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四回

「……貴様、一体なにをしている」


 シェイドは明日にでも集落を出るための連絡と現状報告のため、ルアスのいる部屋に入るなり、目の前の光景に呆気に取られて放った第一声がそれだった。

「いや、一体なにをと言われても…」


 ルアス本人でさえ、今の状況をどう説明していいのかわからず、返答に窮している。

 大人しくしているはずの部屋で、見ず知らずの少年がルアスにしがみつくように抱きついたまま、離れずにいる光景が広がっていたからだ。

 フィニアもまさか子供が入り込んで、ルアスにしがみついているとは予想だにしなかったのか、言葉を失っている。

 教育は双方の子供にまで影響しており、純血の妖精や人間が互いの種族や混血児に嫌悪感を示し、対立することが多いのだ。


 世間に疎いフィニアでさえ、そのことは知っていた。

 なんせ集落に来てからというもの、ハーフであるルアスへの態度は冷たく、今にも襲い掛かりそうな、もしくは一切関わり合いになりたくない、目にするのも嫌だというような雰囲気があったためだ。

 けれど宿屋の内や外にはルアスを見張る妖精達が囲んでいるというのに、その誰もが少年を引き止めなかったのかを考えると、今目の前の光景は不自然極まりない。


「あなた、お名前は? どうしてここにいるの?」


 ルアスにから一向に離れようとしないどころか、二人が戻ってきたことによって更に強く必死にしがみついている少年に、フィニアは優しく訊ねた。

 しかし少年は、応えるどころか顔を上げようとさえしない。


「ポーアって言うらしいんだ。でもどうしてこのまま俺にしがみついてるかは、話してくれなくて…」


 抱きついたまま返答しない少年の代わりに、ルアスが応えた。


「名前がどうかなんて関係ない。おい貴様、今すぐここから出て行け」


 シェイドがきつく言い放ち、少年ポーアへと手を掛けようとした。

 しかしその手は激しく弾き飛ばされ、反抗を示したポーアは再びルアスにしがみつく。

 その様にシェイドは眉をひそめ、ポーアの服の襟首を掴むと、強引にルアスから引き剥がそうとした。


「そんなに嫌なら、無理矢理にでも追い出してやる」


「ちょっと待てよ、シェイド!」


「ケティルさん、相手は子供ですよ」


 シェイドの静かな剣幕に、さすがに強引ではないかと思ったルアスとフィニアが割って入った。 しかし手を緩めようとしない。むしろ逆に強く引っ張った。


「やだ、いやだ! やっと見つけた仲間なんだ。絶対離れるもんか!」


 反抗を示しながらポーアはルアスにしがみついていたが、さすがにシェイドとの力比べに負けてしまい、軽々と持ち上げられた。

 刹那、ルアス達はそれぞれ驚愕の表情をあらわし、それを少年に向けた。

 驚いたのは、ポーアが無理に引き剥がされたことではなく、彼が放った言葉である。

 どう見てもポーアの姿は、妖精そのものだ。ハーフは人間か妖精のどちらか一方に酷似しているため、見た目だけでは判断しにくい。

 とはいえこの集落ではどんなに妖精の血が濃くとも徹底排除する構えを取っているだけに、ハーフがいるなど思っても見ていなかった。


 シェイドは服を掴んでいた手が緩み、その隙にポーアは彼の頬に蹴りを入れ、逃げ出すと、またもやルアスに抱きついた。

 一連の動作にフィニアはもちろん、とくにルアスは当事者のため、どう反応していいのかわからず苦笑していた。


 ただしシェイドとポーアにしてみれば面白くないようで、無愛想な表情で睨みあっている。

 お互い睨み合ったまま、状況を悪化させそうな雰囲気を察したフィニアが、二人の間に割って入った。


「ポーアさんと仰いましたね。先程の言葉はどういう意味ですか。宜しければ教えて頂けませんか」


 フィニアはできるだけ優しく、丁寧にポーアに接した。

