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君のツバサ  作者: 水無月
第九章
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第9章-4

 カツーンカツーンと、ヒールの音が不気味に静まり返った室内に響き渡る。

 近づいてくる自分の主人(マスター)に視線を向けながら、凍りついたように動かない空とレイ。

 そんな二人を、彼女は楽しげに見つめている。

「まさか、あなたまで裏切るとはね、レイ?」

「俺…は…」

 緊張のためか、レイの声はかすれていた。

 それ以上言葉が出てこないレイを見て、微笑む彼女。

「どうなるか、あなたたちはよく知っているはずよね」

 そう言って、彼女は笑みを浮かべながらレイの方に向かって手を上げた。

 その手の中には小型の銃。

 はっとした時には既に遅く、パシュっという鈍い音が鳴る。

「レイ!!」

 避ける事など本来なら余裕のはずの二人は、引き金を引かれたのに身じろぎすらできないようだった。

 レイの白い頬に、赤い線が刻み込まれる。

 そこから、つうっと赤い雫が零れ落ちた。

 まるで呪咀をかけられたように、暗い瞳で硬直している二人に、彼女はにっこりと笑いかける。

「空。あなたは、私に手をかけるつもりだったわね」

 そう言って、今度は銃口を空に向けた。

 レイの時とは違い、確実に額に向けられている。

「止めて!空は悪くない!!」

 叫ぶように声を上げ、彼女を止めようと立ち上がった私を見て、嘲笑うような表情を浮かべる彼女。

 私がその手に届く前に引き金が引かれる。

 鈍い銃声と共にどさっと倒れ込む音。

「!?」

 息を飲んで振り返ると、そこには空を庇うようにレイが覆いかぶさり、倒れ込んだ姿。

「空!レイ!!」

 悲鳴のように二人の名を呼ぶと、彼女は楽しげに声を上げて笑い出した。

「変わらないわね、二人とも。互いの為なら力を出せる」

 彼女の言葉が合図かのように、ゆっくりと起き上がるレイ。

 どうやら二度目の銃弾は当たらなかったようでほっとする。

 同じく起き上がった空を守るように、自分の背で隠すレイ。

 刻み込まれた恐怖に立ち向かうように、ぐっと奥歯を噛み締めている。

「責任はソラをここに向かわせた自分にあります」

「…違う。俺が……」

「お前は黙ってろ」

 互いに庇い合う二人を、冷笑を浮かべて見ている彼女。

 二人の気持ちをわかったうえで、嘲笑っているようだった。

「私に逆らう子は必要ないのよ。代わりなんて、いくらでもいる」

「そんな言い方…」

 思わず反論しようとしたが、再び二人に銃口を向けられ言葉を飲み込む。

 ここなら自分は必要とされると信じていたレイに、そんな言葉を投げかけてほしくはなかった。

 だが、この状況では彼女に逆らう事はできない。

 二人の心に幼い頃から刻み込まれた傷は、暗示を解いたところで消えはしない。

 自分達の方が強いとわかっていても、心が体を縛り付けている。

 二人は彼女に立ち向かうことはできないのだ。

 私も二人に危険が及ぶような真似は出来ない。

 悔しくてぎゅっと唇を噛むと、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「そうね…再教育を受けるチャンスをあげてもいいわ」

 二人の瞳に僅かに希望が浮かぶのを、真っ赤な唇の端を上げ楽しげに見つめている。

「何をすれば…」

 すがる様な眼差しのレイ。

 彼女は銃口を二人に向けたまま、ちらりと視線を私に向ける。

 それから、再びレイに視線を戻した。

「あなたは、空が大事よね?昔からそうだった。訓練では二人とも成績がいいのに、個々になると何故か成功率が悪い。でも、二人で組ませると難しい仕事もちゃんとこなす。それは、失敗したら相手にも処罰が下るから。そうよね?」

「それは…」

「だからあなたには空を探させたのよ。あなた一人よりいい仕事が出来る。だから、私の元に置くなら二人セットが条件。でも、空は私を裏切ろうとした。本来なら殺されても文句を言えない状況ね。それがわかったうえで、さぁ、あなたならどうする?」

 試すような彼女の視線を受け、レイはごくりと息をのんだ。

 自分の答えに、空の命がかかっている。

 緊張した面持ちで、レイはゆっくりと口を開いた。

「…その女が死ねば…空にはもう逆らう意味がありません。マスターの仕事が終わるまで空を拘束し、俺がセイラを殺します。ここにいる他の人間が手を下すより、きっとその方がセイラは苦しむはずです」

 空が何か反論しようと口を動かしかけたのを、レイが鋭い眼差しで止める。

 レイにとっては苦しい選択だろう。

 それでも、空の命を助けたいのだ。

「なかなかいい答えね。でも、忠誠心を示すにはまだ少し足りないわ」

 彼女はくすっと笑うと、今度は私のほうを向いた。

 楽しいおもちゃを見るかのような眼差し。

「あなたみたいな決して屈しない、希望を捨てない子…私好きよ?」

 言葉とは裏腹に、全く好意の感じない声。

 むしろ、不気味さすら感じる。

 黙って見つめ返す私に、柔らかく目を細め微笑む彼女。

「その綺麗で強い心を砕くのが、何よりも楽しいもの」

「………」

 残忍な光を宿したその瞳に負けないように、私はぐっと奥歯をかみ締める。

 こんな人に、絶対に負けたくなんかなかった。

 例え何をされても、彼女の思い通りにだけはなりたくない。

「たとえば…その穢れをしらなさそうな身体を、うちの子たちの慰み者にするのもいいわね。まぁ、色気がなさ過ぎて男の子達は楽しめないかもしれないけど。あなたの四肢の骨を砕き、目を潰し、そのまだ若くて綺麗な肌を剥いでいくのも楽しそうね。あなたはどんな楽しい悲鳴を聞かせてくれるかしら?」

 残酷な言葉を、楽しそうに次々と述べていく彼女。

 ただの冗談ではない、実際にやった事があるのが彼女の表情から伝わってくる。

「でも…」

 ひとしきり拷問のような事柄を述べた後、彼女は私を見てにっこりと微笑んだ。

「あなたみたいな子を苦しめるには、あなた自身を痛めつけるより有効な手段があるのよね」

「え…」

 不気味に光った彼女の瞳に、ぞくっと悪寒が走る。

 そんな私を満足そうに見つめると、再びレイに視線を移す彼女。

「この子の傍に、可愛い男の子がいたわよね?あの子をここに連れてきなさい」

「!?」

 レイは驚いたように息をのんだ。

 私も彼女の意図する事がわかり、総毛立つ。

「この子の目の前で、あなたがあの男の子を殺すの。いいわね、レイ?」

 すぐには返事が出来ないレイを、楽しげに見つめる彼女。

 レイが大地に惹かれていることを知っていて言っているに違いなかった。

 空を人質に取り、大切に思い始めた人をその手で殺めさせ、今後一切自分に逆らう気を失わせるつもりだ。

 繊細なレイの心を打ち砕くとわかっていて…。

「わかり…ました」

「いい子ね、レイ」

 苦しげにうつむいたレイを見て、空は苦しげに小さく首を振った。

 それしか出来ないのだろう。

 下手に動けば、レイの身も危険だとわかっているから。

 でも、大地がここにやってくる事もわかっている。

 私がいると言えば、危険だと分かっていたとしても、たとえレイがためらいを見せたとしても大地は来る。

 大切な人たちの命を、天秤にかけることなど出来ない。

 その苦しみをわかっていて、彼女はこの命令を下している。

 なんの打開策も思い浮かばないまま、私はただ唇をかみ締めていた……。


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