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君のツバサ  作者: 水無月
最終章
77/83

最終章-2

 突如現れた敵意ある人物の登場に、空と大地から表情が消える。

 瞳の奥に怒りを感じるが、静かに相手の出方を伺っている辺り、冷静さは欠いていないらしい。

 私もゆっくりと呼吸をし落ち着きを取り戻すと、自分を捕らえている人物を観察する。

 背後から取り押さえられている為目測できる範囲は限られているが、ナイフを持った腕、そして背中から感じる体は空と同じように無駄なく鍛え上げられていた。

 顔は目深に被った帽子で確認する事は出来ないが、おそらく雰囲気からしても若者だろう。

 彼は二人の出方を見定めるように、声すら発さずただ私を捕らえていた。

 静かなこう着状態がしばし続く。


「ごめんね、二人とも。簡単に捕まっちゃって」

 沈黙を破ったのは私だった。

 あっさりと捕まった事を謝ると、私を捕まえている人物がピクリと動く。

 それは私へ危害を加えようとしたのではなく、二人に…特に空に集中していた意識を、ふと私に向けたようだった。

 その瞬間に、空の手がふっと動いた。

 投げられた飛礫を、はっとしたように手にしたナイフではじく男。

 その一瞬の隙に、私は自由だった方の手で男の服の胸元を掴み、身を沈めて身体を前方に回転させる。

「!?」

 私に投げられた事に驚いたような男を、既に詰め寄っていた空が身動きが取れないように押さえ込んだ。

 ほんの一瞬の攻防は、私達が制したようだ。

 だが感じ取れた若者の強さにしては、やけにあっさりとやられた気がする。

 訝しげに眉をひそめたとき、冷たい瞳をした大地がバッグを斜め上に向かってひゅんっと投げた。

「ふごっ!?」

 バッグの行方を追って視線を向けた先の木の上から、妙な声と共に何か落ちてくる物体。

 無造作にまとめた金髪をなびかせて着地し、それと同時に大地にけり倒された人物には見覚えがあったが、いるはずがないその人物に、思考回路がちゃんとつながるまでに僅かなタイムラグがあった。

 ぽかんとしている私と、首をかしげながら襲ってきた人物を押さえ込んでいる空の前で、冷笑を浮かべてぐりぐりとその彼を踏み拉いている大地。

「お前の脳ミソは空っぽか?学習能力ないのか?今度はどこの組織に逃げ込みやがった!?」

「ちょ、待っ…ハニー…ぐふっ」

「レ…イ?」

 容赦なく大地に攻撃されながらもどこかちょっと嬉しそうなその顔に、ようやくそれが誰だか認識する。

 母と共にこの国を去り、今は罪を償う為の場所にいるはずの、レイ。

「ちょっとレイさん、話しが違うんですけど…っていうか、楽しそうにやられてないで、この無表情で容赦なくがっちり押さえてるこの人どうにかしてくださいよ」

 空の下から発せられたのは、先ほどまでの凍りつくようなオーラはどこに行ったのか、呆れたような気の抜けた声。

 空は既に相手に敵意がないと判断したのか、押さえていた手を離した。

 痛そうに腕を摩りながら起き上がった彼の口元は、不服そうに尖っている。

「ハ、ハニー、ちょっと落ちつ…」

 わざと受けていた攻撃をさすがにそろそろ避けようとしたレイは、とんっと地面をけって攻撃範囲から逃れようとしたが、その手を捕らえられ、驚いたように言葉が途切れた。

 その瞬間、大地に容赦なく地面に叩きつけられる。

「ハ、ハニーが以前よりも強くなってるし、オーラが恐いんやけど…」

 地面の上で仰向けになりながら呆然と呟いたレイに、大地が上からにっこりと黒い微笑を返す。

「お前みたいなのが襲ってきたときの為に、毎日修行してるからね」

「…現在、伸び盛り…」

 大地の戦闘力があがっている事をほのぼのと報告する空。

 レイはそんな二人を見て、嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

 見知らぬ若者は呆れたように見ているだけで何もする気配はない。

 どうやら、今回は本当に敵意も裏もなさそうだ。

「えっと…とりあえず、おかえりなさい、レイ」

 どうしてここにいるのか、一緒にいる青年は誰なのか、一体何がしたかったのか等色々聞きたいことはあったが、また元気なレイに会えた事が嬉しくて笑顔でそう言うと、ゆっくりと起き上がったレイは照れたように、でも、嬉しそうに微笑んだのだった。



