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八回

 闇夜に浮かぶ死神。むしろ純白の羽と端正な顔立ちから、まるで血塗られた天使のようだった。

 天使が罪人を裁くような姿。もしくは絶望の果てに倒れた哀れな子供を、迎えに来たような図にも見える。

 絵になりそうなほど丹青たんせいで、息を呑むほど綺麗すぎた。

 それが逆に恐ろしく、背筋が凍りついて身動きすら取れない。

 その様を遠巻きに見ていた、息子を亡き者にするようルティアーナに命じた彼等は、声すら発することができないようである。


 ルアスも同様だった。

 けれど、それだけではない。

 母親の手によって、ポーアは二度と目覚めることはないのだと、動いて話すことはないのだということが大きな衝撃だった。


「……なんでだよ…なんで…」


 ルアスの声は掠れ、切れ切れに言葉を紡ぐ。

 頭の中が真白で、なにも考えることができず、同じ言葉を繰り返すことしかできない。


「なぜ……。ですって?」


 聞きつけたルティアーナは、無表情のままルアスへと緩慢な動きで近寄ると、口を緩やかに吊り上げ、引きつったような笑みを浮かべた。

 笑ってはいるが双眸は見開かれており、焦点は定かではなく、まるでその身からなにかが削げ落ちてしまったような感覚がある。

 複雑に絡み合った様々な感情が込められた瞳が、ルアスを捕らえて離さない。


 ルアスは無言のまま、真向から受け止める。たとえ体が押さえつけられてはいなかったとしても、ルティアーナから逃げることも、目を背けることもできなかっただろう。


 質問に応じるように、明らかに正気ではない双眸と共に振り向いた彼女の姿を見たときから、ルアスの胸の内から不吉な予感が過ぎる。

 時間が経つにつれ、留まることを知らず溢れ出してくる。

 ルティアーナの小柄な体格に見合った、土を踏む規則正しい小刻みな音が、徐々にルアスへと近づいていく。

 それを阻むどころか、誰一人としてルティアーナに近づくものはいない。

 その場にいる誰もが、凍りついた緊張といった呪縛から抜け出せていないようで、結局彼女を見送る形になってしまっている。

 誰も彼女を止める者などいない。ろくに身動きを取れない状況とはいえルアスも例外ではなく、困惑と戸惑いと不安とを入り混じりさせた視線を彼女へと注ぐ。


「なぜ、と言ったわよね」


 ルティアーナはルアスの眼前に両膝をつき、見つめた。


 ルアスは前のめりに倒れており、手を背中に回され、それを横から二人に押さえつけられ、切りつけられた背中を、ドワーフが踏みつけている。

 そのためどんなにルティアーナが身を低くしようが、どうしてもルアスを見下ろす形になる。


「あんなおぞましい生き物を、この手で葬ることができる良い機会だというのに、ためらう理由なんてあるはずないもの」


 ルティアーナの声は陽気ではあるが落ち着きがあり、ルアスの耳に優しく響いてくが、絡みついて耳に残るような趣がある。

 先程の笑みが凍りついたように貼り付いている。

 彼女はルアスの言葉を待つつもりはないようで、更に語りかける。


「私が人間に、口にするにも憚られる彼等に、多人数にされた行為はなんだと思う? あの子を見るたび、その光景が頭から離れずに焼きついて……。あの子がいなければ私はこんな想いをせずにすんだのよ。だからあの子にすべての恨み後ことをぶつけて、ようやくこの手で葬ることができたんじゃない」


