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君のツバサ  作者: 水無月
第八章
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第8章-6

 レイは横になったまま、両腕を顔の上で交差して顔を覆った。

 そして、きゅっと唇を噛む。

 それは、とめどなく溢れてきそうなずっと押し殺していた想いをせき止めているかのようだった。

 私はただ、そんなレイの姿を見つめるしかなかった。

 今、誰かの言葉を求めているようには見えなかった。

 自分の中の複雑に絡み合った想いを、口に出す事で少しずつ整理しようとしているように思えた。

「よく…わからへん」

 呟くようなレイの言葉が、静まり返った空間に吸い込まれていく。

「ソラを見つけて、嬉しかったんや。たとえ怒らせても、かまってもろて楽しかった。連れ戻せて願いは叶ったんや。やけど…何かがちゃう」

 レイは腕を解くと、そのまま横に伸ばし大の字になる。

 どこか遠くを見つめるその瞳は、空を想っているようだった。

 苦しさや切なさの中に、どこか優しさが漂うそんな眼差し…。

「今更、俺らがまともな生活なんてできるわけ無い。世間は受け入れてはくれへん。せやから、ここにおるのがええと思う。それは、かわらへん。やけど、一緒におるのに胸がざわつく。こんなはずやなかったのに…」

 レイはそこまで言うとそっと目を閉じた。

 心を落ち着かせるかのように、深く長く息を吐く。

 そして、ゆっくりと瞼を上げると静かな瞳で私を見つめた。

「なんでや?組織にいるときもこんな事はなかった。お前らと過ごすソラを見てるのは楽しかったのに…」

 答えを求めるようなレイの眼差し。

 暗殺者の冷たい仮面も、おどけたピエロのような仮面も、そこには無かった。

 ただ、無防備に自分をさらけだしたレイがそこに居た。

「それは…レイが、空の事を本当に大切に思ってるからじゃないのかな」

 私の答えに、わからないといったように眉根を寄せるレイ。

「きっと空は組織にいた時、レイといる時間が好きだったんだよ。私たちと過ごした時間も、穏やかな気持ちでいてくれたのかもしれない。だから…今一緒に居て不安に思うのは、空が辛い気持ちでいるからかもしれないよ」

「ソラ…が?」

「うん」

「………」

 レイは戸惑うように瞳をゆらす。

 空の気持ちも、自分の気持ちも掴めないでいるようだった。

「大事な人が不安だから、レイも不安なんだよ」

「そんな事…ない。俺は他人の事そこまで考えへん。自分が良ければええはずや」

「だったら、どうして笑わせたかったの?なんで冷たい世間から自分の傍に連れてきたかったの?今そんなにも悩んでいるのは、何故?」

「そんなの…わからんから今っ……」

 今まで感じたことのない気持ちを、レイはどうしたらよいかわからないようだった。

 言葉を詰まらせ、ぎゅっと目を閉じる。

「大切なものなんかつくったらあかんのや。どうせ、いつか失う。だから…ソラだって…」

「でも、大切なんでしょう?もしかしたら、お母さんだってそうなんじゃないの?その話をしてからだよ、そんなに動揺してるの」

「………」

 レイはきつく唇を噛むと、ゆっくりと起き上がった。

 弱々しい瞳で、私を見つめる。

「自分と関わった人間がいなくなる…。そんなのはもう、慣れとる」

「慣れてるふりしてきただけじゃないの?慣れてるようには見えないよ、レイ」

 レイの唇から一筋、赤い雫が伝い落ちる。

 それは、涙の代わりのようだった。

 子供の頃から、どれだけ辛い気持ちを気づかない振りしてきたのだろう。

 誰かを思いやる気持ちすら、隠してきたのかもしれない。

 空が表情を失って心を守ったように、レイは壊れそうな心を守るために笑顔の仮面をつけてきた。

 大切な人を大切だとすら認めることすらできずに…。

「レイ…今話してるみたいに空にもちゃんと自分の気持ち話してみて。そうしたら、きっとその落ち着かない気持ちは軽くなるよ。空はきっと受け止めてくれる。空もレイの事が好きだから」

