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君のツバサ  作者: 水無月
第十章
70/83

第10章-1

――― なかないで。ぼくがそばにいてあげるから

 

 幼くも優しい声が聞こえる。


――― ほんとに?


 涙声の少女が、そう尋ねている。


――― うん。ずっといっしょにいてあげる。だからなかないで


 そう言って優しく少女の髪を撫でる小さな手。透き通るような綺麗なとび色の瞳。


 遠い昔、どこかで見た光景………。




「あれ、起こしちゃったかな」

 髪を撫でられる心地よい感覚に、私の意識は引き戻された。

 ぼんやりとした視界に、スーツに身を包んだ人の身体と清潔感のある白い壁が目に入る。

 もたれ掛かっていたらしい逞しい肩が、ぴくりと動いた。

「あれ…私、寝ちゃってたんだ」

 ゆっくりと、思考回路が現実を捉えていく。

 

 そう、今は病院にいるのだった。

 エキドナやその部下の連行は母達の部下達に任せ、父様と共におじい様の知人の病院に大地を運び込んだのだ。

 私や空も多少の怪我をしていたので処置をしてもらったのだが、大地の治療を待っている間に、どうやら眠ってしまったらしい。


「そりゃ眠りもするさ。あんな事に巻き込まれて、身体も心もくたくただろう」

 そう言って気遣うように微笑んだのは、いつのまにかスーツ姿に着替えた父様。

 先ほど髪を撫でていたのも父の手だろう。

 横を見ると、透き通るようなとび色の綺麗な瞳が私を見つめていた。

「空…」

 どうやら、空の肩にもたれ掛かって寝ていたらしい。

 覗きこむその瞳に、何故かデジャヴのような感覚を覚える。

「…平気、か?」

「うん。私は大丈夫。空は?」

 休んだ様子が見られない空に尋ねると、空は静かにこくりと頷いた。

「…慣れている」

 その答えに、胸がちくりと痛んだ。

 あんな事を、空は小さな頃から何度も体験してきたのだ。

 私がただ、両親と放れて暮すのが寂しいと嘆いている時に…。

「大地くんも眠っていたけど、ついさっき目を覚ましたよ」

 押し黙った私を励ますような、父の報告。

 思わず、ぱっと顔が輝く。

「ほんと!?」

「羽美ちゃんも病室に行く?」

「もちろん!」

 そう言って椅子から勢いよく立ち上がると、一瞬くらっとしてよろめく。

 と、すぐさま支えてくれる腕。

「…大丈夫か?」

「ありがと。ただの立ちくらみだよ」

 気遣うような空を、父様は何らや妙に嬉しそうに見つめていた。



「羽美!」

 病室に入ると、思ったよりも元気そうな大地が笑顔でベッドに横になっていた。

「大地、具合はどう?」

「骨折自体はたいした事じゃないし、内臓損傷もなかったから問題ないってさ。ま、念のために今日は泊まってけって言われたけど」

 めんどくさそうに小さくため息をつきつつも、穏やかな微笑を浮かべる大地。

 ベッドサイドの椅子に座った私の顔に、そっと腕を伸ばす。

「傷、残んなきゃいいけど」

 多少あった傷を、心配げに見つめる大地。

「みんなに比べたら、こんなの傷のうちに入らないよ」

「俺達は男。羽美は女の子だろーが」

 呆れたようなそう言った大地は、ふと怪訝そうな顔になる。

 そして、私達が入ってきた入り口を見つめて首をかしげた。

「あれ、あいつは?」

 当然、私達の後に続いてレイが入ってくると思っていたのだろう。

 現われない事を不思議に思ってか、きょとんとした顔で私を見つめる。

「お母さんと別行動中だよ。後でくるんじゃないかな」

 監禁されていた場所から移動する時から、レイだけは別の車だった。

 それから、二人の姿を見ていない。

「ふーん」

 大地が気の抜けたような返事をした時、病室の入り口付近に立っていた空の視線がふと動いた。

 父様の口元に、僅かな微笑が浮かぶ。

「ふふふふふふふ」

 廊下から聞こえてくる不気味な笑い声。

 そして、勢いよく病室の扉が横に開く。

「俺がおらへんと寂しいとは…。ようやっと俺の愛に応えてっ…うぶっ」

 満面の笑みで表れた金髪の美青年は、ベッドに横になる愛しい人に駆け寄ろうとした次の瞬間、踏み出した足を見事に払われ床に突っ伏した。

 美しい金色の髪が、さらりと床に流れ落ちる。

「セ…セイラ…」

「相手はけが人でしょ、騒ぐんじゃないの」

 足を払った人物を恨みがましく睨んだレイの視線の先には、ベージュのスーツに着替えた母の姿。

 笑顔で床に突っ伏したレイを見下ろしている。

「あと、時間は厳守。ふざけてる間にも減ってくわよ?」

「…わかっとる」

 呟くように答え、ゆっくりと立ち上がったレイは青い瞳を僅かに伏せていた。

 切なげな光が水紋のように広がっていく。

「レイ、時間って…」

「お別れまでの時間や」

 なんでもない事のように言ったものの、レイの笑顔は無理しているように見えた。

 寂しそうな、悲しそうな笑顔。

 説明を求めるような三対の視線を受けて、母は小さく肩をすくめた。

「どんな理由があっても、法を犯したらそれなりのけじめをつけなきゃいけないの。この子の場合、不法入国もろもろ、フォローしきれないものがたくさんあるのよ」

「でも…」

 言い返そうとして、私はそのまま言葉を飲み込んだ。

 どんな感情論を言ったところで、覆されるものではないだろう。

 今は母としての顔ではなく、誇りを持って仕事をしている人間の表情。

 凛とした揺ぎ無い瞳には、何を言っても仕方がない気がした。

「ええねん。ここに連れてくるだけのわがまま聞いてくれただけで十分や」

 深刻な空気を払拭するかのように、明るい声を出すレイ。

 ふざけて病室に入ってきたのも、寂しさを隠すためだったのかもしれない。

 大切そうに空を見つめたレイの優しげな青い瞳は、悲しいほど美しかった……。


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