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君のツバサ  作者: 水無月
第七章
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第7章-6

 辺りが寝静まった頃、私は何度目かの寝返りをうった。

 と言っても、さっきから全く眠れていない。

 命を狙われている恐ろしさは、正直あまりなかった。

 確かにレイの見せた底冷えする眼差しは一瞬怖かったが、命のやり取りなどと無縁の生活をしてきた私にとって、命を狙われてると言われても実感があまりない。

 それよりも、一応年頃の女子としては、私のベッドにもたれかかるように座っている空のほうが気になって眠れなかった。

 念のため…とガードしてくれているのはいいが、はっきり言って落ち着かない。

 眠っている空の傍に私がいるぶんには何にも気にならなかったが、逆となると話が違う。

 カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされ、空の綺麗な横顔が見える。

 と、私の視線に気づいたのか、肩越しに空がゆっくりと振り向いた。

「……眠れない…のか?」

「あ、うん」

「…心配ない。俺が護る」

 まっすぐに見つめられてそういわれ、なんだか照れてしまった私は思わず布団をかぶって半分ほど顔を隠した。

「ありがとう」

 それだけ、どうにか言う。

 本人に深い意味はないのだろうが、けっこう女性に対しては殺し文句じゃないだろうか?

「大地は、平気かな?」

 落ち着かない胸の内をごまかすように、空に話しかけた。


 大地は今、空の部屋で眠っていた。

 空の予測によると、レイは今晩中に一度襲いに来るらしい。

 そして深読みしすぎた結果、私の部屋ではなく空の部屋に踏み込むとの予想だ。

 その為、囮に大地が空の部屋で眠り、その周りにトラップを仕掛けてある。

 とは言っても、家にある日用雑貨などを駆使したもので、本格的なものではない。

 しかし、淡々と手際よくトラップを仕掛けていく空には大地と二人で感心した。

 空が今私の傍についていてくれるのは、念のためだ。


「…問題ない」

 空が、静かにそう答えた。

「…間違えて潜入した事はあっても、ターゲットを間違えた事はなかった」

「間違って潜入した事はあるんだ」

 頷く空に、思わず苦笑いしてしまう。

 空とは百八十度イメージが違う感じがする。

 同じ組織で育っても、どう成長するかはその人間次第という事か…。

「レイとは…長い付き合いなの?」

 こくりと頷く空。

「…よく、パートナーとして働いていた」

「そっか」

 組織の事を、どれくらい聞いていいのか少し迷った。

 空にとって、それは触れられたくない過去なんだろうか?

 それとも……。


 と、リーンと季節に似合わない風鈴の音が鳴った。

 空がすっくと立ち上がる。

「…来た」

「あ、待って!私も行く!!」

 部屋を飛び出した空を、あわてて追いかける。

 すると、空の部屋からは色々な音と共にレイの声。

「はんっ、甘いなって、ぬをっ!?っと…うぁ!??」

 最後の方はあまり言葉になっていなかった。

 ゆっくりと扉を開けた空の背後から部屋を覗くと、そこには何がどうなったのか、釣り糸に絡まれて手足の自由を奪われ、ロープで天井から逆さづりになっているレイの姿があった。

