クローバー・コード
「おい、待てよ!」
少女を追いかける。当然、少女は走って逃げる。
「待てって!」
徐々に僕の追いかける速度も下がっていく。日頃の運動不足のせいかもしれない。
しかし少女との距離が開くことは無い。
こちらのペースが遅くなれば、それに合わせて逃げる速度を遅くしているからだ。
ようは、遊んでやがる。僕から逃げるこの状況を作り出して、楽しんでやがる。
ふざけやがって。少しくらい、説明してくれてもいいじゃないか。
「はぁ……はぁ……、待てって言ってるだろ…………」
とうとう僕はその場に立ち止まり、息を整えようとする。
少女は振り返ることもなく、その場で止まる。
……あいつ、見えてるのか?僕が追いかけなくなった事が………?
疑問に思いながらも、僕は少女に少しずつ近付く。
今度は少女は逃げなかった。
ようやく説明してもらえる。色々と。
そう思って、僕は少女の肩に手を乗せる。
取り敢えず、最初に何を聞こうか?この子の名前から聞くか?
「あ、あのさ……君の――――」
「諸注意その1」
「えっ?」
熱い。お腹の辺りが突如熱くなった。
何で?熱いどうして?熱い一体何が?熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い。
痛いッ!
「この世界には、常識は通用しません」
熱い!?痛い!?刺されたんだ、この少女に!
何でいきなり、熱い、僕は少女に、痛い、刺された、痛い痛い痛い痛い、んだよ!?
思考が混乱していく。傷口から出てくる血や熱や痛みが邪魔をしてくる。
うるさい黙れ黙ってくれ!静かにしろ、僕は今考えてるんだ!
叫びだす本能を理性で喚き返して、どうにか正気を保とうとする。
冷静に、簡潔に、今の状況に至る過程までを必死に考える。
「諸注意その2」
いきなり、僕の視界に黒の金属製の何か映りだす。
違う。いきなりじゃない。
ただ僕の眼の焦点が今まで合っていなかっただけで、少女は僕を刺したあとからそれを持っていたんだ。
黒の金属製の何か……ここまでされて言うまでもない、拳銃だ。
リボルバー式の拳銃。弾は6発、フルで入っている。
それを僕の首筋に突きつけ、少女は言葉の続きを言う。
感情を映さない瞳、唯一映るのは狂気的な光を映す瞳で。微笑みながら。
「故に、この世界には正気という概念がありません」
言葉の終わりとともに慈悲も無く、拳銃の引き金を少女は引く。
首に零距離で火薬の爆発によって急加速した鉄の塊が当たればどうなるか。
火薬の量や弾丸の大きさにより、経過は多少異なるが、結果はすべて同じだ。
死ぬ。頸動脈からの大量出血、脊髄破壊、気道損傷などにより死ぬ。
つまらない人生の最後、理解不能な現象に苛まれながら僕は少女に殺された。
そもそもの始まりは、複数の友達との遊びの帰りであった。
学校の放課後。夕日に染まり始める町の中に、僕は独りでいた。
理由は簡単。遊んでいた友達と帰る方向が違ったからだ。
それによって僕は必然的に独りになった。少しばかり寂しい言い方だな。
僕の帰路にはこれといった目印もなく、途中で寄れるような店もない。
だから僕はまっすぐ帰った。暇を持て余しながら。
あまりにも単調的な帰り道に、僕はある物を見つけた。偶然に。
本。割と古びた本。それを僕は手に取った。
別に、道端に落ちている物を勝手に掻っ攫ったりする異常な癖を持っているわけでは無いのだが。
どうにも気になった。理由など無い。偶発的に手に取ったのだ。
そして何故だか、読みながら帰っていた。
繰り返すが、理由は無い。偶然だ。何故だか読んでいたのだ。気づいたら。
本の内容は、日記のようなものだった。
日付、起きた事象、それに対する書き手の考察推測感想。
その三つが基本的に書いてあって、日付の部分の表記は○日目という風だった。
日記の最後、そこにはこう書いてあった。
『最終日:これ以上、日記をつける事は不可能となった。故にここには事象を記さない。最後に、とある都市伝説を書き込むことにする。
都市伝説と言っても、これは自分も実際に体験した出来事の一部で、それが原因により日記をつける事が不可能になるのだが、仮想空間の具現化現象という名目で呼ばれている何かについてだ。
その何かについて詳しい情報は、実の所得られなかった。
気付いたらそこにあった。そのようにして仮想空間の具現化現象に辿り着いたのだ。
よって具現化現象について表記するが、ただの妄想話だという風に認識してもらって構わない。
仮想空間の具現化現象とは書いて名の如く、自分の頭の中のものが具現化するのだ。
頭の中のもの、と言っても実際に具現化できるものは自論などである。
その仮想空間で定められているルールを現実に当て嵌める事が出来る。言い換えれば、常識を塗り替える事が出来るのだ。
しかし、具現化現象が起こればすぐさまそれが世界に当て嵌まるわけではない。
ルールによっては全く違うのだが、大概の具現化現象は指定をしなければいけない。
更には、具現化できるルールは一人一つまでという法則がある。
ここまで記してみればまるで何かのSF小説の能力のような設定だが、実際、能力と捉えたほうが分かり易い部分が多い。
しかし、この仮想空間の具現化現象には疑問点がいくつもある。
まず具現化現象が起これば現実は否応なく歪められてしまうのだが、一体、その歪められた現実はどうやって元に戻るのか。
他には具現化現象の発動条件、具現化現象の原因などの疑問点もある。
これからも、この現象について観測及び推測して行きたかったが……。
自分はこれから殺される予定であるため、観測する事は永遠に不可能になってしまった。
せめてこの仮想空間の具現化現象を調べていたため殺されるなどなら良かったのだが、実にくだらない事で自分はこれから殺される予定だ。
最後に、この日記をどの様な形であれ手に取り、読むものが居たのならば一つ忠告しておく。
少女の誘いは断るな』
一体この人はどういう末路を迎えたんだろうか?
日記を見る限り、かなり重度の中二病を発症しており現実とゲームの区別が付かずにヤンデレ系のギャルゲかエロゲをやってしまい死を覚悟したような人物だと推測できるんだけど。
ここに記されている事が本当であれば、あまりいい最期は迎えられなかった事は間違いないだろう。
というか道端に捨てておいていいものなのか、この日記。
もし気付かぬうちに落としていたのなら、限りなく羞恥心で死んでいるんじゃないか?
