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君のツバサ  作者: 水無月
第十章
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第10章-2

 静まり返った病室の中で、全ての視線がレイに注がれていた。

 それを感じてか、照れを隠すかのように窓の外の風景に目をやるレイ。

「それに、後悔はしてへん。あそこを抜け出してマスターと共に日本に来た事も、ソラを仲間に引き入れようとした事もな。だから、ええねん」

 しんみりと呟くように言ったレイだが、はっと気付いたように振り返って母を見つめる。

 口元には笑みを浮かべているものの、半眼で見つめている母に慌てたように手を振るレイ。

「ちゃうぞ、セイラ。セイラに迷惑をかけたことは反省しとる」

「わかってるわよ。ま、私からの説教は移動時間にゆっくりと。今は、みんなと話しなさい」

「せやな…」

 苦笑を浮かべてぽりぽりと頬をかくレイは、私達に見せる顔とは少し違っていた。

 母に心を許しているのが見ていてもわかる。

 再び私達の方を向くと、順番に私達に視線を送るレイ。

「過程は間違っとったかもしれへんけど、今回得たものは俺にとって大きかったんや。ソラの笑顔も見れたしハニーにも出会えた。ついでに、お前にもな。今逃げ出してきたからこそ出会えた。せやから、逃げずに責任とってくるわ」

 ついで呼ばわりだが、それでも穏やかなレイの視線に嬉しさが溢れる。

 空とは違った形で心を縛られていたレイが、重い何かから少し解放された気がした。

「途中まで情けなかったけど、最後の最後でちゃんと立ち向かえたしな」

 口元に穏やかな笑みを浮かべてそう言った大地に、レイは柔らかに目を細めた。

「ハニーにあそこまでしてもろて、マスターに縛られたまんまなら男やないやろ」

「そりゃそうだ」

 そう言って、ふっと笑みを浮かべる二人。

 確かに、エキドナの銃を撃ち落した時のレイは、もう彼女に縛られてはいなかった。

 幼い頃からの心の呪縛を消し去るほど、レイが手に入れたものは大きかったのだろう。

 だからこそ、大切な空と再び離れる事も受け入れられたのかもしれない。

 そして、互いに人を敬遠気味だった二人の間に絆のような物が生まれつつあることも、私は嬉しかった。

「また会えるの楽しみに待ってるよ」

 瞳をを見つめてそう言った私を見て、ニヤリと笑うレイ。

「その頃にはちゃんと女らしく成長しとるとええな。特に胸が」

「んなっ!?」

「そしたら恋人にしてやってもええで?ごぶふっ?!」

 カァッと顔を赤くした私の横を白い枕が通り過ぎ、レイの顔にヒットする。同時に、頭の上からヒールを履いた足が振り下ろされ、見事に踵落としをくらったレイはその場にしゃがみこんだ。

「冗談でも断るっ!!」

「セクハラも犯罪よ?」

 笑顔でブラックオーラを放っている二人を、痛みに顔をしかめながらも嬉しげにレイは見つめている。

 そんなやり取りを黙って見つめていた空が、不思議そうに小首を傾げた。

「…殴られるのが好き?」

「いや、そんな危ない趣味違う!」

 びしっと否定したにもかかわらず、小首を傾げたままの空。

 空はちょっぴり不服そうな顔で見上げているレイの側に静かに歩み寄ると、柔らかそうなレイの金色の髪にそっと手を乗せた。

 そして、優しく撫でる。

 レイは心地よさそうにゆっくりと瞳を閉じた。

「……これが一番好きやで、ソラ」

「…なるほど」

「いや、そこは『なるほど』って返す場所ちゃう!もっとこう、感動的に!!」

「…なるほど?」

 そんな二人のやり取りに、病室には笑顔が溢れた。

 たわいもないやり取り。

 ありふれた様で、本当はとても幸せな時間。

 離れていても、この時をレイにずっと覚えていて欲しかった。


「楽しそうなところ申し訳ないけど、そろそろ時間よ」

 穏やかな雰囲気に終焉を告げる言葉。

 腕時計に視線を落とした母を見上げると、レイはゆっくりと立ち上がった。

 俯き小さく息をついたが、一呼吸置いてから顔を上げたときには切なげで穏やかな笑みを浮かべていた。

「じゃ、またなソラ、ハ…」

 そこまで言ってから言葉を切るレイ。

 黙って見つめる私と大地を交互に見やると、柔らかに青い瞳を細めた。

「またな、大地、羽美」

「レイ…」

 名前をちゃんと呼んでくれたことに、自然と私と大地に笑顔が浮かんでいた。

「あぁ、またな。のんびり待っててやるよ」 

 いつもよりも優しい大地の声。

 そして、励ますようにほんの少し笑んだ空の顔を嬉しそうに見つめると、レイは踵を返して静かに病室を出て行った。

「じゃあ、羽美ちゃん。また…ね」

 その背を追うように病室を出ようとした母の顔は、仕事人としてではなくただの一人の母親としての表情が見え隠れしていた。

 申し訳なさそうな、寂しそうな顔。

 めったに会えないのに、今回も事件の間しか一緒にいられなかった。

 銃を突きつけられたときに放った冷たい言葉を償う会話すらろくにできないままなのが、心残りなのだろう。

 だがその時間よりも、レイとの別れの時間を優先したのだ。

「頑張って、お母さん。私、お母さんを誇りに思ってるから」

「羽美ちゃん…」

 驚いたように私を見つめる母。

 そんな母に、私は精一杯の笑顔を浮かべる。

「そりゃ、全然そばにいてくれないのに何で私を産んだんだろうって思ったりしてたよ。でも、今回の事で思ったの。お母さんや父様が今の仕事をしてなかったら、もしかしたら空やレイは今もあの人の下で働かされてたかもしれない。それに、レイはお母さんには心を許してる。だから、今もあんなに穏やかでいられるんだよ。たとえ離れてても、会えなくても、命懸けで誰かの心を救える仕事をしてるお母さんと父様を私は誇りに思う。今まで一緒にいる事殆どなかったけど、私は色んな人に出会えて幸せだと思うから、産んでくれたお母さんに感謝して…」

 全部言い終える前に、私は母の腕の中にいた。

 痛いくらい強く抱きしめられる。

「ありがとう」

 抱きしめる腕とは対照的に、か細い声。

 背中にもふと気配を感じて顔を上げようとすると、逞しい腕に母ごと抱きしめられた。

 こんな風に両親に抱きしめられたのは、記憶にある中では初めてな気がした。

 それでもどこか懐かしい感じがしたのは、きっと記憶に残らないほど幼い頃には、こうやって抱きしめていてくれていたのだろう。

 二人の温もりが、心地よかった。

「セイラー、時間やで」

「わかってるわよっ」

 廊下から呼ぶ声に、ぱっと腕を放すとぐいっと目元を拭う母。

 ひょっこりと顔だけ出してニヤッと笑っているレイを、照れたように半眼で睨む。

「じゃ、行くわよ、レイ。じゃあね、羽美ちゃん、空くん、大地くん」

「セイラは借りてくで~」

 ひらひらと手を振って軽く言い合いをしながら去っていく二人は、私とよりもよっぽど親子のようだった。

 それは少し羨ましいようで、でも、嬉しかった。


 人と人との絆。


 それは、見ているものにも温かな気持ちを与えてくれるものだと思った。


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