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君のツバサ  作者: 水無月
第二章
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第2章-4

 体育館の角を曲がると、一人つまらなさそうに立っている男がいた。

 私を見つけると、威嚇するように睨み付ける。

 おそらく見張りなのだろう。

 だとすれば、空は彼等を傷つけてはいないはずだ。

 空が反撃していれば、見張りが立っている余裕などない。

 私は立ち止まらずに、睨み付ける先輩の脇を走り抜けようとする。

 かまっている暇などなかった。

「おい、待てよ」

 腕を伸ばして邪魔しようとしたが、私は軽く身をかわして空がいるはずの角を曲がる。

「空!!」

 視界に入ったのは、制服をだらし無く着た四人の先輩。

 いるはずの空の顔が見えず、私は視線を下ろす。

「!?」

 予想外の事態に、思わず息をのむ。

 彼等の足元に、倒れている空がいた。

「空っ!」

「なんだ、てめーは?」

 凄んでみせる彼らの間をぬって、私は空に駆け寄った。

 倒れている空の脇に座り込み、彼の頭をそっと私の膝の上に乗せる。

「空?」

 声をかけると、長い前髪の間から空がうっすらと目を開けたのが見えた。

「大丈夫?」

 頷く空。

 ほっとして空をよく見ると、真新しい制服が靴跡などで泥だらけになっていた。

 私の言葉を守った無抵抗の空を、四人で甚振っていたのだろう。

「転校初日に女が助けに来るなんて、手が早いな。転校生」

 そう言って、嘲るような表情の彼らは私たちを取り囲んだ。

「…朝宮が失礼な言動をしたなら謝ります。まだこちらの生活に慣れていないだけで、悪気があったわけじゃありません。これからは気をつけさせます」

 かぁっと込み上げる怒りをこらえて、私は言った。

 空がここまでされる程、悪い事をしたとは思わない。

 だけど、ここで歯向かった所で彼らは再び暴力を振るうだけだろう。

 負ける気はしないが、喧嘩は嫌いだ。

 せっかく抵抗をしなかった空に、力で押さえつける所を見せたくも無かった。

「…こいつが噂の同棲相手じゃねーのか?」

「だったら何か?」

 同棲という響きが気にくわないが、いちいちむきになって否定するほうが彼らは喜ぶだろう。

 感情を抑えて、静かに答える。

「両親いない所で一緒に住んでんだろ。楽しいことしてんじゃねーの?俺らにもいろいろ教えてよ」

 下卑た笑みを浮かべて、一人が私の腕を掴もうと手を伸ばす。

 空が膝の上にいるのでよけることも出来ず、ただ手を払いのけようとしたその時、がしっと、先輩の腕が私の目の前でつかまれた。


 空だった。


 横たわっていた彼が、ゆっくりと起き上がる。

「てめっ」

 先輩は空の手を振り解こうとするが、痛みに顔をゆがめるだけで動かすことすら出来ない。

「……」

 無言で彼らを威圧する空。

 さっきまで無抵抗だった人物とは思えない空の雰囲気に彼らは少したじろいでいる。

「空…」

 私が声をかけると、彼はつかんでいた腕を放す。

 私を守ろうとしてくれたのだろうか?