そんな事を思っているうちに、家に着いた。
築5年の青い屋根の一戸建て。確か、この家に住む前はオンボロアパートに住んでいたらしいのだが、僕が生まれると共に引っ越したらしい。
元の家など覚えていないのだが、僕が。
家には誰もいないのかドアの鍵が閉まっており、仕方が無いからポケットから鍵を取り出し開錠し、ドアを開けた。
開けたはずだった。いや、確かに開けた。ドアノブに確かに触れていたからな。
ドアの先は、屋内では無かった。
青く澄んだ空と、それとは対照的なまでに暗く淀んだ雰囲気のビル街がドアの先にあった。
冷静沈着に思考を回し、僕は一旦ドアを閉める結論に至った。
むしろここで一歩を踏み出すような危険を冒す必要性があるのだろうか?
最初から選択肢が一つだけのような気がする。
「見つけた。後継者」
しかしその選択肢を選ぶことを許さず、無理矢理ルートを確定させようとする輩が居たのだ。
背中を押されたのか、それとも手を引かれたのか。
それを覚えてはいない。ともかく僕は突入してしまった、ビル街に。
「…………っくしょう、何なんだ……?」
独り呟きながら、取り敢えず周囲を確認する。
ニュースや映画で見たニューヨークのビル街などに似ているようで似ていない。
スラム街のよう暗そうな雰囲気でスラム街ではない。
ともかく大量のビルが建っている場所。そうとしか僕には認識できなかった。
周囲を確認する途中、僕はある少女を見た。
見た、と言っても一瞬。路地を曲がる所を見ただけなのだ。
ついて行く、という考えが即座に浮かび実行する。
何故だか少女が色々と知っていると思った……なんて曖昧な理由じゃない。
先程見た。無理矢理、僕をドアの向こうへと行かせた人物。彼女だ。
必然、彼女は知っているはずだ。むしろ知らなければおかしい。
少女と同じく路地を曲がる。先程の少女の背中が見える。
「おい!」
近付きながら、呼びかける。応答は無い。
まあ、少し強気に出たからな。今度はもう少し下手に出るか。
なんて甘い思考を持っていたら、突如少女が逃げ出した。
「おい、待てよ!」
少女を追いかける。当然、少女は走って逃げる。
「待ってって!」
徐々に僕の追いかける速度も下がっていく。日頃の運動不足のせいかもしれない。
しかし少女との距離が開くことは無い。
こちらのペースが遅くなれば、それに合わせて逃げる速度を遅くしているからだ。
ようは、遊んでやがる。僕から逃げるこの状況を作り出して、楽しんでやがる。
ふざけやがって。少しくらい、説明してくれてもいいじゃないか。
「はぁ……はぁ……、待てって言ってるだろ…………」
とうとう僕はその場に立ち止まり、息を整えようとする。
少女は振り返ることもなく、その場で止まる。
……あいつ、見えてるのか?僕が追いかけなくなった事が………?
疑問に思いながらも、僕は少女に少しずつ近付く。
今度は少女は逃げなかった。
ようやく説明してもらえる。色々と。
そう思って、僕は少女の肩に手を乗せる。
取り敢えず、最初に何を聞こうか?この子の名前から聞くか?
「あ、あのさ……君の――――」
「諸注意その1」
「えっ?」
熱い。お腹の辺りが突如熱くなった。
何で?熱いどうして?熱い一体何が?熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い熱い熱い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い。
痛いッ!
「この世界には、常識は通用しません」
熱い!?痛い!?刺されたんだ、この少女に!
何でいきなり、熱い、僕は少女に、痛い、刺された、痛い痛い痛い痛い、んだよ!?
思考が混乱していく。傷口から出てくる血や熱や痛みが邪魔をしてくる。
うるさい黙れ黙ってくれ!静かにしろ、僕は今考えてるんだ!
叫びだす本能を理性で喚き返して、どうにか正気を保とうとする。
冷静に、簡潔に、今の状況に至る過程までを必死に考える。
「諸注意その2」
いきなり、僕の視界に黒の金属製の何か映りだす。
違う。いきなりじゃない。
ただ僕の眼の焦点が今まで合っていなかっただけで、少女は僕を刺したあとからそれを持っていたんだ。
黒の金属製の何か……ここまでされて言うまでもない、拳銃だ。
リボルバー式の拳銃。弾は6発、フルで入っている。
それを僕の首筋に突きつけ、少女は言葉の続きを言う。
感情を映さない瞳、唯一映るのは狂気的な光を映す瞳で。微笑みながら。
「故に、この世界には正気という概念がありません」
言葉の終わりとともに慈悲も無く、拳銃の引き金を少女は引く。
首に零距離で火薬の爆発によって急加速した鉄の塊が当たればどうなるか。
火薬の量や弾丸の大きさにより、経過は多少異なるが、結果はすべて同じだ。
死ぬ。頸動脈からの大量出血、脊髄破壊、気道損傷などにより死ぬ。
つまらない人生の最後、理解不能な現象に苛まれながら僕は少女に殺された。
…………はずでなければ、おかしかった。
という見慣れた展開に至るのは、少女の言葉が正しいからだろう。
諸注意、この世界には常識は通用しない。故にこの世界には正気という概念がない。
だから僕は刺され撃たれても、生きている。
「…………くぅ……ぅぅ……」
首におかしな感じがする、腹にも何か詰まっている感じだ。
ともかく体が重い。だるい。
よく、体が鉛のようだ、とかいう表現方法があるけどまさしくそんなような感覚だ。
指先まで重い。瞼も少しずつしか開けられない。
「…………………?」
瞼を開けたら見知らぬ天井だった、なんてことは無く。
瞼を開けたら、茶髪のギザギザセミロングでやや碧色の瞳をした少女が、見知らぬ少女が居た。
……いや、知っている。僕はこいつを知っている。
「お前は…………」
名前は聞きそびれたが、こいつは僕をこの世界にぶち込み腹を刺し、首を拳銃で吹き飛ばした奴だ。
そんな危険人物の顔が、数メートル先、僕を見下ろすような形で存在している。
何で自分が生きているんだ。何で僕を殺した奴が傍にいるんだ。
そんな疑問はすぐには出てこなかった。
まず最初に思った。
まるで膝枕をされているような形じゃないかな。
続けてこう思った。
そう言えば、後頭部に若干柔らかい感触がするようなしないような。
そうしてこう仮説を立てた。
僕を殺した相手に膝枕をされている。現在進行形でされている。
「のぅわ!」
もう気分的にそろそろ距離を取りたかった。だから僕は飛退いた。
けど少女は肩を押さえて、それを阻止した。
「怪我をしてるから、動かないほうが良いよ」
そう少女は微笑みながら言う。
「お前のせいだろ」
「でも、わたしのお蔭で致命傷は治った」
「治った?」
少女の言葉に思わず眉をひそめる。
その反応を楽しむように、笑みを絶やさずに少女は言葉の続きを言う。
「仮想空間の具現化現象。日記で読んだでしょ?」
「あぁ……何で知っている?」
「まあ気にしない」
少女に説明されなくても検討はつく。
なにせ僕は少女に、この青空の下の灰色ビル街に無理やり連れて来られたのだ。
監視をしていた、と考えるのが自然だろう。
となると、もしかしたらあの日記の持ち主を殺したのはあの少女かもしれない。
最後の文に書いてあった。少女の誘いを断るな。
仮定であるが、これから僕は少女に何かを協力させられるのか?
