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君のツバサ  作者: 水無月
第二章
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第2章-2

 一時間目は数学だった。

 先生が来ると、取り囲んでいたクラスメイト達は渋々席につく。

 やっと開放されて私はほっとする。

 空を見ると、特に疲れたりうんざりしたりした様子もなかった。

 ただ、授業の準備をする気配もなく、ぼーっと座っている。

「教科書はまだないの?」

 私の質問にこくんと頷く空。

 私はがたがたと机を移動させ、空の机とぴったりつける。

「ノートと筆記用具はあるでしょ?」

 空は頷いて鞄からそれらを取り出した。

 号令がかかり、授業が始まる。

 前回出された宿題の答え合わせ、今日の課題と授業が進んでいく。

 私は苦手な数学に必死に頭をフル回転していたが、ふと先生の視線が空に向けられていることに気付く。

 横を見ると、空は何もせずに窓の外を眺めていた。

「空っ」

 小声で名前を呼ぶとゆっくりと振り向く。

「授業ちゃんと聞かなきゃ…」

 言葉を続ける前に、ぽんっと肩を叩かれる。

 私の横に不機嫌そうな先生がたっていた。

「帰国子女さんには、俺の授業は簡単すぎてつまらないようだな」

 笑顔で厭味を言われたのだが、空は素直に頷いた。

 空以外、みんな一瞬固まる。

 次の瞬間には、怒りで先生の顔が赤くなっていた。

「朝宮…じゃあ、これを解いてみろ」

 無言で教壇に戻った先生は、怒りに震える声で黒板に書いた問題を指した。

「X,Y,Z=(3,1,2),(3,2,1)」

 ぼそっと即答する空。固まる先生。

 どうやら正解らしい。

 かっとなったのか、先生はさらに問題を出すがやはり即答する空。

 クラスメイトも私も、呆然とそのやり取りを見つめていた。


 暗殺者として育てられたと聞いて勉強は出来ないものと勝手に思っていたが、とんでもない。

 数学だけでなく、次の英語も物理も完璧だった。


 頭いいんだ……。


 空のいた組織がどんな所だったのか、よけい想像ができなくなる。

 いったい、どんな教育をされていたのだろう?


 しかし、私にそんなことを考える余裕はあまりなかった。

 休み時間のたびに空を囲む人垣が増えていく…。

 あまり目立ってほしくなかったのに、もう遅い。

 運動神経も確実にいいだろうし、次の体育が終わる頃にはもっと注目を集めることになるだろう…。

 空がどんな性格なのかよくわからないうちに有名になってしまうのは、少し不安だった。



「はぁ…」

 体操着に着替えて校庭に向かいながら、思わずため息をつく。

 と、一緒にいた三人がそれぞれ反応を示した。

「羽美がため息つくなんてめずらしー」

 美月みつきはうかない顔の私を見てくすくすと笑う。

「朝宮くんと一緒に取り囲まれてて疲れた?」

 心配そうに私の顔を覗き込む紗雪さゆき

「しかし、すごい男と同棲はじめたよね」

 からかうような視線の清花きよか

「いや、同棲じゃないし…」

 とりあえず、清花の言葉を訂正する。

 みんな事実を知らないから気軽にからかってくれるけど、本当のことを言えるはずもない。

 ため息がもれたのも、着替えの最中に空の背中を思い出したからだった。

 隠すことの出来ない、彼の傷跡。

 クラスメイトに見られても、きっと何かちゃんとした訳が考えられているから大丈夫なのだろうが、空の歩んできた人生を思い出して少し胸が苦しかった。

「顔は前髪でよく見えないけどさ、背も高くて顔小さくてスタイルいいし、頭もいいじゃない。クールだし、帰国子女ってとこもカッコいいし、これで運動神経もよかったらすごいよね」

