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君のツバサ  作者: 水無月
第十章
74/83

第10章-5

 日が落ちて冷やりとしはじめた空気を感じながら、私は温かいお茶を片手に夜空を眺めていた。

 周りの星を気遣うように控えめに輝く新月を、ただぼんやりと見つめる。

「風邪ひくぞ、羽美」

 背後からの声に振り向こうとした時、ふわりと肩に何かがかけられた。

 いつのまにかすぐ後に立っていた大地が、夜風にあたっていた私にカーディガンを持ってきてくれたらしい。

 微笑を浮かべると、すとんと私の隣に腰を下ろした。

「ありがと、大地」

「あぁ」

 短く返事をすると、手にしていたマグカップを口に運び、ホットココアを一口飲む。

 大地の父親がちょうど長期出張中らしく、怪我をしていることもあって、私が寝ている間にしばらくうちで寝泊りする事で話しがまとまったらしい。

 少し離れている間に、大地の母親の心に変化が訪れる事をそっと祈る。

 人は変われる。

 空のように、レイのように、刻み込まれた傷に心を縛られていても、きっかけがあればその心を解き放てるのだ。

 簡単じゃないことはわかってる。

 でも、可能性はゼロじゃない。

 少し動揺したように病室を去った彼女。

 空の言葉が変わるきっかけになればと切に願う。

「そんなに甘くはないと思うけどね…」

「え?」

「母さんの事、考えただろ」

「えぇ!?」

 あっさりと見抜かれて驚く私を、大地は少々呆れたように、でも優しい眼差しで見つめた。

「何年一緒にいると思ってるんだよ」

「そうだけど…」

「思考回路もだいたいわかるさ」

 大地はそう言って微笑むと、夜空の星に視線を移した。

 そして、ゆっくりと口を開く。

「変わって欲しいと願うだけじゃ、駄目なんだよ。世の中そんなに甘くはない。だから…まずは俺が変わらなきゃな。羽美が命懸けで朝宮を連れ戻したように、俺もただじっと耐えてるだけじゃなくて、動かなきゃいけないんだ」

 母親の事を話すときはいつもどこか悲しげだった大地だが、今は凛とした横顔だった。

 大きな瞳が、星の輝きに負けないほど美しい光を放っている。

「母さんの為にも、な」

「うん。そうだね」

 そう言って、二人で星空を見上げながら微笑みあう。

 自分の為だけじゃない、母親の為だと言える大地の優しさが、嬉しくも誇らしくもあった。

「もっといい男になれるね、大地」

 空が来てから色々あったが、きっとみんないい方向に変わり始めている。

 時折笑顔を浮かべられるようになった空のように、人との間に壁を作りがちな大地も、その壁を少しずつ崩せてきたような気がした。

「まぁな。朝宮に負けてられないし」

「…俺が、何?」

「気配を消して近づくなっ!!」

 突然現れた空を、半眼で睨みつける大地。

 確かに、空は近づいてきても気づかないことが多かったりする。

「…クセ?」

「そんな癖はいらんっ」

「…いらんと言われても?」

 小首を傾げる空に、がなる大地。

 そんな二人に、思わずくすくすと笑ってしまう。

「…面白い?」

「ううん。仲がよくていいなーって」

「…なるほど?」

 不思議そうに聞いた空は、微妙に納得した表情で大地とは逆の私の隣に静かに腰を下ろした。

 呆れたように空の横顔を見つめたあと、ふっと微笑を浮かべる大地。

 何事も無かったような、何時も通りの会話。

 それがなんだかとても嬉しいのは、きっと大地も同じなのだろう。

 失いかけたからこそ強く感じるその想いを決して忘れてはいけないと、空の横顔を見つめて心に刻む。

 そして、これからは失う前からも当たり前の日常を大切にしていきたい、と…。


「つか、朝宮だけ説教無しはずるいよな」

 柔らかな沈黙に刺激を与えるように、大地が少し唇を尖らせながらそう言うと、空はふるふると首を振った。

「…二人がいない間に…二時間程…」

 呟くように言った空に、一瞬キョトンとした大地はくっくっくとかみ殺したように笑い始める。

 二時間まるまる叱られたわけではないだろうが、かなりのスペシャルコースだ。

「…その後、稽古をみっちり三時間…」

「さすが師匠…」

 笑う大地の横で、私は苦笑を浮かべながらお茶をすする。

 あの空がちょっとげんなりしているくらいみっちり稽古をつけられる辺りが、さすがだと思う。

「私が寝ている間、大変だったんだね」

「…そうでもない」

 見つめてそう言った私に、空は僅かに目を細めて小さく笑みを浮かべる。

 目の前の微笑みに少しドキッとする私に気付かず、言葉を続ける空。

「…ここにいて良いと、言ってもらえた。守る力が足りないと思うなら、鍛えてやると…」

「それで稽古、か」

 それもおじい様らしいと、大地は少し誇らしげに笑む。

 マスターが捕まってもまだどこか不安を感じていた空の心の蔭りを、そうやって取り除こうとしてくれたのだ。

「空がここにいたいと思う限り、ここが空の家だよ」

「…ありが…とう」

 穏やかな表情。

 徐々に気持ちと表情がつながってきている空を、私も大地も笑顔で見つめたのだった。


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