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九回

 ルアスは住み慣れた町へと、息を切らしながらひた走っていた。

 ゴルファ洞窟で手に入れた毒消しの薬草を、毒で苦しんでいる町人達に、なによりエルフォーネのために少しでも早く届けるためである。

 やがて町へと辿り着くと辺りには目も向けず、長老の家まで一目散に駆け抜ける。


「長老!」


 ルアスは急ぎ足で長老の家の中へと入っていくと、大きな声を張り上げて家主を呼んだ。


「……ルアス。ルアスなのか」


 突然大声を張り上げて入ってきたルアスに、長老は先程まで塞ぎこんでいた表情をそのままに、彼の下へと歩みよった。

 だがルアスは薬草を手に入れた達成感と興奮のため、気に止めはしなかった。

 フィニアから貰った薬草の入った包みを、早速長老へと差し出した。


「言われた通り薬草を取ってきました」


「それは本当かね!」


 薬草の入った包みと共に紡ぎだされる言葉に、長老は一瞬信じられないという表情で彼を見た。

 ルアスの自信満面の表情に、やがて実感として沸き起こってきたのか、目には安堵の光が宿りはじめた。


「誰か、誰かおらぬか。即急にこの薬草の調合を!」


 ルアスから薬草の包みを受け取ると、長老はすぐ様張りのある声で人を呼び寄せて渡した。

 そこでようやくルアスは安堵の息を洩らした。

 今まで張り詰めていたものが、共に体の外へと吐きだされたようだった。


「よくやってくれた。これで町の者達は助かるだろう」


「やめてくれよ、照れくさい」


 感謝の言葉を向ける長老に、ルアスはくすぐったそうに応えた。

 しかし感謝の意を述べながらルアスを見つめる長老の眼差しは、自身に対する責め苦と、目の前に立つ少年に対する罪悪の念にかられているような印象を受けた。

 憐憫にも似た眼差しの意味を、シンシアのことだと感じた。


「長老、俺旅に出ようと思うんです」


 突然のルアスの申し出に、長老は言葉の意味を量りかね、目を丸くした。


「旅に出て、どうするつもりなのかね」


「姉さんが生きてるかもしれないんです。ゴルファ洞窟にいた妖魔が、そう言っていたんです。だからエルの無事を確認したら、すぐにでも捜しに行くつもりです」


 ルアスの口からシンシアが生きているという言葉が紡ぎだされたとき、長老は我が耳を疑った。

 しかも情報をもたらした者が、ゴルファ洞窟にいた魔物の統率者だということにも。

 一瞬長老の脳裏に、ルアスは洞窟での魔物の統率者に屈服し、我等を血祭りにあげるために戻ってきたのだろうか、という思いが胸を過ぎった。


 しかしルアスは力ずくで押さえつけられることを嫌っていることを、長老は知っていた。

 守りたいものが、なんであるかということも知っている。

 なにより彼はそういった嘘や、誰かを陥れるような言葉を発するのを心良しとしない。

 たとえ言おうとしても直情的な性格のためか、表に出てしまうのだ。


 ルアスがなにかの魔法によって、精神を操られているというのなら話は別だが、彼の体の周りには魔法による乱れはなにもない。

 長老は目を凝らしてルアスに感づかれないよう彼を観察したが、その兆候はまったくなかった。

 もし本当に魔法に掛かっていないとすれば、ルアスの言葉を素直に信じることができる。

 長老はそれらを瞬時に推測し、疑いの眼差しを取り除いた。

 ゆっくりと目を伏せる。


「………すまない」


 刹那、長老は切り出した。


 ルアスは潔癖だと、魔物に操られているわけではないという思念が取り払われた。

 しかしもう一方の不穏の影が長老の胸の内を黒い靄となって支配し、詫びの言葉を紡ぎださせる。


「すまない、ワシにはお主達姉弟を守るほどの力は持ち合わせなんだ。長老とは、この町の復興者とは名ばかりの、力のない老いぼれだ」


 ルアスは謝罪を向けられ、呆気に取られた表情をしている。

 だが長老はそれに対する説明も補足もせず、言葉の真意をどう受け止めていいのかわからずにいるルアスに、更に謝罪というより懺悔に近い言葉を向けるだけだった。


「長老?」


「お主はお主の思う道を進むがよい。ワシが言えることは、それだけだ」


 ルアスは長老の言葉がなにを意味しているのかがわからずに、困惑の表情をあらわにしている。

 だが長老はお構いなしに、物悲しげな微笑みを向けるばかりであった。