 そのおかげかポーアの緊張は少々解けたらしいが、どう受け答えしていいのか迷い、問い掛けるようにルアスを見上げる。


「俺も聞きたい」


 ルアスはポーアの様子を察し、優しく笑みを向け促した。

 ポーアはようやく決心がついたようで、フィニアとシェイドに背を向けたまま呟くように語りだした。

 言うことに躊躇いがあるのか、それとも純粋に怖いのか、ルアスの服を掴む手が僅かに震えている。


「……僕も、ハーフなんだ。でもお母さんは、それを皆に隠してる。でも、それなのに僕がハーフだからって言って、怒ったり殴ったりするんだ」


 そこまで言うとポーアは、ルアスの胸へと顔を埋めた。

 ようやくこのときポーアが片眼に包帯を巻き、全身の皮膚がすっぽりと隠れるほど長い服を着ているのかを知った。

 僅かに震えていたポーアの手が、傍目から見てもわかるほどに震えだしている。

 よほど怖かったに違いない。

 身の上を語ることが、どれだけ勇気がいることか、ルアスは痛いほどよくわかった。


「よく今まで知られなかったな。傍目ではハーフは純血か混血か見分けがつきにくいとはいえ、わからないはずはないのだが。しかもどうやって、この二階までやって来れたんだ」


 シェイドが思案顔で疑問を口にした。どうやらポーアを警戒しているようだ。

 けれど無理からぬことである。

 見た目ではわかりにくいが、身にまとっているオーラ、または雰囲気のようなものが種族によって微妙に違う。

 別の言い方をすれば、精霊力である。

 個人差はあるものの大まかに分類すると、人間はその精霊力が低く、妖精はもっとも高く、混血児はその中間辺りでオーラを放っている。

 たとえ自分がハーフだと知らなくとも、特異な者でない限りは、大体わかる。


 ポーアがいつ頃から、どの辺りに住んでいるのかはわからないが、なぜ今まで気づかれなかったのか。

 宿屋を見張っている妖精達が、なぜこの少年一人を部屋に通したのか。


 この集落にいる妖精達に限らず、彼等は人間や混血児を嫌い、近づくことさえ嫌がっているのだから、ハーフであるルアスがいるとわかっている部屋に通すこと自体がおかしかった。

 少年の保護者が宿屋に用があって向かわせたとしても、終わればルアスに会わせないよう立ち退かせるはずである。宿屋にいる者達の目を盗んでここへと来たというのなら、それまでだ。

 だが本当に少年の言っていることは確かなのだろうか。


 様々な疑問点を、シェイドは不審に感じたのだろう。


「お母さんが言うには、僕は疑われてるんだって。でもお母さんは僕をあまり外に出してくれないから、皆僕の判断がつきにくいみたい」


 ポーアは埋めていた顔をルアスから離すと、訴えるような目つきで見上げた。


「このままじゃ、いつ殺されるかわからない。だから僕も外へ連れて行って」


「そんなこと言われても……」


 ルアスは訴えに戸惑い困惑し、返答に窮した。気楽な旅をしているわけではない。

 ましてや集落の外は、魔物がうろついている。だからこそ、余計に困っていた。


「殺されるなどと……。追い出されるだけではすまないのですか?」


 フィニアはこれまで立ち寄った村々で、ハーフに対する扱いを話に聞いて知っていたもの、実際にそこまでされている現場を目撃したことがないため実感が湧かないらしく、半信半疑の眼差しで訊ねた。

 ポーアは力強く頷く。

 聞くやフィニアは、表情の片鱗を陰らせずにはいられなかった。

 ハーフに対する扱いを実際目にしたわけではないが、望まざることとはいえポーアの言葉によって同族殺しをしていた時の出来事を、生々しく連想させたらしい。

 状況や想いの違いはあるものの、やっていることはそれと似たようなことなのかもしれないと感じたのだろう。


「だって……。だってお母さんや、時々家の前でしている話を聞くには、人間の醜悪な心が魔物を創りだしたんだって。だから血を少しでも受け継いでいるハーフを野放しにするわけにはいかないんだ。だから徹底的に追い出すか、殺すんだって」