まあこれはあくまで行き過ぎた推測だが。もうすでに殺された経緯もある。
「単刀直入に聞く。お前は僕に何の話を持ちかけてくる?」
「ちょっと適応能力が高すぎない?」
迷わず質問した僕に、少女は呆れ気味に問い返す。
「何か悪いことがあるか?適応能力が高くて」
眉をひそめながら僕は答える。
残念ながら、僕の取柄は適応能力の高さしかない。それ以外には何も……とは言わないけど、適応能力は僕の誇りに思えるものの一つだ。
「いや悪くない。むしろ、わたしにとっては好都合」
少女は少し笑いを含みながら言う。
本当、一体どこに笑える点があるのだろうか?
「じゃあ、この世界の事とか全部すっ飛ばして、貴方の聞きたい話題から話しましょうか」
今まであった、表情の緩みを消し、少女は言葉を続ける。
「わたしに協力して」
「何を?」
重要な部分の抜けたセリフに、思わず僕は聞き返す。
「復讐」
「どうやって?」
この片言会話はどうにかならないのだろうか?
そんな風に思いながら、僕はまた聞き返す。
「貴方の力で。貴方の力をわたしの復讐のために貸して」
「貸さなかったら、僕はどうなる?」
「貸すと言うまで、臨死体験をしてもらう」
僕は一度、少女に殺された。でも僕はこうして今、生きて少女と会話している。
だから少女の言葉は、嘘では無いだろう。僕を恐喝してきている。
つまり、嘘や冗談だと思われないように、出会い頭に僕を殺したのか。
納得がいった。
「分かった。僕は寿命以外で二度と死にたくない、だから協力する」
「良かった。弾の無駄使いは避けたかったのよ」
僕の了解で、少女は一安心したように溜息を吐く。
「それで、僕は何を協力すればいいんだ?」
「あー、それにはちょっと説明しなきゃいけない事があるんだけどね」
「なら説明してくれ」
少女がこれから説明する事の大体は検討がつく。
仮想空間の具現化現象。常識の塗り替え。
僕のルールを使って、彼女に協力しろというもの。
でも疑問点が一つだけ。僕のルールが分からないのに何故、協力要請したのか。
「まあ適応能力が高い貴方なら、大体分かってると思うから詳しくは説明しないよ」
「それで構わない」
「まずこの空間。このビル街だけど、ここはネットゲームとかでいう広場的なものよ」
「広場?というか、何で例えがネットゲームなんだよ」
「このビル街は、具現化現象が出来る者だけが来れる場所なの。そしてこの空間でしか具現化現象は起こせない」
「確かに、ネットゲームのような感じだな」
「そして貴方はこの場所に居る。つまりは具現化現象を起こせるわけで、それを使ってわたしに協力して欲しいの」
「でも、僕のルールはどういう物か分かってないだろ?」
「もうすでに決定してるわ。貴方が日記を読んで、ビル街に来た時点で。貴方のルールは非観理論。全ての事象を観測でき、何人たりとも貴方を観測出来ないルール」
「……簡単に言えば、透明人間と透視能力が混ざったようなものか?」
「過去も未来も観測できるの、透視というより未来予知に近いわ。そして一つ弱点がある」
「弱点?」
「観測した事象には干渉できない。言動、行動、ありとあらゆる方法をもって干渉することを禁じられるの」
……それだと、協力もクソも無いんじゃないのか?
多分、彼女は僕に未来予知などをさせてその情報を言わせることで協力させるつもりなんだろう。
でも言動、行動による干渉が出来なければ、得た情報を言葉でも文字でも彼女に伝える事が不可能となる。
それじゃ協力もクソも無い。
けれども、彼女はそれを知ってる上で協力しろと言ってきてる。
「お前が具現化できるのは無効化するルールなのか?」
思ったことをすぐ口に出す癖は無いはずなのだが、また僕は単刀直入に聞く。
「貴方相手だと説明が楽だわ。もうヒント与えるだけで簡単に答えに行きついちゃうね」
少し呆れたような溜息を吐きながら、少女は言う。
「その言い方だと、当たりなんだな」
「ええ。わたしが具現化できるのは否定定義。ルールを否定するルールなの」
「最悪なルールだ。というかその力だけで復讐は果たせるんじゃないか?」
「既存の常識であれ、具現化現象によって捻じ曲げられた常識であれ、わたしの力はそれを否定できる。でも否定しかできない。無効化しかできない」
「情報収集には向いていない。だから僕のルールが必要なわけか」
「わたしなら、貴方の干渉できないルールを一時的に消すことが出来る。貴方はそれで観測した事象を発言できる」
頬を緩ませながら少女は続けてこう言う。
「貴方の未来予知と、わたしのルール無効化。この二つが揃えば何に対しても無敵。最恐最悪コンビとして仲良くしましょう」
「協力関係は、お前の復讐が終わるまでだ。それまでなら、いくらでも仲良くしてやるよ」
そして後一つだけ言いたいことがある。
「いい加減、膝枕を止めてくれないか?」
「……鋼凪梓美、ねぇ…………」
少女の名前である。鋼凪梓美。腹を刺され、首を銃で撃ち抜かれ、膝枕されて上に聞きだした名前。
普通、人の名前を聞くのにそこまで手間がかかるだろうか?
『この世界には常識が通用しません』
結局、少女の言葉が正しいという事か。あの空間では常識は通用しない。
通用するのは自分のルール。それすら打ち砕くのが鋼凪梓美の否定定義。
そして鋼凪梓美に足りない情報量を補うのが僕の非観理論。
パワーバランスは成り立たない。僕は弱い、鋼凪は強い。それ以外の事は分からない。
結局、あの後、僕は鋼凪の名前を聞いただけであとは解散。
気付いたら自分の部屋にいたという、あの世界は夢物語だったのかと疑う展開となった。
いくら僕がおかしな体験をしても社会は無慈悲に進んでいく。
今日は平日で僕は学生。そして行き着く結論が、学校に行かなければいけないという物。
残念ながら僕は真面目な方なので、学校をサボるという発想は無い。
昼食前の時間まで普通の学生をやっていたわけだが…………。
「おい、虎杖」
授業終わり5分後くらいに、クラスメイトに名前を呼ばれた。
声の方向をむけば、おおよそ僕の名前を呼んだクラスメイトと教室のドアと茶髪のセミロングの学校指定の制服を着た少女がいた。
「連絡方法を一切伝えなかったのは、こういう事か」
「まあね。偶然、同じ学校で良かったよ」
教室棟から離れ、特別棟の2階から3階の踊り場に僕は連れてこられた。
鋼凪曰く、ここには人が来ないらしい。
まあ昼間にわざわざ特別棟に来る生徒も教師もいないだろう。
「さっそく非観理論を使ってもらうわ」
「はぁ? あのビル街でしかルールは適応されないんじゃなかったのか?」
「わたしのルールは否定定義。既存の常識も打ち消すルールなの。ここまで言えば分かる?」
…………こういう事だろうか?
