第10章-6
「なんか、ちょっと久しぶりだよね」
事件の後、家に戻って落ち着いた後にも事情聴取のようなものもあり、結局一週間ほど学校を休んでいた。
あまりに非日常的な事に巻き込まれたからか、なんだか実際よりも長い間休んでいたような気になる。
「ま、学校もアホが乱入した事件で落ち着いてなかっただろうから、授業はさほど進んでないだろ」
久々の制服に身を包んだ大地は、休んでいた事を特に気にも止めてない様子だ。
怪我に障らぬようゆったりとした足取りで歩を進めながら、小さくあくびをする。
「そっか。そうだよね。みんな大丈夫かなぁ…」
「………」
銃をもって乱入した青年達によって恐怖で凍りついたようなみんなの顔を思い出し俯くと、ふわりと大きな手が私の頭を撫でてくれた。
見上げると心配そうに空が私を見つめている。
「ありがと、空」
微笑を向けるとそっと手を離し、こくりと頷く空。
そんな私達を横目でちらりと見つめていた大地が、ゆっくりと口を開く。
「羽美…何か忘れてないか?」
「え?何?宿題でもあったっけ?」
首を傾げる私に大地は微苦笑を浮かべ小さく息をつく。
空を見上げれば、私と同じく心当たりがないのか小首を傾げていた。
「いや、別にいいんだけどさ」
「え、何その言い方!気になるんだけどっ!!」
「それより羽美。なくした携帯の変わり、今日買いに行く?」
話をすりかえて笑みを浮かべる大地に、私は小さく息をつく。
こんな時はどう聞いても答えてはくれないのだ。
「そうだね。連れ去られた時に無くしたから現場のどこかにあるかと思ったけど、見つからなかったみたいだし…」
「じゃ、放課後よって帰るか」
すり替えられた話にのりながら、雲ひとつない晴天の下、私達は学校に向かったのだった。
学校に着くと、事件のあった部屋は未だに使われておらず、私達のクラスは空き教室に移動になったままのようだった。
久しぶりの教室に少しだけ緊張しつつ、話し声の聞こえるドアを勢いよく開ける。
「おはよー!」
私の大きな声の挨拶にクラスメイト達が振り返ったかと思うと、何故か皆小さく息を飲んだ。
思わずキョトンとした私の目に次に映ったのは、真剣な面持ちでこちらに向かってくる森田と紗雪たち三人の姿。
「神崎…朝宮、大地。この間はすまなかった」
目の前に立つと、そう言って突然頭を下げる森田。
その後ろに立つ、清花や美月たちは少し唇をかんで俯いている。
周りを見れば、他のクラスメイトも伏目がちに沈痛な表情…。
「えっと…ごめん。なんだっけ?」
静まり返った空気におずおずと尋ねると、一部の男子がガタガタと崩れ落ちる。
「ちょっとまて、神崎!」
「忘れるとかありえなくないか!?つか、何故朝宮も首をかしげるっ!!」
「俺達の一週間の苦悩はなんなんだよっ!!」
一斉に突っ込みを受け、目の前の森田や紗雪たちにも苦笑を向けられ、隣で小首を傾げている空も心当たりがなさそうなので、私は助けを求めるように大地を見た。
すると、浮かべていたのは一見とてもにこやかな笑顔。
しかし、脅すような黒いオーラがにじみ出てきている。
「何言ってるの?本人達が忘れてても、皆は朝宮に暴言を吐き、羽美を泣かせたんだよ?苦悩するのは当然だろ」
「あ!」
「なるほど…」
私が思い出して思わず声をあげるのと同時に、空も納得したように呟いた。
おそらく空の場合、私のようにすっかり忘れていたというよりは、みんなが謝った事とその出来事がつながらなかっただけなのだろう。
ど忘れしていたのは私くらいに違いない…。
だから大地は何か忘れてないかと来る時に尋ねたのだ。
「あー、えーっと…」
大地の氷の微笑に凍りついたようなクラスメイトに、とりあえず声をかける。
呪縛から解かれたように、はっと我に返って私を見つめる皆。
「あの、私こそごめんね。皆も動揺してたんだよね。なのに、感情的になっちゃって…」
