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君のツバサ  作者: 水無月
第二章
8/83

第2章-3

 屋上にあがると、いつもはまばらにある人影も今日はなかった。

 冷たくなり始めた風のせいかもしれない。

 二人でフェンスにもたれ掛かるように座り昼食をひろげると、大地から笑顔が消えた。


 大地は人前ではいつも笑顔の仮面を付けている。

 それ以外の表情を見せるのは気を許している証拠。

 私の前ではいつもの事なのだけど、今日はちょっと恐い…。


「で、何あれ」

 一口昼食を口にしてから大地がぼそっと呟く。

「空?父様の親友の息子」

 そう答えると、大地は上目使いでじろっと私を睨む。

「俺が聞いてるのはそんな事じゃない」

「…はい」

 思わず正座する私。

「俺に隠し事はしないよな」

 まっすぐに私の目を見つめる大地。

 幼い頃からずっとそばにいて、お互いに一番理解しあってる親友に嘘を隠し通せるはずもない。

 私は深く長く息を吐いて、覚悟を決める。

「隠してた訳じゃないの。昨日の夜、父様が空を突然連れてきたんだけどね…」


 私は昨晩の出来事をありのまま話し始めた。

 道場での出来事、空の育った環境、そして彼にかけられた暗示…。

 大地は黙って耳を傾けていた。


「…と、ゆー訳なんだけど、大地に連絡しようと思ったら夜中になってたし、考えすぎてなかなか眠れなくて、寝坊しちゃって朝は暇がなかったの。報告遅くなっちゃってごめんね」

 最後にそう言うと、大地はむっとした表情で私の頭を軽く小突いた。

「バカ羽美。そんな眠れないほど悩むくらいなら、夜中だろうと電話してこい。一人で考えるよりマシだろ。変なとこで気を使うな」

「…うん」

 怒った口調だか、優しい言葉。 

 大地らしいな、と思う。

「ったく…」

 大地は不服そうに呟いて、食事を再開した。

 私も楽な姿勢に戻って昼食をとりはじめる。


 大地は眉をひそめて無言で箸を進めていた。

 おそらく私の話を頭の中で整理し、自分の考えをまとめようとしているのだろう。

 空の歩んできた人生…。 

 そして、自分より私の身近な存在となる人物を認めたくない気持ちと、空の境遇を聞いて放ってはおけない気持ちの葛藤…。

 きっと最終的には後者の気持ちが勝つだろう。

 一人の辛さは、きっと誰よりも知っているから…。


「ま、仕方ないか…」

 しばらくして、大地がぽつりと言った。

 そして、私を見つめる。

「おじさんが、朝宮を羽美のそばに置いておこうと思ったのもわからないでもないし」

「何それ?」

 私が首をかしげると、大地は秋の気配漂う澄んだ青空を見上げて静かに微笑む。

「何よー」

「羽美は羽美らしくしてればいいって事」

「??」

 よくわからないが、とりあえず空との同居に大地は納得したらしい。

 大地の雰囲気が穏やかになっている。

「それにしても、暗殺者ねぇ…。納得と言えば納得な正体かもな」

 流れる雲を目で追いながら、大地が呟いた。

「なんで?」

 大地は再び視線を私に戻して口を開く。

「同居人が転校してきただけにしては羽美が心配しすぎだったし、何よりあの体…。見事に鍛え上げられてる上に、あの傷跡。普通じゃないだろ。子供のころ事故にあったとは言ってたけど、それにしては傷の古さがまちまちだったしな。暗殺の仕事で出来た傷なら納得かも」

「よく見てるのね」

 笑顔の仮面の下で人間観察をしているのは知っているが、着替えの短い時間で傷跡の古さまでしっかり見ているとはたいした観察力だ。

「だって、羽美がちゃんと説明してくれないしー」

 笑顔でちくりと嫌味を言う大地。

 納得してくれたものの、すぐに相談しなかったことはしばらく根に持たれそうだ…。

「しかし、まーいろんな世界があるもんだな」

 空の育ってきた環境の事を言っているのだろう。

 私たちが知らない世界で生きてきた空。

 そして今…、私たちにとってはごく普通でも、彼にとっては全く知らない世界にいる。

 何を想いながら苛酷な環境で過ごしてきたのか、新たな生活で今、何を想うのか…。

「ま、今のところ素行に問題はなさそうだし、誰も元暗殺者だなんてリアリティーのないこと疑わないさ」  

 表情の曇った私を励ますように、大地は私の頭をくしゃっと撫でた。

 色々と不安がないわけではないが、一人じゃないのは心強い。

「問題を強いてあげれば…」

 大地はふっと真面目な表情を浮かべる。

「羽美が同年代の男と生活すること…」

「…あのね」

「でも、色気ゼロだから心配ないか。あいたっ」

 思わず大地に一撃、手刀をくらわす。

 自分より可愛くて下手すれば色気もある男に言われると、色気がないのは自覚済みでもちょっとむかつく。

 でも、考えすぎている私の気を楽にしようとからかったのは分かっていた。

 私だけには、誰よりも優しい大地。

 恋人ではなく、親友。

 もう少し、私以外とも心を開いて付き合ってくれれば安心なのだけど…。

「ま、そんなに心配するな。学校では俺もついてるし、家にも師匠がいるだろ。更正してるからおじさんも連れてきたんだろうし、大丈夫だって!」

 大地の嘘のない笑顔に、昨日からパニック気味の心が次第に落ち着いていく。

「そうだね。私の心配が空に伝わったら空も不安になるかもしれないし。私が先に信じなきゃね」

 私はようやく心からの笑顔を浮かべられた。

「そうそう。そのほうが羽美らしい」

 大地も穏やかに笑う。

 やはり、何でも話せる友達がいるのは幸せだ。

 ほっとして、食事を終えてお菓子を二人で食べ始めた時だった。



「神崎っ!!」

 屋上の扉が勢いよく開いて、切羽詰った声が私を呼んだ。

 大地は余所行きの笑顔に戻る。

「森田?どうしたの??」

 私の声に振り返ったクラスメイトの険しい顔に、嫌な予感が走る。

「神崎、悪いっ。朝宮がガラの悪い先輩達に連れてかれた!」

「はぁっ!?」

 ちょっとくらっとする。

 性質の悪そうな先輩がいるのは知っている。

 あれだけ目立ったら目を付けられる可能性は確かにあったけど、こんなに早いなんて…。

「どこに連れてかれたのっ!」

「たぶん体育館裏…」

「ひねりがないっ!」

 森田に言ってもしょうがないツッコミをかえしつつ、私は走り出していた。

 空のあの態度だと、悪気はなくても先輩の気分を逆なですることは間違いないだろう。

 そして、彼等は簡単に暴力をふるう。

 実際に被害にあった同級生もいる。

 手を出すなと言ってあるから空から何かする事はないと信じるけど、防御する際に反射的に反撃しないか心配だった。

 身に染みついた反射的な行動は、そう簡単に押さえられるものではない。

 勢い余って怪我させてなければいいけど…。


 空の側を離れたことを後悔しつつ、私は室内履きのまま外へ飛び出していた。



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