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君のツバサ  作者: 水無月
第九章
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第9章-5

 レイは目を閉じると、深く長く息を吐いた。

 そして、目を開く。

 レイの瞳から、感情が消えていた。

 まるで光の届かない海の底のように、闇に包まれた青い瞳。

 これが、暗殺者としてのレイの顔なのかもしれなかった。

「さぁ、行きなさい。レイ」

 にっこりと微笑んだ彼女に頷くと、歩き出そうとするレイ。

 その肩を、堪りかねたかのように空が掴む。

 だが、レイはその手を冷たく振り払った。

「……レイ」

 名を呼んだ空の方を、振り返ることすらしなかった。

 そんな二人を見て、彼女は満足そうに笑む。

「大人しく待ってなさい、空。ちゃんと言う事を聞けばまた可愛がってあげるわ。二人とも、ね」

 そう言ってレイを案じるような瞳の空に歩み寄り、細い指先で空の頬に触れ、赤い唇を空の顔に近づけようとしたその時だった。

 ふっと空気が動いた気がした。

 マスターと呼ばれる彼女を除く全員の視線が、暗い上方に向けられる。

 次の瞬間、闇を切り裂くように銃弾が数発放たれた。

 自分の部下達の行動で、彼女も視線を上に向ける。

 しかし、既に遅かった。

 銃弾をすり抜けた黒衣を纏った人影が、彼女の背後に静かに降り立った。

 驚いたように振り返ろうとした彼女の首に、銀色に鈍く光るナイフがぴったりと当てられる。

「ご招待いただきまして、どうも」

 静かだが、凍りつくような冷たい声。

 柔らかく目を細め微笑んだその横顔は、よく見知った顔だった。

「大地!!」

 驚いて名を呼ぶと、大地は視線だけをこちらに向けた。

 安堵したような眼差し。

 よく見ると、顔や体に真新しい傷跡が幾つもある。

「あなた…どうやってここに…」

 自分に向けられた問いに、大地は再び怒りを秘めた眼差しに戻る。

 そして、ぴたりと当てられた刃物にやや警戒しつつ尋ねる彼女に、大地は小さく笑った。

「そんな事、自分で考えたら?」

 そう言うと、銃を持った彼女の手を手加減無しに捻る。

 痛みに顔をゆがめ、銃を落とす彼女。

 そんな彼女を見て、警告するかのように部下達が大地に銃を向ける。

 だが、大地は怯む事はなかった。

「銃を下ろせよ。雇い主が死んだら、お前らも多少は困るだろ?」

 余裕の冷笑。

 少なくとも、今私たちが認識している彼女達の部下のいる場所からでは、大地を撃つのは難しいように思えた。

 彼女よりも背の低い大地は、彼女の身体に隠れて狙い難いはずだ。

「ふふ。随分と強気な子ね。でも、あなたに人の命が奪えるのかしら?平和に、幸せに育ったぼうやにそんな覚悟……」

 不敵に微笑んだ彼女の言葉は最後まで続かなかった。

 目は驚愕で見開かれ、顔は青ざめ、そして、白い首筋には赤い筋…。

 迷いのない動きで、大地は彼女の首に当てたナイフを横に滑らせていた。

 つぅっと流れ落ちる赤い雫。

 今度は突き立てるように当てられたナイフに、彼女は息を飲む。

「確か、動脈ってここだったよね?」

 くすくすと笑ってそう述べた大地に、彼女の顔が引きつる。

「覚悟?俺は羽美を守るためならなんでもするよ。たとえ、この手を血に染めてもね」

 絶対零度の大地のオーラに、本気だと悟ったのだろう。

 ずっと小ばかにしていたような彼女から、ふざけた雰囲気が消えた。

「あなたのほうが、あの子達よりこの仕事に向いてそうね」

「嬉しくない褒め言葉だね」

 淡々と言葉を返した大地は、一度彼女の部下達を脅すように一睨みしてから、次に呆然としている空とレイに視線を向けた。

 そして、足元に落ちている銃を足で空のほうに滑らせる。

「お前が使え、朝宮」

 声をかけられ、ようやく我に返ったように足もとの銃を見つめる空。

 レイの瞳にも、感情が戻る。

「ハニー…」

「気にするな。俺も、羽美のためなら同じ事をする」

 レイが言おうとした事を察した大地の言葉。

 動揺していたレイの瞳に安堵の色が広がる。

 壊れそうな心に、赦しの言葉はどれだけ救いになるだろう。

 大地は警戒するように彼女と部下に視線を向けてから、再び空とレイを見つめる。

「お前ら、いい加減覚悟決めろ。心に刻まれた傷に立ち向かうのは簡単なことじゃないのは俺も分かる。だけどな、守りたいものがあるなら逃げるな。立ち向かえ。男だろ?」

 まっすぐな瞳に見つめられ、空はぐっと奥歯をかみ締めた。

 レイは目を閉じると、ぎゅっと拳を握りしめる。

「それにな、ただ命があるだけじゃ、生きてるなんて言えねーんだよ。誰かに支配されるんじゃない、自分の意志で、自分の足で歩め。それがどんなに辛い道でもな。それでこそ、大切な何かが得られる。大切なものを守れるようになる。俺はそう思う」

 しばらく大地を見つめていた空は、ゆっくりとしゃがみ、銃を拾った。

 じっとそれを見つめ、覚悟を決めるように深く息をつく。

「力は傷付けるためにあるんじゃない。守るためにあるんだぜ、朝宮」

「……わかった」

 大地の言葉に頷いた空の瞳に、凛とした光が宿る。

 決意した、力強い眼差し。

 大地に捕らわれながら脅すように睨んでいる彼女にも、その光は負けることはなかった。

 ゆっくりと開いたレイの瞳からも、闇は消え去っていた。

 

 絶望の中に舞い降りた、傷だらけの天使。

 

 敵には冷ややかな微笑を、私たちには暖かな希望の灯火を運んできてくれたのだった。


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