「で、何?」

 家まで移動しお茶まで淹れてあげたものの、依然不機嫌そうな大地にレイは冷や汗を垂らしながら正座をしていた。

 そんなレイを隣で呆れたように半眼で見つめているのは、栗色のふわふわしたクセ毛のショートヘアに、樺茶色のくりっとした瞳を持つ青年。

 先ほど襲ってきた彼は、猫のような雰囲気の可愛らしい青年だった。

 おそらく、私たちと同じくらいの年頃だろう。

「僕はレイさんに言われた通りにしただけです」

「リフっ。ちょっとは俺をフォローせんかっ」

「嫌ですよ、僕は悪く無いですもん。情報の不正確さと、作戦の甘さはレイさんのせいです」

 仲間にまで責められるような視線を向けられて、小さくなるレイ。

 空が慰めるように、優しくレイの頭を撫でた。

「ありがとう、ソラー」

「で、だから何?なんでお前が日本にいるわけ?」

 嬉しそうなレイの横顔に、ぴしゃりとした口調の大地。

 空に抱きつこうとしていたレイはしぶしぶ座りなおすと、困ったように微笑んだ。

「とりあえず、今回はちゃんと入国したで」

「………」

 大地に疑わしい眼差しを向けられたレイは、懇願するような表情になる。

「ほんまやて、ハニー!向こうには司法取引っちゅーもんがあってやな」

「司法取引?」

 首をかしげた私に、レイは頷くと説明を続けた。

「そう、協力する代わりに罪を軽減してもらえるというお得な制度や。マスターが移ろうとしていた組織の内部情報のデータをこっそり拝借しといたんで、使わせてもろたんや。その情報提供とその後の諜報活動への協力等で、異例の速さでその組織もつぶせたもんやから、その功績が買われてもう無罪放免ってわけや」

「これでも意外と仕事できるんですよ、この人」

「意外とってリフ…」

 横目でリフと呼ばれた青年をひと睨みするが、しれっとした顔でお茶を飲んでいる彼を見てレイは小さく息をつく。

 再び未だ不機嫌そうな大地に視線を戻すと、説明を続ける。

「で、なんでこいつを使って襲うようなまねをしたかと言うとやな、リフに今の空の実力を測らせようと…」

「でも、女は普通で何もしないから気にするなとかいう誤った情報のせいで、全然わかりませんでしたけど」

「それは、お前が油断しすぎなんやろ」

「違いますよ。だって、全然普通じゃないじゃないですか!ナイフ突きつけられてあんなのほほんと言葉を発するのはおかしいです。しかも、そこそこ強いし」

「あはは…」

 リフの言葉に思わず乾いた笑いが漏れる。

 油断を誘えたならば嬉しい事なのだが、なんだか素直に喜べない。

「私も、もう足手まといにならないように護身術は鍛錬しなおしてるからね」

「…なかなか強い」

 お茶を飲みながらしみじみと言った空を見て、リフはレイに責めるような視線を向ける。

「ほら!誤情報じゃないですか!」

「いや、せやから…」

「戯れてないでさっさと説明してくれないかなぁ。きちんと、納得できるように、ね」

 春だと忘れそうなほど冷たい空気が、大地の冷笑と共に居間を包み込む。

 初対面のリフまでが一瞬硬直し、レイと共に大人しく座りなおした辺り、大地の怒りのオーラは相当のものだ。

「せやから…」

「日本で普通に高校生なんてやってて、僕たちの仲間になれる力があるのかどうか試したかったんですよ。だから、気の抜けた状態で襲って出方を見たんです。大切な人を人質に取れば本気でかかってくると思ったので、貴方達も巻き込ませていただきました」

 言葉を捜すようなレイの横で、さらっと説明するリフ。

 空と私は小首をかしげ、大地はぴくりと眉を動かした。

「…仲間?」

「悪い事するんちゃうで!セイラの下で動くだけや!!」

 慌てて付け加えたレイの言葉に、ようやく大地の恐ろしい気配が和らぐ。

 その隙を突くように、レイが言葉を続けた。

「俺みたいに組織を抜けても普通の生活になじめない奴は多いんや。馴染めても報復を恐れながらびくびくしとる奴もおる。せやったら、いっその事ずっと馴染んでる世界に身をおけばええってセイラが。ただし、今度は捕まえる側としてな。そんなチームをいまセイラが結成しようとしとる」

「今まで培ってきた力を役立てられて、サポート体制もしっかりしている法的にも正当な仕事。僕たちみたいな育ちの人間にはいい居場所です。強い相手と戦えて飽きないし、それに同じ立場の人間も救える…」

 そう言った二人の真っ直ぐな視線は、空に向けられていた。

 つまり、レイは空をその仲間に引き入れたくてやってきたのだろう。

 私たちを巻き込んだ事を気にしていた空に、居場所が他にもあると伝えたくて……。

「ま、星良さんにはソラさんを誘うの止められてたんですけどね。レイさんがどうしてもって言うから、仕方なく。後で一人で叱られてくださいよ、レイさん。星良さん怖いんですから」

「ふふふ…既に同罪や」

「卑怯ですよっ!」

 二人のやり取りをよそに、私と大地はじっと空の横顔を見つめていた。


 考え込むかのように視線を落とし、身動きしない空が何故か不安だった……。


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