 あんなおぞましい、見るに耐えない生き物が、自分の一部として体内から産み出されたのだと思いたくない、信じたくない。

 思いながらポーアを傷つけ、最後にはこの手で亡き者にできたことを、心の底から望み、実現できたことを切に喜びながらルティアーナは語っている。

 それによって、ようやく呪縛から解き放たれ、自由を手に入れたのだとでも言うように。


 けれどルアスは、そんな言葉など聞きたくないと頭を振った。

 冷静な、平然とした口調で語ってほしくない。

 嬉々とした笑みを浮かべながら、当たり前のように振舞ってほしくなどなかった。彼女の行動を認めたくなどなかった。


「……だけど、……だって、それでもポーアはあんたの子供じゃないか。それを親のあんたが、どうして殺さなくちゃいけないんだ!」


 ルアスは、ルティアーナは最初からそんな人物だったのか、それとも当時の出来事が変えてしまったのかは知らない。

 けれど母親なら、どんなことがあっても自分の子供を守り通してほしかった。

 物心ついたときから、母という存在など知らなかったから。それは父という存在も同様で。

 ルアスにとって親とは、子供を慈しみ、温かく見守ってくれる、血の繋がった存在だという認識なのだ。

 旅に出る以前に住んでいた、妖精達の親が子供に接する場面を遠目に見て、ずっとそうだと思い描いていた。


「私は、ただの一度もあの子を自分の子供だと思ったことなんてないわ。あんな凶暴で粗忽で、身勝手な生き物の血を受け継いだあの子が、私の子供であるはずがないもの。あなたの母親もそう思っていることでしょうよ、違う?」