「でも、悪いのは俺達だよ。どんな状況だったとしても、朝宮に酷い事を言ったのは事実だ。神崎が謝ることはない」
私の謝罪にすぐに答えたのは森田。
その言葉にただ頷くだけのクラスメイトに、大地がまた冷たいオーラを放ち始める。
「いくらクラスをまとめてるからって、暴言吐くどころかフォローしてた人間にだけ謝らせて恥かしくないわけ?都合の悪い事は人任せ?皆、そんないい性格してたんだ」
もう仮面をつける気もないのかブラック全開の冷たい視線を送る大地に、クラスメイトはごくりと生唾を飲み込む。
周りの教室のざわめきとは対照的に、静まり返る室内。
森田も静かに教室の皆を見守っている。
「…ごめん、朝宮。最初に酷い事言ったの、オレなんだ。皆はそれにつられただけで…」
「俺も、言った。すまない。朝宮、ただ俺らを守ってくれただけなのに、俺たちに危害加えたり不快な思いさせたことなんてないのに…ほんと、ごめん」
一人が口火を切ると、次々と謝罪の言葉が教室に静かに響いていった。
その言葉に、想いに、嬉しさがこみ上げる。
きっとみんな、わたし達がいない間に真剣に考えてくれたのだろう。
優しいクラスメイト達…。
皆の謝罪が終わると、視線は空に集っていた。
そんな皆をじっと見つめている空。
「空…みんな、空のこと一生懸命考えてくれたんだよ」
皆への空の答えを促すようにそう言って見上げると、空は私を見、それから再びみんなを見つめた。
そして、柔らかい微笑を浮かべる。
「…気にする事はない。…ありが、とう」
微笑は一瞬だったものの、笑顔がみんなに伝染するには十分な時間だった。
今まで笑顔を見せたことのなかった空の微笑み。
皆、驚きつつもつられたように笑顔を浮かべている。
横を見れば、大地も穏やかな表情に戻っていた。
「じゃ、これで解決と言う事で」
可愛らしい笑顔でその場をまとめようとする大地。
その笑顔に物言いたげな視線が複数突き刺さるが、大地は気にせずに自分の席に向かう。
何事もなかったかのように何時もと同じ様子で着席した大地の周囲に、おずおずと集る男子数人。
「だーいーちー」
「なあに、みんな」
天使の笑顔を向けられて一瞬怯むものの、気になってしょうがないのか言葉を続ける彼ら。
「その…どっちが素なわけ」
「どっちって、何の事?」
「あーのーなー、さっきの今でしらばっくれるってありえなくね?」
「さー?」
「つか、俺はこの前タンカきった大地好きだぜ?」
「おう、オレも。なかなかかっこよかった」
「…お前らに好かれてもな」
「うぉ!?やっぱりそっちが素かよっ!!」
「前に怖い先輩が『麻生さん』とか言って頭を下げてたのは幻じゃなかったのかっ!!」
何やら楽しげに盛り上がる彼らを見て、思わず微笑が浮かぶ。
少しずつでも、大地の世界も広がってきている。
私や道場の人たちだけじゃなく、きっとここでも心を許せる友達が作れるだろう。
「大地は優しいな」
側にいた森田が、温かい眼差しを大地に注ぎながらそう言った。
「神崎と朝宮じゃ、何も言わなくてもみんなを許すのがわかってたから、ちゃんとけじめをつけさせる為にわざと嫌な役引き受けたんだろ。謝れないままだと、どこか心苦しさが残るから」
「森田も、いい奴だよね」
ちゃんとわかってくれる人がいるのが嬉しくて、そう言って笑顔を向けると、ちょっと照れたような森田。
「別に、そんな事ないよ…って、朝宮?」
突然空に頭を撫でられて、きょとんとしたような森田に思わず笑ってしまう。
空も、大地の事を褒められたのが嬉しかったのだろう。
そんな空の感情表現も、きっとみんなに伝わっていくはずだ。
時には間違って互いに傷つけることもあるけれど、でも、ちゃんと分り合える友達。
そんなすごく大切なものが、空にも大地にももっと増えてほしいとそう願う。
女友達に囲まれて、携帯で連絡が取れなくてよけい心配をかけた事を謝りながら、私は心配してくれる友人がいる事に、深く感謝したのだった。