一回
ルアスは既に太陽が上がりきってしまった中で、背筋を伸ばしながら欠伸を漏らした。
一緒に旅をしたいと願い出たフィニアと、なにも言わず二人についてきたシェイドの三人は、移動手段が徒歩のために然程町から離れていない場所で早めの休憩を取り、そのまま寝入ってしまったのだ。
身を隠すには充分な茂みや木々に覆われた場所で、シェイドが安全を確かめ、魔物が襲ってきてもすぐわかるように簡単な罠を張り巡らせていた。
罠とはある一定の距離以上踏み込まれたら発動し、敷地内に入ってきた者を切り刻むという風の魔法の一種である。
ただし威力は弱く、相手を死に至らしめるというほど深い傷を与えるものではない。
だが発動させおけば、奇襲される確率は格段に減る。襲ってくる相手が必ずしも魔物だけとは限らず、いつでも神経を張り巡らせることができるわけではない。
こういうときにこそ、この手の魔法は役に立つというのが、シェイドの説明だった。
ルアスは頭を掻きながら起きたばかりの、ややぼやけた頭で辺りを見渡した。
すると近くで、石を竈のように小さい囲いを作り、火をくべ、その上に鍋を掛けて料理を作っている。
匂いからして、どうやらシチューのようだった。
「おはようフィニア」
「おはようございます、ルアスさん」
ルアスはシチューの匂いに引き寄せられるように行くと、フィニアは穏やかに笑んだ。小さい器にシチューを入れると、ルアスに差し出す。
「ところでシェイドは?」
ルアスは受け取りながら、先程から姿が見えないシェイドを捜して、辺りを見渡した。
「ケティルさんなら先程火にくべる小枝を取りに行きましたよ。なにぶん今燃やす物が残り薄ですので」
言いながらフィニアは鍋の中身をかき回した。
噂をすればなんとやらで、丁度よくシェイドの帰ってくる姿が見えた。
シェイドの手には小枝の束が抱きかかえられている。
「お帰り」
ルアスは彼の姿を見つけると、手を振った。
だが彼は声が聞こえているにも関わらず、持ち帰った小枝の束を無造作に置いただけだった。
その様が癇に障り、ふて腐れたような表情になると、乱暴にシチューを口の中に掻き込んでいく。
シェイドはフィニアが差し出したシチューの入った器を受け取った。
「ルアス、貴様は一体どこから行くつもりなんだ?」
「なにがだよ」
先程声を掛けても返事を返してくれなかったことに腹を立てたルアスは、少々乱暴に聞き返した。しかしシェイドは、まったく意に介した様子はない。
「自分の姉を探しに行くと言っていただろう。まさか見境もなく、捜し回ろうとしていたわけではないだろう?」
「………」
「……思っていたんだな」
聞くや、ルアスは告げられた言葉の意味を理解し、冷汗を垂らしていた。
シェイドは無言の意味を諾と解釈すると、呆れたようにため息をつく。
「だって俺、町の外のことなんて知らないんだから仕方ないだろ」
「仕方ないという言葉で、すませるつもりか?」
「あの。実は私も、今どういう状況なのか知りたいのですが……」
ゴルファ洞窟に捕らえられる以前のことしか、あまり知らないのだろう。
事実フィニアは十七年もの間、捕らえられていた。
結果的にそれが助け舟となり、ルアスは救われた思いである。
今どれだけ魔物が勢力を伸ばしているのか、妖精と人間との間に生じた亀裂はどうなっているのか、双方の血を受けつぐ混血児達は一体どうなってしまっているのか。
現状がどうなっているのか、事細かく知りたいのは事実である。
意味を悟ったのか、シェイドは再び呆れたようなため息をついた。
説明をしようと口を開きかけたとき、ルアスがすかさず割り込んだ。
「あのさ、どうせなら魔物が出てくるようになったキッカケから教えてくれよ。俺はまだ産まれたばかりだし、人間と妖精の戦争が一体どういうものだったのか知らないんだ。噂では魔王は神の神殿にいるとは聞いてるけど、姉さんや長老に聞いても誰も応えてくれなかったしさ」
聞くやシェイドは、今度は肩を落として頭を抱え込んだ。
いかにも説明するのは億劫と言いたげである。
