九回
シェイドとフィニアは、いまだ執拗に追いかけられていた。
集落は狭く、ルアスの居る場所にも他の妖精達がいることなど容易に想像がつく。
いつまでも逃げることなどできはしない。このままルアスの下へと行けば、挟み撃ちにあうことは必至
である。
「一体どうしたらいいのでしょう」
しきりに背後が気になりながらのフィニアの発言だった。
できれば無意味な争い事は避けたいのが心情である。
後戻りなどできる段階ではないとは知りながら、それでもしきりに良策案がないか考えを巡らせる。
けれど妙案は見つからない。
「考えたところで無駄だ。この状況を丸く収める方法などありはしない。必要なことは、どうやって俺達
が、この集落から脱出できるかだけだ」
「それはそうですが……」
アーサーの姿を見失わないように見つめる中で、シェイドは感情の起伏なく、平静に言い放つ。
フィニアは沈痛な面持ちで顔を伏せる。
どんなに手遅れであっても、諍いを起こしたまま立ち去ることを由としない。
そうなったとしても相手を傷つけてしまいたくないのだろう。
それによって返ってくる痛みを、辛さを知っているから。
目を伏せるフィニアの目に、それに対する憂いや悲痛なまでの想いが見え隠れしている。
暫しそのままの状況で走り続けていたが、シェイドは突如振り返り、呪文を詠唱する。
「闇の精霊達よ、我が呼びかけに応えよ」
「ケティルさん!」
フィニアはシェイドが闇魔法の呪文を詠唱しはじめたことに驚きを示し、振り返ると制止にも似た声で
叫ぶ。
追ってくる彼等に危害を加えようとしているのだと思ったために、事実制止しようとしたのだろう。
二人を先導していたアーサーは語らずに振り返ると、シェイドの行動を見つめている。
「ありとあらゆる闇を終結させ、彼の者達の光を奪え」
言い終えると、シェイド達を追いかけていた彼等の周りをすっぽりと覆いつくせるほどの、大きな球体
の闇の塊が取り巻いていく。
彼等はシェイドの放った魔法によって一時的に目の前が闇に覆われ、なにも見ることができないでいる
。
なにが起こったのかわからず、彼等は混乱状態に陥っていた。
フィニアは安堵のために胸を撫で下ろしていた。
だがシェイドは、それに気づいた素振りさえ見せない。
逆に自分の意志でやったとでもいうような素振りを向ける。
「あれは……」
そんなときアーサーに引き連れられて向かっていた方角から、日が昇っているわけではないのに空が赤
く染まりだした。
目を向けるや、シェイドは思わず呟きを洩らす。
「まさか、ルアスさんが……」
フィニアも感づき、赤く染まっている方角を凝視した。
表情にはルアスの身の心配、これから起こることへの不安、不吉、そういった様々なものが混ざり合っ
ている。
空が赤く染まったのは、ルアスが炎を使ったのだろう。
むしろそれ以外考えられなかった。
いくら興奮状態とはいえ、彼等が魔法によって炎を舞い上がらせる行為をするはずがない。
炎を召還することを、妖精側は忌み嫌っている。
必要以上に形勢不利になってしまったことに、シェイドは苦々しく舌打ちする。
炎を使うまでは、彼等はまだハーフであるルアスを排除するだけであったために冷静さは残っていたも
のの、こうなってしまったら事情が変わる。
人間の血が色濃く、魔法を使うことができないというのに何故か炎だけを扱え、しかも精霊の力を借り
る約束事ともいえる呪文の詠唱なしとなれば容赦はしないだろう。
逆に考えれば、その一点以外に考えが及ばないかもしれない。妖精達にとってみれば、刃を向けた人間
の血を色濃く受け継ぎ、災いを成すとされる炎を使っている以上は。
そうなればルアスだけでなく、シェイド達の身も危険に晒されることになる。
「あの考えなしが!」
シェイドは苦虫を噛み潰したような表情で、赤く燃え上がっている方角へと再び走り出した。
*
その頃、ルアスを取り巻いていた炎は消えていた。
だが取り巻いていた炎が消えたのも、ポーア達の身を包んでいた火が消えたのも、すべてを焼き尽くし