鋼凪の否定定義は、既存の常識やルールも打ち消すことができる。
それは現実世界では具現化現象は起こらないというルールすらも打ち消すことが出来る。
つまり鋼凪梓美は、現実世界で具現化現象を起こせるし、相手が具現化現象を起こすことを許可することも出来る。
「何を観測すればいい?」
「あれだけの説明だけですぐに検討がつくの?」
疑問を疑問で返された上に、文脈の繋がりすらない。
会話をする気があるのか、鋼凪は。
「検討がつくと思ったからあれだけの説明だけで終わらせたんだろ? それで何を観測すればいい?」
僕は鋼凪の質問に答えたうえで、もう一度質問する。そうしないと会話が進まない。
「復讐相手の居場所よ。名前は春永善樹、そいつの今の居場所をすぐに割り出して」
「分かった………けど」
「けど?」
「どうやるんだ?」
ルールの具現化の仕方なんて僕は知らない。
「簡単よ。思い浮かべればいいの、貴方の場合は傍観者とかを」
「傍観者……」
全ての事象を観測し、全ての者から観測されないルール。
それを鋼凪の言う通り、思い浮かべ具現化する。
すぐさま思いついたのが監視カメラ。
存在は誰もが知っている。だが誰もそれを見続けようとは思わない。
そして全てを知っている。
世界の至る所に張り巡らされたそれはあらゆる事象を無感情に記録する。
それが僕のルール。それを現実に当て嵌める。
「彼は今、どこにいる?」
少女が問う。しかし機械は本来それには答えられない。
そういう規律、そういうルールも同時に存在するから。
しかし彼女はそれを問う形で否定する。否定し、僕に発言権を与える。
予言にも近い発言権を。
「市内だ。この市内のどこかにいる」
僕の答えは漠然としたものだった。
実際、今、春永善樹という人間がどこにいるかは観測できた。
だがしかし、僕はその場所を知らない。過去に見たことが無い。故に答えは漠然となってしまった。
「充分だわ。それだけで彼の目的が分かったから」
「目的?」
僕の非観理論はありとあらゆる事象を観測できる。
しかし僕はその中の『春永善樹の居場所』しか観測していない。
だから彼が今、何を目的にしているかは分からない。
「わたしを殺そうとしてる」
「何で?」
「自分を殺そうとしてる相手を殺そうとして何が悪いの?」
そう言いながら鋼凪は復讐相手を軽く擁護し、言葉を続ける。
「これは好都合だわ。迎え撃ってやりましょうよ」
「早くも協力関係は終わるかもしれないな」
鋼凪と会ってまだ1日しか経っていないが、こいつとは長い付き合いにはならなさそうだ。
「そう簡単にはいかないと思うけど」
しかし彼女は僕の意見を否定する。
「春永善樹、彼もまたわたし達と同じく具現化現象を起こせるし、わたしと同じく現実世界でも具現化現象を起こせる」
「本当かよ……」
「完全干渉。それが彼のルール。あらゆる事象に干渉する事が出来るの」
あらゆる事象に干渉する事が出来る……つまりは、現在を統べると言ってもおかしくないルール。
「塵一つ、髪の毛に含まれるDNA一つにも干渉が出来るわけだけど、その代りとして干渉しない情報まで常に処理しなければいけないの。そしてその情報も常に更新される。つまり一瞬で多大な情報処理が出来なければ使えないルールなの。まあ範囲指定によってルールが使えるようになるから干渉範囲を狭めれば負担も軽くなるんだけどね」
彼女の説明を要約すればこうなる。
干渉範囲すべての事象を処理しなければいけない。それも常に情報は更新されていくわけだから、言い換えれば脳に常に負担が掛かるという事だ。
長くは使用できない。それが完全干渉の弱点。
しかしその弱点を除けば、全ての事象に干渉する事が出来るのだから、最強と言っても過言では無い気がする。
となると一番の問題点は春永善樹の最大干渉範囲とその時の最大干渉時間。
「ちなみに、春永善樹は彼を中心とした半径20メートルが最大の干渉範囲でその時の最大干渉時間は5分よ」
「5分…………」
春永善樹自身が完全干渉の弱点を一番よく分かっていると思う。
そんな彼が最初から最大範囲で5分かけてルールを使用するとは思えない。
最低ラインが5分。最大範囲が20メートル。
否定定義によって彼女は干渉を受けなかったとしても僕は多分違う。
最低限、僕は20メートル離れた場所にいなければならない。
「というか、何で鋼凪はそのことを知っているんだ?」
僕は思わず問うた。
最大干渉範囲なんてものは、鋼凪のルールでは知り得ることのない情報だ。
それを何故、鋼凪は知っている?
「貴方が読んだ日記の持ち主、あれとわたしは協力関係を結んでいた。貴方と同じように」
「……もしかして、そいつのルールも非観理論?」
「その通り。貴方って頭の回転速いよね」
だから彼女は知っているわけか。
日記を監視するにしても、元々の持ち主から奪うか託されるかして手元になければ、ほぼ不可能だ。
彼女のルールの弱点は情報の無さだから。
「今回は、完全干渉を討ち取る策もしっかり考えてある。あとは誘き出すだけよ」
「でも、簡単に出てくるか? 相手もお前を殺そうとしてるけど、自分の命が最優先だろ」
「そうね。でも相手は情報量ではこっちに勝てないわ」
「……つまり、大量に観測するのが今後の僕の仕事か」
「ルールの特性上、それしかできないでしょ?」
まったく彼女の言う通り。
僕のルールは傍観者なんだから、観測することしか出来ない。
言い換えれば、観測することが僕にとっての専門分野だ。
「あぁ、最悪」
翌日。また特別棟の2階から3階の踊り場に集合となった。
そして鋼凪は会うや否や、そう言った。
「何が?」
「バレたの」
「だから何が?」
「わたし達の協力関係が。春永に」
「それはヤバいのか?」
「ヤバいわよ。まず、また非観理論を殺しにかかるでしょうね」
また、という事はあの日記の持ち主はもしかして完全干渉に殺されたのか?
