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君のツバサ  作者: 水無月
第九章
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第9章-9

 空の簡易爆弾により、相手が殺気立ったのがわかった。

 マスターだけではない、部下の四人も先程よりも気配が色濃くなる。

 もう気配を消して怯える獲物を狩るのを楽しむのではない、獲物を捕らえその血肉を獲ることが目的に変わったようだ。

 レイの方に集中していた気配が分散され、二人がこちらに向かっているのがわかる。

「朝宮…」

 大地が指示を仰ぐように声をかけると、空は銃を構えたままちらりとこちらに視線を向けた。

「…気配は?」

「わかる」

「…銃口の向きと角度に気をつけろ。それだけでいい」

 そう言うと、後は任せろと言わんばかりに臨戦態勢に入る空。

 その背を見つめながら、隣でぼそりと大地が突っ込む。

「気をつけてもよけられるかは別だろう…」

「大丈夫だよ。空はちゃんとフォローしてくれる」

「そう信じるけどね」

 大地はそう言って小さく息をつくと、近づく気配にいつでも反応できるように構えるような姿勢になった。

 私も辺りを警戒する。

 相手の動きは心なしか先程よりも鈍くなっているようだった。

 もしかすると、先ほどの爆弾で軽く負傷しているのかもしれない。

「…来る」

 空がまるで開戦の合図かのように静かにそう言った。

 確かに二つの気配が直ぐそばにある。

 一つは空のいる左側、もう一つは私と大地の隠れている右側の荷物の向こう側。

 ごくりと息を飲んだ時、少し離れた所で銃声が鳴り始めた。

「レイ…」

「今は自分の心配だけしてろ」

 思わず呟いた私の頭を、大地はぽんっと優しく叩いた。

 私は頷くと、集中するために深く息を吸い込んだ。

 空も大地も、私のために無理をしかねない。

 足手まといになったら皆を守るどころじゃない。


 先に動いたのは、左側からくる気配の方だった。

 素早く移動したのか、積み上げられた荷物の上から突如姿を現す所々血を流している青年。

 そして、こちらに向けられた銃。

 だが空のほうが一枚上手だった。

 相手がどこから仕掛けてくるのか予測していたのか、現れた青年の横にいつの間にか移動している。

「!?」

「…遅い」

 驚いたように目を見開くと直ぐに空のほうに銃口を向けようとした青年の顎に、鋭い蹴りが放たれた。

 長い足がしなるように相手の顎を捉えると青年の体が宙に浮き、数メートル吹っ飛ぶ。

 体だけでなく意識も吹き飛んだのか、荷物の上から落ちかけているのに動かない青年。

 顔色一つ変えていない凛々しい空の横顔に思わず見入ってしまいそうになったが、ぞくっと走った悪寒に反射的に体が動いた。

 上から迫る気配に、大地とは逆の方に横に飛ぶ。

 先ほどまでいた所に上から黒服を纏った人影が降り立っていた。

 背を向けないように体勢を整えるが、その瞬間、銃口が私に向けられているのがわかる。

 反応しきれないと思ったとき、鈍い銃声とともに黒服の青年の銃が吹き飛んだ。

 そして、その彼が体勢を立て直す前に続けて放たれる銃弾。

 右足を打ち抜かれた青年は片膝をついたが、瞳は死んでいなかった。

 どこかから取り出した小銃で空の方に威嚇するように銃を撃つと、逆の手にいつのまにか握り締めたナイフを私に向かって突き出した。

 身を引いてなんとかよけるが、追撃に対応しきれない。

 多少の怪我を覚悟でナイフを手で受けようとした瞬間だった。

「させるかっ!」

 怒りのこもった声とともに、青年の頭に踵落しが炸裂する。

 青年は反射的に背後に向けてナイフを振るったが、それを冷静に交わした大地は冷たい瞳で彼の右足の傷を狙って蹴りを放つ。

 そして、痛みで一瞬動きが止まった青年の武器は銃声とともに弾かれた。

 大地はその瞬間を見逃さず、彼の背後に回ると首に腕を絡める。

「眠ってろ」

 冷笑とともにそう言うと、ぐっと腕に力を込める大地。

 頚動脈と気管を同時にしめられた青年は、ほんの数秒で落ちた。

 黒服の青年が床に崩れ落ちるのと同時に、空は私たちのそばに軽やかに降り立つ。

 その手には空が倒した青年から奪い取ってきたらしい新たな銃。

 空は大地をじっと見つめると、おもむろに頭を撫で始める。

「あのな…」

 おそらくよくやったと褒めたい気持なのだろうが、大地は小さくため息をついている。

「俺が羽美を守るのは当然。それに、朝宮の爆弾で多少動きが鈍ってた上にフォローしてもらったからな。これくらいできなかったら助けに来た意味がない」

 そう言いながら、頭の上の空の手をどかした。

