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君のツバサ  作者: 水無月
第一章
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第1章-4

「もちろん、身の安全は保障してくださるんですよね?」

 とりあえず一緒に生活するのはいいが、何かあった時に、武道を嗜んだとはいえプロに敵うとは思えない。

 実は更生したふりだけで、隙を見せたら誰かを傷つけたなんてことじゃ困る。

「大丈夫だよ!羽美ちゃんの言う事は絶対に聞くから」

「…何か根拠があるんですか?」

 にこやかに言ってのける父様の言葉には、いまいち説得力が無い。

 命にかかわる問題をそう簡単に言い切られても安心出来るわけがない。

 不信感溢れる眼差しで見つめると、父様は少し悩んで口を開いた。

「空くんのいた組織ではね、子供達が上の者達を傷つけないようなシステムがあったんだよ」

「……?」

 急に話が変わった気がしたが、父が再び少しまじめな表情になったので私は黙って耳を傾ける。

「子供達は人形(ドール)と呼ばれ、それぞれに主人(マスター)と呼ばれる担当の大人たちがいたんだ。人を傷つける力を身につけさせると言うことは、下手すれば自分達も傷付けられる可能性のある諸刃剣。そうならないように、彼らは子供達に強力な暗示をかけていた。絶対に主人に逆らえないという暗示をね。小さな頃からかけられたその暗示は、彼らにとって絶対的だった。どんなに逆らおうと思っても、心に刷り込まれた意識がそれを許さず、指先一本すら動かせない。それほどに強く彼らを支配するものだった」

 暗い表情でそこまで語った父が、まっすぐに私を見た。

「それで…組織を壊滅させて空くんもその暗示からも開放されたわけだけど…」

 にこっと笑う父の微笑みに、嫌な予感が走る。

「その主人(マスター)の暗示、羽美ちゃんにすり替えておいたから!」

「………」

 私は心の中で頭を抱えた。

「だから、羽美ちゃんの言葉は絶対に守るから心配しないでね」

 無邪気な笑顔に、思い切り回し蹴りでも決めてやろうかと、半ば本気で思う。

 が、さすがに父様にそんなことできるはずもなく、ぐっとこらえる。

「事情はわかりました。私がついていれば空がどんな人間であれ、安全な人物ということですね。学校でも責任持って面倒見ます」

「さすが羽美ちゃん!頼りにしてるよ!!」

「それじゃあ、失礼させていただきます」

 早くこの場を立ち去りたくて、嬉しそうな父ににっこりと微笑みかけて私はその部屋を出た。

「おやすみー!」

 背に向かってかけられた声にはこたえず、早足で自室へと戻り扉を閉めた。

 そして、深く長くため息をつく。

 空の話は正直、あまりに現実離れしていてどこまで理解しているか自分でも分からない。

 ただ彼が過酷な幼少期を過ごし、これから罪を償いながら、本当は歩むはずだった人生を歩もうとしているのは分かった。

 守られるべき時に、本来は守る側の大人によって翻弄された人生。

 ようやく自分の足で自分の人生を歩める時がきたというのに…。

「…あんのバカ親父っ」

 思わず口に出してしまう。

 確かに彼に暴走されたら困るけれど、自分の意思に反して逆らえない人物がいるのでは、彼はやっぱり籠の中の鳥のままだ。

 また大人たちの勝手な都合で縛られている。

 心すら自由に飛ぶことが許されない。

 それは、あまりにも悲しすぎる。

 なのに私を彼の籠に仕立て、再び彼の心に足かせをつけておいて、父様はなぜ笑っていられるのだろう…。

「あーーーーーっ、もう!」

 イライラが頂点に達し、ぼすっと大きめの枕に正拳突きを炸裂させる。

 難しい事を考えるのは苦手なのに、いっぺんにいろいろ聞かされ、考えさせられてオーバーヒート気味だ。

「……シャワー浴びよう」

 汗を流し、頭を冷やせば少しは落ち着くだろう。

 着替えを持って、ぼーっとした頭でお風呂場へ向かう。

 いつものようにがらっと浴室の扉を開けて、私は固まった。

 目の前にいつもはあるはずのない、肌色の物体が見える。


 …肌色の物体??


 ………空っ!!!????


 反射的に扉を閉めるのが、正しい乙女としての反応だろう。

 しかし、私は思わず空の見事な後姿に目を奪われた。

 無駄のない引き締まった身体に、力も俊敏性も備えているだろう、しなやかな筋肉。 

 長い手足も太すぎず、しかししっかりと鍛えられている。

 武道家の見本にしたいような体つき。

 しかし、湯気でわずかにくもる視界の中で見えたのはそれだけではなかった。

 空の背中に刻まれた、無数の傷跡。

 それの一つ一つの傷が、空の過酷な人生を物語っているようだった。

 ぎゅっと胸が痛くなったその時、空が顔だけゆっくり振り返る。

「……何?」

「………!!!!」 

 ぼそっと言われ、私は我に返る。

 私…お風呂覗いてるっ!?

「ごっ…ごめん!!」

 ばーんっと勢いよく浴室の扉を閉め、ダッシュで部屋に戻る。

「な、何やってんだろ、私…」

 ばたんとベットにうつぶせに倒れこむ。

 頭の中をいろいろなものがぐるぐる回っている。

 ただ普通に同じ年頃の異性と暮らすことだけでも結構な問題だ。

 それに、元暗殺者というありえない付加価値までついている。

 そして、彼の心を縛る足枷にまでさせられて……。

 私はころんと仰向けになり、天を睨んだ。



 神様…私に何か恨みでもあるのでしょうか………。


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