てしまった後だった。
ルアスは人型としての原型を留めているだけの物体に成り果てたポーア達を見るや、呻きながら泣き崩
れた。
現実を拒むことを望んでいるのか、二人の惨劇を目前にしながら、目を逸らすかのように焦点があって
いない。
こんな終結、こんな結末、信じたくない、見たくないとでもいうように。
救うどころか、追い討ちをかけてしまった。
そのせいで二人を死なせてしまったということが情けなくて、とめどなく涙があふれ出る。
炎を収め、放心状態のように項垂れながら泣き崩れているルアスの様を、彼等は恐る恐る遠目に見つめ
ている。
だが暫く待っていても、一向に行動を起こそうとしないルアスに、一人の妖精が近寄っていき腕を取っ
た。それでもルアスは無反応だ。
その様を見た彼等はここぞとばかりにルアスに詰め寄っていき、思い思いの武器を一心不乱に向けてい
く。
もはや彼等の目にはルアスはただの混血児ではなく、災いを呼ぶ者として映っている。
一刻も早く始末をしなければという想いに駆られている。
彼等の矛先が目前に迫っているのだが、ルアスは放心状態のまま動こうとはしない。
彼等の武器がルアスへと触れんばかりにまで来たとき、それらが見えない壁に弾かれた。
同時に切り裂く風のような無数の矢が、彼等の間を縫うように吹き抜けていく。
致命傷には至らないまでも、無数の矢によって数多くの者が負傷した。
彼等はすぐ様無数の矢が飛んできた方角へと目をやると、漆黒の髪をした青年と、淡い金髪の女と、コ
ウモリのような羽をはためかせる白竜の姿を捉える。
「こいつの仲間だ。仲間が助けに来たぞ!」
「あいつらも殺せ。いくら同族とはいえ、炎を使うこいつに加担する奴等は生かしておけん!」
ルアスを殺すために取り囲んでいた彼等は、今度は向かい来る彼等との間に立ちはだかり、弓矢や魔法
をぶつけてきた。
すると黒髪の青年は小声でなにかを呟き、実体のないシールドを張り巡らせ、それを防いだ。
「やはりあいつらの様子は尋常ではないな」
舌打ちしながらシェイドは、厄介なことをしてくれたと呟いた。
もっとも起きて欲しくない予感が的中したことに、少なからず苛立っているようだ。
シェイドはフィニアへと、振り向かずに口を開く。
「俺が奴等の気を引いている間に、ルアスを連れ出せ」
それを聞くとフィニアは、わずかばかり前を走っているシェイドへと頷いた。
「風の精霊よ、わが意に応え、すべてを切り裂け」
シェイドは魔法の詠唱を行ない、風で作られた切り裂く刃を彼等に向けた。
今の彼等は正常さに欠け、しかも人数的にも上なため、生半可な魔法では窮地に陥る可能性が高いと感
じ、多人数に有効な風の魔法を繰り出すしかなかった。
地面を揺るがし足止めさせるという意味で大地の魔法を使うという手もあったが、辺りが闇に覆われて
おり、しかも逃げ道を確保すらしていないのでは、逆に逃げ道を失う可能性があった。
『では我も、あの者達の足止めに努めよう』
言うとアーサーは彼等のもとへと勢いよく飛んで行き、魔法は一切使わずに、羽と手足の爪だけを使い
、今にも魔法や飛び道具を繰り出そうとする者達へと攻撃した。
意外にも効をそうし、攻撃を目前に控えていた彼等は、それによって逸らされる。
その間にフィニアは、黒く焼け焦げた物体の前に座り込んでいるルアスへと駆け寄った。
なにか人の形をしているようだったが、フィニアは一刻も早くここから逃げ出さねばという思いに駆ら
れていて、なんであるかを考える余裕などない。
「ルアスさん、背中が酷い傷が……。すぐにでも、ここから逃げましょう」
フィニアはルアスの無事を確認し、背中に傷があることを見ると早速回復魔法をかけ、完全にではない
が、傷のほとんどは塞がった。
早速この場を離れようとルアスを促すが、返答はなにもない。指先を僅かにさえ動かさず、無言のまま
座り続けている。
「ルアスさん?」
いつもとは違うルアスの反応に、フィニアは一抹の不安が過ぎり、もう一度彼の名を呼んだ。
