三回
現在、ルアス達は妖精のみが住まう集落に来ていた。
妖精のみとは言葉の通りの意味で、人間は一人とていない。
人間の血を僅かでも受け継ぐ混血児も同様だった。人間の血を受け継ぐ者は徹底的に排除することを趣旨としていた。
そのためルアスは、必要な時のみ以外の宿屋からの出入りを禁止させられている。
それでも集落にしてみれば寛大な方だった。
なぜなら集落に入る際に頑として拒否され、挙句の果てに命まで取られかねない中で、純血の妖精であるフィニアとシェイドがこの集落の責任者や、住人達に説得してくれたのだ。
だが主に説得を試みたのはフィニアの方で、あまりに真剣で必死な彼女を見かねたシェイドが集落に住む者達に、交換条件を持ち出すという形で助け舟を出しただけである。
交換条件というのが、必要なとき以外はルアスを宿屋から一切出ないこと。
もし約束を違えれば、即刻切り捨てても良いということ。
同等のことを、シェイドとフィニアにも実行してよいということだった。
周りの不評を買ったものの、おかげでその場を沈静化させ、事なきを得たのである。
過程を経てルアスは宿屋の一室で、一人ベッドの上に横になっていた。
半ば強引に入れられた宿屋は、集落のほぼ真中に位置している。
宿屋の外壁は粘土を練りあわせて作られており、廊下や扉、部屋割りのといった室内は、木によって造られている。
宿屋は二階建てで、真中に廊下があり、それを挟んで左右に三つずつ小さな部屋がある。
ルアスは二階の右角部屋におり、隣にシェイド、フィニアと、それぞれ一人ずつ部屋を借りている。
一階と二階を繋ぐ階段は、ルアスの部屋から向かって左側にあり、通路を通るには二人の部屋の前を通らねばならない。
現在いる一室は、今横になっている大きなベッドと台置きを兼ねている小さな引出し机と、小さな窓があるだけで、それ以外は殺風景としかいいようのない部屋だった。
シェイドやフィニアのいる部屋も、ほとんど変わり映えしないだろう。
もし窓がなったなら、この状況下では囚人牢といっても差し支えないかもしれない。いくら小さくても外を眺めることのできる窓がついているのは、とても有り難い。
けれどそれでも浮かべる表情は、明らかに不満そのものである。
「あー、暇だ。今日で三日だぞ、一体いつになったら出発するんだよ!」
ルアスはベッドの上に横になっている状態で、鬱憤をぶつけるべく、天井に向けて大声を放った。
四六時中限定された一室で、いつまでも閉じ込められているのは耐え切れない。
しかも集落から去る以外に宿屋から出ないよう見張るため、周辺や一階にある入り口付近のカウンター辺りで、常に誰かがいるのだ。夜になると、更に強化される。
それが余計にルアスの神経を尖らせた。ほとんどの行動を制限されれば、よほど奇特な者でない限り、自由に動き回りたいという欲求が抑えきれなくなる。
『少しは大人しくしてはどうなのだ』
愚痴を漏らし、物をねだる子供のように癇癪を起こすルアスに、アーサーは聲のみで応えた。
アーサーは外出したフィニアとシェイドに着いていかず、ルアスのお目付け役として残っていた。
理由はそれだけではなく、まだ人の形を成すだけの力は戻っておらず、かといって白竜のまま出て行けば目立ってしまうのは必至。
ただでさえルアスが集落に入って来たことに、妖精達は芳しくない思いを抱いている。
余計な不穏をもたらすことを恐れたアーサーは自主的に残ったのだ。故に存在自体も知られていない。
「そんなこと言うんだったら、姿を現して話し相手になってくれたっていいじゃないか。今まで必要なときしか話さないくせに」
『話し相手は別として、何故姿まで現す必要がある』
「だって独り言みたいで落ち着かないんだから、仕方ないだろ」
ベッドの上に寝そべりながら、もっともらしく言い放つ。
駄々をこねるルアスにアーサーは無言で白竜の姿をなして宙に現れた。
宙からふわりと、ルアスの顔の横に舞い降りる。体には実体があるのか、降り立った部分が緩やかに沈んだ。
『これでよかろう』
「ああ、文句なし」
言うとルアスは上半身を起こし、アーサーに向かい合った。
そのときルアス達のいる部屋の扉が開く音がした。
見ると僅かに開けた扉の隙間から、片眼に包帯を巻いた六、七歳程の小さな少年がルアス達を見つめている。
とても綺麗な薄紫色の瞳を持つ、鳥のような翼の生えた妖精、フェザーフォルク族である。
だがルアスは少年に、なにかしらの違和感を憶えた。なぜなら双眸から窺える眼差しは、どこか淀んでいるように光を失っている。
まるで生きる喜びもなにもかも奪い去られたような、もしくは最初からなにもないような、霞が掛かった虚ろな瞳を向けてくる。
ルアスに対する警戒心どころか、アーサーの姿にさえ驚いた様子もない。
表情もまったく変わらず、無表情そのものだった。
瞳の色は薄紫なのだが、なぜか闇へと惹きこまれてしまいそうなほどの漆黒に包まれている。
そのためルアスは違和感を通り越して、寒気を憶えてしまった。
「君、誰?」
微動だにすることもできず、なにも言葉を発することができず、凝視するルアスへと、少年が先に声をかけた。
声も表情と同様に、感情の起伏がないように思われた。
「君、人間? それとも、ハーフ?」
「俺? 俺は……」
ようやく自分に向けられているのだと気づくと、ルアスは少年に向けて口を開いた。
*
今は昼を通り過ぎ、日が僅かに西に傾いている。