 ルティアーナは身を翻して高らかに笑いながら、地に這いつくばる少年を見下している。

 対照的にルアスは唇をかみしめ、目と鼻程しかない地面を見つめた。


「……俺に、母親なんていないよ。気づいたときには、もういなかった」


 ルアスにとって、精一杯の反論だった。

 実の母のように接してくれた姉がいて、父のように接してくれていた長老がいた。

 だが本当の両親を知らないルアスにとって、母であるルティアーナの言葉が重く圧し掛かる。理想や憧れでしかないのだと、強く思い知らされる。

 それほどまでに母としての彼女の言葉は、ルアスの胸を突き刺した。


「なら断言してあげる。その人も私と同じ想いのはずよ。けど早くあの世に逝けて、その人は幸せね。あなたみたいな半端者の成長を見届けなくてもいいんだもの」


 ルティアーナの勢いは留まらず、それどころか勢いを増すばかりである。


「おい、そこら辺でいい加減に……」


 ようやく我を思いだしたのか、ルティアーナに短刀を渡したエルフの中年男が、彼女の肩に手を掛け制しようとする。


「邪魔しないで! あなた達のせいじゃない。私から無理矢理あの子を奪わせた、あなた達のせいじゃない!」


「なにを言っている。これはお前のためだったんだぞ」


 エルフの中年男は、否定されたような発言に、心外だとでも言いたげだった。

 それが苛立ちとなって今度は、乱暴にルティアーナの両肩を掴んで引き寄せる。


「なにが私のためよ。私のためだというのなら、どうして私達を放っておいてくれなかったの? あなた達が私を追い詰めるようなことをしたのよ!」


 ルティアーナはヒステリックに叫ぶと邪険に振り払い、ルアスには興味がなくなったのか、今度はポーアのもとへと歩み寄る。

 察したエルフの中年男は、やめないかと言うように、彼女の腕を掴む。

 彼女は振り返ると、彼の物言いたげな表情を無言のまま見つめる。

 ほんの数刻の間、二人はまるで石像のように動かない。


 そんな中でルティアーナが先に、今にも泣き出しそうに笑みを浮かべた。

 そのままエルフの中年男の手をすり抜けると、更にポーアが倒れている場所へと向かいだす。


 一方エルフの中年男は、彼女の行動を止める術を知らず、行き場を失くしてしまった子供のように物憂げな表情で、まるで名残りを求めるように立ち尽くしている。

 ルティアーナはポーアの下まで来ると膝をつき、血に塗れた彼の手を取って自分の頬に引き寄せ、さめざめと泣き崩れた。


「ポーア、私の可愛いポーア…。ごめんなさい、こんな目に合わせてしまって。あなたがいなければ、私は今頃ここにはいることすらできなかったのに……」


 涙を零しながらポーアを見つめる瞳は、我が子に向ける慈愛の眼差しそのものだった。

 先程までの恨み、嫌悪、憎悪に見舞われた表情とは明らかに違う。

 溢れんばかりの優しさと、自分のしてしまった行ないを後悔せんばかりの愁い。


「でも大丈夫、あなた一人を逝かせたりしないから」


 言うとルティアーナは、地面に落としていた短刀を再び掴み、自分の喉元に押し当てる。

 ようやくルティアーナのしようとしている行ないに気づいた者達は、やめさせようと次々に叫び、駆け寄ろうとする。

 エルフの中年男だけは、彼女のすることに気づいていたのか、苦悩によって表情を歪めながら顔を背けた。

 ルティアーナはそれらに耳を傾けるどころか、ほんの僅かな注意さえ払おうともしない。

 どんなに急いで止めようとしても、彼等の行動は間に合わない。

 彼女を除いた周りのすべてのものが切り取られたかのように、時間が緩やかに感じられるほど速さで流れていく。


「やめろー!」


 ルアスもその状況を見るや、叫ばずにはいられなかった。

 だがルティアーナは躊躇うことなく、自分の喉元を深く突き刺した。

 それによって留めなく血は溢れ、自分の体を支えることができなくなったのか、彼女はまるでポーアの体を抱きかかえるようにゆっくりと倒れた。


 表情はまさに穏やかで、息子と同様に未練も悔いもないといった感覚を受ける。

 彼女の行動を止めようとした者、行動すら起こせなかった者は、一斉に息を呑み、あたりは沈痛な雰囲気に包まれた。

 人間の血を受け継ぐものは誰であろうと例外を認めず、排除するという方針は曲げるつもりはないが、同類である純血の妖精は、よほどのことがない限り死に至らしめるつもりなどなかったようだ。

 だが意に反してルティアーナは自らの命を絶ってしまった。

 そのことが彼等に痛恨の衝撃を与えていた。


「……ルティアーナ安心しろ、我等が手厚く葬ってやるからな。だがその前に、こいつを一刻も早く殺さねば」


 痛々しく重苦しい表情をしたままエルフの中年男は、先程の凄惨な出来事に表情をわななかせているルアスへと向き直り、手に持っていた剣をスラリと抜いた。

 一歩一歩踏みしめるように、重く響く足音を向けながら。


「……せよ」


「なに?」


 表情を強張らせ、ショックのあまり放心状態だったルアスは、か細い声で呟いた。


 まるで掻き消されんばかりのルアスの声に、詰め寄ろうとしていたエルフの中年男は眉をひそめ、問いかける。

 取り押さえていた男達も、ルアスがなにを言わんとしていたのかわからず、訝しげに見つめる。


「離せよ。今ならまだ間に合う、ポーアとその人の傷を治さなきゃ」


「もはや手遅れだ。どんなに手を施そうが、気休めにしかならん!」


「そんなことない、そんなわけあるもんか。なあ、誰かそいつらの傷を治してやってくれよ」


「まったくもって姑息な言い逃れをする輩だ。そんなにまでして逃げたいか。そもそもお前がこの集落に来なければ、こんなことにはならなかったのだ。それさえわからんのか!」


 彼等が言い放った「こんなこと」という言葉は、ポーアの母親であるルティアーナにしか向けられていない。

 ルアスはそこまで感じる余裕はない。

 けれど彼の言葉をそのまま受け取り、自分が来たせいでポーアとルティアーナにとって悲惨な出来事が起きてしまったという事実が、まるで無数の針に刺されたように胸を痛めつけた。


