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君のツバサ  作者: 水無月
第八章
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第8章-5

 無機質な冷たい部屋の中で、しばらくの間、黙って隣にいるレイの綺麗な横顔を眺めていた。

「見惚れるな」

 私の視線に気づいたのか、レイは短くそう言った。

「急に黙り込むからでしょ」

「俺がどうしようと、お前には関係ないだろ」

 イラついたようなレイ。

 眉根を寄せ、小さく息をつく。

「でも、お母さんの事考えてたんなら私にも関係ある」

「…セイラ、か」

 母の名を呼ぶと、レイは再びどこか遠くを眺めるような眼差しになった。

 それは懐かしむような瞳で、決して嫌いな人を思うような表情ではなかった。

「お母さんと、どういう関係なの?」

 私の問いに、レイは横目で一瞬視線をこちらに向けた。

 そして、再び正面を向くと目を伏せる。

「…施設にいる間、世話になった」

 そう言って、レイは瞳を閉じるととんっと私に寄りかかった。

 苦悩している表情を隠そうともしないでいる。

「レイ?」

「黙ってろ」

 そう言ったまま、口を閉ざすレイ。

 レイと触れ合った場所から、熱が伝わってくる。

 その温もりが、心地よい。

 レイにも、そう感じるのだろうか。

「…レイ」

「だから、少し黙っとけ。声聞くとお前だって思い出す」

 目を閉じたまま、冷めた声のレイ。

 私では不服だが、温もりだけは欲しいという事だろうか。

 それほどに、心が揺れているのかもしれない。

 私は再び黙ってレイを見つめた。


 もしかしたら、空とレイはこんな風に、冷たい組織の中で身を寄せ合って助け合っていたのだろうか。身も、心も。

 幼い二人が、心を失わずにここまで成長できたのは、一人じゃなかったからかもしれない。

 ずっと支え合ってきたからこそ、その支えを失ったレイは、組織から抜けても空がいない現実に堪えられなかったのではないだろうか。

 空との思い出を求めて、元いた場所へ帰りたかった。

 レイが彼女の元へ戻ったのはそれが一番の理由なんじゃないかと、ふとそう思った。


「しかたない…か」

 レイの口から零れ落ちた言葉は、諦めに彩られていた。

 ゆっくりと開いた瞳には、陰りが見える。

「何が?お母さんが狙われてる事が?」

「マスターには逆らえない」

 体を起こしながら、肯定するかのようにまっすぐに私を見据る。

「お母さんが死ぬのは、嫌?」

「…っ」

 視線を受け止めながら問いかけた私から逃げるように、レイは目を伏せた。

 レイがこんなにも動揺している事が意外だと思いつつも、嬉しかった。

 施設にいる間にどんなことがあったのかわからないが、空以外にも心を許せる人がちゃんといたのだ。

「レイ。心の中に溜め込んでても何も解決しないよ。ここに来たのだって、何か考え事しに来たんじゃないの?私じゃ嫌かもしれないけどさ、独り言だと思って全部吐き出しちゃいなよ。少しはすっきりするかもよ?黙っててあげるからさ。いつもの話し方も忘れちゃって、よっぽど辛いんじゃないの?」

「…うがーー!!」

「!?」

 突然叫びながら両手で髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し始めたレイに、動けないながらも思わず後ずさりしそうになる。

 私、そんなに酷い事を言っただろうか?

 レイは少しすると今度は急にがっくりとうな垂れ、そしてじとっとした眼差しで私を睨んだ。

「な、何?」

「なんで人質に慰められとんねん…」

「え?落ち込んでそうだから?」

「そう言う問題やない!ここは自分も親も殺されそうになっとるお前が恐怖や絶望で打ち震えてるシチュエーションやろ!!なんで人生相談しとんねん!!!」

 すっくと立ち上がり、びしっと指を刺して文句を言うレイ。

 なんだかわからないが、元気は出たようだ。

「だいたい、元の話し方は標準語だっちゅーねん。マスターはこの話し方嫌いやからな。別に、辛いからと違うわっ!」

「そ、そうなんだ」

「これは、ソラのために覚えたんや…」

「え?」

 力なく呟くと、レイはため息をつき、再びどさっと私のとなりに座り込んだ。

 かなり情緒不安定なように見える。

「それって…」

「ソラを笑わしたろ思てたんや」

 そう言って、レイはゆっくりと倒れこむと天を仰いだ。

 切なげな瞳が、宙を彷徨う。

「あいつとおると俺は笑えた。せやけど、あいつは笑わへん。せやから、ソラの生まれた国の人間が笑うものなら、笑うかもしれへんと思たんや。日本のお笑い言うたら、このしゃべりやろ?」

「…うん」

 レイの独白のような呟きを邪魔したくなくて、私は短く答えた。

 そんな相槌は気にもせず、レイはそのまま言葉を続ける。

「ま、それでも笑わへんかったけどな。所詮はガキの考えや。でも、ソラのためだけに覚えた言葉を使うのは自分が楽しかった」

 血も凍るような生活の中で、レイにとって空の存在はどれだけ大きかったのだろう。

 表情や言葉じゃない。傍にいるだけで落ち着く空が、レイにとっての支えだったんだ。

「…お前には、笑顔見せたのにな」

 小さく呟いた言葉。

 消え入りそうなその声が、レイの壊れそうに繊細な心をあらわにしてるようだった。




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