陽射しは強いものの、さすがに絶頂期よりは柔らかくなっている。
「ケティルさん!」
「フィニアか。そっちの方はどうだ」
フィニアはシェイドの姿を見て取ると、早足で駆け寄った。
シェイドは彼女の声に気がつき振り向くと、早速問いかけた。
しかし力なく首を横に振るフィニアに、諦めにも似たため息をついた。
「ここも情報はなし…か。それについて知っていそうな輩も、皆無ときたものだ」
言うとシェイドは、更に深いため息を漏らした。
二人がいる場所は、集落の中心に位置する広場である。
広場とは名目上で、土が剥き出しになった更地しかない。
集落に住む妖精達が集まり、話し合いを行なうには充分の場所でもあるために、そう呼称しているだけのようだ。
以前赴いたレンガ造りの家々が多い人間の村に対し、この地に住む妖精達の家々は、木々や粘土を固めて造ったものが多かった。
人間達の住む場所は僅かながらも店が立ち並び、物資の売買を行っているものの、妖精側はお金で物の交換をしているのではなく、物々交換で暮らしている。
しかも森を開拓し、昔のような豊かな生活を取り戻そうと、あふれんばかりの改築を行なっている人間達とは別に、妖精達は必要以上の開拓を行なわず、道具を造らず、自然と共に生きている。
もちろん食料も、必要以上に取ることはしない。
人間達には土地を切り開き、便利な道具を造り、それを利用して生きる民が多く、妖精達には森や自然と共に生きる民が多いため、そのような結果になってしまうのかもしれない。
そのため、どうしても人間と妖精の住処は異なってくる。
シェイド達のいる妖精達の集落も、例には漏れていない。
ウンディーネの奉るための祭壇である水の神殿へと目的地を定めたルアス達が、三日は経つというのに、いまだこの集落にいるのには理由がある。
手持ちが少なかった道具や装備品が残り薄になったため、それを揃えるのということもあったが、一番の目的は妖魔の情報を手に入れるということだった。
残念ながらそうと知る前に亡き者になってしまったが、ゴルファ洞窟でのガースでさえ、なにかしらの情報を握っていた。
そうなれば魔物とは違い、人語を解す妖魔なら、より魔族や魔王に近いため、彼等についてなにか手掛かりを持っているのではないかと考えた。
そのためには妖魔の居場所を突き止め、魔王や魔族達の情報を手に入れる必要がある。
しかしどこの町や村へも立ち寄らず、自らの足だけで突き止めるには到底限界がある。
情報を手に入れるためには、やはり人や妖精が集まる場所に行かねばならない。
そうなると双方の住処に行かねばならず、人間の集落に行けばフィニアとシェイドが、妖精の集落に行けばルアスの身が危うくなる可能性が高いために、危険を覚悟の上で行動することになる。
それを承知の上で、情報を手に入れるための決意をしたのである。
そのためフィニアとシェイドは集落に滞在して妖魔の居場所について、もしくは妖魔に詳しい人物について聞きまわっていた。しかし返ってくる応えは、どれもこれも求めているものとは違うものだった。
それどころかルアスとの関係を突き詰められ、いつこの集落を出て行くのかという視線や言葉が向けられた。
どうやら集落に入る前に、一悶着起こしたことを知られていたようである。
さほど大きくない集落では、知れ渡るのは半日も掛からなかったに違いない。故にシェイドの問い掛けに、フィニアは項垂れながら首を横に振ったのである。
「仕方がない。これ以上調べたところで、情報を手に入れるのは無理だろうな」
「そうですね。ところでルアスさんは、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろう。自分の身だけでなく、俺達の身の安全も含まれているんだ。あの手の馬鹿には、その方法が一番効果的だからな」
ルアスが後先考えず渦中に飛び込む人物だということは、ゴルファ洞窟で立証されている。
後先考えることができるのであれば、いくら大切な人物を助けるためとはいえ、たった一人でゴルファ洞窟へ行こうとはせず、道中出会ったフィニアのことさえ無視できただろう。
ましてやゴルファ洞窟にいるガースに臆して逃げ出すどころか、逆に向かっては行かないはずだ。
それならばルアス自身の身だけではなく、同行者である自分達の身も同等に扱われることを知れば、少しは落ち着いて物事を考えて行動するだろうと思ってのことだった。
そこまで考えて、この集落に入る際、シェイドは自分達の身の保障も条件に組み入れたのである。
その効果のおかげかどうかは別として、実際にこの三日間、宿屋で大人しくしているのは確かなのだ。
しかしフィニアはそれだけではないというように、軽く首を横に振る。
「私が言いたいのはそのことではなく、ルアスさん一人で退屈していないかということです。この集落に来てから、ほとんど顔を合わせていないではないですか」
「それならなおさら、大丈夫だろう。なんせアーサーがいるからな」
「それはそうですが……」
素気なく応えるシェイドにフィニアは、どうにも腑に落ちなかった。
「それより、もう入手できる情報はなさそうだ。仕入れのできる範囲で取りこぼしの必須道具があれば購入し、終えたら明日はこの集落を出るぞ」
「え、あ、はい!」
もう終わりだというように別の話に切り替え、シェイドは身を翻す。
フィニアは一瞬戸惑いながらも、置いてかれまいと後に続いた。