 そして、ベッドの上でぱちぱちと拍手をしている大地の姿が見えた。

「いやー、ここまで見事にひっかかるとはな。ホントに凄い奴なのか?」

 部屋に入ってきた空に大地が笑いをこらえながらそう言うと、空は厳かに頷いた。

 そんな空を見て、レイは逆さ吊のままにやっと笑う。

「さすが空や。俺の事をよくわかっとる」

「その格好でかっこつけても様にならないから」

「ツッコミも最高やね。ハニー」

 ロープで吊り下げられてゆらゆら揺れながら、空と大地に笑顔を振りまくレイ。

 捕まっているというのに、なんだか楽しそうだ。

「せやけど、まさか俺の裏をかくとはな」

「…昔から、レイは深読みしすぎだ」

 静かに答える空を、レイは嬉しそうに見つめた。

 私の命を狙うのは二の次で、空にかまってほしいだけに見える。

「腕も相変わらず落ちてへんようやな」

「…レイの動きは単調すぎる」

「それでも、俺の動きをここまで読めるのはソラくらいや」

 そう言ってレイが微笑んだ時、彼を捉えていた釣り糸がはらりと解けて床に落ちた。

 次の瞬間にはくいっと体を折り曲げると、いつのまにか取り出したナイフで足を拘束していたロープを切って、床にふわりと降り立った。

 見事な手際だ。

「ソラ以外のトラップにはこないなにひっかからへん。これも、愛のなせる業やね」

 レイの言葉に、ふるふると首をふる空。

「まーまー、そないな冷たい反応せんでも」

 そう笑顔で言いながら、レイがすっと手を動かした。

 何だろうと思った瞬間には、空の背後にいた私の目の前にナイフがあった。

 私の顔の数センチ前で、レイが投げたナイフを空が止めてくれていた。

「てめっ!!」

 気づいた大地が怒りの声をあげるが、レイは口の端をゆがめて笑うだけ。

 視線はソラに向けられている。

「お前の才能を生かせるのはここやない。わかるやろ」

「………」

 何も言わず、ただレイを見つめ返す空。

「勝手に空の可能性を決め付けないでくれる?」

「なんやと?まな板胸」

「その呼び方はやめてっ!羽美って名前がちゃんとあるんだからっ!!」

 空の前に出てレイに向き合おうとしたが、空が手で制して前に出してくれなかった。

 しかたなく、空の後からレイを睨みつける。

「自分でどう生きるかは、自分で決めるものよ。今までは、そんな選択の余地はなかったかもしれない。でも、今はやっと自由になれたんでしょ。今一番できることは組織で教えられた事だったとしても、これから望めば、努力すれば、他の事でだって輝けるはずよ。可能性は限りなくあるの。こんな脅すようなまねして、それを奪おうとしないでっ」

 レイの顔から笑顔が消える。

 冷たい眼差しが、私を捉えた。

「世の中はそないなに甘いもんとちがう」

 さっきまでとは違う、抑えた静かな声。

 深い闇が、レイの瞳を覆っている。

「レイ?」

「気安く呼ぶなや」

 一瞬悲しげな表情に見えて思わず名を呼んだ私に、冷たく言い放つレイ。

 空や大地には甘いのに、私は気に食わないらしい。

「まあ、ええわ。ソラにもそのうちわかるやろ。俺たちの居場所はここにはないってな」

 寂しげにも見える笑みを浮かべて、空を見つめるレイ。

 空はそんなレイをじっと見つめ返していた。

 二人だけにわかるものが、あるのかもしれない。

「ほな、また」

「待ていっ!」

 しばらくして空から視線をはずし窓から立ち去ろうとしたレイの腕を、大地ががしっと掴む。

 レイは、睨みつけている大地ににこっと笑いかける。

「なんや、ハニー。別れが寂しいんか?」

「んなわけあるか。羽美に手を出そうとしといて、ただで帰らすわけにいかねーだろーが」

「なるほど。確かにただや申し訳ないな」

 そういうと、レイはぐいっと大地を引き寄せた。

 抵抗しようとしたらしいが、あっさりとレイの思うままに引き寄せられる大地。

 次の瞬間には、大地の頬にレイがキスしていた。

「んなっ!?」

「おやすみ。ハニー。ええ夢を!」

「今のが悪夢だーーーー!!!」

 近所迷惑になるくらいの怒りの声を発する大地に笑顔を振りまきながら、軽やかに窓から飛び降りて去っていくレイ。

 能天気そうに見えながらも心に悲しみを秘めていそうなレイを、なんだか放っておけない気がした。


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