「なんだよそれ。魔物は神の神殿にいる人物が創りあげたって聞いたけど」


 ルアスは自分が聞き知っていることとは違う内容に首を捻り、訊ねると、ポーアは激しく首を振った。


「その人こそ、人間の醜悪な心が物体化して創りだされた魔王だって言ってる。人間が望むから、その人が生まれて魔物を創りあげたんだって」


 そこまで言うとポーアは、明らかに震えはじめた。


「ねえ、僕も連れて行って。このままじゃ、本当に僕は殺される」


 ポーアは更に服を強く掴むと、ルアスの顔を見上げた。表情は明らかに蒼白で、脅えている。


「ですが、村の外には魔物が数多くいます。常に危険に晒されるのですよ」


「フィニアの言う通りだ。外ではなにがあるかわからない。連れて行けないよ」


 今よりも更に危険がつきまとうという旨を伝えるフィニアに、ルアスはすぐ様賛同した。

 しかしポーアはそれを拒否するように、激しく首を横に振った。


「かまわない。同じ殺されるなら、魔物に殺される方がいい。僕の心の中にある人間の血が、心が魔物を創り出したっていうなら、そいつらに殺された方が救われる」


 ポーアのあまりにも切実で、悲痛な叫びに沈鬱になり、その場にいた全員は沈黙する。

 だがそれを破ったのはシェイドだった。


「一つ聞く。それは貴様の本心か? 俺達に危害を加えに、村人達に送り込まれたのではないのか」


「な…ちょっと待てよシェイド。自分がなに言ってるのかわかってるのか!」


 ルアスはシェイドの発言が聞き捨てならず、間髪いれずに突っ掛かった。

 シェイドは憤る彼の言葉を聞く耳を持たず、更にポーアに詰め寄っていく。


「一体誰に言われてきた。こいつが予想に反して、約束を違えようとしない。だから貴様を差し向けたんだろう」


 冷たく、静かな怒りを発しているシェイドを恐ろしく感じたのかポーアはたじろぎ、ことさらルアスに強くしがみつく。

 ルアスはシェイドから身を守るため、ポーアを抱き寄せ身構えた。


「なにする気だよ!」


「どけ、ルアス」


 言うとシェイドは身構えていたルアスを簡単に押しのけ、ポーアに手を伸ばすと彼の襟首を掴み、持ち上げた。

 ポーアは逃げようと身を捩じらせたがそれが仇となり、シェイドが掴んでいる服の襟首の部分が逆に首に食い込み、苦しそうにもがいている。


「やめろよ!」

 ポーアを掴んだシェイドの手を、ルアスは振りほどこうとする。

 しかしシェイドはいとも簡単にルアスを振り払い、蹴飛ばした。

 ルアスはベッドの脇に叩きつけられ、座り込む形で横倒しになった。


「ケティルさん、やり過ぎです」


 フィニアも流石にシェイドの強引なやり方に、制しの声を上げた。

 しかしシェイドはポーアの襟首を掴む手をまったく緩めず、更に詰問する。


「正直に言ったらどうだ。目的はなんだ。それとも、貴様も利用されているだけか?」


「シェイド!」


 ルアスは止めさせようと、座り込んだままの姿勢で叫んだ。

 シェイドがルアスへと向けて口を開きかけた途端、突如後ろから体当たりされ、前によろめいた。

 そのためシェイドは掴んでいた手を離し、ポーアが床に叩き付けられるように落ちた。

 すぐ様体制を立て直すと、地面に倒れたポーアに駆け寄る女が目に映った。


 ルアスもシェイドも、フィニアのいた場所へと振り向いた。

 ポーアに駆け寄った女が、フィニアだと思ったのだ。

 しかしフィニアは動いてはいない。代わりに視線は、ポーアへと向けられている。

 彼女さえも、突然現われた女に驚いているようだ。


 フィニアではないということを状況や表情で一瞬遅れで気づき、二人は再びポーアへと目を戻した。