「そして今度こそ、わたしを抹殺するでしょうね」
「つまり、ここにいる二人が殺されるってわけか。それは最悪だな」
特に完全に巻き込まれた僕とか、僕とか、僕とか、僕とか。
「放課後、またここに集合ね」
「別に観測だったら、僕一人でも出来るけど」
「その観測中に、完全干渉に殺されたら次はわたしの番でしょ?」
実に理路整然として分かり易い回答だ。
「携帯、出して」
「何で?」
「いつでも連絡が取れるように」
さも当然のように彼女は言う。まあ確かに当然なんだけど。
僕は彼女の言葉に従い、ポケットから携帯を取り出し、赤外線で互いのアドレスを交換する。
「それと、合図も決めときましょう」
「合図? どういった時に使うものだ?」
一概に合図はこれとは決められないだろう。難しすぎても駄目だし、簡単すぎても駄目だ。
「んー、後でメールで送るわ」
「思いつかなかったんだな」
僕の一言に、彼女はムスッとした表情を取る。
別に真実を言っただけだろ。
まあ鋼凪の機嫌が悪くなったことだし、逃げるとするか。
「そんじゃ、放課後に」
そう言って、僕は踊り場を後にする。
「ええ。じゃあ、また」
「遅い」
「すまない、先生に呼び出されてさ。雑用手伝わされてた」
踊り場についた瞬間、鋼凪の不機嫌そうな顔が出迎えてくれた。
割と現実って、急いでいる時に限って誰かの手伝いとかさせられるんだよね。割と無理矢理。
「遅れた分を取り戻すために、早速、具現化現象を起こそう。何を観測すればいい?」
このまま言い訳し続けたところで鋼凪の機嫌は直らないと勝手に断定した僕は、話題を逸らすために本題に入った。
「これから先の、わたし、貴方、春永の三名の未来を観測して。誰かが死ぬまでで良いわ」
「誰かが死ぬまでって………」
溜息混じりに呟きながら、僕はそっと目を閉じ、イメージする。
前回とは違う。監視カメラではない。カメラでは現在から過去しか見られない。
未来を見る……他人の人生を傍観するには…………。
読者。
本の読み手。物語の、過去、現在、未来の三つを傍観する者。
イメージが収束すると共に、観測が始まる。
本の、物語のあらすじを飛ばす。確認しながら読んだページを飛ばす。
未読のページに手をつける。高速で文字を頭の中に叩きつける。
終わりまで、誰かの死という終わりまで高速で読み上げていく。
「どう? まず最初に誰が死ぬの?」
僕が目を開けると同時に、彼女が問いかけてくる。
逡巡し、僕は答える。
「復讐なんてバカバカしいこと今すぐ止めるべきだ」
「……貴方、わたしに喧嘩を売ってるの?」
鋼凪は僕に探りを入れるような視線を向けてくる。
「それとも、最初にわたしが死ぬから、気を遣ってそう言ってくれてるのかしら?」
「そうだ」
「そう。随分とムカつくことをしてくれたものね」
「…………」
彼女の呟きに僕は黙るしかない。
そもそも、観測した事象に関わることは言動であれ行動であれ禁止されているルールなのだ。
否定定義によって、一時的に僕は発言権を得ているだけで、彼女が否定しなければ僕は喋る権利が無い。
「面倒臭いわね。一々貴方はわたしに質問されなきゃ答えられないなんて」
そう言った後、鋼凪は僕を近くの壁に押し付け、言葉を続ける。
「尋問開始よ。洗いざらい喋って貰うわ」
「……ッ」
まさか僕の人生で女の子に胸倉を掴まれながら尋問される事が起きるなんて思っても無かった。
「完全干渉はこの町に居る?」
「あぁ」
「完全干渉はまずわたしを殺すの?」
「そうだ」
「何故、完全干渉は最初に貴方では無くてわたしを殺すの?」
「非観理論は、完全干渉に悪意や敵意を抱いていない。故に、否定定義を消しさえしまえば非観理論は敵では無くなる。そのために否定定義が最初に殺される」
「……つまり、敵意を抱いていない貴方よりもわたしを消した方が効率的だと判断したのね?」
「あぁ、そうだ」
「っ? ……まあいいわ。次の質問。完全干渉はどういった方法でわたしを殺すの?」
「弱点をつく。否定定義は使用者の認識されてないものは否定できない。つまり、お前の認識できない攻撃を繰り出せば、お前はそれを打ち消すことが出来ない」
「でも、否定して傷を修復すれば問題ないわよね?」
「痛みによって思考を妨害し、脳幹部を直接叩く。そうして完全干渉に鋼凪は殺される」
「つまり、まずは認識できない位置からの攻撃で揺らがせて、傷に注意が行った時にわたしの脳を壊すと?」
「あぁ」
「そうしてわたしは殺されるの?」
「あぁ」
僕から視線を逸らし、どこか苦々しい表情を鋼凪は浮かべた。
「完全干渉は、わたしの弱点をもう知ってるの?」
「いや、まだ知らない」
「そう……、それじゃ次の質問」
鋼凪はまた僕に視線を戻しながら、尋問を続ける。
「完全干渉はいつ頃、殺しにかかってくるの?」
「二日後だ」
「本当に、二日後なの?」
「そうだ。変更することもない、決定された未来だ」
「なら、迎撃は二日後。相手がわたしを討つ3時間前に集合ね」
「……死ぬ気なのか?」
「生きる気よ。復讐を果たしてわたしは生きる。そのための協力関係でしょ?」
そう言って、鋼凪は僕の胸倉を離した。
僕は壁に沿いながら床にずり落ちる。
「集合場所はあとでメールする。集合時間は貴方が逆算して、返信して」
そう言いながら、鋼凪は踊り場を離れる。
しばらく僕は鋼凪が去った方向を呆けながら見ていたが、その方向からひょっこり鋼凪rが顔を出してきて、後付けする。
「くれぐれも裏切るようなバカな真似は考えないでね。殺しちゃうと思うから」
「分かってる」
「そう。良かった」
微笑みながら鋼凪はそう言い、今度こそ踊り場から姿を消す。
何が、裏切るようなバカな真似だ。わざわざ僕はそれを選択する必要性が無いというのに。
天井を眺めながら、しばらく黙考していると何処からか夕日が差してきた為、僕は帰宅することを決めた。
そもそも、腰が抜けて動けなかったからここで考え事をしていただけなのだが。
二日後。今日は残念ながら休日である。
貴重な睡眠時間、怠惰時間を無駄にしてまでも他人の復讐に付き合わされる人の気持ちを知っている人がこの世にいるだろうか?
居るだろう。何故なら世界は広いから。
そんなことは関係ない。今、そんなことを考えたって仕方が無い。
茶色いセミロングの髪をクローバーのヘアピンで止めている少女が手を振ってきている。
「なんだ、その髪留め」
「似合う?」
「似合いはするが、学校じゃつけて無かったよな?」
「ある意味が込められてるからね。このクローバーのヘアピンには」
ある意味が込められてる? 誰かから貰ったとかか?
