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君のツバサ  作者: 水無月
第九章
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第9章-1

 暗闇の中、僅かに差し込む光が空の姿を浮かび上がらせていた。

 戸惑うような瞳が私を見つめている。

 そして、空の唇がゆっくり動いた。

「…こんな所で寝ていたら…風邪をひく?」

 小首をかしげながらの空らしい言葉に、緊張感が霧散していく。

 その代わりに訪れる安堵感。

 なんだか、本当に空なんだと安心した。

 そしてその瞬間、私を捕らえていたロープが解かれていた事に気づく。

 自由になっていた手で、空が眠っている私にかけてくれた上着をきゅっと掴んだ。

 空の香りがふわりと漂い、鼻腔をくすぐる。

「ありがと、空」

 そう言って微笑んだ私を、空はただじっと見つめていた。

 私も、突然の出来事にそれ以上の言葉がなかなか出てこない。

 伝えたい言葉は山ほどあったはずなのに、本人を目の前にしたら何から話していいのかわからなかった。

 せっかくレイが与えてくれた大切な時間を無駄にしてはいけないのに、溢れ出る想いはなかなか整理できない。

 先に口を開いたのは空だった。

「…何故」

 呟くような声から、動揺が伝わってくる。

 私たちが組織と関わらないでいいように彼女の下へ戻ったはずなのに、私が捕らえられているのだから当然だろう。

「空のせいじゃないよ。私が、最初から狙われていたの」

「……?」

 不思議そうに首をかしげた空に、私は空がいなくなってから起こった事を丁寧に説明し始めたのだった。


「…そうか」

 隣に座った空は、私の話を聞き終えるとただ一言そう呟いた。

 伏目がちなその瞳に安堵した様子はない。

 考え込むように、口を閉ざす。

「空。だから、空は自分で自分の道を選んでいいんだよ。あの人の脅迫を鵜呑みにすることなんて、無い」

 私はそう言って、床の上にある空の手の上にそっと私の手を重ねる。

 闇にとらわれそうな空の瞳に、もう一度光を灯したかった。

 空は私の手の感触にびくっと反応すると、ゆっくりと横にいる私を見つめた。

 隣にいるのに、今にも消えてしまいそうな儚げな空。

「…俺は、いい」

「どうして?」

 聞き返した私に、空は静かに首を振った。

 あきらめたような眼差しでどこか遠くを見つめている。

「ねぇ、空」

「…お前だけは…なんとか家に帰す」

 そう言って、立てた膝にとんっと額をつける空。

 きゅっと唇を結び、目を閉じている。

 何か重いものを一人で背負っているように見えた。

 私は立ち上がり、空の正面に移動する。

 そして、膝をついて腰を落とすと俯いている空の両の頬を手のひらでがっしりとつかんだ。

 驚いたらしい空の顔を、強引に上を向かせる。

「空!!」

 虚ろな瞳に、ぐいっと顔を近づけた。

 闇に埋もれる空の心を探し出そうと、まっすぐにその瞳を見つめる。

「何かあるならちゃんと話して。一人で抱え込まないでよ。私は空の事、もっとちゃんと知りたい。空の事、大事だもん。このままお別れなんて、絶対嫌。たとえ命が危なくたって、空が話してくれるまで帰らないからね」

 呆然として私を見つめる空。

 そして、私の手ごと首をかしげる。

「…脅迫?」

「そうじゃなくて…」

 これ以上なんと言っていいかわからなくて、じわりと涙が浮かぶ。

 どうしたら、伝わるんだろう。

 どうやったら、空は自分の幸せを求めてくれる?

 どうすれは、その優しい翼で自由に羽ばたいてくれるんだろう…。

 もう一度、空の笑顔を見たいのに……。

「……」

 空を見つめたまま黙って涙を一筋流した私の手を、そっととる空。

 その目が切なげに細められた瞬間、私は空の腕の中にいた。

「そ…ら?」

 驚いて、思わず名を呼ぶ。

 空はただ、腕の中にいる私の存在を確かめるかのように、優しく力を込める。

 すぐ傍で聞こえる空の鼓動。

 落ち着いているように見えた空の鼓動は、驚くほど速かった。

「…生きていれば…いい」

 耳元で聞こえるかすれた声。

「…生きていて…ほしい」

 それはまるで祈りの言葉のようだった。

 心が震えているかのような空の背中を、私はぎゅっと抱きしめる。

 空の鼓動は少しずつ落ち着いていく。

「一緒に生きよう、空」

「…無理だ」

「どうして?」

 問いかけた私の頭を、空は優しく撫でる。

 そして、覚悟を決めたかのように静かに口を開いた。

「…逃げても追われる。お前は、狙われる。だから…」

「だから?」

「…この命を懸けて…終わらせる」

 空の言葉がどういう意味なのか、すぐには聞き返せなかった。


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