 清花は空に興味津々なようだ。

「でも、朝宮くんってちょっと恐そうじゃない?」

 紗雪は、空の先生に対する常識知らずな態度に少し怯えている。

「問題は顔じゃない?羽美はちゃんと見たことある?」

 面食いな美月らしい発言に、私は首を振る。

「だから、昨日の夜に初めて会ったんだって。私もみんなと同じくらいしか知らないから」

「つまんないのー。あ、朝宮くんだ」

 グラウンドに出てきた空を、美月はいち早く見つける。

 数人の男子に囲まれながら出てきた空。

 大地はやはり空の側にはおらず、遠くから観察するような眼差しで見ている。

「見た目からすると、運動神経もよさそうだよね」

 清花は顔より能力がある男子が好きなので、そこが気になるようだ。

 今日は男子はサッカー。女子はテニス。

 女子がテニスそっちのけで空に注目するのは目に見えていた。

「はい。授業始めるよー!」

 先生の掛け声に一応反応するものの、みんなの視線は男子の方に向けられている。

 落ち着かない女子の態度を、空の噂をすでに聞いている先生は仕方なさそうに見ていた。

 私も空を目で追っていた。

 運動神経は間違いなくいいだろうが、サッカーなどのスポーツをやっていたのか疑問だ。

 暗殺者として育てられている子供達がサッカーしている姿を、どうしても想像できない、が…。

「すっごーい!」

 女子から感嘆の声が上がる。

 試合が始まるとすぐに空にパスが出されたのだが、見事なドリブルだったのだ。

 サッカー部でさえ、鮮やかに抜き去っていく。

 予想外と言うか、予想通りと言うか…。

「かっこいいー!」

 喜ぶ女子と、その技術に見惚れる男子。

 しかし、唯一冷静だっただろう大地に、ゴール前でボールを奪われる。

 身長があまり関係のないスポーツならば、大地の運動神経も負けてはいない。

 試合は二人の攻防が中心となる。

 今日の体育は、注目の転校生vs学校一の美少女風少年の戦いをみんなで観戦しているようなものだった…。



 昼休みには教室の外にも沢山の人だかりが出来ていた。

 皆、噂の転校生を見に来た野次馬である。

 今日は寝坊してお弁当を持ってきていないので、空に購買で買ってきたパンを渡す。

 とてもじゃないけど、空と購買に行く気にはなれなかった。

「明日からはお弁当持ってくるから、今日はこれですませて」

 空はパンを受け取って、こくんと頷く。

 私も空の横で昼食をとろうと席に着こうとしたが、ぞわっと寒気がして思わず固まる。

 恐る恐る振り向くと、笑顔の大地が立っていた。

「羽美ちゃん、一緒にお昼食べよ」

 大地が私をちゃん付けで呼ぶのは、ものすごく機嫌が悪い時だ。

 朝から空と一緒で、大地と全く話す時間が無かったので我慢の限界に達したらしい。

「え、えーっと…」

 ちらっと空を見る私。

「二人で食べよ」

 有無を言わせない大地の笑顔。

 私は空を再び見る。

 良い意味で目立っているが、今のところ何の問題もみせていない空。

 クラスメイトも、空がほとんどしゃべらないにもかかわらずうまくコミュニケーションをとっているし、昼休みくらい私がそばにいなくても平気かもしれない。

 それよりも、これ以上大地をほっとく方が恐かった。

「…空」

 呼ばれて顔を上げた空の耳元に、私は口を寄せる。

「問題起こさないようにね。何かあっても人に手を出しちゃダメだよ」

 他の人に聞こえないようにそっと告げると、空は頷いた。

 私の言う事を守るというのが本当ならば、とりあえず平気だろう。

「じゃ、行こうか大地。森田、空のこと宜しく!」

 男子のクラス委員に声をかけ、私は大地と教室を出た。

 大地と二人で食べる時はいつも屋上に行く。

 本当は立ち入り禁止なのだけれど、学校で二人きりで話すにはいい場所だ。

 私は大地に話す内容を頭でまとめながら、ゆっくりと屋上へ向かった。


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