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君のツバサ  作者: 水無月
第十章
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第10章-4

 まどろみの中にあった意識が、柔らかな日差しによって徐々に現実へと引き戻されていった。

 カーテンの間から差し込む日の光を感じながらゆっくりと瞳を開くと、その眩しさに思わず顔をしかめる。

 その光の刺激で、ぼんやりとしていた意識が急速に動き始めた。

 昨日は面会時間ぎりぎりまで大地の病室にいて、家に帰ったのは夜。

 その後、簡単に夕食を済ませお風呂に入ると、夢も見ないほどぐっすりと眠ってしまったのだ。

「うわっ、やっば」

 時計を見て思わず焦りの声が漏れる。

 午前中には病院に行くつもりだったのに、今はもう既に昼近かった。

 目覚ましにも気づかないほど熟睡していたらしい。

 とりあえず顔を洗ってこようとパジャマ姿のまま部屋を飛び出し、階下の洗面所へ向かう。

 小走りで居間の横の廊下を通り過ぎようとし、開いた障子の中に見えた四つの人影に違和感を感じて、思わずその足を止めた。

 そのまま数歩後に戻って中を覗くと、中にいた四人の視線が私に注がれる。

「え?あれ??」

 中にいたのは正座をして座っているおじい様、空、父様、そして大地。

 何事もなければ今日退院だとは言っていたけど、検査もまだあったのにあまりに早すぎる。

「……三十八時間」

「え?」

 ポツリと呟いた空の言葉に、事態が飲み込めない私は小首を傾げた。

 とたんに、空以外の三人が微苦笑を浮かべる。

「羽美が寝てた時間だよ」

「よっぽど疲れてたんだねぇ」

「声をかけても何の反応もせんかったしな」

 次々に声をかける三人の言葉に私はしばし固まる。


 三十八時間……。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 ありえない睡眠時間に、驚きの声が家中に響き渡る。

 そう言えば、よく寝たわりに少々体が痛いのは寝すぎたからだろうか…。

「って、大地。大丈夫だったの?」

 我に返って一番大事なことを思い出すと、大地はにっこりと微笑んだ。

「骨が折れただけで、後はどこにも異常なかったから大丈夫」

「…骨折は大丈夫ではない?」

「いらんツッコミするな、朝宮」

 とたんに笑顔のまま黒いオーラをまとう大地だが、空はそ知らぬ顔で湯飲みを口元に運んでいる。

 昨日…もとい、一昨日までの数日間の非日常的な出来事が夢だったかのように、いつも通りの平穏な空気。

 心の底からほっとする。

「羽美、とりあえず身支度を整えてきなさい」

 おじい様の声に、自分がパジャマ姿で髪もぐしゃぐしゃなままだと思い出す。

 いくら幼馴染と同居相手だからといって、この姿のままなのはさすがに恥かしい。

「直ぐに戻りますっ」

 そう言って慌てて洗面所に向かったのだった。

 

 

 急いで洗面所と部屋を往復し、素早く身支度を整えて居間へ戻る。

 と、おじい様の向かい側に正座で座っている大地と父様が小さくなっている姿が目に入り、入り口でそのまま立ち止まった。

 唯一入り口の方を向いて座っている空と目が合うと、なんだか少し憐れむような瞳でしんみりと頷いた。

 微妙に嫌な予感が胸をよぎる。

「羽美も座りなさい」

 笑みを浮かべているものの、おじい様の静かな声にぴしりと空気が凍りつく。

 気がつけば、反射的に背筋を伸ばしておじい様の向かい側の正座の列に加わっていた。

「えぇと…お義父さん…。羽美は一昨日から食事をしてないわけですし…」

「もうすぐ出前が届く。それまではいいだろう」

 おずおずと申し出た父様は、一見穏やかなおじい様に一蹴される。

 これは間違いなく、お説教モード…。

「さて、どこまで話したかな。大地」

「勇敢と無謀は違うと…」

「そうか、そうだったな」

 大地のブラックモードなど、おじい様にかかれば可愛いものだ。

 めったに怒る事はない分、叱られる時の静かな迫力は相当だ。

「確かに、放っておけば星良達の後を追って一人で乗り込むからと、一緒に連れて行かせたのは私だ。だが、無謀な事はしないと約束したはずだったな」

「…はい」

「無謀な行為は自分を危険にさらすだけではなく、周りにも危害を加える。自分の力を過信するな。お前は確かに普通の者よりは強い。だが、命をかけた世界の人間とは違うのだよ」