「おいフィニア、貴様もそのときのことは知っているだろう。この馬鹿に説明してやれ」
頭を抱え込み項垂れた姿勢のままで、シェイドはフィニアにルアスへの説明を促した。
「馬鹿ってなんだよ、馬鹿って!」
「馬鹿が嫌ならなにがいい。うすら馬鹿か?」
「あ、あの……。これから説明致しますので喧嘩はやめて下さい」
放って置けばいつまでも言い争いをしていそうな思いにかられたフィニアは、戸惑いと困惑の入り混じった表情で二人を制した。
それを見ては、さすがにこれ以上言い争いをすることは憚られ、ルアスとシェイドは納得いかないながらも口を閉ざした。
フィニアは安堵によって胸を撫でおろし、説明をするべく口を開いた。
「人間と私達妖精の間で大きな戦争が起こったのは、知っていますよね」
さすがのルアスも知っているために、力強く頷いた。
知らないのは、なぜ戦争が起きたのかということである。
頷く様を見たフィニアは、ややあって語りだした。
「人間と妖精との間で争いが起こる前、私達が産まれるずっと以前から種族の分け隔てなく共に暮らしてきたのです。その頃はまだ集落や村、町といったものが無数にあるだけでした。けれど三十数年程前でしょうか、私達の間に一つの巨大な都市を作ろうという案がどこからか持ち上がったそうです」
ルアスは初めて聞く話に、真剣に耳を傾ける。
その様にフィニアは、僅かながら優しげに笑みを浮かべた。
「いくら人間と妖精の間に交流があり、共に協力し合い暮らしているといっても、無数に村々や集落があっては行き来に限界がある。ならばそれらを一まとめにして、更に交流を深めようということが狙いのようでした。さしたる反対もなく、実行に移され始めました」
フィニアは一旦言葉を切り、息をついた。そして先を語るべく、再び口を開く。
「都市を作るにあたって、平和のシンボルとして六つの神殿が造られることになりました。それは各精霊の長達と神々を奉るもの。北には光の精霊ウィプス、東には水の精霊ウンディーネ、東南には風の精霊シルフ、西南には大地の精霊ノーム、西には植物の精霊ドライアート。最後に、神殿すべての中心にあたる場所に、神の神殿を置いたのです」
「それがサフィニア……」
ポツリと呟くようなルアスの問いに、フィニアは頷いた。
「そう、初めて造られた都市の名がサフィニア。神の祝福という意味合いを持つ名。けれど皆が協力して造った都市は…。いえ、それ以上に私達の関係はある事件をきっかけに脆くも崩れ去りました」
「ある事件?」
言葉の裏にある、悲哀や苦渋を嗅ぎ取ったルアスは、フィニアに詰め寄った。
フィニアは言いづらいのか、どことなく悲しげな表情をうっすらと浮かべるとルアスへと向けた。
しかしここまで説明しておいてなにも語らないわけにはいかず、フィニアは短く息を吐きだした。
「私達の側の誰かが、魔法で人間に怪我を負わせたのだそうです」
「怪我?」
ルアスは訝しげに聞き返した。
「なぜそうなってしまったのか、そもそも真実かどうかさえわかりません。ですが人間達の心に恐怖を植えつけるには、充分だったようです。自分達とは違う、使いようによっては脅威になりかねない精霊の力を借り、発動させるという魔法を扱う私達のことを急速に恐れはじめたのかもしれません。人間達は武器を取り、私達を襲い始めました」
妖精側を攻撃する理由。
人間達は、故意に殺そうとしたのだと謳いながらだったのだという。
それを聞いたとき、ルアスは全身を電光のようなものが走り抜けるのを感じた。
――俺の親友だった男も人間で…。そいつもいつしか俺を裏切った、信じようとはしてくれなかった。
ふとガロウの言葉と、憎悪の裏にある、悲痛で、切なげな想い。
憎いと言いながら、憎みきれていないような表情が思いだされた。
ルアスは自分の中で、なにか得体の知れない感情が渦巻いた。
それがなんなのかわからないまま、自分の様子を窺いながら語り続けているフィニアへと再び耳を傾ける。
当時妖精は彼等人間の突然の暴挙の訳を問いただそうとしたが、返ってきたのは魔法に対する恐れと罵りだけ。