「長老、薬の調合が終わりました。今手が空いている者達が、総出で薬を飲ませて回っているところです。もう少ししたら様子を見に来てやってください」


 そんなとき彼等の下に一人の使いがやってきて現状報告をすると、すぐ様忙しそうに場を後にした。


「…ちょっ、ちょっと待って」


 ルアスはエルフォーネに薬を飲ませる役を請け負うために、その人物の後を慌しく追いかけていった。

 ルアスが来る前と同様の静けさが辺りに漂う中で、長老は自分の不甲斐なさを嘆きながら、心の中でまたしても謝罪を向け続けた。


 するとまたもや扉が開く音がし、長老はそちらへと目を向ける。

 一組の男女と、抱きかかえられながら気を失っている幼児という三人の姿だった。


「君達は……」


 長老は彼等の姿を見るなり、呟きを洩らした。



「これでもう大丈夫だよな」


 ルアスはエルフォーネに薬草を飲ませたあと、眠り続ける彼女の傍らに、椅子を引き寄せ座っていた。

 先程までの、息が荒く、青白い表情が嘘のように落ち着きを取り戻し、頬も俄かに赤味が差してきている。

 間近で見ていたルアスは安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろす。

 間に合ったのだという感慨が、今頃になって胸を満たしはじめた。

 けれどすぐにでもこの町を去らねばならないことに、エルフォーネをこの町に一人残していかねばならないことに、胸の痛む思いがした。


 しかし姉を捜す旅へと、エルフォーネは連れて行けない。

 魔物が跋扈ばっこし、妖精と人間との混血児を受け入れてくれる場所もなく、なにが起こるかわからない途方もない旅へと連れて行くよりは、この町に留まるほうが安全なのだ。

 なによりアーサーのこともある。


「エル……、ちゃんと俺帰ってくるからさ。それまでここで待っていてほしいんだ」


 必ず姉さんを、シンシア姉さんを捜し出して帰ってくるから。そしたらまた三人で、一緒にこの町で暮らそう。

 口にした言葉に続く想いを、ルアスは胸の内で強く彼女に語りかけた。


「本気で、この町へ戻ってこれると思っているのか?」


 扉が開く音と同時に、皮肉と嫌悪の入り混じった言葉がルアスの背中に投げかけられた。

 まったく予想だにしていなかったそれに、心臓が飛び跳ねるほど驚き、すぐ様振り返る。

 ゴルファ洞窟に薬草取りに行く前に、殴り掛かってきたガロウがたたずんでいる。


「一体どういう意味だ」


「その様子だと、どうやらまだ長老から聞いていないようだな。表へ出ろ、さすがに病人の前で口論するつもりはないからな」


 睨みつけるように見据えるルアスを、ガロウは同じような眼差しで跳ね返し、外へと促した。

 どんなにハーフを忌み嫌っているといっても、ガロウにもほんの一握りの良識はあるらしい。部屋をあとにし、外へと出た二人は、お互いを睨みつけながら対峙した。


「さっきの言葉、一体どういう意味なんだ」


 敵意を剥き出しにして先程と同じ問いを口にするルアスに、ガロウは冷ややかな笑みと、侮蔑の色を称えた瞳を真向から叩きつけてくる。


「どうやら本当に知らないらしいな。長老はこの町の復興者であり、しかもここまで住人達を束ねてきた功労者だ。ただ一つ欠点があるとすれば、お前達ハーフを庇いだてしすぎるという点か」


「だから一体なんなんだ」


 なかなか核心に触れようとしない言動に、やきもきしたルアスは更に詰め寄った。

 ガロウは冷ややかな笑みを絶やさず向かい合う。

 そしてゆっくりと口を開いた。


「お前は、本日を持ってこの町を追放されるのさ。お前が帰ってきた日に実行されるよう、町の住人全員で決めたことだ」


 もちろんこの町にいるハーフの意見はすべて除いてな、とガロウは続けた。

 ガロウの口から紡ぎだされる信じがたい言葉に、ルアスは目を見開いた。


「なぜ、と言いたげだな。理由は簡単だ。一つは、お前が忌み嫌われた炎を扱えるということ。二つ目は、お前に人間の血が流れているということだ」


 理由がなぜ追放という形にまで発展したのかわからず、ルアスは無言のままガロウを見つめ続けた。

 対してガロウは、疑問の目を投げ続けるルアスの察しの悪さからか、苛立たしげな表情をあらわにした。


「まだわからないのか。俺達にとって炎とは扱っている本人ではなく周りの者達の身をも滅ぼしかねない、いわば禁忌の力だ。魔法を使うことのできないお前が、それを使うことができるということ自体、既に危険の予兆そのものだ!」