「てめーら、ふざけんじゃねーぞ」

 痛む腕をさすりながら、怒鳴る先輩。

 張り詰める空気の中、どうしていいか考えをめぐらせた時だった。


 どんっと、先輩の背後で何かが叩きつけられた音がする。

 何事かと振り返った彼らは、何かを見て凍りつく。

「先輩。何やってるんですか?」

 聞き覚えのある声。

「あ、麻生くん…。ど、どうしてここに?」

 彼らの向こうを見ると、、予想通り大地が笑顔で立っていた。

 ゆっくり私の後を追ってきたのだろう。ちゃんと靴に履き替えている。

 大地の足もとには、先ほどの見張りがのびていた。

 おそらく受身も取れないくらいの勢いで投げられたに違いない…。

「僕の親友に何か用でもあるんですか?」

 首をかしげて愛らしく微笑んでいるが、彼らには恐怖を与えているようだ。

 ゆっくり近づく大地に気圧されて、後ずさりしている。

「し、親友!?転校生が??」

 見張りが投げ飛ばされたくらいで、こんなに脅えるはずが無い。

 そもそも、この人たちが後輩を君付けで呼ぶのもおかしな話だ。

 おそらく、以前におじい様仕込みの武術で叩きのめした事があるのだろう。

 人に隠し事は無しとか言っといて、裏で何をやっているんだか…。

「違いますよ。先輩達が今脅していた女の子の方」

「えっ、いやっ、脅してなんて!!まだこの子には何もしてないですし、麻生くんの親友に手を出すつもりなんてないですよ」

 弱いものには散々えらそうに振舞っておいて、強いものにはこの態度。

 あまりの情けなさに怒りが霧散していく。

「それはよかった」

 にっこりと笑う大地に、彼らはほっと胸をなでおろす。

 が、それも一瞬だった。

「じゃあ、とっとと消えてもらえます?今度、僕の周りの人間に手を出したらただじゃすみませんよ。その転校生も含めて、ね」

 冷笑を浮かべた大地の言葉に、彼らは震え上がってダッシュで逃げる。

 かわいそうに、見張りの人は倒れたまま置き去りだ。

「逃げ足だけは速いなー」

 嘲笑する大地に、私はため息がもれる。

 おじい様の愛弟子として技術は申し分ないが、大切なものがかけている。

「…大地」

「なーに?羽美」

 わざとらしく可愛く笑う大地。

「暴力はいけないっておじい様に習わなかった?」

「正当防衛だよ。それに、ちゃんと手加減はしたし」

「正当防衛ぐらいであんなに脅えるかっ!」

 思わず怒鳴ると、大地はしゃがみこんで目線の高さを合わせた。

「まーまー。今はそんなことよりこいつでしょ」

 そう言って、大地は泥だらけの空をさす。

 都合の悪い話題を変えたいのがみえみえだが、確かに今は空のほうが大切だ。

「空、大丈夫?ごめんね」

 そう言って彼の服の汚れを払うと、空は不思議そうに私を見た。

「何?」

「…なぜ謝る」

「何でって…私の不用意な言葉で空をこんなめにあわせちゃったし、助けに来るの遅かったし、あとはちょっと空を疑ってて…。だから謝ったの」

「…疑う?」

 首をかしげる空。

「もしかしたら、怪我させてるんじゃないかって。ごめんね。ちゃんと我慢してくれてたのに」

「…命令を守るのは当然だ」

「えっ…」

 命令という言葉に、ずきんと胸が痛む。

 言うことを聞くだろうと思っていたのは事実だ。

 父様がかけた暗示を嫌だと思いながら、実際には都合よく使ってしまった。

「ばーか。いちいちへこむな」

 表情の曇った私を大地が小突く。

「悪気があったわけでも、間違ったこと言ったわけでもないだろ。ちょっと言葉が足らないのと、解釈の仕方の違い。これから気をつければいいだろ」

 そして、今度は空を見る。

「お前も重くとらえすぎ。昔の生活は忘れろ。これからは命令に従って動くんじゃなくて、自分で考えて動くんだよ。羽美の言葉はあくまで友人としてのアドバイスだ」

 空はわかったのかわかっていないのか、何の反応も無く座ったままだ。

 大地が呆れたようにため息をつく。

「話しかけられたら、なんかリアクションしろ。だいたい、表情見えないほど髪伸ばすな。何考えてるかわからないだろ。それとも、隠したい傷でもあるのか?」

 そう言って乱暴に空の前髪を上げた大地の動きが一瞬止まる。

「何?」

 大地の体が邪魔で見えなかった私は、脇から覗き込む。

 切れ長の鳶色の瞳に、すっと通った鼻、形のいい唇。

「へぇ。かっこいいじゃん」

 美月が喜びそうな、クールな感じのかっこよさがある。

「帰りに美容院よっていこ。顔が見えたほうが、コミュニケーションとりやすいよ」

「…ここまで揃うと反感持つ奴もいそうだけどな」

 私が褒めたのが気に食わないのか、不服そうな大地。

 私が苦笑いを浮かべたとき、予鈴のチャイムが鳴った。

「授業始まる前にジャージにでも着替えなきゃ!」

 話したいことはまだたくさんあったが、今はそんな時間は無かった。

 泥だらけの制服で授業を受けさせるわけにもいかない。

「空、立てる?いこ」

 先に立ち上がって手を差し伸べると、空はそっとその手をつかんで立ち上がった。

 空を見上げると、長い髪の間から視線が合う。

 忘れていた大切なことを思い出す。

「守ってくれて、ありがと」

 空の瞳がわずかに揺れる。

 謝られることも、お礼を言われることも、空にはあまりない体験なのかもしれない。

 でも、何かを感じていることは確かなようだ。

 感情表現があまりに乏しいが、感情がないわけじゃない。

 きっと知らないだけ。

「ほら、さっさと行くぞ」

 見つめあっていた私たちに、さらに不機嫌になった大地が声をかける。

「うん」 

 私たちは一緒に教室に向かって歩き出した。

 空への不安はもう消えていた。

 何かを守れるなら、空はきっと、優しさも持っているはずだから…。


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