訳もろくに聞かされず攻撃を続ける人間達に激怒した妖精達は反撃をし、争いが沈静したときの互いの死者の数は相当な数だったのだそうだ。
妖精が人間を襲ったことが始まりらしいと知れ渡ったのは、事が終わった頃だった。
事実を突き止め、互いの仲を修復するには人間にも妖精にも犠牲が大きすぎた。
結局真相は不明なまま、双方にとってわだかまりだけが残った。
いつしか自然と疎遠になり、険悪になっていったのだ。
魔物達が現れたのは、約半年後のこと。
なぜ魔物達が現れるようになったのか、理由はまったくわからないのだと語る。
私が知っているのはそこまでなのだと、フィニアは締め括った。
ルアスは今まで知らされなかった人間と妖精との間で起こった戦争のことを聞き、なんの言葉も出てこなかった。顔を伏せ、項垂れる。
これまでシンシアや長老が語ろうとしなかった理由。
思うに双方の血を受け継ぐルアスを慮ってのことだったのかもしれない。
シンシアは混血児として戦乱を生き抜いてきたからこそ、よけいに伝えにくかったのかもしれない。
自身の不甲斐なさに、どうしようもなく胸を締めつけられた。
「今、魔物達の長である人物は、この大陸の中心部である神々を奉る神殿にいる」
突如口を開いたシェイドに驚き、ルアスは顔を上げた。フィニアも話を聞くべく、彼へと顔を向けている。
「人間と妖精と魔物と、今現在この三つが勢力争いをしている。ただし魔物の場合凶暴で、しかも時と場合をわきまえず見境なしに襲ってくるために性質が悪い。妖精と人間との関係は、あの争いから然程変わっていない。今ではどこも別々の集落を作り、互いの干渉を避けている。人間と妖精との間に生まれたハーフは、どこへ行っても厄介者扱いだ」
シェイドは歯に衣着せず、はっきりと言ってのけた。ルアスへと射抜くような視線を向ける。
「もう一度問う。もし本当にあの妖魔が言ったように、魔物が貴様の姉を何処かへと連れ去ったというのなら、一体どこから手をつけるつもりだ。人間や妖精の集落に行ったとしても、手掛かりになるようなものは限りなくないに等しいだろう。まさか神の神殿に、直接突っ込むわけにもいかないだろう」
「……それは」
ルアスは言い返そうと思ったものの、言葉に詰まってしまった。
実際その通りなのだ。
いくら魔物に連れ去られたといっても、誰の下へと連れて行かれたかわからない。
シェイドの言う通り人間や妖精の集落に行ったとしても、情報を手に入れることなど不可能に近い。再び、深く頭を項垂れた。
『そなたの姉が誰の下へと連れて攫われたか、我にはわかるかも知れぬ』
そんなとき、ルアスの中から表へ向かってアーサーの聲が放たれた。
「…な……なんだよアーサー、驚くじゃないか!」
突拍子もなく彼が聲を出したことに、ルアスは驚きの声を上げた。
そもそも姿が見えない分、いつどこで言葉を紡ぎだされるかわからないため、一向に慣れていなかった。
「それはどういう意味だ。……と言いたいところだが、いつまでもそいつの体の中にいずに、いい加減姿を出したらどうだ」
アーサーの言葉に引っ掛かりを憶えたシェイドだったが、真意を問いただす前に姿を表すよう促した。
姿の見えぬ相手と話すのは、なにより聲の主とは別人であるルアスに向かって話すことに違和感があるようだ。
アーサーは暫し無言だったが、よかろうという返答と共にルアスの体内から拳大の光が飛び出した。
それが徐々に形を成しはじめ、最後には白竜の姿へと変貌していく。
大きさは大体45cm程で、さほど大きくはない。
だが大きさよりも、その姿にシェイドとフィニアは驚愕の表情をしていた。
「……神話に生きていたとされる、竜の姿で現れるとはな。貴様、一体何者だ」
『そのようなこと、今は関係なかろう』
冷静に言い放つアーサーに、シェイドは軽く舌打ちすると顔をそむけた。
入れ替わるように、今度はルアスが問いを発した。
「ちょっと待ってくれよ、お前姉さんの居場所知ってるのか? それに姿を現すことができるなら、なんで今まで出てこなかったんだよ!」