しかし同じように返答はなにもない。
「ルアスさん。しっかりして下さい、ルアスさん!」
今度は両肩を掴み、どこか叱咤するような口調で揺らした。
だがルアスの目は焦点が合っておらず、虚空を捕らえたまま放心状態である。
フィニアは幾度となくルアスに呼びかけるが、一向に変わり映えしない。それどころか気づいた様子さ
えない。
「なにをしている、早く行け!」
「それが、ルアスさんが放心状態に陥ってしまって……」
シェイドの叱咤が飛び込んできたが、フィニアは首を振りながら叫んだ。
シェイドは、ギリッと歯を噛み締める。
身を反転し、即刻ルアスの下へと駆け寄ると、思い切り頬を蹴飛ばした。
ルアスは直撃を受け、後ろに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
シェイドは身軽に走り寄り、襟首を掴んで引き寄せる。
ルアスは口の中が切れたようで、唇の端から血が流れている。
「なにをしているんだ貴様は。死にたいのか!」
腑抜け状態になっており、動こうとしないルアスにシェイドは激怒した。
こんなところでいつまでも、ハーフと妖精とのイザコザに巻き込まれていたくはない。
「……シェイド、フィニア」
ルアスは先程の強烈な蹴りで、ようやく目が醒めたのか、目の前にいる二人の名を呟いた。
「よし、すぐにここを立ち去るぞ」
ルアスが現実へと引き戻されたと知るや、シェイドは手を離し、周りへと視線を向けた。
一刻も早くこの場を離れ、集落から遠く離れねばならない。いつまでもここにいては危険だった。
気持ちが逸る中、シェイド達の目に、今にも魔法を繰り出そうとしている男の姿が映った。
「アース.ギムレット!」
男は咆哮のように叫ぶと、当たり全体の地形を変える程の大地の魔法を繰り出した。
それはあの妖魔、ガースが放ったものと同じものだった。
他の妖精達は、精霊力の流れをいち早く察知して遠く離れる者、シールドを張って実を守る体制を整え
ている者もいる。
だがルアス達は逃げ出す暇はなく、魔法を使って衝撃を減らすとしても詠唱に時間が掛かるため、それ
もできない。このとき彼等は勝利を確信し、笑みを浮かべる。
ルアス達は、こんなところで朽ち果てるのかという思いが頭を過ぎった。
だがこのとき風よりも早く白い物体がルアス達と、彼等の放った魔法との間に立ちはだかった。
白い物体が立ちはだかったと思った刹那、魔法とは違うシールドが衝突し、境目に火花のような光が飛
び散った。大地を抉り、突き立つような岩石が跳ね返され、押し戻される。
ルアス達を助けるために割って入った白い物体、白竜の姿に妖精達は色めき立った。
魔法を放った男は、信じられないというように腰を抜かした。
魔法とて万能ではない。魔法で攻撃を与えられれば、いかに身を守るシールドを張ったとしても、無傷
ではすまされない。
力の差が歴然としていれば話は別だが、威力がけして弱いわけではない大地の魔法を、いともあっさり
と跳ね除けられた。
いかに神の使いとされている白竜の姿をしているとはいえ、今の彼等にはアーサーは化け物にしか映ら
ない。
神の使いなら、災いを呼ぶとされる炎を使う少年を、その仲間をなぜ助けるのかが理解できずにいるよ
うだ。
目の前にいる、巨大な力を持つアーサーを味方に付けているルアス達に、今になって彼等は恐怖が込み
上げる。
だが彼等を竦ませるどころか、逆に拍車をかけた。
今生かしておけば、いつか自分達の身に危険が及ぶと思ったのだろう。
魔法を使うことすら忘れ、目をぎらつかせながら、持ち出していた武器を握り締め、ルアス達へと近寄
っていく。
「逃げるぞ!」
シェイドは駆けつけた当初よりも、更に異常さを増した彼等に身の危険を感じた。
窮地に追い詰められた彼等が、なにをしでかすか知れたものではない。
異様な雰囲気を感じ取ったフィニアも、シェイドの発言に無言で頷いた。
「……待って。ポーアを助けなきゃ。傷を治さなくちゃ」
シェイドの逃げるという言葉に、ルアスはよろめきながら立ち上がり、黒焦げになって倒れているポー