「…はい」

 どうやら、助けに来てくれたときの暴走を注意されているようだ。

 小柄な大地が、さらに小さくなって見える。

「しかし、お義父さん。大地君が先に羽美を見つけてくれたおかげで…」

「子供に先を越されるのは、プロとしてどうなのかね」

「うぐ…」

 フォローしようとした父様に今度は攻撃の矛先が向けられ、思わず変な声をもらす父様。

 時に大声で怒鳴られるより、笑顔で叱られる方が怖い事がある。

 おじい様の叱り方は、間違いなく後者だ。

「目を離すなといっておいただろう。そばにいる子供すら守れなくてどうする。何の為に一緒に行かせたのか、わかっていただろう」

「はい…」

「大地は羽美の為ならどんな無茶もする。だから、傍でフォローするように言っておいたはずだが?」

「はい…」

「防弾チョッキを着せただけで安心していたのか?それとも、出し抜かれるはずがないと見くびっていたか?己の甘さを心に刻んでおけ」

「はい…」

 がっくりと項垂れている父様から、私に視線を移すおじい様。

 反射的に背筋がぴんっと伸びる。

「羽美」

「はいっ」

「人を傷つけることを懼れるのは悪い事ではない。だが、時には力も必要なのだと覚えておきなさい。誰かを傷つけてでも、止めなければならない事がある」

「はいっ」

 戦えるのに、最後の最後まで躊躇っていた私への言葉。

 あのまま何もしないままだったら、大切な人を傷つけていたかもしれないのだ。

「できれば、そんな状態は避けたいところだが、世の中には心が通じない者がいるのも事実だ。大切な者を守る為に、時には色んな形で戦わねばならない時がある。戦う勇気も持ちなさい。優しさだけでは守れない時もあるのだからね」

「はい」

 怒っていると言うより、私達の為を思っての叱責。

 冷たく凍りつくようなオーラが静まると、木漏れ日のような優しく温かな光を灯した瞳が私達を捉える。

 柔らかに目を細めるおじい様。

「色々あったが…皆が無事でなによりだ」

 優しい声に、大地も父様もほっとしたように笑みを浮かべた。

 心配をかけたぶん、説教されても仕方がない。

 叱ってくれるのは、大切だと思ってくれている証拠だから。

「…寿司とプリン」

 居間の雰囲気が和やかになった所で、突然ポツリと呟く空。

 ごんっと大地が力が抜けたように目の前の机に突っ伏した。

 肋骨を折っていたことを忘れていたのか、おでこよりもそちらの痛みに顔をしかめる。

「どんだけマイペースだよ、朝宮…」

「…到着?」

 小首を傾げながら少々嬉しそうにそう呟くと、大地の突っ込みも気にした風もなく立ち上がる空。

 どうやら、出前が来た気配を察したらしい。

 家用の財布を手に取ると、玄関へと歩いていった。

 それから、チャイムが鳴る。

「出前のバイクの音聞こえなかったのに、空くんはさすがというか…」

「一人で余裕かましてたから気づいただけですよ、きっと」

 痛む身体をさすりながら、起き上がった大地は空を褒める父様に不服そうな眼差しを向ける。

 そんな大地を、楽しそうに見つめるおじい様。

 いつも通りの平穏な空気に包まれた居間に、お寿司とデザートのプリンを持って戻ってくる空。

 いつもと変わらぬようで、でもなんだか少し嬉しそうにプリンを持ってきた空に、私達はさらに和み、穏やかで心地よい昼食の時間となったのだった。



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