「クローバーの花言葉って知ってる?」
不思議そうに考えている僕の顔を見たからか、彼女はそんな事を言ってきた。
クローバーと言われれば思い浮かぶのは四つ葉の「幸福」というものだろう。
神のご加護があるように、なんていう発想を鋼凪がするわけがない。
本来のクローバーの花言葉。それは、
「復讐。今日で終わらせる意思表示ってこと?」
「貴方って本当、博識だよね」
感慨深そうに鋼凪は言う。別に僕はたまたま知っていただけなんだけど。
クローバーの花言葉は復讐。それに関する物をわざわざ付けてくるなんて。
相当に気合が入っているのだろう。
「どこでわたしは殺されるの?」
「未定だ。僕の発言で、その情報は形を変えていってるから」
殺される場所は多分、今後の僕らの移動によるだろう。
でも、出来れば迎え撃つためには場所を確定させたい。
「そう。なら、わたしの死に場所はわたしで決めるわ」
そう言って、鋼凪は勝手にどこかへ歩き出していく。
僕はただそれについて行く。鋼凪が止まるまでついて行くだけだ。
「全く関係ないけど、なんで貴方はそんなに適応能力が高いの?」
こちらに顔を向けぬまま、歩きながら鋼凪は聞いてくる。
「知らない。母親は居なくて、父親は働いてて遅くにしか帰って来なくて、その上転勤も多くて、沢山転校して、家でも外でも独りだったらこうなった」
「随分な境遇ね。わたしだったら耐えられないと思う」
感情が籠っていない言葉を鋼凪は投げかけてくる。
「鋼凪こそ、なんで春永善樹に復讐するんだ?」
「くだらない事よ。目の前で母親と父親が春永善樹に殺されて、残りの人生が暇だから、それを言い訳にして遊んでいるだけ。まあ今は、無駄な犠牲を出しちゃったから割と本気で復讐をしたいと思ってるんだけど」
「日記の所有者の事か。どんな奴だった?」
「天邪鬼だったわね。自分は傍観者だ、偽善者だ、とか言ってるわりに人に頼まれたら断れなくて、頼まれなくても助ける事があるような優しい天邪鬼だった」
「そうか。つまり鋼凪は、春永善樹の手によって母親と父親と優しい天邪鬼さんを殺されたわけだ。目の前で」
「そうよ」
「僕だったらきっと耐え切れなくて、復讐の前に自殺を選ぶな。辛すぎて」
「案外、辛くはないものよ。何かを目的にしていると」
「それと同じだ」
「何が?」
「僕も、自身の境遇はそこまで辛くない。慣れてしまえば、何もかも簡単に割り切れる」
「そう。もしかしたら、わたし達は境遇が違うだけで根は同じなのかもね」
「勝手に同じにしないでくれ。出会い頭にいきなり人を殺すような人間と」
「まあ、それもそうね」
その後、二人とも言葉を交わさなかった。交わす必要も無かった。
これ以上、お互いの境遇なんて知る必要が無いから。
「着いたわ。ここよ」
そう言って、鋼凪はある場所で立ち止まる。
着いた場所は、広大な公園だった。
僕の家の近くにあるチャチな公園とは比べ物にならない。
家族連れや若者や老人の集団、それとカップルらしき奴らなどがわんさか居る。
「思い出の場所なのか? この公園」
「よく来たの。母親と父親によく連れて来られた場所なの。二人が死ぬまでね」
「ここで迎撃する気?」
「そうだけど? 復讐する場所には合ってると思わない?」
「普通は、両親が殺された場所で復讐すると思うけど?」
「常識とか普通とか、否定するわ。わたし嫌いなの」
「僕もつまらないから嫌いなんだ。常識とかって」
ただの統計学の塊に従うなんて、つまらない。
案外、僕と鋼凪が似ているっていうのは嘘じゃないかもしれない。
適当に公園内を二人で散歩して、たまたま見つけたベンチに腰掛ける。
「これってまるでデートみたいね」
「でも残念ながら、復讐劇の一部なんだよ」
ロマンチックな事を言う鋼凪に対し、若干リアリストである僕はそのまま現実を言う。
実につまらない言い回しだ。もう少し、捻った言い方が出来なものか。
まあ、する気なんてさらさら無いんだけど
「ちょっと飲み物買ってくる」
「自販機ならあっちよ」
別に気まずくなったから飲み物を買いに行くのではない。
決して、気まずくなったから飲み物を買いに行くわけではない!
大事なので二度言った。僕はこの場から姿を消したかったから買いに行くだけだ。
決して気まずくなったから姿を消したのではない。
「わたし、炭酸系ね」
後ろから鋼凪の注文が聞こえてくる。
お金を頂いていない所からして、僕に奢れと言ってるのか?
協力して貰っている身なのに、生意気な。
そんな事を思いながら、僕は自販機を捜し歩く。
…………ついでだ。自販機とは関係無い話をしよう。
今、僕が離れたことにより鋼凪梓美は一人となった。
そして余談だが、この公園には今、春永善樹も居る。
この二つから推測できる事は何か。答えは簡単だ。
完全干渉が、否定定義を殺害するに適した条件になったという事だ。
まあ、完全干渉を誘き寄せるためにはこの条件を整えなければいけないから、別に構わないのだけど。
というか、この状況になる為に僕はわざわざ嘘を吐いたのだ。
本来、先に殺されるのは僕だった。それなのに僕は嘘を吐いた。
理由を話したいが、それよりも先に事態が進行してしまったようだ。
「待ってたわ、春永善樹さん」
ベンチに座りながら、鋼凪はそう言った。
彼女の近くには人が大勢いる。人混みの中から復讐相手を見つけられたのは、彼女が相手の顔を何度も見たからだろう。
「ありがとう。わたし達の罠にわざわざ嵌ってくれて」
返答は無い。動揺しているからか、それとも知っててここに来たのか。
後者は絶対にない。この公園にいることがそれを後付している。
「罠っていきなり言われても分からないと思うから、説明しましょうか?」
やはり返答は無い。
これじゃ鋼凪の独り語りになってしまう。まあ、それもそれで面白いと思うけど。
「貴方、わざわざ非観理論に盗聴器なんてものを仕掛けたでしょ?」
「何故、それを…………?」
とうとう動揺が隠せなくなったのか、男性の声がどこかからする。
「非観理論がね、気付いたの。自分に盗聴器が仕掛けられてることを観測したの」
そう。僕は放課後の観測時に、自分に盗聴器が仕掛けられて、それが原因で二人ともが死ぬ未来までを観測した。
だから僕は、合図を使った。
「貴方が学校の教師の記憶に干渉して、盗聴器を仕掛ける前にね、わたし達はメールで緊急時の合図を決めたの。合図はとても簡単で自然なもの。完全干渉に情報が漏れている時は、バカを語中に混ぜる。そして、YESなら『あぁ』、NOなら『そうだ』って言う風に決めたの」