 空は大地の意見に納得したのか、なにやら頷いている。

「ありがと、大地、空」

 守ってもらった二人に礼をいうと、口元に笑みを浮かべる大地。

 空は変わらず凛とした光を灯したままだ。

「…まだ終わってない」

 緊張感を保ったままの声。

 確かに、今は銃声は途切れているがレイがどうなったかわからないのだ。

 全員無事に脱出するまでは、喜んでなどいられない。

「レイを助けなきゃ」

 空は静かに頷く。

 そして、レイたちが戦っている方向に視線を向けた。

 蠢く気配。

 レイも相手の青年達もまだ倒れた様子はない。

 倒した青年達を動けないように落ちていた紐やロープなどで縛り上げると、私たちはレイのいる方へ向かう。

 荷物の影に隠れながら気配を殺して徐々に近づくと、視線の先に二対一で肉弾戦を繰り広げているレイの姿。

 マスターである女性はそれを楽しそうに高みの見物をしている。

 足と腕に傷を負ったらしいレイと、体のあちこちに軽い傷を負っている青年二人。

 怪我をしているとは思えないすばやさで技を繰り出しあっている彼らを銃で援護するのは難しいと判断したのか、空は構えていた銃を下ろした。

 そして、守るように自分の背の後ろにやった私たちを振り返る。

「…ここで隠れていろ」

「わかった」

 大地が頷いて私を守るように前に立つと、空は音もなく地をけって飛び出していった。

 空が視界に入ったのか、必死だったレイの顔に僅かに余裕が出る。

 一人の青年が空に気づき素早く対応すると、一対一の攻防が始まった。

 二組は少し場所を移動しながらも、私たちではとても間に入れない戦いを繰り広げる。

「頑張って、空、レイ…」

 両手をぎゅっと握り合わせ、天に祈る。

 ただそれしか出来なかったが、それだけでもしたかった。

 

 息を飲むような攻防の先に決着がついたのはレイの方だった。

 相手の一瞬の迷いを見逃さず、みぞおちに拳を突き刺す。

 目を見開いたまま倒れこむ青年。

 レイが勝ったとほっとしたのは一瞬だった。


「お疲れ様、レイ」

 冷たく言い放ち、レイに拳銃を向けたのは彼らのマスター。

 先ほどまでの動きが嘘だったかのように、硬直したかのようなレイ。

 戦闘の能力がさしてない彼女相手なら、本来なら相手にしても危険はないはずだった。

 だが、レイは呪縛にかかったかのように彼女の瞳を見つめたまま動かない。

「楽しませてもらったけど…ここまでね。ゆっくりと痛めつけてあげる」

 そう言って、どこを狙うか楽しげに選んでいる彼女。

 頼みの綱の空は、まだ一人の青年と一進一退の戦いを繰り広げていて余裕はなさそうだった。

「あのバカ」

  大地は舌打ちすると私を振り返った。

「羽美は動くなよ」

「大地!?」

 止める間もなく走り出す大地。

 未だに彼女に逆らう事の出来ないレイを助けに、戦いの場に飛び出していた。

  その足音に顔を向けるマスター。

 薄笑いを浮かべると、銃口を大地に向け引き金を引く。 

「!?」

  思わず息を飲んだが、銃弾は大地の頬を僅かにかすっただけだった。

「人を弄んでんじゃねーよ」

 彼女が再び引き金を引く前に、その懐に入り込む大地。

 銃を持つ腕をとられた彼女はぎりっと唇を噛むと、もう一方の手にナイフを握り締めてそれを振りかざす。

 それを交わす大地。

「ハ…ニー……」

 自分を助ける為に飛び出してきた大地を、呆然と見つめるレイ。

 その向こうにで動いた何かに、私は目を見開いた。

 レイが先ほど倒したはずの青年が目を開き、倒れながらも落ちた銃に腕を伸ばしていた。

 レイも大地も気づいていない。

 空もまだ交戦中だ。

 気がついたら、私も走り出していた。

「レイっ!!」

 名を呼びながら飛びつくようにレイを抱きしめる。

 たとえ撃たれたとしても命があればいい。

 レイの頭を狙う銃口から、狙いがそらせればそれでよかった。

 次の瞬間、鈍い銃声が背後で響く。

 だが、私の体に衝撃も痛みも走ることはなかった。

 背後でどさっと何かが崩れ落ちる音。

 恐る恐る振り返ると、視界に入ったのはうつ伏せに床に倒れた大地の姿だった。

「だい…ち?」

 名を呼ぶ声が震えているのがわかる。

 大地と戦っていたはずのマスターは腰に手を当ててたったまま、高笑いを始めた。

「バカな子。この戦いに一番関係のない子なのに、銃弾の盾になるなんてね」

「ハニー!」

 信じられない光景に全身の力が抜けて座り込んでしまった私の腕をすり抜け、蒼白な顔で走るレイ。

 ピクリとも動かない大地の背中に、私の瞳からは涙が零れ落ちていた。



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