アとルティアーナの二人を見おろした。
それによってシェイドとフィニアは、足元のある、人の形をした物体がなんであるかを悟った。
ルアスは彼等を治すというが、どう見ても手遅れである。
「なあ、フィニア達なら治せるんだろ。俺じゃ駄目なんだ、俺の炎じゃ駄目なんだ」
炎では傷つけてしまうだけなんだと言いながら、ルアスは間に合うことを信じてすがる。
だがフィニア達の目からどう見ても事切れており、助けることなど不可能だ。
シェイドは冷淡にそれを見つめ、フィニアは悲痛のあまり視線を逸らす。
「行くぞ」
シェイドは踵を返し、離れていく。
ルアスはなにかを言おうとするが、それをフィニアが押し留めて強引に連れて行く。
「離してくれよ、だって俺は!」
ルアスはポーアの下へと戻りたい。けれど周りがそうさせない。
助けたい、守りたい。
そのために、ここに来た。
だというのにポーア達の姿が遠ざかっていき、代わりのように、集落に住む彼等が追ってくる。
「ポーア!」
ルアスは救うはずだった、救いたかった、まだ僅かしか生きていないフェザーフォルクの少年の名を、
涙混じりに叫んだ。
それからどれだけの間、闇にまぎれて逃げ続けただろう。
ルアス達の視界には、先程までいた集落も、そこに住んでいた者達も、もはやどこにも見当たらない。
見えるのは辺り一面にある草原のみである。どうやら無事に逃げ切れたようである。
確認すると、フィニアは荒い息を吐きながら、その場に座り込んだ。
フィニアの手によって連れ出されたルアスも膝をつく。
シェイドだけが警戒心を保ち、集落のある方角を見やりながら立っている。
身を守るために魔法を使い続けていたことと、走り続けていたことが、体力、気力共に疲労させていた
。
アーサーのみが涼しい顔で、地面へと舞い降りる。
「……行かなきゃ」
ルアスは微かに囁いた。
「行かなくちゃ、助けなくちゃ。俺が…、この俺が……」
ルアスは悲痛に歪んだ顔を上げると、まるでうわ言のように呟く。
足がもつらせて立ち上がり、よろけながらも集落へと戻り始めた。
そこへシェイドがルアスの襟首を掴み、閃光のように燃え滾る眼差しで睨みつけると、拳を顔面に叩き
つけた。
ルアスは耐え切れず、簡単に地面に叩きつけられる。
「まだ言っているのか。いい加減現実を見たらどうなんだ。あれが貴様のやったことの末路だぞ」
シェイドは息を整え、ようやくまともに話せることができるようになると、ルアスへと棘のある言葉を
向けた。
「そんなことない! だって!」
「だってもなにもあるものか。あいつがどうなったか、それを一番良くわかっているのは貴様だろう」
しかしルアスは認めたくないように、激しく首を横に振る。
「知りたくなくとも、俺が教えてやる。奴等は死んだんだ、貴様がそうさせた。俺は忠告したはずだ、関
わるなと」
そうすれば少なくとも、ルアス達がいるときに、このような形で死ぬことはなかった。
今のように殺される可能性がなかったわけではない。
遅かれ早かれポーアの件に関しては、なにか進展があったかもしれないが、ルアスが関わらなければ今
回のような自体にはならなかっただろう。
もしかしたら、殺されずにすむ可能性もあったことは否めない。
だというのにルアスが介入したために、ポーアの死期を早めるどころか、母親のルティアーナさえも死に至らしめてしまった。
他ならぬルアスの手によって最後を遂げた。
きっぱりとシェイドに応えられ、ルアスは否応なしに自覚させられる。
自分の周りに炎が舞い、ポーアとルティアーナを焼き尽くしてしまった様を思い出す。
違うんだ。
あれは俺が望んだことじゃないんだ。思いながら、けれどあれは紛れもなく自分が出した炎。
それが二人を殺めてしまった。
認めたくないから、信じたくないから、まだ生きている、まだ間に合うと自分に言い聞かせて、だから
治すんだと思って……。
けれどシェイドに疑いのない真実を告げられて、ルアスは涙が溢れ出す。