『今まで我が姿を現すことができなかったのは、それだけの力が回復していなかったからだ。だがいまだ完全に我力が回復せしめておらぬ故、汝の活力が必要だ。今暫く、そなたの体内に宿らせてもらうぞ』
「ちょっと待て、それって俺の生気吸われてるのか!」
ルアスはアーサーの言葉に、仰け反りながら声を上げた。
「今はそんなことは関係ない。アーサーとか言ったな、先程の言葉は一体……」
「勝手に話を進めるなよ、俺にとっては一大事だ。それにアーサー、俺はお前の宿主になるつもりなんてないし、ましてや魔王と戦うつもりなんて毛頭ない!」
ルアスは勝手に話を進めるシェイドを押しのけ、彼等の間に割って入ると今度はアーサーに向き直り悪態をついた。
拒絶を聞くや、アーサーは軽く頭を横に振った。
まるで呆れ返っているといった印象を受ける。
シェイドは魔王という言葉に反応し、目を細めた。
「魔物すべての統率者と戦うとは、一体どういう意味なのですか?」
フィニアもシェイドと同様に気になったらしく、問いかける。
『その者を、我は倒さなければならぬ』
アーサーは厳かに、静かに燃え滾るような眼差しを、フィニア達に向ける。
彼等の瞳には、何故と問いたげな色が映し出されている。
『我に課せられた宿命なのだ。その者と我とは幾千億と戦い続けてきた。永き果ての戦いで封じたはずなのだが、封印は破られた。だからこそもう一度奴と戦わねばならぬ。そのための精力を我の体内に集め、力を回復させるための宿主が必要なのだ』
「時間に任せて回復させるよりも誰かの体内に入り、活力を吸いとっていく方が格段に早いというわけか。しかもそれが神の神殿にいるという、人物を倒しに行くためとはな」
頷きながら独り言のように言うと、シェイドはアーサーを見据えた。
瞳の奥には、怪しげに底光りするなにかがあった。
「アーサーといったな。俺の中に宿り、力を貸す気はないか。俺はそいつの配下である魔族の一人に用がある。そうすれば、ついでに神の神殿にいる奴の下へと行ってやってもいい」
『断る。そなたに選ぶ権利があるように、我にも宿主を選ぶ権利がある。禍々しいほどの邪気に包まれた、そなたに宿る気はない。ルアスに宿る炎の力のことも気にしているようだが、あれは我が授けた力ではなく元々こやつに備わっていた力なのだ』
シェイドはそれを聞くや悔しそうに舌打ちし、アーサーから顔をそむけた。
横でルアスは別に誰に宿ろうがいいじゃないか、とむくれながら独白していた。
「ところでルアスさんのお姉さんの居所を知っているような口振りでしたが、どうしてなのですか?」
フィニアは彼等の思い思いの表情に目を向けたあと、再度訊ねた。
『居場所というよりも、誰のもとに連れ去られたのかという予想は大体つく』
「本当なのか?」
問いに応えるアーサーに、焦燥にかられながら、今度はルアスが訊ねた。
表情には切羽詰ったものがあった。居所を知らず闇雲に探すより、少しでもどこにいるかを知っている方がいいのだ。
魔物に捕らえられた時点で、いつ殺されてもおかしくない場所にいるのだから。
『そなた達の言葉でいうならば、魔族だ』
熱っぽいルアスに対し、アーサーは感情の起伏なく淡々と短く応えた。
「魔族?」
「先程ケティルさんが仰っていたことですね」
いまだ耳にしたことのない言葉に首を捻りながら応えるルアスとフィニアに、アーサーは頷いた。
シェイドは魔族という言葉に、そむけていた顔を無言のまま再びアーサーへと向ける。
『魔物には階級がある。我等が常に目にする魔物がもっとも低下層に位置し、魔物より数は少ないがそれらより格段に力が勝る妖魔。更にその上が魔族。だが魔族は三人のみしかおらず、妖魔さえ足元に及ばぬほど知能や魔法力が上なのだ。なおかつその者達は神の神殿にいる魔物の統率者、直々の部下にあたる』
「そんな奴がなんでシンシア姉さんを連れ去ったってわかるんだよ。どこにいるかもわからない、実際にいるかどうかさえわからない魔族とやらの所にさ!」