 見ると女は小柄で、ワンレンの水色の髪をたなびかせ、ポーアを抱き寄せる。女の背にはポーアと同様に、鳥の翼が生えている。

 女がシェイドを睨みつけている。

 呆気に取られていたルアス達から逃げるように、一言も声を発することなくポーアを抱きかかえたまま、部屋をあとにした。

 光景に唖然としたルアス達は、先程までの緊張感を暫しの間削がされた。

 唖然とした空気が流れ去ったあと、ルアスはシェイドを見上げながら睨みつけた。


「一体なんで、あんなことしたんだ!」


「貴様こそ、俺が止めに入らねば、あの子供を連れて行くと言っていただろう」


 シェイドの言葉は淡々として平静たるものだが、ルアスは嘘がつけないようで、睨み返している眼差しは苛立ちや納得いかないといった感情が見え隠れしている。


「当たり前だ。殺されるかもしれないって本人が言ってるのに、放って置けるわけないじゃないか!」


「なにを馬鹿なことを。あの子供がハーフかどうかさえ、まだ確定していないんだぞ。子供を利用して、俺達に危害を与える可能性だってある」


「どうしてシェイドは最初からそんなに疑ってかかるんだよ!」


「その言葉、そっくり貴様に返してやる」


「落ち着いてください、二人共」


 いつまでも争いをやめようとしない二人へと、フィニアは困惑しながらも制止の声を上げた。

 しかし二人は黙り込んだだけで、睨み合い、争う姿勢を崩そうとしない。


『あの少年、ハーフであることは間違いない。だが芝居掛かった不自然さは、まるでなかった』


 ポーアという少年がどの側に属するかを見抜いていたアーサーは、その話題が出るや、口論を演じているルアス達の会話に口を挟んだ。

 ルアスは自分と同じようにベッドの上で座っているアーサーへと振り返る。

 同様にシェイドも言動の意味を噛みしめながら、目を向ける。


「だとすると、あの子供も知らずに利用されている可能性があるな」


「じゃあ殺されるかもしれないって言ってたのは、本当の事なんじゃないか。だったら連れて行かなくちゃ!」


 ポーアをこのまま集落に置き去りにするのは、危ないのではないかと思ったルアスは声を荒げた。

 そもそも同じハーフを、殺されるかもしれないと言っている少年を、なにもせずに傍観したくはなかった。


「馬鹿が。そんなこと、できるはずがないだろう」


「なんでだよ!」


 しかしシェイドの叱咤がルアスに向けられた。表情は明らかに怒りを放っている。


「連れて行ったそのあと、一体どうするおつもりなのですか?」


 先程まで二人の会話に戸惑いながら、身の置き所に困っていたフィニアが、ルアスに対して問いかけた。

 それは今後どのようにして、ポーアを保護し続けるのかという問いだった。

 なぜなら六、七歳の少年を、しかも危険のつきまとう旅へと連れて行動できるはずもない。


「フィニアまで、なんでそんなこと言うんだよ!」


 フィニアだけは賛同してくれると思ったルアスは、裏切られたような思いで彼女を見やる。

 責め口調となって、浴びせかける。


 フィニアは居た堪れないような瞳で目を伏せた。


「ではもう一度聞くが、連れ出して、あとはどうする気だ」


 シェイドがフィニアの語を継ぎ、怒気を抑えた、しかし明らかに対峙するような口調で言い返した。

 対してルアスは、怒りを孕んだ眼差しを叩きつける。


「どうする、どうするだって。そんなのわかりきってるじゃないか! あの子を助けなきゃ。あの子を受け入れてくれる場所を見つけなきゃ。それまでの間、俺が面倒を見る。それでいいだろう?」