「どうして、俺達ハーフがなにをしたって言うんだ。俺達はただ人間と妖精との間に生まれただけじゃな
いか。なのになんで、妖精と人間の争いに巻き込まれなくちゃいけないんだよ」
自分が混血児でなければ、炎を使えなければ、まだ状況は変わったのかもしれない。
結局はその両方を持ち合わせてしまったために、住み慣れた町は追い出され、この集落ではこうして殺
意を向けられる。たったそれだけの理由で。
なにをしたわけでもないのに。
「甘ったれるな。このような世の中でハーフとして生まれた以上、そうなることは最初からわかっていた
はずだ。アーサー、こいつでは駄目だ。俺に乗り換えろ」
シェイドは辛辣に吐き捨てた。そして後半の言葉を、アーサーに向ける。
そして言う。俺ならもっとうまくやれる。
俺が宿主になれば、すぐにでも魔物すべての統率者である魔王、そしてその配下達を葬ってやる、と。
しかしアーサーは首を縦に振らない。
「宿主はルアスでなければならぬ」
頑として譲ろうとしないアーサーの一言が降りかかる。
それがよけいにシェイドを苛立たせる。
ルアスはというとシェイドの言葉に引っ掛かりを憶え、涙ぐんだ瞳で彼を睨みつける。
「なんだよ、なんなんだよ。こんな世の中にしたのは、原因を作ったのはシェイド達妖精じゃないか!
それは咎められなくていのかよ。お前達の誰かが原因を作らなきゃ、こんなことにはならなかったのに!
」
もしサフィニア戦争さえ起きなければ、それ以前に妖精側が原因を作らなければ、俺はこんな想いをし
なくてすんだのに。
シンシア姉さんだって、魔物に襲われることもなかった。
両親だって生きていたかもしれない。エルとだって、置き去りにするような別れ方をせずにすんだんだ
。
こんなことにさえならなければ、人並みの幸せな生活を送れたかもしれないのに。
ルアスの中で、想いが強く湧き上がる。
「だったらなぜ貴様は、人間ではなく、妖精に肩入れするんだ。薬草を採りに行き、手に入れたとき、長
老に渡さずに幼馴染とやらにだけ使えばよかったはずだ。フィニアと出会ったときも、妖精だとわかって
いながら連れてきたのは貴様だろう」
「やめて、もうやめてください!」
行動を共にしているのも、その内の一つだとシェイドはルアスを睨み返しながら刺々しく突き放す。
お互いがお互いを傷つけあい、罵り合う姿を見ていたくないフィニアは、悲痛の叫びをあげる。
それを境目に、彼等の間に沈黙が過ぎった。
フィニアの制止の声を聞いたわけではない。ルアスが反撃の言葉を見失ったからだ。
ルアスはシェイドの言葉に、なぜか紡ぎだす言葉を見失ってしまい、その場にへたり込む。
シェイドの言葉によって、考えないように常に目を逸らしている自分に気づかされた。
妖精達を嫌っていながら、なぜ自分がこんなにも妖精達に想いを寄せているのか。
同情や憐憫、憎悪や嫌悪の眼差しを受けながら、なぜ嫌いきれていないのか。
認めてほしかった。受け入れてほしかった。
混血児としてではなく、他の純血の妖精達のように、同等に扱ってほしかった。
彼等妖精を嫌っている中で、想いが心の奥底に、吹き溜まりのようにあったのだ。
優しく接してくれる者もいたから。決してなりえない願望だとわかっていながら、どこかで期待してい
た。
人懐っこく接していれば、いつか受け入れてくれる。
自分の存在を認めてくれると思っていた。現実には、そんなことありえないのに。
「……大嫌いだ。皆大嫌いだ!」
妖精も、人間も。
この世に俺達混血児という存在を作っておいて、いざ仲違いをすると、互いにとっての嫌悪の対象にす
る彼等が。
妖精に対する疑心と、人間に対する不信とが、心の中を渦巻いて膨れ上がっていく。
ポーアが語っていた、人間の醜悪な心が魔物を創りだしたのだという言葉が、頭の中から離れない。
人間の血さえ受け継がなければ、こんなことにはならなかったのだという想いが、心を捉えて離さない。
ルアスは項垂れ、地面に手を触れて拳をつくると、ひたすら声を上げて泣き叫んだ。