真剣そのものの表情で語るアーサーに、まだ目にしたことのない魔族に対し沸き起こる恐怖心のためか、生唾を飲み込み冷汗を掻きながらも問い返した。
『ルアスよ、そなたはあの妖魔があの御方と言ったのを聞いておらなんだか。小規模とはいえ、なぜ一介の妖魔が時を操る小道具を持っていたのか。力関係で成り立つ者達が、より力の劣る人間や妖精に屈服するとは考えにくい。それを頭において考えれば、答えはおのずとわかるはずだ』
「では、あの御方というのは格上にあたる魔族の内の誰か。もしくは魔王その人……」
そう言っているとしか聞き取れないアーサーの言葉に、フィニアは愕然と呟いた。
「そんなこと…素直に聞けるかよ。俺はお前がどうしても、魔王の所に行かせたがってるようにしか聞こえない。しかもずっとあの地下の廃墟にいたのに、なんでそんなことがわかるんだよ!」
信じられない、むしろ信じたくない。
そのためルアスは首を激しく横に振ると、怒りをあらわにしてアーサーを睨みつける。
「そいつの言っていることは本当だ」
シェイドはルアスの一歩先へと踏み込むと、アーサーを見据えたまま口を開いた。
「先程言っただろう、俺は魔族の一人に用があると。事実魔族に出会ったからこそ会いに行くんだ」
言うとシェイドは突然低い笑い声を発し、やがては不気味な、不敵な笑みを浮かべた。
「おもしろい、まさかこんなところで奴の情報が掴めるとはな。しかも話から察するに、縁遠からぬ関係のようだ。どうやら貴様に着いて行くことが、俺の奴への借りを返す近道になりそうだ」
アーサーに顔を向けたまま、憎悪に塗れた表情で語るシェイド。
ルアスは、シェイドがとてつもなく恐ろしく感じられた。
なぜなら恨み辛み憎悪といった、引き込まれそうなほど深い漆黒の闇のように冷たい表情をする人物を、いまだかつて一度も目にしたことがなかったためだ。
初めて会ったとき、どことなく寂しそうで、けれどどこか暖か味のあるような印象を受けたのに。今のシェイドを見て、思わずにはいられない。
フィニアも不安を掻き立てられたように、シェイドを見つめている。
『一つ聞く。シェイドよ、そなたはその者に会ってどうするつもりなのだ』
「もちろん、そいつを殺すのさ。そのために俺の体内に、闇の精霊の長たるシェイドを取り込んだのだからな」
諭すように訊ねるアーサーに、シェイドはさも当然といったように応えた。
だがなにを思ったのか、アーサーは短いため息をついた。
『まあよい、そなたも貴重な戦力だ。我の役目を終えるまで、そなたの力を借りるとしよう。だがしかし、そなたが追っている魔族に会うまで、せいぜい飲み込まれぬようにすることだな』
意味深な言葉にシェイドは僅かに眉間に皺を寄せ、目を細めると、アーサーを凝視する。
「待ってください。まさか本当に神の神殿にいる、魔王の下へと行くつもりなのですか?」
ルアスやシェイド、なによりアーサーの話を聞いているうちに、あまりにも日常から掛け離れていることに恐れを感じたのか、フィニアは彼等の間に割って入る。
神の神殿にいる魔王と戦って勝つつもりでいることが、無謀で信憑性のないものに感じているのだろう。
「貴様もアーサーの聲が聴こえていた時点でただ事でないことなど、ある程度予想していたのだろう」
「ですが……。それにどうやって、その方を倒すつもりなのですか」
冷たい眼光で言い放つシェイドに、フィニアは更に詰め寄った。
『策ならある。それぞれの神殿に行き、長たる五大精霊の力を借りるのだ』
「五大精霊?」
ルアスは首を捻りながら問い掛けた。横でフィニアが説明する。
「先程説明した光、水、風、大地、植物といった精霊の長達のことです。ですがアーサーさん、精霊の長の力を借りるということは、私達にも相応の力を持たねばならないということですよ。それは一体どうするおつもりなのですか?」
簡単にルアスに説明を終えたあと、フィニアはアーサーに精霊の長達の力を借りるための器が、自分達に備わっていないということ。