 目を逸らしたいが、直視しなければならない現実がそこにある。

 だがそれを目にしてなお、それを認めたくない。現実だと思いたくないという想いが込み上げる。

 ただの夢なんだという気持ちの方が強くなる。

 呆気なさすぎて、信憑性が感じられなくて、ただただ見つめることしかできない。

 理解などしたくないから、その先のことを思いたくないから、思考を巡らすことを無意識に停止しているだけかもしれない。


 それでもやはり目の前の光景は、肌で感じているこの張り詰めた空気や痛みは、ただの夢にするにはあまりにも現実的すぎる。

 夢か現実かを見失いそうになる中で、ルアスは彼等がまだ無事かどうかを確かめたいという気持ちが強く芽生えた。

 実際に確かめれば、認めたくない現実を、嫌でも認めてしまうことになる。

 そのことから逃げることができなくなってしまう。意識したわけではないが、確かめたいという気持ちが溢れ出したと同時に、無意識に心の片隅に浮かび上がる。

 けれどそれを押し留めてしまうほど、確かめたい、まだ無事ならなんとかしたいという想いが、頭の中を、そして体全体を支配した。


「お前が来たために、このような目に合ってしまった彼女を思うなら、今すぐここで朽ち果てろ!」


 猛々しく叫びながらエルフの中年男は剣を高く振り上げ、ルアスの首元を狙って振り落とす。

 その目には、嫉妬にも似た感情が渦巻いて、鈍い光を放っている。ルアスただ一人に向けられる。

 振り落としたエルフの中年男の剣が、ルアスの首元間近にまで差し掛かったとき、ルアスの中でなにかが弾けたかと思うと、全身に熱さが込み上げる。

 それがルアスの体を取り巻く炎となり、熱の爆風となって、小さいながらも周りに衝撃波のように放出された。

 ルアスを取り押さえていた彼等や、首を切り落とそうとしていたエルフの中年男が、意表を衝かれて吹き飛ばされた。

 その場に居合わせていた者達も、吹き飛ばされはしなかったものの、炎の衝撃を耐え抜いている。

 ルアスはそれらに目を向けている余裕もなどなく、おもむろに立ち上がり、ポーア達の下へと行こうとする。

 だが背中に痛みが走り、うまく立つことができず、ようやく怪我を負っていることを思い出した。

 とはいえ逸る気持ちに耐え切れず、痛みを堪えながら、ほんの僅かしかない距離を這うように歩いていく。

 そのため徒歩は亀のように遅い。

 だがそれでもポーア達のもとへと行くことをやめようとはしない。

 ようやく倒れているポーア達のそばまで来ると、ふいに足の力が抜けたように膝をついた。


 すぐ様ルアスは、おびただしい量の血を浴びているポーアとルティアーナに触れた。

 触ってみると、まだほんの僅かに温かい。口元に耳を傾けてみると、微かに呼吸をしている。

 だが流れ出た血が半端ではないため、虫の息だ。

 喉を深く切りつけて、ただですむわけがない。これだけ重症だと、少々の手当てではどうしようもない。


「誰か、誰でもいい。二人を治してやってくれないか」


 生きていることには違いなく、だがシェイドやフィニアのように魔法を一切使えないルアスは、この親子の傷を治してもらおうと振り向いた。

 だがその先には、ルアス達を異常なまでに凝視している集落の者達がいた。正確にはルアス達ではなく、ルアス自身を、だった。


「……炎だ、炎を使ったぞ」


「なぜ炎を使えるんだ。いくら俺達妖精の血を受け継いでいるとはいえ、人間の血が濃ければ濃いほど、扱うことができない者の方が多いというのに」


 辺りは異様なまでにルアスを敵視し、騒然とし始めた。

 炎を使うということは、妖精の側の共通の禁忌であるためか、反応はルアスの住んでいた町の住人と然程変わらない。

 けれど妖精達がもっとも驚いたことは、詠唱をルアスが一切行なわなかったことである。

 魔法の詠唱をして精霊を召還し、力を借りて技を打ち出すのが通例となっている。

 その様子さえ、まったく窺わせなかった。

 人間の血が濃い者が、災いを成す炎を呼び寄せた。

 そのことによりルアスを凝視する無数の目が、異様なまでの殺気を見え隠れさせている。


 どのような形で炎を形作っているのかを知らないルアスは、異常なまでの彼等の態度に思わず身を退けかけた。

 退かなかったのは足元がふらついていたのと、ポーア達が傍にいたからである。

 だが慣れ親しんでいた町を出る際の、ガロウの発言、裏にあったいくつもの疑心暗鬼。

 それらを向けられたときの、あのなんとも言い知れない、身を焦がすような感情が胸の内に甦る。