まさかメールの送られてきた数時間後に使う事になるとは思わなかったが、お蔭で命拾いした。
完全干渉は本来なら僕を先に殺し、情報がまったく無い状態の否定定義を殺すはずだった。
そっちのほうが効率的で安全的だからだ。
しかし完全干渉はその手順を踏まなかった。僕の発言通りに動いた。
何故か。それは僕が非観理論だからだ。
非観理論は全てを観測できる。非観理論の発言は、未来予知そのものだ。
否定定義はあの時、非観理論に誰が最初に死ぬかを聞いた。
それで僕は否定定義が最初に死ぬと言い、殺害方法まで言った。
完全干渉からしてみれば、無駄な手順……僕を殺すという面倒事を蹴り飛ばして、否定定義を殺せるのだ。
この未来を変える必要が無い。むしろ非観理論の言葉に従うべきなのだ。
まあ、それが真実だった場合だが。
先程言った通り、僕は嘘を吐いた。つまりこの未来は真実ではないのだ。
しかし全て嘘だと、完全干渉に殺される可能性がある。だから僕は真実も混ぜた。
否定定義の殺害方法だ。この真実を混ぜて、嘘を薄めれば、完全干渉は僕の言葉に従うだろうと思った。
結果は言うまでもない。今の状況まで至ったということは、成功したのだ。
完全干渉は僕の言葉に嵌ってしまった。
「嘘の情報を掴まされた貴方は、今ここでわたしに殺されるの。理解できる?」
「…………チッ」
春永は舌打ちをすると同時に、鋼凪の周りに居た人達が突然どこかへ移動した。
「あら。民間人に被害は出さないとかそういう精神を持っていたの?」
「民間人を盾に使われて、攻撃が通らなかったら面倒だろ?」
ベンチに座る鋼凪の周りには、もうセーターを着た30後半あたりの男性しかいなかった。
つまり、そいつが春永善樹というわけか。
鋼凪はベンチから立ち上がり、携帯電話でどこかに通話し始める。
「……人と話している余裕があるとでも?」
「完全干渉はどこを狙ってくる?」
春永に向かって歩きながら電話相手に問う鋼凪。それに答えるのは僕だ。
「2秒後、左足のすね。圧力を掛けて骨ごと潰す気だ」
「否定」
僕の回答の直後、彼女はそう呟く。
直後、完全干渉と非観理論にしか分からない変化が訪れる。
攻撃コードとでも言おうか。春永が指定した空間内での干渉内容がエラーを起こした。実行中止になってしまった。
原因は、鋼凪。彼女が否定したために攻撃コードは中止となった。
それが鋼凪の策。
僕に完全干渉の攻撃を未来予知させ、それを携帯越しで伝えるという物。
完全干渉の最大範囲20メートルより外に僕が居れば、干渉されることもない。
でもこの作戦には根本的なミスがある。
「次」
「4秒後、両腕。切断だ」
「否定。次」
「2秒後、腹部。衝撃だ」
「否定。次」
「_秒後____。______だ」
「………?」
携帯電話から聞こえるノイズに思わず鋼凪は歩みを止める。
この作戦の弱点。それは受信側の鋼凪が範囲内にいることだ。
電波に干渉され、会話内容が聞き取れなくなれば、彼女は地雷原の空爆地に独り残されたようなものだ。
歩けば死亡。歩かなくても死亡。
「次は?」
彼女はもう一度僕に問う。そんな事を本来しても無駄なのに。
けど僕は一応答える。
「1秒後、右太もも。何かよくわからないもので刺されるぞ」
「否定」
「ッ!?」
春永が動揺する。それもそうだ。携帯の電波に干渉して通話妨害しているんだから。
本来だったら僕の声は鋼凪に届かない。
しかし、届くのだから仕方が無い。
「次」
僕に問いながら鋼凪はまた春永に向かって歩き出す。
「3秒後、両脇腹。擦傷」
「否定。次」
鋼凪と僕の連携により、完全干渉の攻撃コードが次々に実行中止になる。
春永は動揺する。どうして非観理論の声が、否定定義に聞こえるのか。
彼の干渉範囲に僕の情報データは無いはずだから。
「非観理論がどう言う物だか知ってる?」
動揺による攻撃の雨が止んだ事によって、鋼凪が春永に問いかける。
別に僕のルールを知っていようがいまいが事態は変わらないのだけど、問いかける。
「非観理論なんて、全ての事象を観測するだけのルールだろ! それがどうして、どうやって………まさか、電波妨害の干渉を否定して――」
「そんな面倒な事はしてないわ。そんな事をしていたら、いずれ貴方に隙を付かれてしまうでしょ」
呆れたように言う鋼凪。春永から期待していた回答を得られなかっただろう。
やれやれ、といった風に両掌を上にして首を振り、その後彼女は正解を言う。
「非観理論は、全ての事象を観測し、誰にも観測されないルールなの。言ってる意味わかる?」
僕は使用者本人だから分かる。彼女の言葉の意味が。
否定定義や完全干渉とは違う部分が、非観理論には二つある。
それは適応される事柄が二つだという事だ。
否定定義は、あらゆるルールを否定することが出来る。
完全干渉は、限られた範囲であらゆる事象に干渉する事ができる。
非観理論は、過去未来現在あらゆる事象を観測する事と、誰にも観測されない事ができる。
そう、最初に鋼凪が説明した通り。
僕はあらゆる事象を観測し、何人たりとも僕を観測する事が叶わない。
それは完全干渉も例外ではない。いくら、あらゆる事象に干渉できようとも、その前段階としてその事象をリアルタイムで観測しなくてはならない。
事象を認知して、始めて完全干渉は適応される。
しかし、僕を観測することは出来ない。誰も。ただ一人、鋼凪の否定定義を除いて。
「まさか……!?」
その事に気付いたのか、春永は何かを必死で捜すように周囲を見渡す。
「捜し物は、見つからないわよ?」
鋼凪が春永の目の前にまで来て、告げる。
春永が慌てて、鋼凪に焦点を合わせようとするがもう遅い。
いつの間にか持たれた拳銃で、鋼凪は春永の首を撃ち抜く。
リボルバー式の拳銃。弾は残り5発。
僕もあんな風に一度は死んだのか。
そんなくだらない事を考えているうちに、春永の首が修復された。
完全干渉による修復ではない。否定定義による修復だ。
まあ当然だろう。彼女は最初から言っている。
春永善樹に復讐する、と。
「起きなさい。まだ死ぬには早いわよ」
そう言って、地面に転がっている春永の体を何度か蹴り踏みつける。
「くっ……ぅぅ………」
春永が目を覚ます。
次の瞬間、春永は頭を拳銃で撃ち抜かれ、死亡する。
そしてまた、致命傷は否定定義によって修復される。
「次はどこを撃ち抜かれるか分かる? 一応、貴方がわたしの目の前で殺した人たちの致命傷にそって撃ってるんだけど」