 きっと、空はレイの頭をそっと撫でるだろう。

 それでレイの気持ちは救われるはずだと、そう思った。

「そんな事なんでお前にわかんねん…」

 微笑んだ私に、力ない呟きを返すレイ。

 それでもレイはその言葉を信じたいようだった。

 僅かに、瞳が光を取り戻す。

「お母さんの事は私がなんとかするからさ!」

「……って、なんとかなるかいっ!なんや、その意味不明のポジティブさはっ!!」

 私のあまりに無謀な発言に、思わずつっこむレイ。

 少しはすっきりしてくれたのだろうか。

「だって、レイは手出しできないんでしょ?だったら無い頭使って時間ぎりぎりまで考えるわ。あきらめたりしない」

「お前はほんま…おかしい奴やな」

 気が抜けたようにレイは小さく息をついた。

 そして、乱暴に自分の頭をぐしゃぐしゃとかく。

「勝手にせい。俺は…もう行く」

「うん。って、あ、一つだけお願いがあるんだけど…」

 踵を返したレイに、慌てて声をかける。

「…なんや?」

 肩越しに視線を向けたレイに、私は笑顔を向けた。

「万が一私が死んだら、空に伝えて。元から狙われていたのは私。空は何も悪くない。だから、好きなところへ羽ばたいていってって…」

 レイは一瞬目を見開き、そして前を向いてうつむいた。

「…アホか」

「なんでよ」

「あきらめへんとちゃうんか?」

「それはそれ、これはこれ。万が一って言ってるじゃない」

 レイは小さくため息をついた。

 そして少しひざを曲げると軽やかに飛び上がり、段差のある荷物の上を跳ねて、最初に現れた一番高く積まれた荷物の上に着地する。

 それからゆっくりと振り向き、静かに私を見下ろした。

「俺はマスターの部下や。ソラにはお前のこと何も言えへんし、何もでけへん。自分でなんとかするんやな」

 冷たい口調の中に僅かに入り混じる、柔らかさ。

 レイの心の素顔を見た後だと、あきらめずに頑張れと言われている気すらする。

「わかってるわよ。見事に逃げ出して、驚かせてあげるから!!」

「せいぜい頑張りや」

 そう言って、入り口とは別のどこかから去っていくレイ。

 再び一人きりになると、この部屋の冷たさと自分が置かれている状況への恐れを思い出す。

 レイの話を聞いている事で、自分の恐怖と不安を忘れる事が出来ていた。

 だけど、やはり一人になるといい方向ばかりではなく、最悪の事態も考えてしまう。

 人前だと無意識に強がる振りをしてしまうのは、昔からの癖だ。

「人の事、言えないな…」

 一人小さく呟いて、瞳を閉じる。

 目の前の現実を、一瞬忘れたかった。

 大丈夫。なんとかなる。

 そう思えるように、いいイメージを膨らませる。

 助けは来る。

 日本の警察もやる時はやるはずだ。

 母さんや父様だって、おめおめとやられる人じゃない。

 大丈夫。大丈夫……。

 自分に言い聞かせるようにそう思いながら、目を閉じてよい想像をしていたはずだった。

 

 ふわりと何かがかけられた感触がして、私は意識を取り戻した。

 どうやら、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

 我ながら大した度胸だと少し呆れる。

 ゆっくりと目を開けると、辺りは一段と暗くなっていた。

 そして、目の前には人影が見えた。

 見張りが来たのかと、一瞬身がまえる。

 しかし、それはすぐに驚きと共に解かれた。

「どう…して?」

「…レイが、忘れ物をしたからとってきてほしいと…」

 私に自分の上着をかけ、戸惑うような眼差しで目の前に立っていたのは…


 まぎれも無く、空だった。


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