顔を合わせることに躊躇いを感じ、足早に小屋を飛び出し、駆けていく。

 路地と隣り合わせにある草むらから出る際、周りに注意と警戒心を注ぎ、大丈夫だと知ると急いで身を乗り出す。

 そのまま真直ぐに宿屋へと向かう。だがシェイドの姿も、フィニアの姿もなかった。フォルシスの姿さえも。それを確認するや、再び街中へと繰り出した。

 すると意外にも簡単に、フィニアの姿が見つかった。ルアスはフィニアの手を取ると、強引に引っ張り突き進む。


「どうしたのですか、ルアスさん」


 ルアスの突然の登場に、手を引かれて後を続くフィニアは、戸惑い困惑しながらも問い掛ける。


「どうしても会わせたい人達がいるんだ。今すぐに」


「会わせたい人達?」


 フィニアは再び訊ねるのだが、返答はしなかった。

 ルアスの厳しく前を見据える表情によって、訊ねることを一旦諦め、着いていくことを決めたらしい。若干顔が引き締まる。

 彼等の姿に気づいたシェイドは、ただならぬ二人の雰囲気に、鋭い目を更に細めた。

 シェイドとは違う場所で、小さく声を落として会話をしながらフィニアとルアスの姿を窺っている数人の人影があった。

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