「そんなこと……」


 否定しようとするルアスに、ガロウは隙を与えず糾弾する。


「そんなことがないと言えるのか。たとえ本当になかったとして、そしてお前が俺達のためにそれを使うと言ったところで、人間の血を受け継いでいる時点でいつか必ず俺達を裏切るんだ。あのサフィニア戦争のときのように。人間が俺達妖精を信じず、裏切ったように!」


 そのときの屈辱は忘れない。

 彼等人間の手によって愛しき人を失った悔しさや、憎しみを絶対に忘れない。そう告げるようにガロウの瞳の奥底は憎悪に塗れ、吐露し続けた。


 ガロウの言葉を聞きながら、ルアスは長老の言葉を思いだした。


 ――すまない、ワシにはお主達姉弟を守るほどの力は持ち合わせなんだ。


 ――お主はお主の思う道を進むがよい。


 なぜあのとき長老が物悲しげな、懺悔するような瞳を自分に向けていたのか。なぜあんなことを言ったのか。

 ようやくルアスは理解した。


「もうお前に帰ってくる場所などないんだ!」


 侮蔑や罵り、怒りや哀愁といった感情を入り混じらせ、吐き出される。

 その言葉が呪縛となって、ルアスの胸に重く圧し掛かる。


「……なぜ。なぜ!」


 怒りというよりも憐憫を含んだ面差しで、ルアスはガロウに疑問を向ける。

 追放される理由を知ったにも関わらず、問い掛けずにはいられなかった。


「その問いは、お前の中に流れる人間の血が、俺達妖精になにをしたのか知ってからするんだな」


 憎々しげに言い放つガロウを前に、ルアスは言い返す言葉が見つからず、沈黙という形で目を伏せた。

 切なさや哀しみといったものが映しだされている。

 物思いにふけり、微塵も動こうとしないルアスに痺れを切らしたのか、懐から鋭い刃をした短剣を取り出した。


「お前が頑として出て行かないつもりなら、今すぐこの場で殺してやる」


 言うとガロウは取り出した短剣を構え、一閃する。

 ルアスはとっさに後ろへと飛びのいた。


「自分達の身を嘆き悲しむことしかしないハーフ共が炎を使うお前を見れば、いつしかお前をリーダーに押し上げ俺達に反発するだろう。だが今お前を殺せば、誰一人としてそんな希望にすがりつくこともない」


 続け様に言いながら、ガロウは再び切りつけた。

 ルアスは必死で避けていく。


「それだけじゃない、俺の親友だった男も人間で…。だがそいつも他の連中と同じように俺を裏切った、信じようとはしてくれなかった。だからこそ俺は、お前の中に流れる人間の血が憎いんだ!」