「それでなにもかも、なんとかなると思っているのか!」


 ルアスはおもむろに立ち上がり、自分の感情を前面に押し出すように腕を広げ、怒りを迸らせながら二人を睨みつけた。


「なんでそんなに突っ掛かるんだよ!」


「それは貴様が、あの子供を同情の目でしか見ていないからだ。しかも半端なものでしかない」


 シェイドの剣幕がルアスを圧倒し、押し黙る。だがルアスは不服らしく、目を怒らせている。

 そんなルアスへ向けて、シェイドは言葉を続けた。


「貴様には、中途半端な同情や憐れみが相手にとって、どれだけ惨めで重荷になるかわかっていない。それにだ、あの子供を受け入れる場所や人物が見つかったとしても、いつの日かハーフだということが辺りに知れるだろう。そうすれば今のように、いつ殺されるかわかったものではない。しかも場合によってはハーフを匿った連中さえも、巻き込まれるだろう」


「だったら……」


「だったら、安全な場所まで連れて行って、そこへ放つか? それこそ責任放棄でしかない。それどころか相手は見捨てられたと思うだろうな」


 シェイドの糾弾に怯んだものの、反論しようとするルアスに、再び冷水の如く突き放すような言葉を発していく。


 あまりに容赦のない物言いにルアスは頭を振り、収めるどころか更に前面に静かな怒りを押し出しているシェイドを、眼前に捉えながら見据えた。

 頭を振ったのは、シェイドの威圧や言葉に圧倒されないためだ。


「そんなことしない、途中で見捨てたりなんかしない。最後まで俺が面倒見る」


「俺達妖精に殺されるより、魔物に殺されたがっている奴をか。それだけではない。あの子供だけに関わらず、これから先殺されそうになっているハーフに出会うたび、貴様は同じことを繰り返す気か。そうした場合、大所帯になったハーフ達を一体どうするつもりだ」


「それは……」


「それともなにか、ハーフのみの集落を造るとでも言うつもりか。だがそんなことをすれば、貴様は否応なく責任者にされるだろう。そんなことになれば責任というしがらみから逃げられなくなり、当初の目的であるはずの貴様の姉を探すどころではなくなるな。矛盾してはいないか。貴様は本当に姉を助けたいと思っているのか。実はその逆ではないのか」


「そんなことない。俺は……俺は!」


「ケティルさん!」


 シェイドの口調は冷淡ではあるが、裏には荒く熱のこもった感情が見え隠れしている。

 ルアスはそれを聞くや、幾度となく反論しようとするが言葉に詰まってしまい、結局紡がれることはなかった。

 姉がどうこうは別として、シェイドの言っていることは正論なのだ。


 ポーアは同じ殺されるのなら、妖精達ではなく魔物側に殺されることを望んでいる。

 その彼を集落の外に連れて行けば、自ら進んで魔物に殺されるだろう。

 だからといって四六時中見張れるはずもない。


 そもそもルアスは、そのために外にポーアを連れて行くわけではないのだ。

 ただ助けたいだけなのだ。

 けれど先程シェイドが述べたように、悲惨な目に合っているハーフに会うたび連れ出せば、その分大人数になり、行動が取り辛くなるどころか面倒を見るどころの話ではなくなってしまう。

 怒りに任せてはいてもシェイドの言いたいことは、なんとなくわかっている。


 しかしルアスは納得できない。

 納得など、したくはなかった。胸の内に燻っている怒りや憤りが反発心を煽り、シェイドの言葉を受け入れさせなかった。

 もはや意地や固持でしかない。今更後には引けない。

 なによりも姉の事を言われて、素直に聞き入れることができるはずがない。


「でも、それでも俺は、放って置けない。今の俺の想いが同情だったとしても、憐れみだったとしても、なにもしないまま黙ってみていたくない。同じハーフなら、なおさらだ!」


