第9章-12
銃声の次の瞬間に聞こえたのは、エキドナの短い叫び声と耳元で何かがはじかれる音だった。
「任務中は感情を捨てろと教えたのはあんたやで?そんなに感情むき出しにしたら、隙だらけや」
レイの冷たい声が倉庫に響く。
銃声と共に思わず閉じた目をゆっくりと開くと、床に落ちた彼女の銃が目に入った。
カッとなった彼女の隙を突き、レイが銃弾を放ったのだろう。
銃を弾かれた衝撃からか、私の髪を掴んでいた手も離れている。
今のうちに逃げなければと思った時にはエキドナの舌打ちがすぐ側で聞こえ、その手が再び私に向かって延びてきていた。
手には、ナイフが握られている。
「羽美っ!やっちゃいなさい!!」
母の声に、考えるより先に身体が動く。
子供のころから何度も繰り返してきた動作。
向かってくるその腕を取り、身体を一気に回転させる。
だぁんっと、身体がコンクリートの床に叩きつけられる音か響き渡り、私ははっと我に返った。
「うわっ、ごめんなさいっ。硬い床なのに思わず手加減無しに…」
反射的にそう言ってから、そんな私を不思議そうに見つめている人たちが目の前にいる事に気づいて、言葉を飲み込んだ。
私が彼女を背負い投げした一瞬の間に、空や母の部下達が距離をつめていたらしい。
すぐ傍で、床に倒れている彼女を見下ろしながら銃を構えている。
完全なチェックメイト。
だが、微妙に緊張感が欠けているのは私のセリフのせいだろうか…。
「…何故謝る?」
銃を片手に、小首をかしげる空。
「アホやからやろ?」
少し離れた大地のそばで、呆れたようなレイ。
「羽美…らしいけどね」
苦しそうに息をしながら、大地は微笑を浮かべている。
「うちの爺さんから、みっちりと教え込まれてるものね。武道を暴力には使うなって」
背後からぎゅっと抱きつき明るい声でそう言ったのは母。
嬉しそうにほお擦りしてくる。
「ごめんね、羽美!酷い事言って!でも、羽美なら分かってくれると…」
母の体温と優しい声に、ようやく私の思考回路が正常に作動する。
「それはいいから、ちょっと離れて」
えぇっと悲しげな声をあげる母を引き剥がし、私は大地の元へ走っていった。
命には別状なさそうだが、今一番負傷しているのは大地だ。
空もエキドナのことは母達に任せ、私の後についてくる。
「大地っ!」
「大丈…夫」
横になっている大地の手をとると、大地は安心させるように微笑を浮かべた。
だが、やはり身体は痛むらしい。笑顔が力ない。
「大丈夫なわけないじゃない」
「羽美が無事なら…俺は…大丈夫、なんだよ」
「そういう問題じゃない…」
「泣く…なよ。せっかく…みんな無事だったんだから…」
傷だらけのみんなに胸が痛んだのか、ほっとしたからかは分からなかった。
ただ、ぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。
「ハニー…すまんな、俺のせいで」
レイもぐったりした大地を見つめながら、泣きそうなほど顔をゆがめている。
大地はそんなレイを見ると、ふっと笑みを浮かべた。
「ばーか…。こういうときは…ありがとう…って言うんだよ」
「ハニー…」
「…ありがとう」
「いや、ここは俺が謝る所やで、ソラ!」
先にぺこりと頭を下げられ、思わず突っ込むレイ。
そんな二人を見て、大地も私も思わず微笑んだ。
失いかけた大切なものが、今目の前にあることが嬉しかった。
「お前ら…もう…間違えんなよ。自分の…道」
大地の言葉に、二人は力強く頷いた。
満足げに微笑む大地は、笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「今度また…お前らのバカな行動で…羽美を危険に巻き込んだら…俺がお前ら殺すぞ?」
「うわっ、へばっててもハニーやっ!?」
にこやかにブラックなオーラを放つ大地に、レイが嬉しそうに突っ込む。
空はそんな二人と私を静かに見つめていた。
「…もう、間違えない。もう…迷わない」
空は自分の心を確認するかのように瞳を閉じてそう呟くと、再びゆっくりと目を開いた。
そこには、柔らかな光が燈っていた。
その瞳で涙を流す私を見つめると、傷だらけの腕を伸ばし、私の頬をそっと拭った。
「また…傍にいてもいいか?」
「うん。もちろん」
笑顔で答えた私に、空は嬉しそうに表情を和らげた。
優しい、笑顔…。
「いい顔…できんじゃねーかよ」
「せやな」
嬉しくて再び泣き出した私を、困ったように見つめる空。
殺伐として冷たい空気しかなかったこの倉庫が、暖かな春風が吹き込んだかのように、心地よい空間へと変わっていく。
大切な人たちの笑顔は、何よりも心地よい場所だった。