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君のツバサ  作者: 水無月
第九章
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第9章-8

 冷たいこの建物の中で唯一響いているのは、マスターと呼ばれる彼女の楽しげな笑い声。

「二手に分かれてどう楽しませてくれるのかしら?」

 まるで喜劇の舞台の幕が上がるのを待っているかのような声。

 命を懸けて戦う者達も、彼女にとってはおもちゃのようなものなのだろう。

 大地はあからさまにイラついた表情を浮かべた。

「どうする、朝宮?」

「………」

 大地の問いに、空は辺りの荷物に視線を走らせた。

 そして、無言で手にした銃を大地に差し出す。

「俺、銃は使えないぞ?」

「…引き金を引けば弾が出る」

「いや、そうでなく…」

 私の手を握っていない方の手に無理矢理銃を握らされた大地は突っ込もうとしたものの、空が集中した眼差しで何かを探し始めた事で口をつぐんだ。

 倉庫の跡らしきこの建物…。

 大きな木の箱に入り積み上げられたものもあれば、雑然と積み上げられたガラクタのような物もある。

 空は辺りを警戒しつつも、それら一つ一つを注意深く見ていき、数点を手にとっていく。

「空?」

 何をするんだろうと不思議に思い、声をかけた瞬間だった。

 レイの飛び出していった方向から鈍い銃声がなる。

 思わずびくっと身を振るわせた。

 くぐもった銃声はレイが放ったものではない。

 数発続いた銃声にレイの響きのある銃声は一発も混じらなかった。

 嫌な汗が背筋を伝う。

 と、優しく握られる手…。

 横を見ると励ますような大地の瞳と出会う。

「大丈夫。そう簡単にくたばるような奴じゃない」

「でも…」

「長年一緒にいた朝宮が信じてるんだから平気だって」

 大地の視線を追うと、手早く何かを組み立てている空の姿。

 その横顔からは、焦りの色など微塵も感じられなかった。

 自分のやるべき事に集中できるのは、レイを信じているから…。

「俺らは自分の身を守ることに集中。あいつらの足手まといにならないように、な」

 少女のように愛らしい笑みを浮かべながらも、瞳の奥に宿る力強い光はすごく男らしかった。

 私は頷いて辺りの気配に集中する。

 私だって全くの素人な訳ではない。

 子供のころから散々おじい様に叩き込まれ、人の気配くらいは察知できる。

 その為には波の無い水面のように心を落ち着け、五感全てを高める事。

 相手がプロで気配を消せるとしても、少しくらいは感じ取る事ができるはずだ。

 束の間の静けさの後、誰かが静かに走る音が聞こえた。

 同時に複数の気配が動く。

 くぐもった複数の銃声と同時に高く鳴り響く一発の銃声。

 そして、どさっと何かが倒れる音。

「デートまであと三人っ!」

 威勢良くあげられた声に、ほっと胸をなでおろす。

 レイは無事で、倒れたのは彼女の部下のはずだ。

 だが、嫌な笑い声の後の言葉に不安が押し寄せる。

「デートの場所はあの世かしら?強がるって事は怪我したわね、レイ」

「!?」

 隣で大地も息を飲んだのがわかった。

 彼女の楽しげな笑い声は、苛立ちよりも不安を募らせた。

「それに、そんな甘さで勝てると思うの?殺さずに仕留められるほど、実力差はないわよ」

 その声が合図かのように、倒れた音がした方から再び人が動く気配がした。

 怪我はさせたのだろうが、狙いをはずしたのだろう。

 互いに傷を負っただけでは、断然レイの方が不利だ。

 先ほどの声は、自分を奮い立たせる為のものだったのかもしれない。

「レイ…」

 祈るように名を口にする。

 と、空が動いた。

 手にはなんだかよくわからない物体が数点。

 それを私たちの傍に一度置くと、積み上げられた荷物を軽やかに上る。

 そして、最初にレイが倒した部下の落とした銃を手にし、すぐに戻ってきた。

「何をするの?」

 銃と作った不思議物体を手にした空に尋ねると、私と大地をじっと見つめた。

 そして、一言だけ述べる。

「…身を低くしていろ」

 言われるがままに、私と大地はしゃがみこむ。

 それを確認すると空はガラクタから作ったものを宙に放り投げた。

 そして、それに向かって引き金を引く。

 くぐもった銃声に続いて、けっして大きくはない爆発音。

「きゃあ!?」

 何かが飛び散る音ともに聞こえた悲鳴はマスターのものだった。

 空は続けて残った爆弾らしきものを投げ、銃でそれを撃ちぬく。

 同じように、爆発音と何かが飛び散る音…。

「ば、爆弾?」

 思わず聞いた私に、頷く空。

「…爆発すると、中に詰めた鉄片が飛び散る」

「さすがというべきか?」

 僅かな時間で、ガラクタにしか見えないようなものを組み合わせて、どうやったらそんなものが作れるのか私と大地にはさっぱりわからなかった。

「…知識があれば誰にでも作れる?」

「いや、無理」

 私たちの表情を見て言った空に、ふるふると首を振る私と否定する大地。

 空やレイが教え込まれたのは、どれほどの知識なのだろう。

 物理や化学がやたらできるのも頷ける。

「つか、レイはいいのか?」

「…大丈夫」

 互いの動きが読めると信じているのだろう。

 空は動揺した様子はなかった。

「ソラっ!!」

 聞こえてきたのは怒りに満ちたマスターの声。

 先ほど悲鳴が聞こえた事から察すると、空が放った爆弾で傷を負ったのかもしれない。

「ただじゃすませないわよっ!!」

「最初からそのつもりだろうが」

 呪いの様な言葉を放った彼女に、ぼそっとつっこむ大地。

 一撃を返したのが嬉しかったのか、冷たく微笑んでいる。

「………」

 空は無言で大地から銃を再び受け取ると、レイが行った方向に視線を移した。

 凛とした光が宿る。

「…全員…守ってみせる」

 決意したようなその眼差しは、揺ぎ無い力強さがあった。



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