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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
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第7章-11

 勢いで学校を出てきたのはいいものの、制服姿で街をうろついているわけにもいかず、まっすぐ家に帰ることになった。

 いつもの通学路を、左右の二人に守られるように歩く。

 それぞれ考え事をしているのか、口数は少なかった。

 時々気づかれないように空をちらりと見上げてみたが、クラスメイトの反応をどう思っているのか読み取れないでいた。

「空?」

 もうすぐ家という所で、空が突然私の腕を静かに引き、自分の後ろに隠すようにした。

 それを見た大地も警戒したように前方に鋭い眼差しを向けるが、誰もいない。

「お早いお帰りやね」

 上方からの聞き覚えのある声。

 視線を上に向けると、大きな木の枝に金髪をなびかせて立っている人物の姿…。

「バカと煙は高い所が好きって本当だな」

「ハニー、ナイスつっこみ!」

 呆れて呟いた大地に、ぐっと親指を立てて喜ぶレイ。

 目の前にすると、どうにも緊張感のない相手だ。

「とうっ!」

 わざとらしい掛け声と共に、レイがシュタッっと目の前に降り立った。

 本当に命を狙っているのか疑わしいと思える態度だ。

 しかし、レイの出てきたタイミング。

 学校での出来事と関係ないとは思えなかった。

「お前が写真貼ったのか?」

 大地の冷めた声に、レイは目を軽く細め唇の端を僅かにあげる。

 言葉なき肯定のように思えた。

「…レイ」

「なんや?」

 何か言いたげに声をかけた空に、レイは笑顔で答える。

 空はしばし言うのを迷ってから、ゆっくりと口を開く。

「…漢字が間違っていた」

「言うべき事はそこじゃないだろっ!」

 思わずガクッとなる私と思いっきりつっこむ大地を、空は首をかしげて不思議そうに見ている。

 確かに黒板の文字の消し後で漢字がおかしかったものもあったけど…。

「さっすがソラや」

 さすがにそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。

 笑いすぎてでた涙を拭きつつ、レイはそう言った。

「あれくらい、たいした事ないってわけやね」

「…オレは、問題ない。だが…」

 そこで言葉を切り、肩越しに私を見つめた。

 気遣うような、優しい瞳。

「そいつを泣かせたのは許せへんか?」

「当然だ」

 私に冷たい視線を向けたレイに、大地が即答する。

 怒り心頭といった様子だ。

 そんな大地を、レイは楽しそうに見つめている。

「あんな事して何の意味があるの?嘘の写真貼って、クラスのみんなをいたずらに動揺させて…。みんなは関係ないじゃない!」

「嘘と違う」

 口を開いた私に再び冷たい視線を向け、レイは短く答えた。

「だって、あれは合成写真でしょ?」

「そや。マスターが遊びで作りはったもんや。せやけど、まるきり嘘やない。実際にあないな仕事してたんやからな」

「でもっ…」

 ぎゅっと唇をかんだ私の頭を空が優しくなでた。

 見上げる私を、落ち着いた瞳が受け止めてくれる。

「…気にする事はない。慣れている」

「空……」

 傷つかないはずがない。傷つく事に、慣れるはずが無い。

 ただ、その痛みすら受け入れてしまっているのだ、空は。

 優しい心も傷ついた痛みも、表情を失うほどに、ずっと封じ込めて生きてきたのだ。

 そうしなければ生きていけないくらい、大変な環境にいたんだ…。

「わからへんやろ、お前には」

 私の考えを察し方のように、嘲笑うような表情でレイは口を開いた。

「平和な日本で大切に育てられたお前には、命は守るべき大切なもんなんやろな。せやけどな、俺らのいた世界は違う。奪えば奪うほど、認められる。必要とされる。戦争では、多く殺したもんが英雄や。そんな場所で生きてきた俺らと、お前みたいな奴が一緒に暮らせるわけあらへんやろ」

「そんな事…ない」

「なんやて?」

 呟くようにいった私に、小ばかにしたような声でレイが問い返す。

「そんな事ないって言ってんのよっ!!」

「ぬわっ!?」

 突然タンカをきってずいっと空の前に出た私に、レイは思わず一歩退いた。

 予想外の反撃に、少々驚いている様子。

「そりゃ確かに最初は戸惑ったわよ。空の過去を聞いて、そんな奴と暮らせるのか心配だったわよ。だけど、今は違う。空の過去なんて関係ない。今ここにいる空が、大切だもの」

「せやけど…」

「黙って聞けっ!!」

 反論しようとしたレイを一喝すると、レイは大人しく口を閉ざした。

「場所が変われば、状況が違えば、時が違えば、そりゃ考え方だって変わるわ。物の価値も変わる。誰かを傷付けなきゃ生きていけない時だってあるでしょう。でもね、人が誰かを必要とし、大切に思う気持ちはどんな時だって変わらないはずよ。たとえ心の奥底に封じ込めたとしても、心のどこかで優しさを、温かさを求めてるはずよ。あんただってそうでしょ?だから、居場所を求めてる。空を、求めてるんじゃないの?」

 レイは何も答えず、ただ視線を空に移した。

 空は静かにその視線をうけとめる。

 どんな状況でも、空は空だった気がする。

 空が傍にいて、レイはきっと救われていたはずだ。

 空の無意識な優しさに…。

「ねぇ、レイ」

「気安くよぶなや」

「あんたの求める居場所って、何?」

 押し黙るレイを、私も空も大地も、ただ静かに見守っていた。


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