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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
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第7章-13

 車からの声に、明らかに動揺している二人。

 空はスモークの貼られた窓の向こうにいる声の主を凝視したまま、呼吸すら忘れたかのようにピクリとも動かない。

「空?」

 不安になって腕にそっと触れ名を呼ぶと、空ははっとしたようにもう一度肩を震わせた。

 そして私と大地の腕を取り、車の中の視線から隠すかのように自分の背後へと押しやる。

「朝宮。まさか…」

「マスター」

 大地が問おうとした答えを、レイが口にした。

 その声に答えるかのように、車のドアがゆっくりと開く。

 色白のすらりと細い足に、高いピンヒールの深紅の靴がまず見えた。

 そして、現れる姿…。

 スリットが深く入った黒いスカートに、同色の細身のジャケット。

 中に着ている鮮血のような赤いシャツは、ふくよかな胸の谷間が見えるほど開いていた。

 華やかに巻かれた栗色の髪が、鎖骨の辺りでふわりと揺れている。

 細身の黒いサングラスでどんな瞳をしているのか分からないが、真っ赤なルージュをひいた大きな唇は艶やかな笑みを浮かべていた。

「女性…だったんだ」

 勝手な思い込みを覆され、驚きで思わず呟く。

 大地も予想外だったのか、同意するように頷いた。

「ソラの事は俺に任せると…」

「事情が変わったのよ、レイ」

 うろたえた様なレイの言葉の続きを、彼女は微笑みと共に奪う。

 コツコツとヒールを鳴らしながら近づいてくる彼女に、二人とも萎縮していた。

 力なら決して負けるはずのない相手にこれほど恐れを抱くのは、やはり幼い頃から刻み込まれてきた暗示と辛い記憶のせいなのだろうか。

「久しぶりね、ソラ。しばらく見ないうちに、いい男に育ったじゃない」

 細い指先で自分より背の高い空の顔をそっと撫でる彼女。

 空はその瞳に囚われたかのように、サングラス越しに彼女を見て硬直していた。

「これだから、育ち盛りの男の子は楽しいわね」

 嬉しそうな微笑を浮かべると、彼女は空の背後にいる私たちに視線を移した。

 値踏みするような眼差しが私たちを捉える。

「あら、可愛い子がいるじゃない」

 どちらがと聞かなくても誰を指しているのかがわかるのが、少し悲しい。

 彼女は片手でサングラスをはずし、現れたグレーの瞳で大地を見つめた。

「あなたも、連れて行こうかしら」

「こいつらが揃いも揃って美形なのは、あんたの趣味ってわけか。おばさん」

 微笑と共に返した大地の最後の言葉に、彼女の笑顔が僅かにひきつるのがわかる。

 実際の所、彼女の年齢は「おばさん」と呼ばれても仕方がないくらいに見える。

 スタイルもよく綺麗に着飾って一見若く見えるが、空たちを子供のころから従えている事を考えても、私の母親ぐらいの年代だろう。

 だが、やはりそう言われるのは好ましくないらしい。

 外国人だが日本語が堪能なだけあって、意味はよくわかっているようだ。

「気の強い子ね」

「ショタコンよりマシだろ」

 自分が身じろぎもできない相手にこれだけふてぶてしい態度を取っている大地に、レイは驚いたような眼差しを向けていた。

 言われた本人はショタコンの意味がわからないのか少し考えるような表情だったが、いい意味ではないと悟ったのか冷たい笑みを浮かべた。

「レイ。黙らせなさい」

 その言葉に空が動こうとしたが、彼女の視線で蛇ににらまれた蛙のように固まった。

 その間に、レイが大地との間を詰める。

 身構える大地に、レイは悲しげな笑みを浮かべた。

「かんにんな、ハニー」

 呟くようなレイの声と共に、声も無く大地が膝をついた。

 そして、そのまま地面へ倒れこむ。

「大地っ!!」

 地面にひざまずき、大地の様子を確認する。

 息もあり、出血も無い事がわかり少し安心するが、指先が震えていることに気づいた。

 大地だって決して弱くは無い。

 それなのに、何の抵抗すらできずに意識を飛ばされた…。

「ねぇ、ソラ」

 倒れた大地と震える私をただ見つめていた空に、彼女は笑みを浮かべて顔を近づけた。

「数年、ぬるま湯につかっているうちに忘れてしまったのかしら。自分の立場を…」

 空を見上げると、その瞳から徐々に光が失われていくのがわかった。

 出会った頃よりも、もっと深い闇に染まっていく…。

「空っ!!」

 たまらなくなって叫んだ私の声に、空は息を呑んだ。

 我に返ったように、私を見つめる。

「ふぅん…そう」

 そんな空の反応に、彼女は唇の端を僅かに上げた。

 そして横目で私を見ると、空の耳元に口を寄せた。

 聞こえたのは、知らない言葉。

 日本語どころか英語でもないようだったが、何語だったかはどうでもいい。

 それを耳にした瞬間空が目を見開いた事に不安がよぎった。

 彼女はそんな空の表情を満足げに見つめると、再びヒールの音を立てながら車へ向かって歩き出した。

「五分待ってあげるわ」

 そう言って車に乗り込み、ドアを閉める彼女。

 空はゆっくりと瞳を閉じると、苦しげに深く長く息をついたのだった。


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