春永の体を蹴りながら鋼凪は問う。まだ春永自身の意識が戻っているかどうかも分からないというのに。
「ぅぅ………や、止めてく―――」
命乞いをしようとした春永の胸部……より正確に言えば心臓を、鋼凪は問答無用で撃ち抜く。
「止めて? ふざけないでよ。貴方はそう言われて止めてあげたの? 止めなかったんでしょ? 知ってるわ。明確に憶えてるもの。怯える母を殺す光景。母を庇おうとした父を殺した光景。わたしを庇ったあの人を殺した光景。全部、しっかり憶えてる」
ドクドクと胸部から流れる血液。春永の顔は自然と青ざめていく。
そして鋼凪はよりにもよってその春永の胸部を蹴りつける。
言葉にならない春永の悲鳴の中、鋼凪は呟く。
「絶対に許さない。だからこその復讐でしょ」
もう、正直見たくない。
春永善樹がどれだけの悪人なのか、殺人鬼なのかは知らない。鋼凪が大事な人を殺されてどれだけ苦しかったのかも知らない。
知らない、関係無いから、もう見たくない。
だけど、それは出来ない。僕は傍観者で読者で非観理論の使用者だから。
全ての事象を観測する権利と義務がある。
「もっと苦しんで。そうじゃないと、復讐にならないから」
その後3回、春永の致命傷は修復され、3回銃弾で撃ち殺された。
そして最後の1弾が撃ち込まれるまで、僕は鋼凪の復讐劇を観ていた。
「ありがとう、虎杖君」
「あ、僕の名前知ってたのに貴方呼ばわりしてたのか。今まで」
復讐劇から3日後。
特別棟の2階から3階の踊り場にて、また僕達は会っていた。
復讐劇が終わり、解散となった後から鋼凪とは会っていなかったので正直、警察に捕まっているんじゃないかと思っていた。
僕は非観理論によって何人たりとも観測できないため、事情聴取すらされなかった。
そしてメディアの方も、この事件をあまり大きく取り上げなかったので情報も全然無かった。
それこそ、非観理論を使って情報を集めるべきだろと思うかもしれないが、残念ながら僕はあのビル街への行き方を知らない。
だから今日まで、僕の中では鋼凪は行方不明扱いだった。
「すぐに色んな事に気付くのね、虎枝君って」
「適応能力が高いのが取り柄だからな」
そう言いながら僕は壁に背中を預け、ある事を問う。
「警察の方は?」
「否定定義を使って、うまく証拠を消したわ。バレないか内心、冷や冷やしてたんだけど案外うまくいったの」
「それは良かった」
「わりと心が籠ってない言い様ね」
別にそんなつもりじゃないんだが。あの光景を見続けたんだ。無意識に僕は捕まればいいと思っていたのかもしれない。
「…………それじゃ、これで協力関係は終わりだな」
僕はそう切り出す。契約期間は春永に対する復讐が終わるまで。
僕の発言は何も間違ってはいない。その通りなのだ。
「……ええ、そうね」
「寂しいか?」
ふざけ半分に僕は問う。日数にしたら5日も満たない関係だ。寂しいと感じるほど、互いに情は入れ込んでいない。
「……ええ、そうね」
しかし、鋼凪から返ってきた答えは意外なものだった。
「復讐に情熱を燃やしていた時はいいんだけど、それが終わると、どうしようもなく虚しいのよ。誰でもいいから傍にいて欲しい気分になっちゃうの」
おいおいおい、鋼凪が、出会い頭に僕を殺した奴が、なんか乙女チックになっちゃってるぞおい。
「え、えぇーと…………」
「ねえ、一つ観測して欲しい事があるんだけど」
「な、何だよ」
下から僕を見上げるように頼んでくる鋼凪に、僕は思わず退こうとする。
だがまあ、僕の真後ろはもう壁なんだ。
「これからのわたし達のこと」
「へっ!?」
彼女との距離、数センチ。
僕を見上げてくる彼女は一体何を考えている!?
「ねえ、これからもわたし達は関わり続けるの?」
「ふぇっ!? ひゃ、いや、その、ああぁーと…………」
動揺して舌が上手く回らない。
落ち着け。冷静になれ。思考を再整理しろ。
彼女は、これからも僕達は関係あるかを聞いてるだけだ。
決して恋人関係とかそういうのではなくて、友達関係とか共犯関係とかそういうのだ。きっと多分、絶対に?
………ってなんで疑問形なんだよ、落ち着け僕!!
「……なーんてね、冗談」
「…………………………は?」
「復讐よ」
「え?」
彼女の発言が分からずに、僕はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「買ってこなかったじゃない。炭酸を」
「……いや、あれは春永を誘き寄せるために」
「わたし、待ってたのに。炭酸飲めるの楽しみにしてたのに」
「自腹で買えよ」
「だから復讐よ。わたしに炭酸を奢らなかった復讐」
そう言って、鋼凪は僕から離れ、階段を一段上る。
「わたしはね、寂しくても貴方に傍に居て欲しいとは思わないわ。絶対に。
だって、貴方はわたしのちょっとした発言で何でも察するんだもの。息が詰まるわ」
微笑みながら、彼女はそう僕に告げる。
僕だってお断りだ。誰が好き好んで殺人犯に関わるものか。
「それじゃあね」
そう言って、階段を一気に上って踊り場を去ろうとする彼女。
その彼女の背中に、僕は一つ告げる。
「観測したけど、僕達、将来結婚するんだって」
直後、彼女が階段でこけた。
まったく、階段でこけるなんて危ない真似を。もう少し注意しておくべきだろう。
「い、今にゃんて言ったの!?」
彼女は飛び上がりながら僕に問いかける。
「ん? あぁ、あれ嘘」
直後、鋼凪は崩れ落ちるようにまた階段でこける。あいつはアホの類なのか?
「なんで、そんな嘘をわざわざ言うのぉ!?」
「復讐だ。僕を動揺させた復讐」
そう言って、僕は階段を下りる。彼女と同じ方向に進んだら暴力を振るわれかけない。
復讐は連鎖する。よくそんな言葉を耳にするが、つまりこういう事か。
上から何かを喚いている彼女を無視して、僕は自身の結論に感心しながら、階段を下った。
結構、読み難い文章だったんじゃないかなぁー、って思います。すいません。
設定がグチャグチャなんですよね。すいません。これでも善処してほうなんです。
これ元々、うちの部活で使うはずだった文章を俺が勝手に弄りまわして、結果こうなったんです。戦犯は俺です。すいません。
まあ、絶対、読んでいたら理解できない部分が出て来ると思うんで、
感想欄にて、ここをこうしたら良い、ここがどういう意味だか分からない、誤字脱字などを受け付けとります。
どうせ作者はクズなので、遠慮せずに批判してください。
あ、別に酷評のみが欲しいんじゃなくて、良かった系の感想も欲しいですよ!