 語り続ける中で、ガロウは何度もルアスに切り掛かる。

 いつしかルアスは避け続けることが辛くなり、剣を抜くと短剣を受け止めた。

 二つの刃が絡み合い、ガロウはここぞとばかりに短剣に自分の体重を乗せ圧していく。

 徐々に押され耐え切れなくなったルアスは、強引に振り払った。


 するとガロウはすかさず後ろへ飛び、ルアスは剣を構えなおした。

 だが剣を構えていたものの、闘う気にはなれなかった。

 しかしガロウは憎悪に塗れた眼光を緩めることなく見やり、すぐ様切り掛かることのできる態勢を取っている。


「……出て行け。お前なんぞ、今すぐこの町から出て行け!」


 咆哮のように叫ぶガロウに、ルアスは思わず怯んだ。

 言葉の向こうに、町人達の怨念のようなものが押し迫ってくるように見えた。

 同じように、出て行けと言っているような感覚を受けた。


 戸惑うルアスに向かって、すかさずガロウが切り掛かる。

 ふいを衝かれたルアスは避けきれず、刃の先端が一筋頬に軽く走った。

 更に切り掛かってくるガロウの短剣を弾き飛ばすと、すぐ様身を翻して走りだした。

 走り去る瞳には悔しさのためか、はたまた悲しみのためか、涙が淡く滲んでいく。

 思いつく限りの悪態を、胸の中で叫び続けた。

 やがて走り疲れたルアスは、どうやらガロウが追いかけてくる様子もないことを知ると、今度は歩みへと変える。


「行かなくちゃ。シンシア姉さんを捜しに……」


 町の追放などというものに囚われてはいけない。

 思いながら頭を振り淡く滲んでいた涙を拭き取ると、当初の目的を思いだして顔を上げた。


「そうだ、シンシア姉さんを捜しに行くんだ!」


 どこまでも深く沈みこんでしまいそうな気持ちを奮い立たせるため、ルアスは先程自分が放った言葉をもう一度口にした。


「それが、貴様の旅の目的か?」


 突然投げ掛けられた言葉に驚き、ルアス声のした方へと素早く振り向いた。

 いつからいたのだろうか。そこは町の入り口で、しかもシェイドとフィニアの二人が手に荷物を持ち、立っていたのである。


「……こんなところで、そんな格好で、なにやってるんだよ二人共」


 呆気に取られたルアスは、二人に問い掛けた。


「あなたを待っていたのです」


 フィニアは穏やかに微笑みながらルアスへと近づくと、彼の手を取り、包み込むように握った。


「俺を?」


「ええ。私達あなたの旅に同行したく、ここで待っていたのです。ルアスさんは自分のお姉さんを捜しに、私は私自身の想いのために」


「そういうことだそうだ」


 旅の同行を願いでるフィニアに相槌を打つように、シェイドは短く応じる。

 しかしルアスはあまりに突然の申し出に、戸惑いを隠せない。


「なんで…。だってフィニア、弟はどうするんだよ。それにシェイドだって、俺に着いてきたってなにも良いことなんてないのに…」


 フィニアは首を横に振り、穏やかな笑みのままで更に口を開いた。


「弟のことは大丈夫です。この町の長老様に事情をお話して、預けてきました。もちろん弟にも事情は話してあります」


「でも!」


「理由は先程述べたことだけではありません。あなたの体内を拠り所にして宿っている方のこえを、誰も聴き取ることのできなかった聲を、私もケティルさんもいつしか聴いていたのです」


「アーサーの聲を?」


 遠慮がちに問い掛けるルアスに、フィニアはゆっくりと頷いた。


「ですから私達も、あなたの旅に同行させてください」


 その言葉にルアスの心は大きく揺れた。

 大きく揺れ動く心の中で、なにか熱いものが込み上げ、胸の内に広がっていく。

 フィニアも、そしてシェイドも、ルアスの言葉を待ち望んでいる。


「……いいの。本当にいいの?」


「もちろんです。旅の目的は違っても、共に歩みたいと思える方でなければ、こんなことは言いません」


 ルアスは目頭が熱くなり、見られたくないが故に、ふいに顔を伏せた。

 体が小刻みに震え、今にも泣きだしそうになる自分を必死に落ち着かせた。


「だって…、だって俺ハーフなんだよ。町の皆に追放されてしまうくらい嫌われていて…。いつかこの旅が終わっても、俺はこの町に戻ってこれない。それでもフィニア達は、俺を旅の仲間に迎え入れてくれるの?」


「話は大体聞き及びました。けれど私は誰が誰の血を受け継いでいるのか、そんな曖昧なものにこだわる気はありません。それにたとえ今あの町に戻れなくても、いつかきっと戻れる日が来ます。……ですから、そんな顔しないでください」


 言うとフィニアは今にも泣きだしそうな、なにかを必死に耐えているような表情をしているルアスを抱き寄せると、そっと頭を撫でた。


「……ありがとう」


 ルアスは感謝の言葉を口にすると、一粒の涙を零した。

 そんな彼等を見ていたシェイドは、やれやれと呆れ返ったように首を横に振った。



「ルアスが追放!」


 薬のおかげで体調は格段に良くなり、ようやく目の醒めたエルフォーネは、長老から事情を知らされた。


 理由はこうだった。

 ルアスが薬草を取りに、ゴルファ洞窟に行った直後のこと。もしもルアスが薬草を取って戻ってきたとき、どうするつもりかという訴えが起こったのである。

 ルアスは魔物を撃退するためとはいえ、それを使う本人だけでなく、関わる者すべてに災厄をもたらすとされる禁忌の炎を、呪文の詠唱もなしに扱ったということが、そもそもの原因らしい。


