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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
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第7章-8

 ゆっくり相談をしようと思ったのもつかの間、昨日の事件を知ったご近所さんやら道場関係の人やらが次々と様子を見に来たので、気がつけば夕方となっていた。

「羽美ってホント愛されてるよな…」

 疲れ果てて机に突っ伏した大地が、ため息混じりにそう呟いた。

 そんな大地の頭を、空が片手でお茶をすすりつつそっと撫でる。

 いつもなら何らかの反応を見せるのに、されるがままの大地。

 つっこむ気力もないらしい。

 気疲れしたのもあるだろうが、心配してくれる人の優しさが大地の心をじわりじわりと締め付けているような気がした。

 他人ですら気にかけてくれる。

 だけど、実の親は無関心。

 大地の母親も事件を耳にしていないはずはないが、大地に何の連絡もなく、もちろん学校の事情説明会に出席した様子もない。

 海外出張中の夫への体裁を気にする必要が無いのも理由の一つだろう。


「大地君も愛されてるよ~!」

「ぬぁ!?」

 突然背後から翠さんに抱き着かれ、大地はおかしな叫び声を発した。

「みんな羽美ちゃんだけじゃなく、大地君も空君の心配もしてるのよ」

「わ、わかったから、離れてっ!これでも、俺も一応男なんだけど!!」

 私とは違ってナイスバディーな翠さんの身体が密着中で激しくうろたえる大地。

 翠さんは楽しそうに笑ったまま離れない。

「ちょっ…。羽美!お前もなんとか言え!!」

「素敵な愛情表現じゃない」

「んな!?」

 助けてくれない私を軽く睨むと、ちょっと顔を後ろに向けて翠さんを見る。

「だったら朝宮にも!!」

 その言葉に空はふるふると首をふる。

「空君嫌がってるし」

「それは俺もでしょっ!逆セクハラだーーー!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ大地を見て、翠さんはくすくす笑いながら腕を解いた。


 翠さんはお昼前からうちにやってきていた。

 そして、私に代わって一通り家事を手伝ってくれている。

 誰に頼まれてやってきたかは言うまでもない。


「んじゃ、夕飯の買い物に行ってくるね」

「あ、いや。本当にもう大丈夫ですから…」

「ダーメ!ゆっくり休んでなさい」

 私の言葉を、翠さんは優しい微笑で遮る。

「目の前で人が撃たれてショックじゃないわけないでしょう?こんな時でも羽美ちゃんは人の為に頑張っちゃうから、ちゃんと休ませるようにって仰せつかってますから」

「さすがに的確な読みですこと」

 さっきの逆襲か、翠さんに加勢するかのような大地を半眼で睨むが、しらじらしく視線をそらされた。

「それじゃ、ちゃんと休んでてね」

 翠さんは立ち上がり、不貞腐れたような表情で大地を見ていた私の頭をぽんっと優しく叩くと、エプロンをはずしながら部屋を後にした。


「ねぇ、空…」

 翠さんが去っていった方向を見やりながら声をかける。

 空はそれに応えるようにこちらを見た。

「私の周りの人まで、巻き込むなんて事はしないよね?」

 不安を言葉にすると、よけいに胸が苦しくなった。

「…今、組織自体はない。そこまでするメリットはないはずだ」

「そっか」

 とりあえず、少しほっとする。

 一緒にいるところを狙われて、関係のない人まで傷付けてしまうのが一番怖かった。

「だから、さっさと帰って欲しかったってわけか」

 大地が納得したように呟いた。

 空も、なるほどといった顔をしている。

「もうすぐ花嫁さんになるのに、巻き込んで怪我でもしたら大変じゃない」

「何度もいうが、羽美自身が怪我するのも大変だから」

 念をおすような大地に、空も頷いている。

 それもわかっているが、相手にもした事のない強い力と戦うとなると色々と考えてしまうのだ。

 守りたいものは、数え切れないほどある。

 相手がどんな事を仕掛けてくるかわからない以上、どんなに心配してもたらない気がした。

「…レイは、そんな姑息な手は使わない」

 安心させるような少し柔らかい声の空。

「そっか。そう…だよね」

 でも、胸につかえた不安は消えない。

 確かに、あのレイからするとそんな手は使いそうにもないが、最初に学校に青年達を送り込んだのはレイだけの仕業じゃない気がする。

 青年達を騙し、他の生徒も危険な目に合わせた…。

「でも、マスターってのはどんな奴なんだ?結局はそいつがレイに命令だしてんだろ?」

 少し考えていた大地が、探るような眼差しを空に向ける。

 そう…そうなんだ。

 レイは実際に会って、なんとなくどんな人間かわかった。

 だから、心の底から怖いとは思わない。

 だけど、会ったことのないマスターと呼ばれる人物。

 組織が崩壊してなお、空やレイに暗殺の仕事をさせようとする非情な人間。

 その人が何を考え、本当は何をしようとしているのかがわからなくて怖かった。

「………」

 大地の言葉に、空の瞳が揺れる。

 燈っていた暖かな光が消えていく。

 言葉は、なかなか出てこなかった。


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