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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
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第7章-7

「あのやろう…今度あったらどうしてくれよう…」

 まるで、焼き加減を確認している鮭がレイにでも見えているかのような恨めしい眼差しで、大地がそう呟いた。

 ただ今、三人で朝食の支度中である。

 学校は昨日の騒ぎで休校になっているが、のんびり寝ている気にもならない。

「どうしてくれようって、どうにかなる相手ならいいんだけどね。あ、空。そろそろお味噌入れて」

 こくりと頷いてお味噌汁の仕上げに入る空と、和風サラダを作っている私を、大地はしゃがんだまま魚焼きコンロを横目で覗きながら、呆れたようにため息をついた。

「なんかのんきだよな、二人とも。命狙われてんだぞ」

「空がいるもん。大丈夫だよ」

 そう答えると隣にいた空は一瞬手を止め、それからまた何事も無かったかのように料理を続けた。

 大地は少し困ったような笑みを浮かべながら火を止め、立ち上がる。

「朝宮のことは俺も信頼してるさ。でも…」

 何か言いかけた大地が、ふと口をつぐむ。

 私も空も気配を感じて振り返ると、台所の入り口におじい様が立っていた。

「おはようございます」

「おはよう」

 全員そろって挨拶すると、朝稽古を終えたおじいさまは汗を拭いながら穏やかな笑みを浮かべた。

「思ったより早起きだったな。今朝はもっとゆっくりしているかと思ったが」

「え?」

 休校だからという以上の意味が含まれてる気がして、思わず大地と視線を交わす。

 おじい様の寝室は私たちの寝室とは離れた別棟にあるので迷惑はかけないと思っていたのだが、やっぱりばればれらしい。

「穏やかな来訪者ではないようだったが…お前達が何も話さないなら、わしは何も訊かない。だが、困った時には話しなさい。力をかそう」

「はい」

 どこまで知っているのか、おじい様の言葉に少し戸惑いつつ、私たちは短くそう答えた。

 昔からおじい様はそうだった。

 気づいていても、自分から私に尋ねることは無かった。

 私が自分から言うまでは、ただ見守っていてくれた。

 でも、それに気づいたのはそんなに昔じゃない。

 それまでは、その優しさに気づかずに必死に愛情を求めようとしていた…。

「それでは、わしは朝風呂にはいってくる。先に朝食をすませてかまわないからな」

「はい。ごゆっくり」

 おじい様が去っていくと、大地は深く長く息をついた。

 どうやら、緊張していたらしい。

「何をどこまでわかってんだろうな、本当は」

「まぁ、警察情報は大和さんやもっと上の方から聞いて筒抜けなんだろうけど…」

「それ以上も見透かしてそうな所が、師匠だよな」

「でも、おじい様なら下手に手出ししないだろうし、大丈夫…かな?」

 そう言って空を見上げると、マイペースに朝食の準備を進めていた空は少し首をかしげ、それからゆっくりと頷いた。

「…レイが、そこまで気がついているとは思えない」

「まぁ、バカっぽいからな」

 若干失礼な納得をする二人に、思わず笑ってしまう。

「ご飯食べてから、ゆっくり話そう」

 出来立ての朝ごはんが冷めないうちに、私たちは食卓へ移動したのだった。


「これから、どうする?」

 ゆっくりとお茶をすすりながら、大地がそう言った。

 おじい様は朝食を終え、部屋に戻られている。

「あの様子だと、きっとまた来るしね」

 笑顔の中の瞳に悲しみを湛えて去っていったレイを思い出す。

 自分達の居場所が無いと、レイは言っていた。

「ねぇ、空。レイも空と同じように、更生施設みたいな所にいたの?」

 レイの事が、昨晩から気になっていた。

 底抜けに明るそうで、結構失礼で、冷たい瞳を持つレイ。

 でも、それだけじゃない。

 それに、気づいてしまった。

「…離されていて会わなかったが、同じような教育を受け、同じようにどこかに引き取られると聞かされた」

「そっか…」

 引き取られた先で、何かがあったのだろうか。

 だから、あんな風に言ったのだろうか…。

「って羽美。なんで自分の命を狙ってる相手を心配するかな」

「え?」

 そんな事は一言も言っていないのに、大地に呆れた声でそう言われて少しあせる。

 さすが幼馴染といったところか、頭の中を見透かされているようだ。

 空はそんな私に驚いたような視線を私に向けていた。

「自分の心配をまずしろ。命を奪うのが一番の目的じゃないとしても、いつそれが本気で実行されるかわかんねーんだぞ」

「はい」

 諭されて小さく頭を下げる私を、空はまだじっと見つめている。

 私の心を覗き込もうかとするような、まっすぐな瞳。

「でもさ、あんな言い方されると気になるじゃない。居場所が無いなんてさ。その気持ちは、その悲しさは、なんとなくわかるもの」

 その言葉に、大地も口を閉ざす。

 自分を受け入れてもらえない苦しさ。

 それは、きっと誰よりも知っている。

「それでも、どんな理由があっても、俺は羽美を傷付けようとする奴は許さない。だからまず、あいつをひっとらえる事が先決だ」

 自分の心の闇を振り払うように一度首をふると、大地は力強い声でそう言った。

 揺ぎ無い、私を護るという意志。

 自分が幸せ者だと感じる。

 こんな人が一人でもいれば、レイも再び道を踏み外す事は無かったんじゃないだろうか…。

「朝宮。腕はどっちが上なんだよ?」

 私の思考をよそに、大地は空に話しかける。

 私を見つめて固まっていた空は、はっとしたように瞳を僅かに見開くと、ゆっくりと大地に視線を動かした。

「…訓練ならば負けたことは無い」

「実戦は奴が上って事か?」

「…実戦で対決した事は無い。だが…仕事の成功率はレイの方が上だ」

「それはまた、微妙な所だな」

 うーんと大地は考え込む。

 彼らの一番の目的は、空を取り戻すこと。

 私の命は、彼らにとってそのおまけに過ぎない。

 私たちは、両方守りたい。

 でも、圧倒的に力が足りなさ過ぎる。

「…それでも、護ってみせる」

 静かな、でも強い意志が感じられる言葉に、私も大地も空をじっと見つめた。

「ありがとう」

 私の言葉に、空はそっと首を振った。

「…俺の…せいだ」

「違うよ」

 即答した私の言葉を引き継ぐように、大地も口を開いた。

「そうだ。間違えるな、朝宮。悪いのはお前じゃない。だから、別に一人で背負い込まなくたっていいんだ。力や技じゃお前に頼るかもしれないが、それ以外は俺や羽美にも任せとけ。一人じゃないんだ」

「…しかし……」

「しかしじゃねーよ。羽美だけじゃない、狙われてるお前も守んなきゃ意味ねーんだよ。だいたい、護りっぱなしじゃ解決にならねーし、一緒に策を考えようぜ?」

 不敵に、でも優しさをこめた瞳で笑む大地を、空は戸惑うように見つめ返していた。


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