 人間はごく稀な特異体質の者以外、魔法を使うことができない。

 ルアスは特異体質というわけではなく、ごく普通の人間の血が色濃いため、魔法を使うことも、精霊の声を聴くこともできないのである。

 たとえ伝承がただの言い伝えであったとしても、ルアスを町に留めておくことはできない。

 ルアスが炎を魔物達に使ったとして、それらすべてがいなくなったとき、矛先がどこへ向かうかわからない。それだけではない。人間と妖精の混血である。


 かつての人間がそうであったように、魔物がいなくなってしまう前に彼もまた心変わりをし、その力の矛先を我等に向けてくる可能性もありえる。

 ルアスが薬草を持ち帰ることができなければ、心置きなく滅するか追放することもでき、途中で野垂れ死ねば毒に犯されている者には悪いが、それが一番最良の方法だという。

 だがもしもルアスが無事に薬草を持って帰ってきたときには、彼の処遇をどうするべきか、考えるべきだという。


 しかも先陣を切ったのが、ガロウだという。

 この訴えに他の町人達も、次々と賛同の意を示しだしたのだ。

 たとえ災厄をもたらさなかったとしても、破壊しかもたらさぬ炎を皆恐れているのだ。そして声は大きくなり、やがてはルアスを殺すべきだという案も出始めたという。


 最初は彼等を静めようとしていたが抑えることができず、だがルアスを殺すということに躊躇いを憶えた長老は、やもなく追放という形で場の混乱を収めたというのだ。


「…そんなのおかしいです。炎が滅びを表す禁忌の魔法だからって、事実破壊しかもたらさないものだからって、しかもルアスが使ったからってどうだというんですか。あいつは私達を助けてくれたんですよ。なのに!」


 一部始終を聞き終えたエルフォーネは、批難の声を上げた。

 荒々しく立ち上がると、長老の目の前を通り過ぎようとする。


「待てエルフォーネ。一体どこへ行こうというのだ!」


 エルフォーネの立ち振る舞いに危ういものを嗅ぎとった長老は、彼女の行く先を遮った。


「ガロウさんに会いに行きます。事情を説明して、ルアスは災いをもたらす者でないことを証明してみせます。それでも聞き入れてくれない場合は、私もルアスのあとを追いかけます」


 長老の問いに怯んだ様子もなく、凛とした声でエルフォーネは応えた。逆に驚いたのは長老の方だった。


「待つのだ、それはならぬ。そんなことをすれば、お主もこの町にいられなくなってしまうのだぞ」


「それなら、いっそ本望です!」


「いかん、もはやこれはお主とルアスだけの問題ではない。もしもお主まで騒ぎを起こしてしまったなら、この町に住むハーフ達も行き場を失ってしまうやもしれぬ。最悪どうなるかわからぬ。それでも行くというのか!」


 長老の言葉に、エルフォーネは胸を衝かれた思いがした。

 エルフォーネ達ハーフには、長老のように心を寄せてくれる妖精も少なからず存在する。

 だがこの町に住むすべてが、そういう者達ばかりではない。


 ハーフを追い出すため、それへと持っていくための騒ぎを起こさないかと、随時目を光らせている者達がいるのも事実なのだ。

 これまでは長老の手腕と密かにハーフに心寄せる者達のおかげで、なんとか免れていたが、今回ばかりは容易にはいかないだろう。


 それを考えると、自分勝手な振舞いが少なからず周りにも被害を与えてしまうことに気づき、エルフォーネは悔しそうに唇を噛んだ。


「だがルアスは必ず帰ってくる。シンシアが生きておると、捜しに行くと言っておった。だからそれまで、今暫く耐えておくれ」


 見かねたのか、長老はルアスから聴かされた言葉を伝えた。

 エルフォーネは全身の力が抜け、その場に座り込んだ。


「だったらなおさら、私の目が覚めるまで待っていてくれなかったの……」


 そして思う。

 もしも目が覚めるまで待っていてくれたなら、一言一緒に行こうと言ってくれたなら。

 なにより理由を知ったなら、喜んで着いていったのに。

 たとえ跳ねのけられようと、無理にでも着いていったのに。

 けれど肝心の彼は、もういない。


「どうして…。どうしてなにも言わずに出て行っちゃうのよ、馬鹿ルアス…」


 エルフォーネは最後に見たルアスの姿を、今まで共過ごした日々を思いだしながら、そっと呟いた。

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