第9章-6
どこかの倉庫らしいこの無機質な空間は、緊迫感に包まれていた。
大地のおかげで最悪の事態からは間逃れたが、依然危険な事には変わりない。
主人を人質に取られた青年達は銃口を下ろしているものの、それを手放してはいなかった。
「朝宮、羽美を…」
彼女の部下を警戒しながら大地がそう空に言いかけた時、捕らえられた彼女の瞳に不気味な光が宿った。
嫌な予感がして、彼女の身体に視線を走らせる。
彼女の左腕の袖からスッと銀色に光る何かが現れたのが目に入った。
次の瞬間、彼女が取り出した隠しナイフを握りしめる。
「大地!左足!!」
私の叫び声に反射的に足を引く大地。
鈍く光る刃は大地の服を掠めたものの、間一髪で身体に傷をつけることはなかった。
だが、ほっとしたのもつかの間。
大地が彼女の攻撃に気をとられた一瞬を狙い、彼女の部下が拳銃の引き金を引いたのか、大地の持っていたナイフが宙に弾かれる。
「…っ!」
その衝撃に、少し顔を歪める大地。
怪我をしたのではと不安になったが、それを確認する事はできなかった。
大地がナイフをよけたと同時に走り出していた空に抱きかかえられ、積み上げられた荷物の影に隠されたのだ。
と同時に、先ほどまでいた場所に何発もの銃弾が打ち込まれる。
「大地はっ!?」
「…平気だ。レイがいる」
空の視線の先を追うと、そこには同じように物陰に隠れて銃弾を避けているレイと大地の姿。
私と目が合った大地は、安心させるように手を上げた。
怪我がないようで、ほっとする。
「よかった…」
「…あまりよくはない」
拳銃を手にし、真剣な面持ちの空がそう呟いた。
銃声がやむと、甲高い笑い声が辺りに響く。
「せっかくチャンスを与えたのに無駄にしたわね、二人とも。もうどんな泣き言を言っても聞いてあげないわよ?たかが気の強い男の子一人加わったくらいで、勝てるとでも思う?」
勝利を確信し、甚振るのを楽しむかのような声。
きゅっと唇をかみ不安を押し殺そうとした私の頭を、大きな手が優しくなでる。
「空…」
「…なんとかする」
意を決した凛とした瞳に、不安が薄れるのを感じた。
頷く私の頭をぽんぽんと軽く叩くと、空はレイの方に視線を向ける。
「なんとかする言うてもな…」
辺りを警戒しながら、小さくため息をつくレイ。
何も無い両手を空に見せるように、胸の高さに上げる。
「こっちの武器はそれだけや。あっちはマスター除いて装備万全の四人やで?」
「…五人だ」
空の冷静な訂正の言葉に、レイは一瞬固まるとぽりぽりと頬を掻く。
「あかんなぁ、集中できとらんわ」
「あの女のことは一回頭から消せ。他の奴ら抑えて貰えば、あの女くらい俺にも倒せる。他の奴ら相手なら、思う存分戦えるんだろ?」
「ハニーってば男前やな」
今の状況に臆する事のない冷静な眼差しの大地に、感心するレイ。
だが、すぐに微苦笑を浮かべる。
「せやけど、さすがに奴ら相手に手ぶらは無理やで」
「武器ならある」
「へ?」
間の抜けた声をあげたレイの横で、大地はズボンの裾を上げると、そこから拳銃を取り出した。
そして、ポケットからはストックの弾倉。
「これ使え」
当たり前のような顔をしてそれを差し出した大地を、銃を受け取りながらぽかんと見つめるレイ。
「ハニーって何者?」
思わずこぼれた質問に、大地はふっと微笑を浮かべる。
「ごく普通の男子高校生」
「普通ちゃうわ!!」
「あらあら、何だか楽しそうね?」
つい大声でつっこんでしまったレイの声に、くすくすと彼女が笑う。
何をしても無駄な足掻きだと思っているのだろう。
彼女が何か仕掛けてくる気配はない。
「ところで、あいつらの銃ってなんであんなに銃声しないわけ?」
まるで世間話でもするようなマイペースな口調の大地。
もはや突っ込むことを諦めたのか、レイが辺りの様子を探るように視線を動かしながら答える。
「消音機つけとんのや。目立たんようにな」
「目立ったほうが助かるんだけどな…」
大地の呟きにレイと空が怪訝そうな顔をしたが、次の瞬間はっとしたように険しい顔になる。
同時に銃口を上に向け構える二人。
つられて上を見上げると、高く詰まれた荷物の上に暗闇にまぎれて一人、こちらを銃で狙ってるのが見えた。
はっとした瞬間、私は空にぐいっと抱き寄せられた。
そして、ぼすっと低い音と、パァンと派手な音が同時に響く。
何かが空を切る音の後に、どさっと何かが倒れる音。
反射的に目をつぶってしまった私は、恐る恐る目を開ける。
空の腕の中で顔を横に向けると、そこにはふぅっと安堵したように息をついたレイと、上を見上げたままの大地の姿。
二人が無事なことに安堵しながら大地の視線を追うと、そこには青年が一人倒れていた。
「殺してないだろうな?」
「急所ははずしとる」
レイの返答に、柔らかく目を細める大地。
私もほっと胸をなでおろす。
たとえどんな相手でも、命を奪うのは嫌だった。
こんな状況で甘い考えかもしれないが、できれば誰も命を落とさずに解決したい。
「射撃の腕は落ちてないのね」
部下が一人やられたというのに、まったく動じない彼女の声。
彼女にとっては部下の安否などどうでもいいのだろうか…。
「…あと四人」
私の耳元で、空が静かな声でそう呟いた。