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君のツバサ  作者: 水無月
最終章
82/83

最終章-7

「羽美!今日空くんのお見舞い行ってもいい?」

 空が休み始めて一週間。

 長く休む理由が風邪以外に思いつかず、熱を出して寝込んでいる事になっているのだが、この学校に通い始めてから病欠をした事のなかった空を学校の皆は相当心配しているようだった。

「えっと…」

「ご遠慮します。やっと良くなってきたのに、人が来たら気を使って疲れるだろ。来週には復活するだろうから、大人しく待っててくれる?」

 なんと答えようかためらった私の背後から、大地の声。

 振り向けば、一見穏やかな笑みを浮かべつつ、迷惑だと言わんばかりの冷たいオーラを放っている。

 その様子にしり込みして、しゅんと諦めたように肩を落とすクラスの女子達。

 本気で心配している皆を見て、心苦しさと、嬉しさが同時に心に渦巻いた。

「心配してくれてありがと。空にも伝えとくね」

 嘘をついているのは申し訳ないが、心配してくれるのは皆空が大切だから。

 空が帰ってきたら皆のそんな伝えたいと、そう思った。

 女子に限らず、色んな人からの空への見舞いの言葉を受け取りながら、学校を出て帰途につく。

 明日が大和さんと翠さんの結婚式。

 だから今日、空が帰ってくるはずだった。

 

 空は、きっとこの一週間で答えを決めただろう。

 今の生活を続けるのか、レイ達と共に行くのか…。

 彼らの仕事を手伝う事で、今の生活から離れてみる事で、空は決意をするつもりなんだと思う。

 私も、決心していた。

 もう今更遅いかもしれないけど、空の答えを聞く前に我侭すぎるくらいの素直な気持ちを伝えると。

 そして、空が出した答えがどんなものでも、笑顔で受け入れようと。

 空のいない時間は、その寂しさを身にしみて思い知らされたが、不安定な気持ちを落ち着かせてくれるのにも十分だった。

 

 

 私は空の好きな食べ物やプリンを買って帰ると、一足先に戻った大地が既に道着姿でキッチンで牛乳を飲んでいた。

「朝宮、まだみたいだな」

「うん。でも、夕飯までには戻ってくるよ、きっと」

 笑顔でそう答えた時、門の方で車の止まる音がし、私と大地は同時に音のした方を振り向いた。

 聞きなれないエンジン音。

「朝宮かもよ?行けば、羽美」

 何故かドクンと胸がなって固まっていた私の横顔に、大地が優しさを含んだ声をかけてくれる。

「え、あ、うん。大地は?」

「俺は子供達の稽古がもうはじまるから、終わったら顔見せるよ」

 我に返った私に、大地は微笑を浮かべてそう答えると、私の頭をくしゃっと撫で、そのまま道場の方へと姿を消す。

 頑張れといわれたような気がして、私は笑顔が浮かんだ。

「よし!」

 そう言って一人で気合を入れると、私は玄関へと急いだのだった。



「どうもです」

「…ただい・・ま」 

 私が玄関へ着いた時、ちょうど扉を開けて入ってきたのは、空とリフの二人だった。

 何故か苦笑いを浮かべて空に肩をかしているリフの姿を見て、私は言葉をかける前に、視線を顔から下に走らせる。

 そして、足もとまで視線を落としたとき、ぴたりと動きが止まった。

 空の右足首に巻かれているのは、包帯…。

「空、大丈夫!?怪我するような、危ない仕事してきたの!!??」

「してません、してません」

 驚いて思わず大声を上げた私に、苦笑を浮かべたまま否定するリフと、ふるふると首を振る空。

「え?じゃ、なんで…」

「説明は、後でご本人からゆっくりとしてもらって下さい。じゃ、空さん。また後日」 

「え?」

 事態が飲み込めなくてキョトンとしている私にぺこりと頭を下げると、ため息をつきながら去っていくリフ。

 そんな彼の後姿に、送ってくれてありがとうと言うかのように小さく頭を下げる空。

 リフが門の外で待っていた車に乗り込み、車が走り去るまで見送ると、空は思考回路が低速になっている私をじっと見つめた。

「…ただい…ま?」

「あ、おかえり!」

 小首を傾げて二度目の帰宅の挨拶をした空に、我に帰って笑顔で答えると、少しほっとしたように口元に笑みを浮かべる空。

 そして、右足を庇うようにしながら靴を脱いだ。

「空。足、どうしたの?」

「…捻挫」

 肩を貸そうとした私に大丈夫というように首をふると、ひょこひょことびっこをひきながら歩き出す空。

 どうやら居間に向かっている空の後をついていきながら、私は首を捻った。

 危ない仕事以外に、運動神経の塊のような空が捻挫をする事なんてありえるのだろうか?

 私を心配させない為の嘘?

 でも、リフの半ば呆れたような苦笑は、そういった類のものには見えなかった。

「お茶、入れるね」

 夕暮れに染まるオレンジ色の空を見つめるように居間の外の縁側に座った空にそう言うと、空は嬉しそうに頷いた。

 そして、湯飲みを空の傍に置いて、私も隣に座ると、空は改まったように私を見つめる。

 ドクン…と、心臓が鳴った。

「…俺は」

「あのね、空」

 いきなり結論を言い出しかねない空の言葉を遮るように声をかけると、空は小首を傾げて私の目を見た。

 先に答えを聞いたら、きっと何も言えなくなる。

 空の怪我の原因も気にはなるが、先に私の気持ちを伝えたかった。

「私っ…この前、空がどんな道を選んでも応援するって言ったよね。それは本当なんだけど…でも…ちょっとだけ嘘なの。本当は…空がここからいなくなっちゃうのは、嫌。それは、空の幸せの為とかじゃなくて…、私が、空の傍にいたいの」