 ルアスは俯きながら、自分に必死に身を寄せていたポーアの震えた体の感触と、切実に紡ぎだされた叫びを思いだしながら、シェイドに言い放った。


 シェイドはルアスに詰めより、襟首を掴み、勢いよくベッドの上に叩きつけた。

 ルアスはベッドの上に襟首を掴まれたまま押さえ込まれ、シェイドは片膝をベッドの上に、もう片方は踵を地面につけている。

 襟首を掴まれ、首を締め上げられている形になっているため、ベッドの上で苦しそうにしている。

 腕を掴み、引き離そうとする。

 しかし体勢が悪いことと、シェイドの力が予想以上に強いことが重なって、腕を引き剥がすことができない。


「それこそが、あの子供の後ろで操っている連中の思惑だということが、なぜわからない。貴様は憐れみや同情が相手に与える本当の意味を、なに一つわかっていない。どれだけ惨めな気持ちにさせられるか、まったくわかっていない。しかも一時的なものなら、なおのことだ」


 だからこのまま放っていくのが一番なのだとシェイドは目を怒らせながら続け、なおもルアスの襟首を掴んでベッドに押しつける。

 さすがに傍観しているわけにはいかないと思ったフィニアは駆けより、シェイドの行ないを留めようとした。


「やめてください。アーサーさんも黙って見ていないで止めて下さい。もういいではないですか、ケティルさん。今ここで私達が言い争ったところで、なんの解決にもなりません。それよりも、これから先どうするかを決める事の方が大事です」


 フィニアの言い分に納得したのか、シェイドは襟首から手を離し、荒々しくルアスの顔の真横に拳を打ちつけた。

 しっかりと両足を地面につけ、半身でベッドの上に寄りかかっていた体を立たせた。


 ルアスは激しく咳き込んだあと、苦しそうに荒く呼吸している。

 シェイドは彼に目もくれず踵を返し、ルアスを監禁するために用意された部屋から出て行こうとする。


「明日には、この集落を出る。次に行くのは人間の集落だ。身支度を整えておけ」


 背中越しに言い捨てると、シェイドは先程まで苛立ちや怒りを発していたのが嘘のように、静かにその場をあとにした。

 ルアスは突然ベッドの上に叩き付けられた衝撃と、シェイドの冷たいが燃え滾るような、相反するものが揺らめいている怒りの眼差しを目の当たりにしたため、いまだ荒く息を吐き出している

 彼の態度と眼差しを見た瞬間、本気で殺されると思った。

 フィニアの諌めと、それを受け入れるだけの頭の巡りがシェイドにあったため、回避された。

 たとえフィニアの言葉がなかろうと、シェイドが簡単に人殺しをするとは思えないが、それくらいは簡単に行なえてしまいそうな迫力があった。


「あの、ルアスさん……」


 ベッドの上に横たわり、荒い呼吸をしたまま身動きできないでいるルアスに、フィニアが控えめに声を掛けた。どうやら心配しての事らしい。

 ルアスはその言葉に反応し、ようやく自分が置かれている状況を思いだした。

 ベッドの上で横たわっていた上半身を起こし、自分を抱き締めるように、震える体を落ち着かせるために両腕を巻きつけた。


「……出て行ってくれ、俺を放って置いてくれ」


 体だけではなく、声もどことなく震えながら、弱々しくルアスはフィニアに言い放った。


「ですが……」


「出て行ってくれって言ってるんだ! アーサー、お前もだ。俺を一人にしてくれ!」


 フィニアはなおも声を掛けようとするが、ルアスはなにかに脅えるように顔を強張らせながら、八つ当たり気味に声を発した。

 ルアスの様にフィニアは一瞬怯んだが、すぐ様我を取り戻し、彼を心配そうに見つめている。


「わかりました、出て行けばいいのですね。なにかあれば、すぐにでも呼んでください」


 フィニアはルアスの下へと歩み寄り、ベッドの上にいるアーサーを抱きかかえると、彼を見下ろす形で見つめている。瞳の奥は憂いている。

 ルアスは応えることも、頷くこともせず、身を震わせている。

 フィニアは静かに、その場をあとにした。


「……っくしょう…」


 ルアスは一人残された部屋の中で、震える自分を抱きかかえるような格好のままベッドの上で、悔しそうに歯軋りすると独語した。

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