「殺せ」


 誰かが囁いた。

「……そうだ、殺せ。殺せ!」


 呼応して、次々とルアスを葬り去ろうという声が高くなっていく。

 手に武器を掲げ、彼等はルアスへと近づいていく。


 ルアスは怯えにも似た表情で、今にも逃げ出してしまいたい状況に駆られた。

 けれど足元に倒れているポーア達が、それをさせない。

 ギリギリのところで逃げ出してしまいそうな感情を踏み留まらせている。

 だがそうはいったところで、怖いという感情は拭いきれない。

 敵視と殺気と狂気とが渦巻いた無数の眼差しを一身に向けられ、不安に駆られた。


 ルアスとしては炎を使ったのは予定外だったが、ポーアとルティアーナの下へと駆け寄ったのは、ただ治してほしかっただけだった。

 それだけのはずが、このような状況になっている。

 行動を起こせば起こすほど、自分の身を危うい状況へと向けてしまう。

 けれどその主だった殺気の訳は、人間と妖精の混血児だから。

 使えるはずのない魔法を、とくに災いを成すとされる炎のみを使うからである。


『俺達にとって炎とは扱っている本人ではなく周りの者達の身をも滅ぼしかねない、いわば禁忌の力なのだ。魔法を使うことのできないお前が、それを使うことができるということ自体、既に危険の予兆そのものだ!』


 ルアスは村を追い出される際にガロウに言われた言葉が思いだされ、胸を疼かせる。


『そんなことがないと言えるのか。たとえ本当になかったとして、お前が俺達のためにそれを使うと言ったところで、人間の血を受け継いでいる時点でいつか必ず俺達を裏切るんだ。あのサフィニア戦争のときのように。人間が俺達妖精を信じず、裏切ったように!』


 そんなことないと否定するルアスに、ガロウが立て続けに叫んだ言葉。

 頭の中を反芻はんすうし、そのとき感じた想いが胸の内を駆け巡り、胸を焦がす。

 まるで胸を締めつけられたかのように、苦しくて、悲しくて仕方がない。もうあんな想いなんてしたくないと、ルアスは頭を振った。


「…来るな……来るな!」


 ジリジリと間合いを取りながら近寄ってくる彼等に、ルアスは悲鳴にも似た叫び声を発した。

 それと共に足元から炎が螺旋状に舞い出し、ルアスとポーア、ルティアーナの三人を取り囲んだ。

 その光景を目の当たりにした彼等は怯え、ざわめきながらルアス達を取り囲む。

 手を出そうにも、災いを成すといわれる炎には、迂闊に手を出せないらしい。

 魔法の長期使用は精神的にも肉体的にも負担が掛かるため、どうしても限界がある。

 なかなか手を出さないのは、ルアスの体力が尽きるのを、待っていることもあるのかもしれない。


 ルアスは足を後ろへと一歩踏み出した途端、螺旋状に取り囲んでいた炎が、ポーア達へと飛び火した。すると瞬時に服に燃え広がり、ポーア達の全身を包む炎が大きくなっていく。

 焦ったルアスはマントを脱ぎ、はためかせながらポーア達に移った火を消そうとする。


「くそ、消えろ。消えろよ!」


 だがどんなに火を消そうとしても、ルアスを取り巻く炎は逆に強くなっていく。

 そのままでは埒があかないため、今度は火のついた部分を切り離そうと、ポーア達の服に手を掛け、切り裂いていく。けれど、さほど効果がない。


「せっかく、まだ息があるのに。まだなんとかなるかもしれないのに……」


 本当は既に事切れていて、体も冷たくなっているのかもしれないが、身にまとった炎がそれを感じさせない。

 けれど生きているかもしれない、間に合うかもしれないという思いもある。

 どちらにしてもこのままでは、二人は焼け死んでしまう。それだけは絶対にさせたくない。

 させたくないが、炎は意に反して燃え上がり、消し去るどころか弱めることさえできない。

 そのことに思わずルアスは、涙が溢れてしまう。何一つ、こんなことを望んだわけではないのに。


「誰か、誰かこの火を止めてくれ……。こんなことしたいんじゃないのに、この二人を治したいだけなのに……。誰か来て、誰か助けてよ、シェイド、フィニア、アーサー!」


 溢れる涙がとまらず、泣き叫びながら助けを求めて訴える。

 けれど気持ちとは裏腹に、炎はただ強く舞うばかり。

 なにをしても、どんなに火を消そうとしても、ポーアとルティアーナの身を這い回る炎は強く炎上していった。

 願いも虚しく、ルアスの叫びは虚空に響き渡るだけだった。

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