第7章-12
顔にかかった髪を煩そうにかきあげながら、レイは深く息をついた。
「そないな事、なんでお前に話さなあかんのや」
いつものふざけた調子とは違う、静かな声。
瞳の奥に冷たい炎が揺らめいている。
「だいたい、知ってどないすんねん。何も変わらへんやろ」
「あんたが求めるものが、本当にそこにしかないのか知りたいのよ」
意味がわからないといったように、眉根を寄せるレイ。
空と大地は彼を警戒しつつも、静かに私たちのやり取りを聞いている。
「今いる場所が本当に自分の求めている居場所なら、どうしてどこか寂しそうな目をしてるの?空がそこに行けば、二人とも幸せになれるの?そこが自分の居場所だと、心から信じてる?」
威圧的なレイの眼差しから逃げることなく見つめ返す。
屋外だと忘れるほどの静けさの中、そのまま時が過ぎていく。
先に視線をそらしたのはレイだった。
「やっぱり、お前にはわからへん」
自嘲気味な笑みを浮かべ、レイはそう言った。
「幸せなんて、求めるだけ無駄や。そんなあやふやな物、信じてどないすんねん」
「じゃあ、何を求めて居場所が欲しいのよ」
「自分の存在を確かにするため」
そう言うと、レイは氷の微笑を浮かべてどこかから取り出した銃を私に向けた。
「誰にも認められんということは、存在しないという事と同じや。オレはここにいる。それを示すために、自分の力が認められる場所を求める。何もせんでも、周りに大切にされる奴にはわからへんやろ?」
「何もしてないわけじゃないけどな」
不服そうな声の大地が、ゆっくりと私と銃口の間に立ちはだかった。
恐れることなく、銃を構えるレイを睨みつける。
「どけや、ハニー。冗談ちゃうで?」
嘲笑うかのようなレイの眼差しに、冷ややかな笑みを返す大地。
「冗談じゃないなら、なおさらどけないな」
「死にたいんか?」
「守りたいんだよ」
戦う能力なら、確実にレイの方が上だろう。
でも、意志の強さは大地のほうが上回っていた。
気圧されたように、レイが銃を構えた腕を下ろす。
「わからへん…。ただ幸せに育っただけの女、なんでそこまで大事にできんのや」
困惑したように呟くレイ。
強いように見えて、レイの心は繊細なガラス細工のようにも思えた。
明るく振舞うのも、力で自分の存在を確かにしようとするのも、壊れそうな心を隠すためのような気がしていた。
自分を必要とするものに、必死ですがり付いているように見えた。
「よし。わかった」
突然の私の独り言に、三人が怪訝な顔をする。
彼らの視線を受けつつ、私はレイを見つめた。
「あんたも、うちで暮らしなさいよ」
『…………は?』
大地とレイが、言葉も困惑した表情も見事にシンクロする。
「居場所って一つじゃないと思うの。力だけじゃない、あんた自身も認めてもらえる場所があるはずよ。ただ、あんたが諦めてそれを知ろうとしないだけ。とりあえず、うちで試してみるってどう?幸せを信じられないって言うなら、信じさせてやろうじゃないの。同じ環境で育った空が、こんなに優しいのよ。あんただって、いい所あるはずだわ。一緒に暮らしたほうがわかりあうのにいいと思うの。あんたを捕まえても、マスターとやらを捕まえても、あんたが幸せを信じられないままだったら、なんか嫌だもの」
「アホがおるで、ハニー…」
未知の生物でも見るかのような眼差しで私を見ながら、大地に同意を求めるレイ。
大地はといえば、途中から笑いをこらえているのがみえみえだった。
「ソラ取り戻そうとしてるんやで?命だって狙われてんのや。どないしたら、そんな考えになんねん」
「昔からだよ、羽美は」
毒気を抜かれたようなレイに、おかしそうに笑いながら大地は答えた。
「俺もこんな感じで拾われたくちだ」
「拾われたんか!?」
なにやら息の合った会話を繰り広げ始めた二人に、どうつっこんでいいものか悩んでいると、ふわりと私の頭に何かがのった。
見上げれば、温かな空の瞳と出会う。
暖かな手が、私の頭を優しく撫でていた。
「おかしな奴やな、やる気そがれるわ」
バカにしたようなレイだが、言葉は少し柔らかい響きになっていた。
自分と空を守るだけじゃ気がすまないのは欲張りな気もするが、そう思ってしまったのだからしかたない。
レイも、ちゃんと向き合えば分かり合える気がする。
そんな希望の光が見えたように思えた時だった。
音もなく静かに、レイの背後に黒塗りの車が一台停まる。
僅かに開く窓。
「遊びの時間はそこまでよ」
楽しげなのにどこか寒気を覚える声が聞こえた瞬間、レイと空はびくっと肩を震わせたのだった。