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君のツバサ  作者: 水無月
最終章
76/83

最終章-1

 事件があった事などまるで夢だったかのように、平穏な日々は緩やかに、でもあっという間に流れていった。

 季節は巡り、鮮やかに咲き誇った桜も今はその枝に緑の衣を纏い始めている。



「麻生先輩、朝宮先輩、おはようございます!!」

 校門の少し手前で、昨日までやたら態度の悪かったはずの新入生が、通り掛かった私たちに礼儀正しく頭を下げた。

 その顔は畏怖と憧れが入り交じっているように見える。

「おはよ」

「………」

 天使の微笑みを返す大地と、軽く会釈だけする空。

 私も一言挨拶を言って通り過ぎてから、素知らぬ顔をしている大地と空の横顔をじとっと軽く睨む。

「大地…空?」

「正当防衛だよ」

 問い質す前に、先手をとって答える大地。

 しかし、空は隣で小首を傾げている。

「…先に手を出したのは向こうだが…若干の殺意と脅迫が…」

「余計な事は黙ってろ、朝宮」

 むっとした大地を見て、空は大人しく口を閉ざす。

 私が問いかけるような視線を送っても、知らないといった様にふるふると首を振る空。

 こうなったら、どちらも口を開くことはなさそうだ。

 二人から何があったか聞くのを諦めて小さく息をつき、校門を通り過ぎたところで、小走りに近づいてくる真新しい制服に身を包んだ小柄な少年の姿が目に入った。

 彼に気づくと、足を止める大地と空。

「先輩!」

 そう言ってから、軽く息を切らせた彼は深々と頭を下げる。

「昨日はありがとうございました」

「悪いのはあいつらだ。気にするな」

 大地の優しさを含んだ声に、顔を上げた新入生は嬉しそうに微笑む。

 そして、その彼の頭にふわりと大きな手がのせられた。

「…怪我…は?」

「大丈夫です!」

 気遣うような空に少年が笑顔を向けると、空は安心したように少し柔らかな表情になる。

「ま、もう二度と手を出してこないと思うけど、何かあったら遠慮なく言えよ」

「はい!ありがとうございます!!」

 少年は再び頭を深く下げてお礼を言うと、走ってもと来た方向へ戻っていった。

 じっと横顔を見つめる私に、大地は少々顔を赤らめる。

「なんだよ…」

「助けてあげたんだね」

 微笑んだ私に、照れたように視線をそらす大地。

 と、その視線の先にはにやりと笑ったクラスメイトの男子達がいつの間にかおり、大地は顔をしかめた。

「そう、金を巻き上げられている少年の元に、大地と空が登場!」

「そして、映画みたいに見事に瞬殺!」

「で、ブラック大地の冷笑炸裂。『次は手加減しないよ?命とお金、どっちが大切なのかな?』あれは怖かった!!」

「うるさいっ!ギャラリーその1・2・3!!」

 がなる大地に、クラスメイトたちはケタケタと楽しそうに笑う。

 そして照れながら睨む大地の視線から逃れるように、空の背後へと移動する。

「フフフ…。たとえ大地がきれても優しい空が守ってくれるはず!」

「神埼も防波堤になるしー」

「つか、ギャラリーじゃなくてせめて名前呼べよなー」

「おーまーえーらー…俺にそんなに投げられたいか?」

 獣を捕らえる狩人のような瞳になった大地に、彼らは笑顔のまま凍りつくと、そのままダッシュで校舎へ向かう。

 冷笑を浮かべてその後を追う大地に、ちらりと私を見てから歩を早めて大地を追う空。

 じゃれ合っている彼らに、私は思わず微笑を浮かべていた。

 

 道場以外の人たちとも、ずいぶんと打ち解けた大地と空。

 友達とあんな風に笑いあう事すら、以前の二人には難しかったのだ。

 優しいけれど人と接する事が得意ではなかった二人が、見知らぬ後輩を助けてあげたもの嬉しかった。

 ちょっとづつ広がる世界。

 傷つきながらも勇気を出してその翼で羽ばたいた先に、二人は今、どんな世界を見つけたのだろう。

 こんな優しく穏やかな日々がこのままずっと続く事を、私はどこまでも続く青空を仰ぎ、そっと祈った……。

 


 放課後。三人でよったデパートからの帰り道、私は購入した物が入った袋を手にしながら小さくため息をついた。

「やっぱ…可愛すぎじゃなかったかな…」

「大丈夫だよ。羽美もたまには可愛い格好したほうがいいんだから」

「…似合っていた」

 左右からフォローのお言葉をいただき微笑んでみるものの、やはり着こなせる自信がなくて苦笑となってしまう。

 大きな紙袋の中に入っているのは、大和さんと翠さんの結婚式に着て行くためのフォーマルドレス。

 制服でいいと言い張ったのだが、招待してくれた二人をはじめ、おじい様や大地までが可愛いドレスを着ていけと言うので、仕方なく買いにいったのだ。

 二人が選んでくれたのは、春先に似合う淡いピンク色のふわりとしたドレス。

 いつもラフな格好をしている私としては、女の子らしいその衣装にどうしても引け目を感じてしまう。

「絶対、大地のほうが似合うよね…」

「似合ってたまるかっ!」

 思わず漏れた本音に、大地が勢いよく突っ込んだ。

 確かに、ここの所背も少し伸び、毎日空と手合わせをしているからか以前よりも体格のよくなってきた大地は、スーツを着たら男らしく、なかなか似合っていてかっこよかった。

 少女のような綺麗な顔は相変わらずだが、仮面をかぶる事が少なくなった今は、雰囲気も男らしさが増している。

「そうだよね。大地も可愛いよりもカッコイイ感じになってきたし」

「わ…わかればいいんだけど…」

 ちょっと顔を赤らめた大地を見て、夕飯の材料とスーツの入った袋を両手に持った空が小首を傾げた。

「…照れてる?」

「余計な突っ込みはいらんっ!!」

 きっと睨みつける大地に、空は逆側に首を傾げる。

 そんな二人を見て、思わず笑みを浮かべた時だった。


 すっと背筋が寒くなるような感覚。

 春の柔らかな空気が、一瞬にして冬の刺すような冷たい空気に似たものに変わった。

 空と大地の顔に、緊張が走る。

 突如現れた何かに警戒し、手にした荷物を置こうとしたその一瞬の間に、風が動いた。

 空も大地も反応はしたものの、その動きを捉える前に私の背後に現れる気配。

 反射的に防ごうとしたが、その手はあっさりと拘束される。

 私よりも頭ひとつ分は背の高いがっしりとした人間が、僅かな間に私をしっかりと捕らえていた。

 険しい顔つきの大地と空の前で、その人物は私の首筋に冷やりとする物をそっとあてる。


 それは、触れるだけでも切れそうなほど鋭い、銀色に光る刃だった……。


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