器に至るまでの時間が、あまりにもなさ過ぎるという旨を伝えた。
しかしアーサーにとってしてみれば、気にしていられる状況ではないようだ。
『百も承知だが、しかし時間がない。このままでは魔物達は更に力を伸ばし、己達以外のすべての生き物達を消しかねない。そなた等には神殿に行き着く前に、なんとしてでも精霊の長達の力を借りることのできるだけの器を備えてもらわねば困るのだ』
「本気、なのですね」
『嘘や冗談でこのようなことを言えるものか。そもそも我の聲を聴き、ついてくると言ったのは、そなたであろう』
青く透き通るような瞳で、アーサーはフィニアを見据えた。
瞳には邪気はなく、真摯で切実だった。けれどフィニアは、軽々と承諾できないという面持ちである。
アーサーは仕方がないというように、短いため息をついた。
『ならば今ここで、そなた等に問う。我の言葉を聞いて恐れを感じた者は引き返すがよい。そうでなければ我と共に来てもらおう』
「ふん、そんなこと聞かずとも俺は既に答えは出ている」
見据えながらの姿勢で問い掛けるアーサーに、シェイドはすぐ様応じた。
「……そうですね。アーサーさんの言う通り、自分の意志で出てきたのは事実なのですから」
フィニアは暫し考えあぐねたあと、シェイドと同じように賛同の意を表した。アーサーの聲が聴こえていたとはいえ、まさかこんなことになろうとは予想していなかったため、少々困惑気味の表情だったが。
しかし一番動揺したのはルアスだった。二人揃って、アーサーに付き従うなどとは思ってもみなかった。
「二人共、自分が一体なにを言ってるのかわかってるのか。魔物の王に喧嘩を売りにいくんだぞ!」
「貴様の場合、その身にアーサーが取り憑いているのだから強制だがな。それにだ、もし本当に魔族か魔王の下に貴様の姉が連れて行かれたのなら、一人で奪還できるような相手ではない。違うか?」
すかさず切り返すシェイドのもっともな言葉に、ルアスは言い返すことができなくなり、口を噤んだ。苦渋な表情が満面に映し出される。
だがやがて折れたように、渋々ながらも息を吐く。
「アーサー、最初に言っておく。シンシア姉さんを取り戻したら、俺の旅はそこで終わる。それまでに他の宿主が見つからなかったら、シェイドにお前を託すからな」
『そうしたければ好きにするがよい。ただしそれまでは、そなたには我の力になってもらう』
言うとアーサーはルアスから目線を逸らし、空を仰ぎ見た。
「そうと決まれば、ここでグズグズしているわけにもいかないな。まずは一番近くにある人間の町へ行き、そこで地図を手に入れなくては」
「人間の町? 俺達が行ったらやばくないか?」
アーサーの言葉が終わるや突然最初の行き先を人間の町に定めたシェイドに、ルアスは驚きの声を上げた。
「精霊の声が聴こえない分、人間達の方が地図の精密さは上なんだ。道を訊ねるだけにしても精霊を呼び出すということは、その分力を消耗する。いざというとき、そんな間抜けな力の消耗の仕方で魔物に殺されるようなことがあれば、死んでも死にきれん」
とくに各神殿の場所をはっきりと知らないため、地図が必要なのだとシェイドは告げる。
地形が変わっている場所は数多くあり、それらすべてが書き換えられているとは限らないが、神殿の大まかな場所さえわかれば、多少古い地図でも構わないらしい。
もちろん人間達の町に入るときは、このままの姿ではなくそれなりの変装をするつもりらしい。だが同時にルアスに対する、「貴様は、そのままでも平気だろうがな」という皮肉交じりの言葉も忘れなかった。
行き先が決まると、早速人間の町へと向かうこととなった。ルアスは、いまだ白竜の形をなしているアーサーに向き直る。
「アーサー。俺は絶対神の神殿にいる人物と戦う気なんてないし、お前の宿主探しを諦めたわけじゃないからな!」
ルアスは大声で、もう一度確認するように伝えた。
しかし肝心のアーサーは、終始無言だった。アーサーに悪態をつくルアスの声が木霊する中、一歩一歩足を踏みしめながら歩き始めた。