 私の言葉に、空が驚いたように目を見開く。

「空といるとね、なんだか心が温かくなるの。隣にいるだけで、ほっとするの。空が笑顔を見せてくれると、私まで幸せになれるの。空には幸せになって欲しい。それは嘘じゃないけど…でも、本当は私も空の隣で一緒に幸せになりたい。空と離れるのは…悲しいよ。我侭だと思うけど…これからもずっと…傍に…いてほしいの」

 空の澄んだとび色の瞳を吸い込まれそうなほど見つめながら、私は素直な自分の気持ちを伝えた。

 もっと言いたい事はあったはずなのに、もう、言葉が出てこなかった。

 夕暮れでオレンジに染まった空の顔を見つめながら、黙って私を見つめている空の言葉を待つ。

 トクトクとリズムを刻む心臓の音がうるさく感じるほど、その答えに緊張していた。 

「…レイ達と共に行こうと決めて、あの日、話をしに行った」

「!?」

 突然の告白に、私は息を飲んだ。

 笑顔でいようと決めていたはずなのに、涙が溢れそうになる。

 声を出したら涙声になりそうで、私はただ黙って空を見つめた。

「…それで…仕事で日本に来ているからと…とりあえず手伝う事になった。…だが」

 そこで突然困ったような顔になった空に、私は首を傾げた。

 空は、視線を落として言葉を続ける。

「…日がたつと共に、仕事への集中力が落ちて…、難しい仕事ではないのに、簡単なミスをして…挙句の果てに…階段から落ちた」

「え?」

 ため息混じりにそう告げた空に、私は思わず驚きの声をあげる。

 空が、階段から落ちて捻挫?

「…はじめて、だった」

「そうだよね…。階段から落ちてるようじゃ、仕事できなかっただろうし…」

「…そうじゃなく?」

 相槌をうった私に、困ったように小首を傾げる空。

 思ったような展開と違う方向に進み始めた会話に、私も小首を傾げる。

「…仕事をしていて…他の事が頭から離れないのが…はじめてで…」

「他の事?」

 聞き返した私に、こくりと頷く空。

「…羽美の…寂しそうな笑みが…離れなくて」

「え?」

「…色んな表情が…浮かんでは、消えて…笑顔が…ずっと頭から離れなくて…」

 自分の気持ちを探るように、ひと言ひと言区切るように話しながら、空は再び私の目を真っ直ぐに見つめた。

「…もう、見れなくなると思ったら…集中できなくて…。こんな気持ちは…初めてで、どうしたらいいのか、わからなくて…」

 そこで一度口を閉ざすと、空は床に置かれた私の手に、そっと大きな手を重ねた。

 優しく握り締められる、暖かい手。

「だから…この気持ちがなんなのかわかるまで…もう少し、傍にいてもいいか?…ずっととは約束できないが…でも…俺も…自分の為に…もう少し、羽美の傍に…」

「空…」

「…嫌?」

 嬉しくて名を呼んだ私に、心配そうな顔で首をかしげる空。

「嫌なわけないじゃない」

「…でも…泣いている」

「え?」

 気がつかないうちに、私の頬に涙が伝っていた。

 不安げな表情で、重ねた手とは逆の手で、私の涙をそっと拭う空。

「嬉しくても、涙が出るんだよ。空」

「…そうなのか?」

「うん。だって、空に傍にいてほしいって言ったでしょ。その願いが叶ったから、嬉しくて、涙がでたんだよ」

「…そうか」

 ほっとしたように笑みを浮かべた空の胸に、私はとんっと頬を寄せた。

 温もりと共に、心拍数の上がった空の心音を感じる。

 空も、緊張していたのかもしれない。

「何で、階段から落ちたの?」

「…昨日…窓の外に羽美に似た姿が見えて…足を踏み外した」

「空でも、そんな事あるんだね」

「…自分でも、驚いた」

 思わずくすっと笑った私の頭を、そっと撫でる空。

 そして、そのまま優しく両腕で抱きしめる。

「…昔から…羽美の笑顔は…不思議な気持ちにさせる」

「昔?」

「…泣いてばかりいたのは…羽美、だろう?」

「え?」

「…セイラが、教えてくれた。ずっと傍にいると約束した少女は、羽美だと。言われてみれば、確かに似ている」

「えぇ!?」

 前に聞いた空の初恋話は、てっきり組織にいる間の話だと思っていた私は、驚いて空の顔を見上げる。

 そして、優しく微笑んだ空の笑顔を目の前に見つけ、そして、その笑顔が夢の中の男の子の笑顔とだぶる。

 優しい笑顔の、名も覚えていない初恋の子供と…。

「うあ!?」

「…?」

 あまりの驚きに空から飛びのくように離れると、不思議そうに首をかしげる空。

 ニコニコと笑みを絶やさなかった少年の記憶と、時々しか笑みを見せない空のギャップで気付かなかったが、あの彼は空だったのだ。

 両親を失い、組織に連れて行かれる前の、空…。

「どうした?」

「えと、なんでもない」

「??」

 不思議そうに見つめる空に、私はただ誤魔化すように照れ笑いを浮かべるしかなかった。

 記憶にないような昔から、空は私の心を安らげてくれていた。

 空も、私の笑顔をずっと覚えていてくれた。

 そして、今も私を必要としてくれた……。

「ありがとう、空」

 私の言葉に最初空は小首を傾げたが、笑顔の私を見て微笑むと、大きな手で優しく私の頭を撫でてくれた。

 幸せな気持ちが、私を包む。


 その後、空がいない間に心配してくれた人たちの話や、仕事中の出来事など、大地が道場の仕事を終えて戻ってくるまで、私達は笑顔を絶やさずにずっと話をしていたのだった。

 



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